please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
極東支部は取り敢えず混乱状態こそ収まったものの、未だ慌ただしく動き回っていた。捜索隊に編成されたゴッドイーター達が各々入念に準備し、呼ばれなかった者も何か出来ることはないかと落ち着くことがない。
そんな中、唯一たった一人だけ出撃したゴッドイーターがいるのだという。
そのことを第一部隊所属の霊代アキが知ったのは、帰投して半刻が過ぎた頃だった。どういうわけか任務中に錯乱状態となり気を失ったままのアリサを医務室まで付き添い、自室へ戻った後にコウタから届いたメールで知ることとなった。
「ヤナギさん…!」
第一部隊と入れ替わりで出撃したのが久永ヤナギ一人だと知ったアキは、その無謀さに言葉を無くし直様作戦室へと走った。
「失礼します!」
到着して入室許可を待つことなく扉を抜けると、作戦室にはヒバリを含めた複数人のオペレーターと大きなパネルモニターを見上げるツバキの姿があった。
「何の用だ。貴様には待機命令が出ていたはずだが」
ツバキはアキを一瞥し再び視線をモニターへ戻す。
「えっと………や、ヤナギさんに新型アラガミについて報告しようと思って…!」
「それについてはサクヤから聞いている。無論ヤナギにも伝達済みだ」
考えなしに飛び出した割にはなかなかいい返事だとアキは我ながら感心したが、あっさりと打ち切られてしまった。
「作戦行動開始より、三十分が経過しました」
「まだ通信は繋がらんのか」
「応答ありません。以前交戦中かと思われます」
「引き続きリンドウとヤナギ両名への通信は試みろ。捜索部隊の編成はどうなっている」
「間も無く出撃準備完了とのこと。ただ、当該地域上空ではザイゴートの群れが確認されています。ヤナギ准尉が交戦したとの報告はありますが、未だ当空域にいる可能性もあります」
「ならば捜索部隊αは予定通り空路。βは陸路で向かうよう指示しろ。但し道中アラガミと遭遇した場合は戦闘ではなく逃走に専念と厳命しておけ」
「了解」
アキは作戦室に作戦中来ることは今までなかった。それは当然、作戦中は現場に出ており、ましてや他部隊の作戦に割り込もうなんて考えは一切なかったからだ。しかし、こうして目の当たりにして思う。ここもまた、戦場なのだと。
「ッ!ヤナギさんのバイタル反応確認!」
「場所はわかるか」
「モニター出します!」
市街地の地形が映し出されている画面に丸い点が浮かび上がる。それは数秒ごとに場所を移動し、画面端にはそのバイタル状態も表示されていた。
「乱れてはいるが、無事だな」
第一部隊の撤退時、周辺地域は多数のアラガミが跋扈しており脱出は非常に苦労した。それから数刻経った程度ではアラガミの数は大きく変動はしていないだろうと皆が予想はしていたが、それは悪い方向へと裏切られる。
「アラガミ反応捕捉!」
「なっ……!?」
最悪でも中・大型アラガミが三体。この場にいた全員がそう考えていたが、画面に表示された赤点は三体なんて生優しいものじゃない。ヤナギの周囲には大型の反応だけでも六体。中型や小型も合わせれば三十はゆうに超えていた。
「嘘………ヤナギさん‼︎」
あまりにも絶望的な状況。堪らずアキが名を叫んだ瞬間、バッと画面に表示されていた全ての点が消え去った。ヤナギのバイタル反応も含め。
「ヤナギ准尉と全アラガミの反応途絶!」
「手を止めるな。ヒバリ、今の反応は計器の異常などではないのだな」
「は、はい…観測情報に異常は見られません」
「周辺のアラガミはあれで全てか」
「それは……観測範囲をヤナギさんから半径60メートルとしていたので、断定できません…」
「…………ッ」
アキは拳を強く握り締め、自身の腿を叩く。
明らかに救援が必要な状況であるのに、自分はそこへ行くことは許されない。いや、許されたとして何一つ出来ることはないだろう。一体の大型アラガミですら一人で狩ったことのない身には荷が重すぎる話だ。
そう自覚できてしまうほどの実力の無さが悔しく、情けなくて仕方がなかった。新型だなんだと持て囃されても、結局は何もできないのだと。
「自惚れるな」
アキの心境を察してか、ツバキが彼女へ鋭い言葉を突きつけた。
「貴様とヤナギとでは潜ってきた修羅場の数が違う。ヤツは幾度と無く困難を乗り越えた極東支部随一の実力者だ。比べられる土俵にすら上がっていない新人が悔やむなど、お門違いだ」
「……はい」
まだ届くはずもない頂きに手を伸ばしたとて、得られるものはない。そんな時間があるのなら、まず地盤を固め手が届く距離まで自らを押し上げるべきだろう。
「わかったのならさっさと体を休めて次の任務に備えろ。ここで貴様がすべきことは何もない」
「………了解です。失礼しました」
言われるがまま退室していくアキの耳に、呟くような声が届く。
「心配せずとも必ず帰ってくる。ヤナギも…リンドウも」
振り向くと、未だ何の反応もないモニターを見つめるツバキの背があった。
◆
「あ、やば」
何度目か数えるのも嫌になる程に攻撃を盾で受け続けたツケが回ってきてしまい、背後から飛び込んできたシユウの爪を防いだ際に装甲の三分の一が砕けてしまった。
「またリッカに怒られるなぁ…」
四方から飛来する様々な属性の球を避けながら軽くぼやく。
直後、ボルグ・カムランが尾を振り下ろしながら飛び掛かってくるが、同じような攻撃は今まで何度も経験している。毎度のように両足で地を蹴り前方へと回避し、そしてちょうど頭上へ来た尾の付け根を一撃で両断した。既に至る所が結合崩壊していたその個体にはトドメとなり絶命する。
だが、一体減ったところで戦局はたいして変わらない。気付いていない間に次々アラガミが寄ってきてるんじゃないかと思うほど、その数にはキリがなかった。
流石に応援が欲しいところだが、これだけアラガミがいると通信状況は良くないらしく、通信を試みてもインカムからは耳障りなノイズが返ってくるだけだった。
「リンドウがいてくれたらな」
リンドウの救出作戦でリンドウの支援を求めるのはこれ如何にと思うが、現状誰の援護が欲しいかと問われるとリンドウなのだ。が、スーパーヒーローの如く彼が舞い降りてくることはない。
「くっ…そ!!どこにいるんだリンドウ!」
ヴァジュラの雷撃を横へ回避。直後降りかかるオウガテイルの棘を弾き飛ばし、堕天ボルグ・カムランのテイルスピンを飛び上がって回避。しかしそれを予測したようにシユウの放った爆炎玉が迫る。既に破損しているソレではまともに防御はできないだろうが、やむを得ず走行を展開する。
「がッ………⁉︎」
威力を殺しきれなかった爆炎が肌をジクジクと焼き、空中にいたせいで易々と吹き飛ばされる。
「やっぱちょっと、まずいかも……ぐッ!」
吹き飛んだ先にあった窓ガラスを破り、ビルのエントランスロビーらしき場所に落ちる。床に打った背も痛むが、間髪入れず別の窓を割りながら追撃に来たコンゴウの突進攻撃を避ける。
調子に乗って飛び出したオウガテイル三体を一体一撃で沈め、咬刃を展開した刃でコンゴウの背を深く斬り裂く。
足元に出現した雷撃兆候から離れ、崩れかけの入り口を破り突っ込んできたヴァジュラの爪が頬を掠める。
隙だらけになった胴深くに刃を振るうが、絶命に至らしめる攻撃とはならない。とはいえダウン状態には陥ったその横腹に捕喰でトドメを刺そうとした時、サリエルによる光線が屈曲しながら横槍を入れてくる。
しかし常に視野を広く持ち続けていた為ステップを踏むようにその全てを避けきることは容易で、改めてヴァジュラの腹を喰い破った。
「よし……まだまだ行くぞ」
バースト状態となり体力は幾分か回復するが、全身の痛みが引くことはない。極地適応可能な衣服も破れ、焼け爛れて、凍り付いている。だが、まだ戦える。
「約束したからな!」
気合いを入れ直しエントランスから飛び出した瞬間、待ち構えていたように攻撃が飛来する。把握出来たのはサリエルの光線、ボルグ・カムラン堕天の飛針、シユウの爆炎玉、グボロ・グボロの迫撃、ザイゴート堕天の炎撃。しかし、その全てをすり抜けた。
バースト状態は単純な身体能力に加え知覚能力も高水準に跳ね上がる。得られる情報量も処理も加速し、迫る攻撃が普段より遅れて見えてくる。その状態であれば、四方から攻撃が迫ろうがその隙をつくことが出来るのだ。もっともこの感覚は神機適合率によって個人差がある為、訓練すれば誰でも〜なんてわけにはいかないのだが。
「とりあえず、数は削らせてもらうぞ」
オウガテイルから始まり、コンゴウ堕天、グボロ・グボロ、シユウ、ボルグ・カムラン堕天、ザイゴート堕天、サリエルと動物園かってくらいの勢揃い。が、バースト状態の全能感ではその全てが有象無象の端くれである。
ヒュ………………ッ
軸足、踏み込み、捻り、力み、全てが完璧。咬刃展開状態で神機を一振り。その速度も威力も今日一番。それは、一瞬空振ったのかと錯覚するほどに手応えがなく、しかし視界に映っていた全てのアラガミを両断していた。
「ッハハ、やりゃあ出来んじゃねえか」
珍しく神機を褒める気分になった。忌み嫌うモノに変わりはないが、今の一撃は間違いなくコイツのおかげだったから。
今の冴えを忘れないうちに続々と現れるアラガミの尽くを斬り捨てていく。それが何秒、何分、何時間続いたものなのかもうわからない。いつの間にやら腕時計は割れてしまっていた。
辺りに出来上がる血と肉の山。アラガミはオラクル細胞という単細胞生物による群体であるのだが、捕喰し進化した結果、臓器や血管、筋肉といった生物的特徴を模倣している。
もっとも、どれだけ血管を傷つけ出血させようがコアを破壊しない限り死ぬことはないのが、全くもって気持ち悪い。しかしそのおかげでこんな風に切り刻む実感があるのは少しばかり気分が良かった。
そうして辺りにアラガミがほとんどいなくなった頃、ビルの残骸に此方を見下ろすように青白い大型のアラガミが現れた。
鋭い爪の生えた四つ足にマントのような鬣、そして女王を彷彿とさせる彫刻のような顔面。恐らくコレが、報告にあった新種アラガミだろう。
「やっと出てきたか…お前が親玉だな」
支配者気取りで悠然と見下ろす腹の立つアラガミと漸く対峙する。凡その特徴からヴァジュラ種の類だろうか。こちらが仕掛けるのを待っているのか、睨みつけてくるだけで一歩も動かない。
「気取んなよバケモノ!」
先手とばかりに神機を構えて飛び上がる。相手との距離は少し離れているが、空中で咬刃展開すれぱ切先は届く。
予備動作が大きくなってしまった為、避けられはするだろう。だがヤツがそれで上から見下さないのならばこれ以上腹が立つことはない。
カウンターを喰らう可能性は考慮している。避けられると判断したならば即座に咬刃を納め防御体勢を取る。
刹那に巡らせた思考、作戦、行動。
その全てが、無に帰した。
「かッ…⁉︎」
左半身に襲いかかる重い衝撃。肺の空気が全て吐き出され、宙にあった体は大きく吹き飛ばされた。神機だけは手放すまいとしたせいで受け身を取り損ね、必要以上の痛みを喰らいながら地面に転がる。骨も何本か折れただろう。
「くそっ……なにが…」
何が俺を吹き飛ばしたのか。その正体を確認すべく視線を上げたその時。
「………ッッッ‼︎」
全身に鳥肌が立ち、毛が逆立つような感覚に襲われる。
あの青白い新種は、決して見下しているわけではなかったのだ。弱き者が強き者に屈するように。敗者が勝者に平伏すように。
女王は、帝王の前に出ない。ただそれだけのことだった。
ヤツが、そこにいた。