please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
起きると、既に時刻は朝となっていた。昨日の夕方に帰ってきてからずっと眠り続けていたらしい。幸いシャワーは浴びていたため汚れてはいないが、それでも目覚めは最悪といっていい。
「………」
体を起こし、両の手を広げる。
何も握られていないはずの手には、神機を握る感覚が鮮明に刻まれていた。金属とも樹脂とも違う素材の柄から伝わる肉を、血を、命を抉る感覚。
「ッ……!」
気分が悪かろうと休むわけにはいかない。むしろ何かやっていた方が気は紛れるだろう。
ぐっと拳を握り立ち上がる。携帯端末に繋がった充電コードを抜きつつ時刻を確認すると、予定集合時間の10分前となっていて割とギリギリの時間だった。
クローゼットから引っ張り出したコートに袖を通し、寝癖を手櫛で整えながら部屋を出る。
「今日は2人だったか…」
神機保管室へ向かう途中、昨日確認し損ねた神機適合試験の候補者についてを端末で目を通す。
男女1人ずつらしく、片方は藤木コウタ。柿色の髪の少年で、かつて雨宮ツバキ教官が現役時代に使っていたモウスィブロウで適合試験を行うらしい。つまり、例の第二世代はもう片方の少女なのだろう。
画面をスライドして表示したプロフィールに映っていたのは赤髪の少女。名前は霊代アキ。日本初となる第二世代ゴッドイーター候補者として選ばれた希少な存在。
だが、正直そんなことはどうでもいい。
問題は、イレギュラーが起こらないか。
多くのゴッドイーターが該当する第一世代は多くの例が存在する為、適合失敗のリスクは殆ど無いに等しくなっている。理論上では第二世代でもリスクは変わらないらしいが、もしもの懸念は拭いきれない。仮に失敗した場合、これまでと違う結果になるのでは無いかという懸念もある。
「っ………はぁぁ…」
昨日の今日で疲れが抜けきっていないのか、ふと足元がフラついて壁にもたれかかる。一度疲れを自覚すると全員至る所に疲労を感じ、思わず溜息をつきながら廊下で座り込んでしまった。
出来ればこんな無様な格好は誰にも見られたくないなと人が通らないことを祈っていたが、やはりカミなんてものはロクでもない奴らしい。パタパタとエレベーターの方向から走る足音が聞こえてきた。
「だ、大丈夫ですか!?ゴッドイーターの方ですよね!」
気怠く目線を上げると、知っている顔がそこにいた。知っているというか、ついさっき見たばかりの顔だった。みるからに新品な制服からしても間違い無いだろう。
「……霊代アキ…」
「えっ、私のこと知ってるんですか?………どこかでお会いしました?」
第二世代ゴッドイーター候補者の彼女は怪訝な表情を浮かべるが、気を悪くした様子はない。単純に自分を知っている理由が知りたいのだろう。
「……いや、今日君が適合試験を受けるっていう話は知っていたからね。…………こんなところに何の用かな?適合試験の場所はここじゃないよ」
「あーーーー…えっと………ま、迷っちゃいまして…」
彼女は照れくさそうに言う。
フロントで案内はあったはずだが、まあアナグラはかなり大きな施設である為はじめてなら迷っても仕方ない。
「…わかった。案内するよ」
「えぇ!?いいですよそんな!」
「遠慮しなくてもいいよ。元々同じところで仕事があるからね」
「いえ遠慮とかではなく!いや、それもあるんですけど……それよりあなたは医務室に行くべきです!」
「医務室って、大袈裟だなぁ。ちょっと疲れが出ただけだから」
彼女の遠慮を受け取らず体を起こして先導しようとすると、ガッと両手を掴まれて動きを止められた。
「ちょっとの疲れでそんな顔にはなりません!」
「……………顔?…………え、そんなに酷い?」
「かなり!」
ド直球に言われてしまい「そっかー…」なんて返してしまったが、もし鏡を見ていつも通りの顔だったらどうするつもりだろう。元から酷い顔だって言ったことになってしまうけど。
なんてことを考えながら端末のカメラを起動して内カメラへ切り替える。そして映し出された画面を見ると………まあなんというか……なんと言えばいいか………
有体に言えば、酷い顔の男がいた。
明らかに悪い顔色、目の下にはクマができ、手櫛では直りきらないほどボサボサの髪。これは医務室を勧められても仕方がない。
「………確かに」
だが動けないなんてものではない。動ける以上は任務をこなさなくてはならない。ゴッドイーターは簡単に変えが効く仕事ではないから。
「でも仕事だからね。大丈夫。そんなに疲れる任務じゃないから」
「………わ、わかりました…」
釈然としない様子ではあるが、それ以上彼女は体調に関して言及することはなく訓練所へ向かう俺の後ろをついてきた。
エレベーターに乗り、地下へ地下へと降りていく。特に何も話さず壁にもたれかかっていたのだが、彼女の方は沈黙に耐えきれなかったのか声をかけてきた。
「あ、あの…ゴッドイーターの試験って失敗したらどうなるんですか…?」
試験場が近づいてきて緊張したのか、問われたのはかなりマイナスな方向のものだった。
「…………偏食因子に侵喰されてアラガミ化するのが最悪のパターン。その時はすぐに処理される」
「アラガミ化…………あ、その時のために同じところに向かってるんですね」
察しが良すぎるのも考えものだ。もしかしたら自分を殺すことになるかもしれない相手が隣にいては落ち着かないだろう。
「万が一の為にね。昔はともかく、今は技術の進歩で失敗の可能性はほぼないから。少なくとも俺は見たことないよ」
数値的にいえば可能性はほぼゼロ。ただしゼロではない。そのリスクを負う側からすれば、ゼロではないそれが酷く大きなものに見えてしまうだろう。
だは承知の上。だがゴッドイーターは適合試験のリスクなんて比べ物にならないほどの確率のリスクを背負って毎日を生きている。この程度で折れていては今後生きてはいけないのだ。
だが、彼女から投げかけられた言葉はそういった予想からかけ離れたものだった。
「……もしその時、ちゃんと私を殺してくれますか?」
思わぬ声にハッと顔を上げる。
視線の合った彼女の目はどこまでもまっすぐで、夢で見た彼女の目を思い出させた。
彼女が気にしたのはアラガミと化した自分ではない。
その自分だったものが及ぼす被害について憂いているのだ。
「………あぁ」
この言葉は嫌いだ。あの時答えた自分のことは殴り飛ばしてやりたい。嫌だ。やりたくない。負いたくない。身に余る。逃げたい。
だが、それでも…俺は言う。
「その時になれば、必ず殺してやる」
霊代アキは、やっぱりいい顔で笑った。
◆
「遅いぞ。……なんだ、そのみっともない顔は」
「…そんなやばいですか、これ」
訓練所へ辿り着いて早々、ツバキ教官からも予想通りの言葉をかけられた。
「あぁ、相当にな。だが任務は任務だ。予定通り準備を整えておけ」
「了解」
「霊代アキ、お前はこっちだ」
適合試験に関することを改めて説明する為に霊代アキは職員に別室へと連れられていった。去り際に「ありがとうございました!」と頭を下げる彼女に軽く手を振ると、ツバキ教官が意外そうな顔でこちらを見た。
「珍しいな。お前がゴッドイーターと交流を持とうとするとは」
「偶然会っただけですよ。……ただ、彼女の目が少し気になったので」
「ほう?お前がそう言うなら、期待できそうだな」
「……どうでしょう」
初対面ながら感じられるあの真っ直ぐさと心の強さは確かに期待できるだろうが、それだけで生き残り続けられる確証には繋がらない。事実、千草ネネは心身共に強い人だった。にも関わらず、死んだ。俺がこの手で息の根を絶ったのだ。
「ヤナギ。待機室ではなくコントロールルームで見ていても構わないが、どうする」
「いえ、待機室でいいですよ。何かあった時すぐに対処できますから」
教官から提案を受けたが、俺はそれを断った。
コントロールルームは訓練所をガラス越しに見渡せる場所にあるため、待機室とは違い訓練所まで少し時間がかかる。
といっても20秒程度の差でしかないのだが、その秒数で予想外のことが起きた時を考えると提案を受け入れるわけにはいかないのだ。
「わかった。これからのスケジュールは把握しているな」
「藤木コウタ、霊代アキの順で適合テストですよね。万が一に備えて今日の予定はこれだけのはず………まあ、あと昨日の任務報告書の提出ですか」
「そうだ。ただし一つ。適合テストの後に両名にはメディカルチェックを受けてもらうが、その前にお前がメディカルチェックを受けろ。博士の方には既に話は通してある」
「あー……はい。了解しました」
「よろしい」
別にそこまでしなくても。とか言おうと思ったが、きっと上官の命令には従えと言った上で頭を叩かれる未来が見えた為、素直に従うことにした。たぶん、英断だっと思う。
◆
待機室には訓練所の様子を見ることができるモニターが数個壁付けされており、壁には神機のラックが設置されている。これにより有事の際はすぐに駆けつけられるようになっていた。
まあ結果として、今回も俺の出番はなかったのだが。
適合試験時にはどうしても伴う痛みを藤木コウタも霊代アキも例に漏れず体感していたが、問題なく適合出来たようだった。
「にしても、随分派手な服だったな」
第一世代ゴッドイーター候補者だった藤木コウタの服装は黄色やオレンジが基調の目立ちやすい服装をしていた。
ゴッドイーターはフェンリルの職員として属する為、基本的には制服を着用することを推奨されている。
勿論制服といっても戦闘に支障をきたさないように動きやすい構造になっているのだが、別に私服を着ていても問題はない。むしろゴッドイーター側からすれば自身が1番動きやすいと思う服を着ることが優先されている。
初日から制服ではなく私服を着てくるゴッドイーターは何人かいるが、彼らは自分なりの拘りを持っている傾向がある。尤も、制服を着てきたからといっても拘りがない訳ではないのだが、制服を着てくる人はやはり規則に逆らわないような真面目な者が多い。
「やぁ、来たね」
やることもなく任務を終えた俺はツバキ教官に言われた通りサカキ博士の研究室を訪れた。
そしていつもの狐のような胡散臭いにやけ顔で迎え入れた彼がフェンリル極東支部技術開発統括責任者のペイラー・榊。着物の上にインバネスコートを羽織り、いつもかけている眼鏡とは別に首から複数の眼鏡をチェーンでぶら下げている。
こんなナリをしているが、偏食因子の発見者であったりフェンリル創設者であったり、アラガミ研究の第一人者というかなり優秀な人物なのである。全くそうは見えない。
「………ふむ。君の状態はツバキ君から聞いてはいたけど…」
「思っていたより酷い、ですか」
「その通り」
見事言い当ててしまった俺に向かってピンっと人差し指を立てる博士に対してムッとしつつも、言っても仕方がない人だと知っている為なにも言わない。
「一応来ましたけど、別にメディカルチェックなんてしなくていいですよ。ただの疲れですし」
「そうは言ってもね。検査結果を求められた時に怒られるのは私なんだよ?」
「そんなの適当な数値打ち込んで誤魔化しといてください。博士だって、霊代アキのデータ解析がしたくて仕方ないんでしょう?」
「おや、バレてしまったか」
いくら見た目が胡散臭かろうと実際には優秀な研究者。ならば新型ゴッドイーターの適合試験で得られた数値にメディカルチェックまでの間で目を通しておきたいと思うだろう。
「じゃあ俺はこれで」
「あーちょっと待って」
さっさと立ち去ろうとする俺を博士は呼び止め、ひょいっと一枚のディスクを投げてよこした。
「ポール型神機について頼まれていた資料があってね。リッカ君に渡しておいてくれないかい」
「…わかりました。ありがとうございます」
それをコートのポケットに突っ込んで部屋を後にする。
これから予定している任務は特にないが、自室に戻って寝るというのも気が乗らない。適当な任務を受注するのがいいかもしれない。
なんてことを思いながら、とりあえずディスクを渡すためにリッカの整備室へ向かった。途中すれ違ったゴッドイーター達からは、見苦しかったのかことごとく目を逸らされたが気にしない。
「リッカ、いる?」
整備室の扉は開かれたが、返事は返ってこなかった。電気はついたままだったためそのうち帰ってくるだろうと中へ入ると、嗅ぎ慣れたオイルのにおいが鼻腔を刺激する。
「リッカも新人のところか」
ソファに腰掛けながらそんなことを呟く。
新型の神機を調整したのはリッカだ。ならそのデータや使い手になる人のことは気になるだろう。今頃は霊代アキと話をしているか、すれ違いでラボラトリの方にいるか。
「…明日は討伐任務が2つ………あー、確かパーツって鎌のままだよなぁ…」
珍しく物音のしない整備室。
嗅ぎ慣れた、安心感すら覚える匂い。
溜まった心労が溶け出るように、意識が微睡んでいく。
留めるものは何もなく、俺は簡単に僅かな意識を手放した。