please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
「……ヤナギ、いる?」
居住区画にある一室の前で、リッカはノックをして返事を待っていた。しかし、一向に応えは返ってこない。
彼が部屋にいるのはわかっていた。いつも任務後に寄るところはラウンジかリッカの整備室だが、そのどちらにもいなかったため自室にいるだろうということだ。
「入るよ…?」
鍵は閉められていなかった。扉はあっさりとスライドし、リッカを中へ招き入れる。
灯りは殆どついていなかった。隊長用の部屋は広く、廊下からの光では全てを照らすことは出来ない。けれど、ヤナギがベッドに腰掛けているのは視認できた。
リッカが彼の元へ寄ると、扉が自動で閉じられ部屋は再び暗闇に包まれる。
「ヤナギ…」
部屋の暗さに目が慣れてから名前を呼ぶと、ゆっくりと彼の首が持ち上がった。
「………あぁ、リッカ。ごめん気づかなくて」
明らかに疲弊した様子が見て取れた。
リッカは今日の任務内容をヒバリから聞いていた。ゴッドイーターでもない自分が、ましてや秘匿任務を知ることは良くないのではと思ったが、内容を聴くとそうも言ってられなかった。
第五部隊隊長の千草ネネ。彼女のことはよく知っている。何度も話したことがあり、一緒に遊んだこともある。そして、ヤナギと仲が良かったのも知っている。
「ぁ……まだ報告してないんだった………ツバキさんのところに…」
「大丈夫。報告は明日でいいって言ってたよ。ヒバリちゃんもね」
立ち上がろうとするヤナギをリッカがおさえる。ゴッドイーターとそうでない者では力の差は歴然であるが、今のヤナギは簡単に押さえられるほど力が抜けていた。
「今日はもう休んでいいよ。もともと休暇日だったんだから」
「………そうか…」
言って再び座り込んだヤナギはまだ汚れた服を着たままで、左頬から首にかけて水疱が出来ていた。それを見つけたリッカが、今度は慌てて彼を起こそうとする。
「それ火傷!?すぐ処置しないと!」
整備士という職業上その赤い水疱には見覚えがあった。水疱が出来るほどの火傷は、軽い火傷のヒリヒリした痛みなんて比較にならないほど激しい痛みを伴う。
「いいよこれくらい…」
「良くないよ!ちゃんと冷やして軟膏も」
「だから必要ない!リッカも知ってるだろ!」
ヤナギがリッカの手をバッと振り払い、強い口調で怒鳴る。
しかしそれは強引に引っ張ろうとしたリッカにではなく、むしろ自身に向けての言葉だったのだろう。彼は頭を抱え先程より深く項垂れた。
「………ネネとは約束してたんだ。…もしアラガミになったら……ちゃんと殺してやるって」
しばらくの沈黙の後、ヤナギの口からポツポツと言葉が溢れ出した。小さく、少し震えた声で。
「…だから殺したんだ。……それは、仕方ないことだと思う。それが俺の任務で…………約束だったから」
ヤナギの行動は断じて間違っていない。アラガミ化したゴッドイーターは高い戦闘能力を持つ。その脅威を早期に排除することはゴッドイーターとして、第零試験部隊として正しい行動だろう。それは本人もわかっている。
「でも………だとしても、少しは躊躇するだろ……。なぁリッカ……任務とか、約束とか…そんなことで割り切って…………なんの躊躇もなく人を殺せるか…?」
口ぶりからして、ヤナギは躊躇わず千草ネネを殺したのだろう。だからこそ思い悩み、こうして暗闇に落ちている。
彼の声から伝わる心は硬いヤスリで削ったように擦り減っていて、その悲痛さに込み上げてくる涙をリッカはぐっと堪えた。そしてそっと彼の背に両手を回し、抱きしめる。
「俺がゴッドイーターになったのは……人を救う為なんだ。…命の危険にさらされながら……それでもアラガミに立ち向かう………あぁ、カッコいいなぁ……そうだろリッカ…………誰もが憧れるヒーローだ…」
それはヤナギの心の底から出た告白だった。今までひたすら任務に従い介錯に対して弱音は吐いてこなかったヤナギが初めて吐露した悲壮。
ゴッドイーターはその高い報酬に見合った、あるいはそれ以上に危険な任務を遂行する。死傷者が出るのは最早日常茶飯事。しかし彼らは人々を守る為に果敢に立ち向かう。
故に憧れる者は多く、ヤナギも感化されたうちの一人であった。その理想像を目指し、彼はゴッドイーターとなった。これで自分もヒーローになれると心躍り、誰よりも強くなると息巻いていたのだ。
その特異な体質を告げられるまでは。
「なのに……俺は………どうして俺は………
どうして人を殺してるんだ……!」
アラガミ化したゴッドイーターは初期状態の段階で部隊員が殺害することが規則だった。今もその規則が書き変わることはない。しかしヤナギという神機使いは、侵喰の進んだゴッドイーターでさえ殺すことが可能な唯一の人材であった。
それはこれまで対処手段を持たないフェンリルにとっては重要度の高い存在。戦力としても、研究対象としても。
しかしそれらは全て本人の意にはそぐわないモノ。本人が望んだモノとは程遠いだろう。それを彼は責任として担い、任務を達成する。ゴッドイーターとしては正しい姿だが、時間が経つにつれ彼の心は着実に擦り減っていた。
「つらかったね」
リッカはそう囁き、彼の頭をそっと撫でる。
「君は優しいから。だからそんなふうに悩んじゃうんだよね」
ヤナギとはもう二年の付き合いになる。役割は違っても同期であったことから、入隊したての頃からよく話をしていた。長い付き合いともなると、さすがに相手のことは理解できている。
ネネは最近やっとヤナギのことがわかってきたと話していたが、リッカからすればまだまだわかってないと意地を張ったりもしていた。
「君はかっこいいよ。私からすれば、どのゴッドイーターと比べても一番かっこいい。だって、死んでいった人の分も全部背負って戦ってるんだから」
これはリッカの本心だ。ヤナギはこれまで何人もその手で殺してきたが、その度に人員の欠けた部隊をフォローする為出撃回数を増やしていた。きっと今回もそうするだろう。
去った人の分も戦い、決して任務を放棄することなく完遂する。サポートしかできないリッカには、その姿が痛々しくも酷く眩しく見えていた。
サポートを主としている彼女にはそういった時、所有者を失った神機を保管することしかできないから。
「私にとっては、ヤナギがこの世界で一番のヒーローだよ」
死んだ人に対して何もできない虚しさを、少なからず知っているから。
◆
暫くして落ち着いたヤナギは眠りにつき、それまでそばに居たリッカは仕事へ戻る為にとりあえず部屋を出た。そして廊下を歩いていくと、エレベーター前で第零試験部隊の指揮統括を担当している雨宮ツバキとすれ違った。
「……ヤナギの様子はどうだった」
その際、リッカに向けてツバキが問いかけた。
仕事に私情は決して持ち込まない厳格な人物だが、部隊員の身を常に案じている。それはヤナギに対しても例外ではなく、今回の事情を知っている為心配しているのだ。
「…かなり落ち込んでますね。今までで一番」
リッカはヤナギの苦しむ姿を思い出し、眉を顰める。
「あんまりこの言い方は好きじゃないですけど、これまでは関係の深くない人ばかりでしたから」
命に価値はつけられないが、誰かにとって誰かに対する価値はどうしても存在する。
言ってしまえばヤナギは、今まであんな風にショックを受けることはなかった。それはネネと交友があったから。リッカとしても、もしヤナギがMIA認定(作戦行動中行方不明)となった場合、平常心を失いこれまでとは違う対応をとってしまうだろう。
「そうか………。すまない、あいつのメンタルケアは殆どお前に頼っている状況だ。難しいと思うが、よろしく頼む」
「……じゃあその専属カウンセラーからのお願いなんですけど、明日の適合試験からヤナギを外してもらえませんか」
ゴッドイーターの適合試験には失敗した際に対処する為のゴッドイーターが近くで待機している。以前は予定の空いているゴッドイーターが務めていたが、今は違う。それも第零試験部隊、つまりヤナギの仕事だった。
「すまないが、それはできない。もし支部内で暴れられては被害が甚大なものとなる。常に万全を記すため、ヤナギに頼らざるを得んのだ」
突きつけられた正論にリッカは言い返せなかった。アラガミ化するゴッドイーターに対してヤナギは強力な弱点として機能している。アラガミ化直後は対処が容易ではあるが、予想外の出来事が起こる可能性はゼロではない。そしてそのもしもが起こった時、ヤナギがいなければ極東支部そのものが崩壊する可能性もゼロではなくなる。
「……わかりました。じゃあせめて、これから休みが増えるように調整お願いします」
「わかった。そうしよう」
神機の整備士となった時から、自分に出来ることがいかに少ないかを彼女は自覚している。ならばせめて、出来ることは完璧にやり遂げ戦場へと送り出す。その矜持に従い楠リッカは整備室へと戻っていった。自分の用意した神機が、少しでも役に立つように。