please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
あ、今回はいい感じだ。
目を覚まして意識がまだ朧げながらも、今朝と比べ物にならないほど心地のいい目覚めだと自覚できた。
このままもう一眠りしてしまおうかとも思ったが、自分が今何を枕にしているのか気がついてしまって二度寝の考えは消えた。
「あ、起きたね。お寝坊さん」
甘く響く声と優しく頭を撫でる手の感触を堪能しつつ、リッカの膝の上で横たわる体を起き上がらせる。
「起こしてくれよ恥ずかしい」
「あんな顔見たら誰だって起こしたくなくなるよ」
情けなく寝顔を晒し続けたことが小っ恥ずかしくなり、イタズラっぽく笑うリッカから目を逸らしながら頭を引っ掻く。すると、ボサボサだったはずの髪がある程度整っていることに気がついた。
「あぁ髪のこと?ちょっと酷かったからね。勝手に触らせてもらったよ」
「……まあ、もう散々言われたからいいけどさ。酷いって言われると結構グサッとくるんだよな…」
「あはは、ごめんごめん」
笑いながらリッカは立ち上がり、作業台の方へと向かった。それを見てここにきた要件を思い出す。
「そうそう。サカキ博士からこれ、預かり物」
「えっ、わっ、ちょっと!?」
ポケットから取り出したディスクを徐に投げてよこすと、驚いたリッカがわたわたとお手玉しながら受け取った。「危ないでしょー」と諭してくる彼女の言葉は綺麗に聞き流す。
「……なぁ、あの神機」
「うん?」
ふと目に入った、ラックに立て掛けられた神機を指差す。いつの間にか訓練所の方から戻されていたソレは昨日と同じヴァリアントサイズを装着していた。
「パーツ、そのままにしておいたんだな」
「ああそれね。元のパーツも修復は終わったんだけど、調整の方まで手が回らなくてさ。装甲は修復出来てたでしょ?」
「…そういえば」
「そういえばって……まあ無理もないけどさ」
神機を見直し、一昨日の任務で破損したはずの装甲パーツがいつの間にか修復されていたことに言われてから気が付いた。
「今なら時間あるから戻せるけど、そうする?」
「……いや、そのままでいい。結構使い勝手良かったし」
「そう?まあ私としてもデータが取れるからその方が嬉しいんだけどね」
「なら尚更それでいい」
使い慣れているのは間違いなくショートブレードだが、前の戦闘でヴァリアントサイズが強力なことはわかった。なりより多対一に対応できるのは魅力だ。
「あ、そうそう。ツバキさんから聞いたんだけど、新型の子と知り合いになったんだってね」
「あー…まあ、たまたまな。道案内しただけ………なんだよ」
「別にー?」
明らかに意味ありげな面持ちをしている。
「リッカは会ったのか?」
「新型の子?うん、会ったよ。明るくていい子だね。…ヤナギが好きそうな子」
「……なんだよ」
「別にー?」
いたずらっぽく彼女は笑う。
俺とリッカは恋人同士というわけではない。
互いにどう思っているか口にしたわけでもない。
だが、互いがどう思っているかはわかっている。
進展がないのは、単に俺が臆病者だから。
「………そういえば今、何時?」
不意にかけたその問いはただ自分の端末を見ればいいだけの話なのだが、それでも聞いたのはバツが悪くなって話を変えたくなったから。
きっと、こういうところなんだろうけど。
「もうすぐ8時だね」
「8時か。………………え、はちじ?」
「うん、8時。私がここに戻ってきてから5時間は経つね」
思っていたより衝撃的な事実に思考が止まりかける。精々1時間程度に考えていたのだが、5時間って。寝すぎだろ。
「あ、さすがにその間ずっと膝枕してたわけじゃないからね。あんまり音の鳴る作業とかはしなかったけど」
「……え、ごめん。絶対邪魔だったじゃん俺。ほんとごめん」
「ああぁそういうつもりで言ったんじゃないよ!?本当に邪魔だったなら起こしてるし」
「いやぁ…でもなぁ…」
そうは言われても申し訳なさは拭えない。リッカが嘘をついているとか思ってるわけじゃなくて、こっちの心持ちの問題として。
「んー、それじゃあ私の分の配給品もらってきてよ。これの中身見たいからさ」
ヒラヒラと振りながら見せてきたのはサカキ博士のディスク。中に入ってるものに関して俺も興味はあるのだが、一緒に見たところで科学者じゃない俺には殆ど理解できないだろう。
「了解しました〜」
なにより今彼女の頼みを断る事は出来ない。引き受けた任務を果たすため、名残惜しくも俺は5時間ぶりにリッカの整備室から外へ出た。
◆
夜となれば昼間よりアナグラにいるゴッドイーターは増える。理由は明快。夜に行う任務は危険を多く伴うから。もちろん絶対に夜は任務を行わないなんてことはないが、やはり殆ど日のあるうちに終わらせることが多い。
だから本来はこの時間知り合いのゴッドイーターと会いやすいということなのだが、いかんせん俺はその知り合いのゴッドイーターが少ない。いや、顔見知りという言葉なら結構当てはまる相手はいるのだが、好意的に話せる相手となると途端に少なくなるのだ。
まあ少ないだけでいないというわけでもない。俺のことを忌避せず話してくれるゴッドイーターも数人いる。リンドウやサクヤがその例だ。例というか、過半数その2人なのだが。あと1人だけ、普通に話してくる奴がいる。
「……霊代アキ」
まあ要するに、俺は俺のことを忌避せず離してくる相手には普通に接するということだ。深く踏み込むことは確かにないが…
今こうして食堂前のソファで死んだようにくたばっている新人ゴッドイーターを気にかけるくらいは普通にする。
「ぅあぁ………ぇっと………?」
声に反応した霊代アキが背もたれに乗せていた首をぎこちなく動かし、微かに生気が宿っていると言えなくもない目でこちらを見上げる。
「あぁ、そっか。道案内した時は自己紹介をしていなかったね。改めて、ようこそフェンリル極東支部へ。俺は第零試験部隊隊長、久永ヤナギ。ヤナギでいいよ。よろしく」
「…えぇ………わあぁ……随分変わりましたね…気付かなかったです」
「数時間ぶりに会った相手に言う言葉じゃないね」
だが、彼女の言うことはわかる。ここまでくる途中にあった窓ガラスやらで自分の身だしなみは見たが、我ながら訓練所にいた時とはまるで違っていた。リッカが整えてくれた髪もそうだが、顔つきそのものが違った。というよりいつも通りに戻っていた。
「あ…私の方も改めまして、第一部隊配属になりました。霊代アキです。私もアキって呼んでもらって大丈夫です…こんな格好ですみませんがよろしくお願いします…」
「昼間とはまるで逆だね。初日の訓練、大変だった?」
偏食因子を取り込んだことによって彼女の肉体性能は今日の朝より格段に上昇している。だがゴッドイーターとして生き抜くには身体能力をさらに底上げする必要があり、そのための訓練を最初のうちは重点的に行うこととなる。問題は、下手に無理の効く体になってしまったせいで訓練の辛さが常人の域を逸脱している点だ。
「はい…絶対これ明日筋肉痛ですよぉ」
「それくらいじゃ筋肉痛にはならないよ」
「えぇー?……あ、そっか…ゴッドイーターだから」
適合率による差はあれど、ゴッドイーターならば回復速度は常人を遥かに上回る。故に筋肉痛が起こるより早く筋繊維は修復されるのだ。
「あ、いたいた。おーいアキ〜」
筋肉痛にはならないとはいえ現在の疲労が抜けず動けないままの彼女に対して声をかけながら食堂の方から歩み寄る男の姿があった。両手には配給品らしいものを2人分持っていて、おそらくアキの分も合わせて取ってきたのだろう。
「コウタ、ありがとう」
「いいってこれくらい。あれ、その人知り合い?」
アキと同じく今日付けで配属となったゴッドイーター。第二世代を新型とするなら、こちらは旧型となる。同じ訓練を受けただろうが、彼の方は動けなくなるようなことにはなっていない。とはいえ顔の疲労や動きのぎこちなさは誤魔化しきれず、気丈に振る舞っているのがうかがえた。
「初めまして。フェンリル極東支部第零試験部隊隊長、久永ヤナギだ。アキとは昼間にちょっと知り合った程度の仲だね」
「その節は大変お世話になりました…」
「こちらこそだよ。君は藤木コウタ、だったよね」
「は、はい!第一部隊所属の藤木コウタです!よろしくお願いします!………あの〜、第零試験部隊って、なんすか?」
堅苦しい肩書きを述べてしまったせいか、変に畏まったコウタが背筋をピンッと伸ばしながら自己紹介をするが、部隊名のことが気になったのか聞き返してきた。
「第零試験部隊っていうのは、難しい討伐任務の難易度を下げるために露払いをしたり、新兵装を試験運用したりする部隊だよ。とはいっても今のところ部隊員は俺1人だから、隊長っていうのもおかしいんだけどね」
最大戦力の扱いを受ける第一部隊、防衛班と呼ばれる拠点防衛を主任務とした第二,第三部隊。その3つの部隊が極東支部における精鋭と呼ばれるゴッドイーターで、第四以降の部隊は実力で第一から第三に劣るというのが一般的な認識となる。
その関係はツバキ教官から聞いたはずで、だからこそ初耳となる『第零試験部隊』というのが気になったのだろう。
「な、なるほど…?」
言葉とは裏腹にクエスチョンマークを浮かべるコウタはあまり理解できていなそうだが、それはそれで構わない。もし本当に任務がそれだけなら第零なんて仰々しい部隊は創られないが、1日目からその意味を知る必要なんてない。
どうせ、いずれわかることなんだから。
「じゃあ、俺はこれで。2人とも頑張ってね」
これ以上話すことはないと社交辞令を告げてからその場を去る。
第零試験部隊が行う任務を知れば、こうして普通に接することはなくなるだろう。それは今までがそうで、きっとこれからも変わることはない。
ゴッドイーターが神機を用いて殺すのはアラガミ共。誰に言われるまでもないその事実は、ゴッドイーターを殺す俺というゴッドイーターにとある意味を持たせている。
ゴッドイーターは生き残った人間を守る為に戦う。
ゴッドイーターという職業に務める人間として。
だが、ゴッドイーターを殺す任務を担うゴッドイーターの存在は、要するにゴッドイーターもアラガミであるという意味を持ってしまうのだ。
だから皆は俺を嫌う。そして、俺も俺を嫌う。