少女と羂索は新宿決戦を観戦していた   作:安西

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導入がめちゃくちゃ長いですが、羂索に興味を持たせるためなのでこれくらいは仕方がない。
4話か5話で終わります。




 薄暗い映画館の中、スクリーンに投影された映像を眺める少女がいた。

 大盛りのポップコーンとコカコーラを用意して、背もたれを倒しリラックスした姿勢で画面を眺めている。

 映し出されているのは新宿の一角、これから始まるのは最強と最強の争い。

 その時、入り口から五条袈裟の男が入ってきた。

 

「やぁ、榎本楓。まだ始まるまでは少し時間があるだろう。トイレにでも行っておいたほうがいいんじゃないかな?」

 

「夏油傑……いや、羂索と呼んだ方がいいでしょうか。プレイヤーである私を殺しにきたのですか?」

 

「おや、その名前を知っているのか。君は高専陣営とは関わりが無かったはずだが」

 

「自分を殺そうとしている存在の素性くらいは調べておくものでしょう。まあ、あまり動きすぎても貴方の手が入った高専上層部やその手駒の術師に気取られるのでそれほど探れませんでしたが」

 

「高専上層部を私が掌握している、そこまで知れれば上出来だと思うけどね」

 

 羂索は階段を上り少女の隣まで来ると、隣にもある真っ赤な椅子に腰掛けた。

 当然、彼の目的はプレイヤーである少女の抹殺である。

 死滅回遊を終わらせ、天元と日本国民の超重複同化を成し遂げるためだ。

 

「お忙しい中わざわざゆったり椅子に腰掛けたりして、どうしてさっさと私を殺さないんですか?」

 

「白々しいな、首元に仕込んだカウンターの呪具と映画館全体にかけられた対呪霊専用の呪符に私が気づかないとでも?」

 

 1点プレイヤー、榎本楓。

 彼女がこの場所にいると知った時、羂索は単純作業として呪霊で殺して終わりだろうと思っていた。

 コロニーの出入りが可能であるというルールを万が追加したため、コロニー外の術師は後回しにする予定だったのだが、コロニー間の移動の最中に近場で榎本楓の呪力(特殊な性質を持つ呪力)を察知したので、予定を変えてここを訪れたのだ。

 違和感の正体に気づいたのは、彼女の居る映画館に入った瞬間。

 

「呪力性質が特殊だから名前くらいは覚えていたが特に面白くなる見込みのない術師……私にとって君はその程度の認識だったんだけどね。驚いたよ、その首のマフラーは『醜女の絹糸』で編まれた物だろう?」

 

「えぇ、コロニーから出れるようになってから今日まで少し時間があったので近くの市民館で手縫いしました。癖は強いですがなかなかに有用ですよ」

 

「だろうね。そもそも醜女の絹糸が作られたのは大正時代。顔の火傷から政略結婚の相手に愛される事の無かった令嬢が生み出した物だ。その糸で編まれた呪具は、装着者が美しければとてつもない災い(デバフ)をもたらし生前の己より醜ければ特大の祝福(バフ)をもたらす。特級呪具の名に相応しい効力を持った曲者さ。だが……」

 

「何故私のような美しき人間がこれを有用に扱えるか、それが疑問なのですね?」

 

 クスクスと笑いながら少女は問いの続きを先読みして話す。

 己を前にしても怯える事がない胆力、一般人には似つかわしくない知識量、羂索は少しだけ少女に興味を抱いてきていた。

 

「まぁね、だが予想はできる。なんらかの手段を使い呪具の術式対象を反転させた……問題はその手段だ。君の術式かい?」

 

「どちらもいいえ、正解は術式対象の把握です。この糸を手に入れた時私は思ったのです。美しき者、醜い者、それを分けるのはいったい何か?判定は誰が出している?……後者の答えはすぐに出ました。この糸を作った瞬間の令嬢の価値観です」

 

「成程ね、さっきの話には続きがある。その婚約者は彼女に子を産ませた後は碌に顔も見せずに女遊びに耽っていたんだ。婚約者に愛されず浮気をされ、彼女はそれでも不貞を起こさなかった。いくらその顔が火傷で歪もうとも彼女は令嬢、その金が有れば誰にもバレずに口が固い男娼を一晩買う事くらい出来たはずなのに……ここからは私の推測だが彼女はそんな自分を少なからず誇りに思っていたのではないか?愛されていなかろうが遊び歩かれようが夫以外に体を許さぬ自分は美しい───そう思う事により自分を慰めていたのではないか?」

 

 もう既に2人の間では結論が出ていた、その事には2人共が驚いていた。

 羂索は己が辿り着いた結論に、榎本楓は僅かなヒントで真実に辿り着いた羂索に。

 

「その通りです、結局彼女はこの糸を生み出した後夫を刺し殺し自身も首を吊ったのですが……それは今はいいでしょう。そして彼女が生きたのは大正時代、電車が通りカフェが生まれカチューシャをつけた少女が大通りを歩く時代。それを眺めた彼女は『男遊びを繰り返す女』という概念そのものに怒りを覚えました。つまり彼女は単純な美的感覚以上に『不特定多数の異性と性行為をする人間は何よりも醜い』という己すら気づかぬ見下しがあったのです」

 

「……首の下につけている物は精子か?」

 

「えぇ、そこらへんの男性数名の死体の睾丸から採取した物を塗っています。香水で誤魔化してはいますがやはり臭うものですか?」

 

「いいや、臭いはほぼないよ。だがやはり疑問だな。本人すらその心に気付いていなかったのなら、『見下しか同情かは不明だが醜い者に祝福を与える機能』と『彼女が心のどこかで望んでいたであろう美しき容姿を持ち多くの人間に愛された存在すらも祝福対象になってしまう』というのは納得できる。だが醜女の絹糸はその量ゆえに今まで何度も使われてきた、だというのに何故今までの所有者はその裏技に気づかなかったんだ?」

 

「それは恐らくこの呪具の認知機能の限界によるものでしょう」

 

「……『いくら特級呪具とはいえど装着者が過去にどれだけ望んで異性と遊んだかなどはわからない、あくまで把握できるのは装着している時の顔面や体など』ということか」

 

「そういうことです。マフラーをつけていない時に例え百人と交尾しても、つけた時に醜いという判定は降りないでしょう。その事実を把握していないのですから。だからわざわざ精子をつけたのですよ、わかりやすく私がどういう人間か誤認させるために」

 

 醜女の絹糸を大量に使い編まれたマフラー、榎本楓はその力を十全に引き出していると考えられる。

 ならば舐めてかかるのは辞めた方が良い、そう羂索は考えた。

 それと同時にもう一つ湧き上がった疑問、それを直接彼女にぶつけた。

 

「……私は大正時代の更に前から生きている、この呪具の制作者の令嬢にも会ったことがある。だから先程のエピソードを知っていたんだ。だが君は死滅回遊の開始前までは単なる一般人だ、それに例え術師と言えどここまで詳細な情報を知る者はいないだろう……君は何者だ?」

 

 羂索は可能性を幾つか考える。

 真っ先に思いついたのはサイコメトラーに似た術式を持っている可能性、これならば醜女の絹糸に触れて過去を知り考察に及んだ事も理解できる。

 次に他に呪具の詳細を知れる呪具を所持している可能性、そもそも禪院家の持ち物である醜女の絹糸を榎本楓が保持している事がおかしいのだ、なんらかの手段を使い特級呪具を他にも手に入れている可能性はある。

 

「何者、ですか。そう聞かれるとなかなか答えるのが難しいですね。ですが術式に関しては貴方の予想通りだと思いますよ。死具思念(サイコメトラー)、それが私の術式です。触れたものの記憶を〜ってアレですよ。なんなら乗っ取りますか?呪霊操術よりも使い勝手がいいですよ?」

 

「遠慮しとくよ、天元との同化はこの術式がないと出来ないんでね」

 

「おや、アンチグラビティシステムのように持ち越せないのですか?……あぁ成程、まだ馴染んでいないのですか」

 

「……どうやら君をみくびっていたらしい。そこまで辿り着いているか」

 

 羂索に戦慄が走った。

 『馴染む』という事象まで知られているというのは予想外。

 サイコメトラーが人間をも術式対象にする可能性も考えたが、まだ彼女には触れられていない。

 そもそも今の言葉からして、記憶を見られた可能性は低いだろう。

 

「単なる推測ですよ。例えば七海健人の持つナマクラ、あれは彼が何年も使い込んだ物です。今現在高専陣営に回収されているナマクラは彼の術式を宿しています。長年術式を通して使い込んだ道具に術式が宿る現象、それは貴方にも起こりうるんじゃないですか?」

 

「続けて」

 

「例え五条悟がどれほど目隠しを使い込もうが目隠しに無下限が宿る事はないでしょう、ナマクラはあくまで彼の術式をずっと通していたから呪具化したのです。ナマクラで相手を斬り術式を発動する──とかですね。そして貴方です。肉体を乗り移る術式……これは私の推測ですが相手の脳を食らっているのではないでしょうか?」

 

「正解だよ榎本楓。それで、何故私がまだ持ち越せないと?」

 

「術式が刻まれているのは脳……その右脳の前頭前野。ですが多くの術師は術式を行使する内に肉体にも術式が刻まれていきます、このスピードは速く、恐らく数ヶ月も十全に術式を行使すれば刻まれると思います。まぁ、これには個人差があるでしょうけど。術式強度や呪力出力にも左右されそうですし。そして貴方は脳を食うだけでは術式を得られない、違いますか?」

 

「ククッ、なんでそこまでわかるんだよ。そうさ、私が脳を喰らっても術式は手に入らない。肉体に刻まれた術式を行使しているに過ぎない」

 

「でも、術式を司るのはあくまで脳。呪霊操術を使う内に貴方自身の脳にまで術式が宿るはず、肉体に刻まれた術式が脳にまで侵食する筈。きっとアンチグラビティシステムの時はそうだったのでしょうね。だが今の貴方はまだ脳に術式が宿りきっていない。これが私の推測です」

 

 長い話を語り終え、榎本楓は一息吐いた。

 その隙を見計らい殺すこともできたが、羂索は敢えて彼女が落ち着くのを待った。

 好奇の念が彼を支配していた。

 

「……脳と術式の関係はまだまだブラックボックス。君のも仮説に過ぎない。だが私個人の見解を言うとするならば、私の術式に関してはその運用方法が正しい。どうして君がそこまで知っているのかは気になるが、その前に一つ聞こう」

 

「なんですか?」

 

「君、わざと私をここに誘い込んだな?」

 

 羂索の鋭い眼光が榎本を貫く、だがしかし怖気付く事なく榎本は言葉を返す。

 

「えぇ、その通りです。これ見よがしな私の残穢に呪力反応。まぁ貴方程の術師なら真意に気付くでしょうね」

 

「目的は」

 

「今から始まる五条悟と両面宿儺の戦い。それを見届けたかったのですよ、できれば貴方と共に」

 

「……悪くないね」

 

 そう語る榎本の目は澄み切っていて、他意があるようには思えなかった。

 もちろんそれを信じ切る程羂索は愚かではないが、実際ここで彼女と決戦を見ても計画に支障はない。

 五条悟が宿儺に勝てばどのみち計画の遂行は不可能、五条悟が死んだら後は高専陣営が宿儺に蹂躙されるだけ。

 プレイヤーを狩るのは後でも出来る、意思を継ぐものも用意してある、ならば誘いに乗ってもいいんじゃないかと彼は思った。

 何より、未だ真意がわからず脅威的な洞察力を発揮する少女に多大なる興味を持っていたのだ。

 

「貴方はネタバレ有りで映画を見るタイプですか?」

 

「なんだい薮から棒に」

 

「いえ、単なる質問ですよ。まとめサイトやYouTubeとかでネタバレを見ても平気なのかどうか」

 

「……私は映画はエンドロールまで楽しむタイプだ、一本キッチリその世界観に浸りたい。だからネタバレはノイズにしかならないよ」

 

「そうですか、私もです。だからこそ貴方を誘い、来栖華の腕とPTSDを直した」

 

 榎本楓は世界のイレギュラーであり、あるべき結末を知っている存在だ。

 だからこそ、先の見える世界など彼女は求めていない。

 ネタバレ厳禁行き先不透明、最強達の戦いが始まる。

 

 

 




今回の考察 


・術式が刻まれるのは脳か肉体か。
まず脳と断言されたのは新宿での宿儺の発言、領域展開の関する話のみです。
渋谷での羂索やナレーションでは肉体と言われています。
これを羂索の術式と最新話の七海の呪具を絡めて考察しました。
何故彼はアンチグラビティシステムを持ち越せたのか、そこのヒントはあると思ったからです。

まず術師は脳に術式が刻まれる(この時なんとなく呪術を使える事を自覚する)

術式が使われるにつれて肉体にも馴染んでいく

こんな感じだと思います。

呪具化と似ていると思いました。
そもそも呪具の成り立ちは幾つかあります。
浴などがありますが、今回は三輪式です。
三輪の刀は使い込んでいる事によりちょっぴり呪具化しています。
これは呪力を通す、すなわち禪院家で宿儺が行った浴に似た状況が生まれているからだと思いました。
七海のナマクラは何年も術式を通され呪力を通されていました。
渋谷のあのタイミングで偶然呪具化したというのは考えにくいので、交流会を襲撃して捉えられた術師が何かしら手を加えたのかもしれません。
七海の件は根拠ありませんが。

少なくとも三輪式で呪具化するのは事実なので、羂索が肉体を使い込めば、最初に出した考察とは逆方向で『肉体のは脳にも刻まれる』という事象が起こるのかもしれないと考えました。





ところでこれは根拠というか露悪考察なんですが、ファンパレの竜胆さんは竜骨の材料になると思うのですがどうでしょうか

痛みを力に変える→衝撃を推進力に変える呪具
割とあり得そうです。

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