please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
アラガミが跋扈する世界で人類が未だ生存している要因は、オラクル細胞の偏食因子発見に他ならないだろう。偏食因子は、文字通り喰らうモノを選り好みするということ。選り好みというよりかは選別と言った方が適切かもしれないが。
ともあれ偏食因子を手に入れた人類はソレを埋め込んだ素材で壁を作り街を囲い、民はひとまずの安全区域を手に入れた。しかし進化を続けるアラガミに対応する偏食因子を手に入れるには当該アラガミの素材が必要になり、それが間に合わないと壁は破壊され街への侵入を許してしまう結果となる。
そしてこの第8ハイブと呼ばれる街も高い壁で囲われ、その中心にはフェンリル極東支部『アナグラ』がそびえ立っている。そこは対アラガミ戦闘員である神喰い『ゴッドイーター』やフェンリルスタッフが勤める場所である。
無事帰投した俺は当然そのアナグラへ戻ったのだが、入ってすぐのエントランスで待ち受けていたのは大層不機嫌そうな表情を浮かべた赤髪の女性オペレーター、竹田ヒバリであった。
「……支部長がお呼びです。先にそちらへ」
「お、おぉ…」
不満を露わにしながらも支部長からの呼び出しを優先するのは、きっと彼女の真面目さを表しているのだろう。とはいえ呼び出された後は説教の方向で間違いないようだった。
エントランスのエレベーターから一度居住区画へ寄り着替えたのち、役員区画へと降っていく。お偉いさんの部屋は最上階と相馬が決まっているようなものなのだが、こと地下深くへ埋め込むように建設されたアナグラについてはその限りではない。
会議室などがあるこの区画の最奥に、当支部の支部長室が設けられている。他施設と比べればやはり支部長室の扉は高級仕様になっているが、別段そこに不満を感じることはない。
この極東地域は欧州などの地域とは比にならないほどアラガミの種類も強さも文字通り桁違いなのだが、そんな中でこの支部が機能し続けているのは支部長の手腕があってこそなのだ。彼がいなければ今頃この極東は混乱に呑まれて崩壊してしまっていたことだろう。
だからといって特に躊躇うこともなくその重厚な扉を開けると、真っ先にデスクに座る男と目があった。碧い目をした彼こそがフェンリル極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールである。
「ご苦労。無事任務を達成したようで何よりだ」
「何よりだ、じゃないですよ。今回の任務はポール型神機の試験運用じゃなかったんですか」
何もなかったかのように会話を始める支部長に対してさっそく不満をぶつける。
神機は近接武器または銃身のうち一つと装甲の、2つのパーツを組み合わせている。噂に聞く新型神機は三つ全てのパーツを網羅した代物らしいが、俺は近接タイプの旧型であるため、神機は近接武器と装甲のみとなっている。
そして近接武器にはブレード型とポール型が存在する。存在するといっても神機使いの殆どはショート、ロング、バスターブレードが分類されるブレード型を愛用している。反面ポール型は欧州から輸入されたばかりな上、制御機構の複雑さが原因で安定性に欠けオラクル細胞に対する高い適合率が必要となるため、ゴッドイーターの間ではあまり知られていない。
そんな中、俺は高い報酬を条件にしてシックザール支部長からポール型の一つ、鎌の形をしたヴァリアントサイズの試験運用を引き受けたのだ。
試験運用であるなら適当な小型か中型アラガミの討伐任務が与えられるのだと思っての判断だったのだが、実際行ってみればなんと10体を超える大型アラガミ達が生息する危険区域に放り込まれたのだ。
帰投時に確認したところ、任務完了までに要した時間はおよそ3時間。それは、試験運用に適切な任務と呼ぶにはあまりにも過酷すぎるものだった。
「キミの実力を考慮した上での判断だったのだがね。おかげで運用に際しての問題点を殆ど洗い出すことができた」
「でしょうね」
食い気味で答える。これで大した成果はなかったなどと言われれば殴りかかっているところだ。
「神機の修理が完了するまで一日は掛かるだろう。その間に休暇を取っておきたまえ」
「はぁ……………。え、すみません。もう一度言ってもらえますか」
「休暇を与えると言ったのだ。二日後、極東支部に新人ゴッドイーター二名が第一部隊に配属される予定となっている。それに備え万全の態勢を整えたまえ」
あまりにも衝撃的な言葉に思考が定まらないまま、俺は支部長室を後にした。
休暇———
久しく聞いていなかった言葉だった。ゴッドイーターとしてアナグラに来てから来る日も来る日も任務訓練座学任務の繰り返し繰り返し。これまで暇ができたことはあっても、一日丸ごとの休みは一度もなかった。例え武器パーツが砕けようと予備パーツに取り替えられ、訓練が終わる頃には出撃準備が完了していたのだ。
「休暇……」
これが夢でないことを確認するために復唱する。間違いない。俺は休暇を与えられた。極東支部最高権力者たるシックザール支部長から。休暇という言葉を思い浮かべる毎にその言葉は現実味を帯びていき、同時に喜びが湧き上がってくる。
さすがはシックザール支部長。伊達に極東支部の支部長を務めていない。彼が居続ける限り、極東支部は安泰で間違いないだろう。
◆
「……まあ、その休暇なしのブラック勤務を指示していたのは支部長なんだけど」
「あの人支部長辞めればいいんじゃないか」
とある整備士の発言により、俺は正気に戻った。いや、正気に戻るどころかマイナスに突っ切って今からでも支部長室の扉を蹴破ってしまえるくらいの
「でも、休暇を貰えたのならよかったんじゃない?」
「………まあ、そうだな…」
そう言う彼女は整備が完了したらしい神機から手を離し、大きな遮光ゴーグルを額まで持ち上げた。顔の所々にオイルをつけたままこちらを見る彼女は、フェンリル極東支部第一整備班の楠リッカ。タンクトップにオーバーオールと人目は一切気にしていないような、作業効率のみを求めた服装をしている。
フェンリルの技術者であった亡き父から受け継いだ高い技術力や五年のキャリアを遺憾なく発揮し、18歳でありながら既に個人所有の整備室まで充てがわれている。俺の神機も彼女の担当であるため、ここに足を運ぶ機会は自然と増えていた。正式に配属となったのが2年前と同じタイミングであったことも影響しているのだろうが、俺にとってこの場はなかなか居心地の良い場所となっていた。
整備室の天井には太い配線が張り巡らされていて、数ヶ所からその端が垂れ下がる。散らかって見えるのはそのくらいで、あとは資材を入れている箱、整備用の機材や道具が比較的綺麗に整えられている。
バチバチと火花を散らす激しい金属音が苦手という者は結構いるみたいなのだが、不思議と俺は嫌いにはなれなかった。……いや、本音を言えば不思議でもなんでもないのだが。
「さてと……ちょっと待ってて。今何か出すから」
神機整備用の大きな手袋を外したリッカはついこの間設置されたばかりの冷蔵庫へと手を伸ばした。
神機とはあくまでアラガミであるため、適合していない他者が触れでもしたらたちまち侵蝕されアラガミ化してしまう。持ち主から長い間離れて機能を停止した神機であれば問題ないのだが、整備士である彼女らは常に特殊な手袋をしなければならないのだ。
「そういえば、もう少しで新型神機使いが来るらしいけど……何か聞いてるか?」
「何かっていうか…その神機の調整やってるの、私だよ?」
冷蔵庫の扉をパタンと閉じた後、振り向いたリッカが満更でもない顔でそう言った。その両手には一つずつ缶が握られている。
「どっちがいい?」
ずいっと差し出してくる二つの缶の名前は、手で伏せられていて判別がつかない。これらと同じような色のプリントなんてよく目にしている。
「……じゃあ、こっちで」
深く考えても透視できるわけでもない。ならば特に考えず選んだ方がなんとなく効率的で良い気がする。確証なんてどこにもないが。
そして、受け取ったドリンクにデカデカと描かれた名前は———
「………………冷やしカレードリンク」
「うん、冷やしカレードリンク。おいしいよね」
躊躇う様子も、茶化す様子もない。
冷やしカレードリンクなる代物が自動販売機に並んでいるのは何度か目にしている。一度も売り切れを見たことのないソレを好奇心で飲んでみたことはあるが、まあ端的にいえば…不味かった。
カレーをそのまま冷やしたわけではないらしく、ただ温めただけでは到底米に合う食べ物になるとは思えない。ならばカレーうどんのルーのように何か出汁が入っているのかと問われれば、否と答えるしかない。冷たくドロリとした舌触りと細かく刻まれた野菜のようなナニカ。それが何かは判然としないが、とにかく不味いのだ。
「………そうか」
しかし善意で渡されたものを断ることも出来ず、俺はその飲み物の蓋をカシュと押し開けた。多少の覚悟を決めたのち、缶を傾け少しだけ口に含む。
———うん、不味い。
「ところで、新型神機の具合はどんな感じなんだ?さっきの言い方だと、まだ調整中らしいけど…」
無理矢理このよくわからない飲み物を喉の奥へと流し込み、話題を神機の方へと戻す。
新型神機は近接武器と銃身を切り替えながら戦闘を行うらしいが、当然その分構造は段違いに複雑化されているはず。その調整を齢18で任されてしまうのは流石としか言いようはないが。
「あんなに世話の焼ける神機は初めてだよ。まあある程度はもう出来てるから、あとは細かい調整だけだね。実際に使ってもらわないとなんとも言えないところもあるんだけど……」
言葉の最後に若干トゲがあるように感じて顔を上げると、リッカがこちらをジトーっと陰の篭ったような目でこちらを見ていた。そしてその視線は部屋の端に立て掛けられている一つの神機へと移る。
近接型の第一世代神機なのだが、その近接武器は極東支部では殆ど見かけないヴァリアントサイズなるポール型のパーツ。しかし今はその物珍しさよりも傷の多さに注目してしまう。ヒビ割れ、抉られ、一部が欠けてしまってもいる。それはバックラーという装甲にしても似たようなものだった。いや、あるいはそっちの方が酷い状態かもしれないが。
「ただでさえ制御が難しいのに、運用初日にあんな状態にされたら流石に困っちゃうよ。支部長からは明日には、修復しろって言われたし…」
「一応弁明しておくけど、ほぼ全て支部長が悪いからな」
「普段から神機の扱いが雑なことも大きな原因だと思うけど?」
いきなり慣れない神機で地獄に叩き落とされたのが全ての元凶と弁明したのだが、至極もっともな言葉で言い返されてしまった。
彼女は神機を整備をする中で、神機の傷がどのような状況でついたものかを判別できるようになったのだという。具体的に言えばビビって咄嗟に構えた時についた傷なのか、あるいは仲間を庇ってついた傷なのか、などなど。
そして彼女曰く、俺の神機の傷は『わざと』つけたものらしい。避けられたのに敢えて神機で受けたり、最小限のダメージで抑えようとしなかったりしてついた傷だと。今でこそ雑に扱っているからなんてオブラートに包んだような言い方をしているが、判明直後は酷く叱られたものである。
『神機も仲間』というリッカなりの考えがあった故の行動なのだが、俺はどうにもその考えに同調出来ずにいた。
神機も、そして俺も、所詮ただの忌々しいバケモノなのだから。
「それで、新しいパーツはどんな感じだった?」
こちらも冷蔵庫と同じように最近買ったばかりのソファに座り、リッカは技術者としての質問を俺に投げかけた。報告書は明日にでもあげるつもりだったのだが、直接口から聞きたかったのだろう。
「まあまあ、だな。幾つか違和感があったくらいだ」
「詳しく聞かせて?」
リッカはソファの隣をポンポンと叩いて俺に座るよう促した。それに従い腰を下ろすと、肩の触れ合う距離にいる彼女から油の匂いに混じって女性特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「それで、違和感っていうのは?」
「咬刃展開形態から通常形態に戻した時に引っかかるような感覚があったんだよ。元々ラウンドファングからクリーヴファングまでの流れを意識した調整だったからか、一撃目から戻した時に手元が外へ引っ張られるような感じでな」
「じゃあやっぱりフレーム制御装置の問題かな。ヴァリアントサイズは生体部分を変形させるために制御装置を中に組み込んでるから、調整が難しいんだよね…」
リッカは顎に手を当てて「うーん…」と唸ると、目を閉じたまま動かなくなってしまった。技術者あるいは科学者のサガなのか、考え事を始めると自分の世界に没頭してしまう癖には手の施しようがない。
「変形機構のロックを少し緩めてみるかな……でもそれじゃあパーツを維持できなくなっちゃう…」
少ししてブツブツと呟きながら立ち上がったリッカは部屋の壁に設置された大型端末「ターミナル」へと向かい、神機の改善方法を探り始めた。
特にすることもなくなった俺は、まだ半分以上残っている「冷やしカレードリンク」をもう一度口に含む。不味いなぁ。
「あ、ヒバリちゃんからメール来てるよ。『今すぐエントランスに来させてください。』ってさ」
「………なんでリッカに連絡が来るんだよ」
「ここに逃げてきてるのバレてるんじゃない?」
まずいなぁ。