please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
「…………」
ちらりと時計を見る。
任務から帰ってきた新型神機は、細かな破損こそ見られるものの重大な欠落は見られない。これならすぐに修理は終わるだろう。
再び時計を見る。
帰ってきた神機は四つ。新型神機二つに、旧型二つ。帰ってくるはずだったもう一つの旧型神機は、どこにもない。
三度時計を見る。
これから間もないうちにもう一つ、いや二つの神機が返ってくる事だろう。旧型と新型が一つずつ。きっとどちらもボロボロの状態になっているに違いない。
しかしそれを迅速に正確に修理してみせるのが、整備士としての仕事。プライドと言っても良い。ゴッドイーターにとって生命線である神機が足手纏いになるなんてことがないように、必ず直して———
バァンッッッ!!!
唐突に、整備室に大きな音が響き渡る。
原因は他でもなくリッカ自身。手にしていた工具を作業台に強く叩きつけたのだ。そしてそのまま、弱々しくへたり込む。
「……………ヤナギ」
ポソっと溢れ出た、彼の名前。もう出撃から五時間が経とうとしている。
今現場がどうなっているのか、リッカにはわからない。整備士である彼女にリアルタイムで状況が知らされることはほとんどない。
もしかしたら、もう帰ってきている途中なのかもしれない。向こうでアラガミを倒して、リンドウも見つけて、ヘリに乗りながら冗談でも交わしているのかもしれない。
可能性はある。しかし、拭いきれない予感があった。漠然としながらベッタリとこびりついて離れようとしない不安感。心臓が強く脈打つに対して、血の気は引いていく。足が、手が、震えて仕方がない。
「………ヤナギ…」
帰ってくると彼は言った。その声をもう一度聞きたい。他では見せないぶっきらぼうな素の口調で、もう一度話したい。赤みがかった彼の眼を、もう一度見たい。跳ねがちな癖毛を、もう一度撫でたい。
ヤナギを、もう一度抱きしめたい。
会いたいと願う気持ちは強くなり、同じく恐れも強くなる。もしかしたらの言葉が溢れ出て、心を暗く覆い隠そうとする。
「…しっかりしなきゃ」
それでも、足に力を込めて立ち上がる。目頭が熱くなるのを感じるが、必死に抑え込む。
信じると決めた。待つと言った。だったらそれに従う他に選択肢はない。他に出来ることもない。
だったら、何もしないよりはメンテナンスでもなんでもやっていた方が気は紛れるというもの。
そう意気込んで再び神機と向き合った時、整備室の扉がシュッとスライドして開いた。
もしかしたらと期待を隠しきれずリッカがバッと振り返ると、部屋の前にいたのはヤナギではなく、赤髪が特徴的な新型ゴッドイーターである霊代アキだった。
「…どうしたの?出撃命令は出てないよね。神機もまだ直ってないよ」
「……いえ、そうじゃなくて…」
てっきり正義感の強い彼女が先走ろうとしたのかと思ったが、どうも違うようだった。
「休むように言われたんですけど、落ち着かなくて……リッカさんがヤナギさんと仲が良いって聞いて、その…」
いつもの勢いがなくしおらしい姿で、申し訳なさそうにしている彼女にリッカは思うところがあり、部屋の中へと案内した。
「お邪魔してごめんなさい」
「いいよ。ヤナギの話を聞きにきたの?」
おそらく、アキがここへ来たことに明確な理由はないのだろう。
ただ、未だ帰らないヤナギのことが心配になった。でも出来ることはない。とはいえ何もしないのは耐えられない。何かしら関わっていたい。そんな感じで、なんとなくヤナギと仲が良い自分のところに来た。おおよそそんな感じだろうとリッカは察する。
その上で、ある程度流れに沿う形で理由を提示した。
「その……はい…いいですか?」
「勿論いいよ。こっちもあんまり落ち着かなくてね」
作業を中断することになんの抵抗もなく、むしろ一息ついた方がいいかもしれないとリッカは判断した。集中しきれないまま作業するのは、神機に失礼だから。
それから二人はソファに横並びで腰掛け、リッカの勧めた缶ジュースにアキが眉を顰め、やや落ち着いてから話を始めた。
「ヤナギと最初に会ったのは、適合試験の日だね」
まず初めに切り出したのは、出会った時のことだった。
「その時まだ私は正式に極東支部に入隊してたわけじゃなくて、見習いとして整備士してたんだけどね。ちなみに、ソーマ君も同じ頃に入隊だったんだよ」
ヤナギが適合試験を行う際、リッカは神機整備士だった父に付き添って見学させてもらっていた。
適合試験を実際に見るのはその時が初めてで、直前に試験を受けた他の適合候補者が悲鳴をあげ続け相当の痛みに悶え苦しんでいたこともあり、精神的に疲労を感じていた時だった。
久永ヤナギ。当時11歳のリッカより4つ上。年齢より少し大人びて見えるが、このご時世別段珍しいことではない。先の候補者ほどではないが多少緊張した様子も見受けられ、特筆すべき所があるわけでもない。
「では、始めるとしよう。神機を手に取りたまえ」
早々に適合試験の説明を終えた支部長が、開始の合図を出す。それを聞いたヤナギは眉を顰め少し嫌そうにしながら神機に手を伸ばした。痛みを恐れているからかと思ったが、それにしては伸ばす腕に迷いはない。
「…………あれ?」
ヤナギが神機の手を取り、装置が作動し腕輪が装着される。この時に偏食因子が投与され、被験者には強い痛みが襲い掛かる。
………ハズなのだが、ヤナギは痛みを感じるような様子は見せず、相変わらず嫌そうな顔を貼り付けたままだった。
「あの人……」
「適合試験での痛みはその人の適合率によって強弱が決まる。つまり彼は、かなり高い適合率を有していることになるね」
隣にいた父が、娘のリッカに対して説明する。
確かに、聞いたことのある話だった。適合率が高い場合は痛みがほとんど伴わないのだという。しかし実際に痛みを殆ど感じないほど高い適合率を有する者はなかなかいない。
「じゃああの人、すごいゴッドイーターに……って、あぁっ!」
ゴッドイーターは高い適合率を持つほど優秀であることが多い。
そのことからリッカはヤナギに興味を持ったのだが、なんと彼は装置から解放されるや否や、神機を適当に放り投げてしまったのだ。
そしてガシャンと地面に転がる神機を一瞥して、さっさと試験場から出て行ってしまった。
「うーん…あんまりゴッドイーターになりたくなかったのかな?」
「ッ!」
困ったように苦笑いを浮かべる父を見て、リッカは堪らず部屋から飛び出していった。
リッカは神機に人格が宿っていると考え、それ故大事に扱って欲しいと常々思っている。さらにあの神機は父が整備したもので、雑に扱われることが許せなかったのだ。
廊下を走り、試験場の入口へ向かう途中。偶然前からその人物が歩いてきた。
極東特有の黒髪に、赤みがかった瞳。支給されたフェンリルの制服を着こなし、前から迫るリッカに気づくとその場で立ち止まった。
あんなことをするような人だ。嫌な性格をしているに違いない。一体どんな言葉を投げかけてくるのか。
そう思って臨んだ対話だったが、リッカの想定した展開とは違ったものとなった。
「こんにちは。整備士の方ですか?」
まず、口調が丁寧だった。表情も自然な笑顔。てっきりおざなりな態度であしらわれると思っていたリッカにとっては、出鼻を挫かれた形となる。
「………整備士見習いの楠リッカです…よろしくお願いします」
「本日より入隊となったゴッドイーター、久永ヤナギです」
愛想が良く、礼儀正しく、こちらを子供扱いすることなく、自身を子供扱いすることもなく、隊員然とした態度で応答していた。
「これから整備士の方々には大変お世話になると思います。どうぞよろしくお願いします」
リッカが言葉を詰まらせていると、ヤナギは律儀な挨拶をして再び歩み始めた。その背に、リッカは何か声をかけようと考えを巡らせる。
どうして神機を投げたのか。なんで試験の時嫌そうな顔をしていたのか。本当に痛みはなかったのか。
幾らか逡巡した後、浮かんだのは父の言葉だった。
「ゴッドイーターになるの、嫌ですか」
ピタッとヤナギの足が止まる。振り返った彼の目は深く冷やかで、11歳のリッカはヒュッと血の気が引くのを感じた。
「アラガミが嫌いですから」
誰もが口にするような、ごくありふれた言葉。しかしリッカは理解できてしまった。彼への性格が悪いという印象は、誤解でしかなかったのだ。
アラガミが嫌い。
神機もアラガミの一種。だから嫌い。
ゴッドイーターも、アラガミの一種。だから嫌い。
つまりは、そういうことなのだろうと。あるいは父はあの時既にそう理解できていたのかもしれない。
歩き去る彼の背中にかける言葉は見つからず、リッカとヤナギの初対面は以上となった。
「ゴッドイーターもアラガミの一種…ですか」
一区切り話を聞き終えたアキが、ぽそりと呟く。
「あくまでそういう解釈もできるってだけだよ。あんまり気晴らしになる話じゃなかったね」
「いえ…」
最高の出会いというわけじゃなかった。しかしその一件がなんとなく気になっていたリッカは、ヤナギとよく話をするようになった。適合率の高いゴッドイーターから直接意見交換したかったという理由もあるのだが。
「そうだ。実はヤナギ、最初は第一部隊所属のゴッドイーターだったんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
高い適合率。身体能力や戦闘センス。それらが評価され入隊直後は第一部隊へ配属となっていた。
「あの時はまだツバキさんも現役ゴッドイーターでね。旧連合軍のアラガミ掃討作戦でも大活躍だったんだよ」
「旧連合軍…座学で習いました。ロシア地区でゴッドイーターを囮にして、失敗したって。その後散らばったアラガミをゴッドイーターが掃討して、結果的にフェンリルの地位向上に繋がったんですよね」
「よく勉強してるね。その時に派遣されたのが極東支部の第一部隊でね。ヤナギはそこで遭遇した新種のアラガミと戦って、重傷を負った」
「っ!」
勿論その作戦は六年も前の話。まだ入隊から一年程で、今のような実力は有していなかった。しかし、アキの目に鮮烈に映っていた彼の姿から、重症という結果にはなかなか結びつくものではなく、少なからずショックがあった。
「黒いヴァジュラ……って、ヤナギは言ってたよ。リンドウさんが助けに入ってなんとかなって、ヤナギが頑張ったおかげで女の子を一人助けることもできたんだけどね」
アキは今までのやりとりから、ヤナギの優しさをよく知っている。その時も本当は逃げられたかもしれないのに、女の子を助ける為に戦い続けたのだろうと。
「その作戦から暫くして、ヤナギは第零試験部隊配属になって、今に至る感じかな」
「……前から疑問だったんですけど、第零試験部隊ってどういう部隊なんですか?露払いとか新装備の運用とか、任務内容から態々そんな名前にする理由がよくわからなくて」
素朴な疑問をアキが投げかける。
任務内容としては、既存部隊でも似たようなことはやっている。にも関わらず第零とか試験とか仰々しい名前なのは、ヤナギの高い戦力を有する故か他に理由があるのか。
「うーん…一応それはちゃんと理由があるんだけど、機密事項に当たるから直接教えられないんだよね。…………でも、いずれは知ることになると思うよ」
最後の言葉にアキは悲哀のようなものを感じたが、その直感は正しいのだろうと考える。
第零試験部隊隊長、久永ヤナギ准尉。極東支部内ではゴッドイーター達に避けられており、その理由は間違いなく極秘任務の中に含まれる。
任務の内容を知るのは難しいが、引っかかるのは『アンダーテイカー』と呼ばれていたこと。普段は周りに干渉しないソーマさんが、態々忠告するほどのタブー。
「どうしてヤナギさんだけがそんな………っ?」
アキが口から出た言葉を途切れさせ、徐にポケットから携帯端末を取り出して画面に視線を落とした。バイブレーションで気がついたのだろう。
そして突然話が止まったことで様子を伺っていたリッカに、アキがバッと端末の画面を見せる。
「ヤナギさんが帰ってきたみたいです!」
「ホント!?」
覗き込んだ画面にはコウタからのメールが表示されていて、確かにヤナギが帰投したことが記されていた。しかし。
「………え?」
帰投直後、集中治療室へ運び込まれたらしい。