プロローグのみ日記パートになる予定です。
プロローグ
Ⅰ月Ⅴ日
これからのことを考えて一応日記というものを書いてみよう思う。ものっそいけったいな話やが、どうも自分にゃ前世というものがあったらしい。というんも物心ついた瞬間にゃ自分が赤ん坊であることを自覚しとったし、複雑な思考とかも難なくできとったし、ぼんやりとだけど自分には前世があることだけはわかった。
いつこの感覚が失われるかがわからんけど、万が一そうなってもこの日記帳が辻褄を合わせる命綱にでもなるやろう。
それに、この怒りを忘れへんためでもある。何かって?
物心がつくと同時に、俺は申し訳程度に布団に包まれて竹籠に詰め込まれてどこぞの氷山地帯に放置されとったからや! お陰で目覚めと同時に死を覚悟する羽目になったわ。
いや、もっとこう、場所があるやろうがい! 道に捨てるとか、どこかの寺院に捨てるとか、何ならでかい桃に包んでどんぶらこどんぶらこ川に流すのもありや。いや、芝刈りのジジイがいなけりゃ生存が絶望的だから、川は勘弁やが。
どちらにせよ、人が寄り付けもできないような断崖絶壁に囲まれた山地にわざわざ我が子を捨てるって、ありえなくない? もはやそこまでの根性があるんやったら、一割でいいからその力を子育てに回そうや。
そんな絶体絶命な状況下で、何度も生存のために周りを見渡しては、吹雪の白さしかなく、諦めかけたときだった。
「奇妙な気配を感じたのならば、やはり来てみるものですね」
これまたえらい響くええ声がしたもんやった。あらん限りの力振り絞って意思疎通図ろうとしたんやけど、ガキの体に冷気が触ったようで、しゃがれたガラガラ声しかでえへんかった。この吹雪ん中じゃあ伝わるはずもない。
「しかし、私には使命がある故、あなたを育て上げることは叶いません。せめてあなたを教会までお連れしましょう。どうかあなたの人生に女神の加護のあらんことを」
そう言って、女神のような別嬪な姿をした女子は俺を指さす。すると不思議な暖かさに包まれながら俺の体は光出して、俺は気を失ったんや。
そして目覚めると信じられへんくらいふかふかなベッドに寝かされとった。
「ああ、やっと目覚めたか」
そこには茶髪の偉丈夫がこちらを見下ろしとった。
――話を聞くに彼はここ、ユミルという名前の温泉街を治めるシュバルツァー男爵家のテオ・シュバルツァーという人で、用事で深夜に邸宅へも乗る際に教会前で全裸で放置された俺を助けてくれたらしい。
おい、何が教会までお連れしましょうや。教会前に全裸で放置するとか、人里だからまだマシやけど、境遇としては雪山に布団で包まれて放置されると五十歩百歩やぞ! 済ました顔のくせして、えげつないことをする飛んだ鬼畜やな!
拙い口を賢明に動かしながら、テオ・シュバルツァーに現在自分の置かれた状況を説明した。もちろんだが前世のことなどは伏せた。いや、なんとなく前世みたいなものがあると感じてはいるんやけど、はっきりとした記憶があるわけやないから、余計な混乱を与えるくらいなら、伏せたほうがええかなと思ったんや。
「そうか。それはなかなか辛い状況だったんだな。ちなみに親御さんのことは覚えているかい?」
「すみません、前のことは何も覚えていません」
「ふむ、どうやって雪山にたどり着いたかも、わからないのだな」
「はい。それどころか、親が誰で、自分が誰なのかもわかりません」
「うむ……。自分の名前もわからんのか?」
「はい、すみません……」
そんな気まずい雰囲気の中、みめ麗しゅう女性が分厚い手袋をつけて湯気が立ち上る、見るだけでアッツアツだとわかる土鍋を持ちながら部屋に入ってきた。彼女を手伝うようにして、キリッとした目つきと黒い髪が特徴の男の子がドアを開けており、その後ろに控える、おしめがやっと取れたような別嬪さんの卵共々こちらを覗き込むようにしてみていた。
「お粥を持ってきました。食べられそうですか? 冷えた体が芯から温まりますよ」
「あ、わざわざご丁寧にありがとうございます」
「礼などいい。子供は甘えるのが仕事だ」
幼い舌に少しばかりピリッとした刺激が走る味だった。多分だが生姜か何かが入ってるのだろう。同時にその辛さを感じさせないようにうまいこと甘さを混ぜ合わせてた。まず間違いなく一級の料理人が作ったんやろうなとわかった。
あまりの美味に歓喜しつつ、ドアの端からこちらをいまだに見つめている少年と幼女を俺も見返してやることにした。好奇心と警戒心と自制心と期待とがごっちゃ混ぜの複雑な視線に苦笑しそうになりながら、睨めっこを続けていると、
「二人も入って来なさい」
「あっ、」
テオさんがそう言って二人組を手招いた。
少年は渋々歩いてくる雰囲気を纏わせながらも、その足取りは軽かった。どうやら第一印象はさほど悪いものやなかったらしく、必要以上に警戒されなくてよかったとおもった。
いまだ体が上手いこと動かずにベッドに座りながらお粥を頬張る手を止めた。
「これから一緒に暮らすことになるんですから、イブキくんに挨拶をしましょう」
名前はこのあとで教えてもらったんやけど、例のべっぴんさんのルシアはそんな言葉を放った。あれ、俺の名前今決まったん? いや、名前がないよりかマシやろうけど。
「リィン・シュバルツァー。5さい。これからよろしく」
「えりぜでしゅ。さんさいでしゅ。おねがいしましゅ」
どうやら二人の名前はリィンとエリゼだったみたいや。リィンの方は言葉足りずながらしっかりと挨拶をして、エリゼに至っては自己紹介ができる時点で優秀なのやろう。これは大人になった時が楽しみやな。って、感心してる場合やなかったわ。
「え、えと、イ、イブキ? です。よろしくおねがい、します?」
これから一緒に暮らすってどういうこっちゃ。てっきり善意で命は助けてくれても、後で孤児院か何かに預けてもらうんやないかとおもっとったけど。
「ああ、そういえばまだ言ってなかったな。眠る君のそばに便箋が置いてあってだな、その中にこんなものが入ってたんだ」
そうやって俺に一枚の紙を広げて見せるテオさん。
目を凝らしてみてみると、
この子の名前はイブキと言います。故あって面倒を見ることは叶いませんが、どうか善意ある人がこの子の面倒を見てあげることを願います。ここに金一封を付しておきます。この子のために使ってあげてください。
といったことが書かれていた。
「まだ読めないかもしれないけど、君の名前が書いてあったんだ。それから、記憶もないまま君を放置するわけにもいかない。少なくとも記憶が戻るまでは面倒を見てあげることにしたが、いいかな?」
俺が文字が読めんと勘違いしたテオさんの姿は、天使のようやった。そして、その日にイブキ・シュバルツァーという男が生まれた。
追記
元々性格がええのか、リィンにエリゼと3人で夕飯後に一緒に遊ぶように誘われて、すぐに仲良くなることができた。正直精神年齢云々気にならないほど楽しめたんだが、前世の記憶が抜けてる自分は果たして精神年齢何歳なんやろうか。あと、肉体年齢もはっきりしなかった。だけどそれはきっと大きな問題ではないのやろうと、そう思った。
A月B日
リィンを誘って溪谷道に出かけた。テオ父さんに危ない魔獣が出ることがあるからあまり自分たちだけでいかんよう指示されとったけど、俺らのフロンティアスピリッツは誰にも止められやせえへん! 流石にエリゼを連れて行くのは憚られたんやけどな。
「リィン! はよこいよ! あ、やっぱりフレイムジッポ入っとるわ!」
温泉郷からちょっと進んだ奥まった場所に宝箱が置かれていて、なぜか定期的に誰かがアイテムを入れているみたい。この宝箱は1ヶ月に1回、フレイムジッポを取ることができる。数ヶ月前から、手に入れたこれを売ってはちょっとしたミラに変えて、それをコツコツ貯めとる。
当然やけど分前は等分。俺は今度のリィンとエリゼの誕生日にプレゼントを送ろう思ってるんで、無駄遣いするわけにはいかんのやが、リィンも何やら買いたいものがあるようで、こっそり手に入れたへそくりを貯金に回しているようだ。
今度それとなく欲しいものがあるかを聞いてみよう。
I月K日
リィンの欲しいものを直接聞けないまま、リィンの誕生日を迎えてしまったけど、概ねサプライズは成功したようや。
釣皇倶楽部で飾ってある釣竿を一緒に遊んでいたときにリィンが何度か見ていたような気がしたから、とりあえず釣具を買ってやろう思って倶楽部の建物を訪ねて要件を伝えると、気前の良い管理人さんがタダで2つ譲ってくれた。ただこれでは貯金した意味がないと思い、貯めてきたミラを全て使って、できる限りたくさんのルアーを買ってリィンにプレゼントした。
思った以上に喜んでくれたので、めっちゃ嬉しい。
誕生日パーティの後、ルシア母さんに釣具とルアーを買うお金はどこから来たのかと詰問されそうになったけど、気前の良い管理人さんが譲ってくれたと言ったら納得してくれた。
星月月日
釣り上げた魚を売ることによって想定以上に収入が増えてエリゼに渡すプレゼントの予算が大幅に増えたこともあって、ユミルの外から来た商人から買ったみっしぃぐるみをエリゼ誕生日に渡すことができた。
出会った頃よりもだいぶ身長がのびて、どんどん美しくなる妹は大事そうに受け取ってくれた。ぎゅっとぬいぐるみを抱えるエリゼを見ているだけで満たされるわー。可愛いは正義や。
リィンのプレゼントは綺麗に輝くクォーツだった。釣った魚が吐き出したものの中で一番綺麗なものを選んだらしい。戦術オーブメントを持ってないからアーツを使ったりはできへんけど、装飾用の宝石としても十分に綺麗なものだった。オーブメントを手に入れたら組み込むこともできるし、素晴らしいプレゼントだった。
北月南日
俺がシュバルツァー家に迎え入れられた日が俺の誕生日ということになってた。
今日がその日やったけど、リィンとエリゼが何とプレゼントをくれた。
リィンがくれたのはでかいゼムリア大陸の地図で、エリゼがくれたのは蝶が飾り取られた髪留めだった。
世界の果てに行きたいとかって俺が言ってたのを真剣に受け取って聞いてくれたであろうリィンらしい贈り物に少し微笑ましいものを感じるけど、いずれこの家を出るときに使わせてもらおうと思う。
それに髪を伸ばして束ねているので、髪留めはかなりありがたい贈り物だった。正直女の子がつけて映えるような髪飾りなだけあって、つけていると若干恥ずかしいのやけど、そのうちなれるだろうと思う。
▲月□日
今日この日を俺は忘れることはない。
あれはいったいなんやったんや?
いまだに理解できんことばっかりで、どうにかなっちまいそうやわ。
思考を整理するために、ことの発端から書こう思う。
冬の雪山の美しさにやられて、俺とリィンとエリゼ3人で溪谷のそれなりに深いところまで遊びに出かけとった。昔でこそ溪谷道の奥で遊んでいるのがバレたらこっぴどく叱られたもんやけど、それなりの歳にもなったし、冬場は特に観光客がたくさん訪れることもあって、咎められずに遊びに出ることができた。
雪玉を投げ合ったり、追いかけっこをしたりして気づけば深い森にまで足を運んどった。雪が積もっているせいでどこからどこまでが道かもわからずにはしゃぎ回ったんやけど、言っても子供3人が戯れて道から外れることができる距離も知れたもんで、遊び疲れた俺たちは誰から言い出すまでもなく家路につくことにした。
高低差の大きい山地で視界も悪く迷子になりかけた俺たちは運翌ユミルから立ち上る温泉の湯気に気づくことができて、歩いて最短距離を進もうということになったんやけど――
――そこでクマが現れた。
人は恐怖と焦燥に駆られたときには何も反応できないものだと初めて知ったわ。
こちらを品定めするかのようにゆっくり近づいてくるクマに、俺は突っ立つことしかできんかった。咄嗟にエリゼを庇うように立ったリィンは流石やなと思った。
俺たちを獲物と定めたクマの動きは早かった。
とてつもない速さで駆け寄られて、俺の体くらいはあるだろう腕を振り上げて迫ってきて、初めて俺は体を動かして、逃げる選択肢を取った。もちろんやけど、リィンたちがいる方向とは逆に。
走っているうちにすぐ後ろに熊が迫ってきてることに気づき、振り向いたときには追いつかれて体当たりされて吹き飛ばされとった。ガキの全力疾走に熊が負けるわけがなかったんや。だけど運よく吹き飛ばされた先には登りやすそうな木があって、全身の軋むような痛みを堪えて登った。
そんな姿の俺を見て、リィンたちも動いた。木に登って安全を確保した俺のために救助を求めに行くことを選択したようで、
「耐えてくれ! すぐに助けを呼んでくる!」
そう叫んで、リィンはエリゼの手をとって走り出した。
クマは相変わらず喉を鳴らしながら、俺の登った木の下をぐるぐる回ってる。注意の矛先がリィンたちに向かんよう手を叩いたり、枝を揺らしたりして挑発をしとったが、あまり効果はないようやった。仕方がないのでできるだけ大きな声で叫んで、注意を無理やりこちらに向ける。ぶっちゃけムッサ怖いわ。こんなんやったら、森の奥まで出かけなけりゃあよかった。
言っても始まらないので、喉が枯れるまで叫んでやった。少なくとも僕の肺活量が続く限りはクマの注意を引きつけてやろうと思った。けど、
「――ッ!」
あろうことか熊がその爪を木の幹に突き立てて、登ってこようとしとった。
絶体絶命やな。そんときはなんだか、他人事のように思えた。
策は尽くした。リィンとエリゼも逃した。運良く手に入れた釣竿のおかげで受けた恩は、全てとは言わずともそれなりに返した。未練がないと言えば嘘やけど、生きていたところで、ガキなりに抱いた世界を旅する夢なんて、そうそう叶うもんでもない。
だからこそやろうか。
何も怖くない。そう感じた。
恐れるものは何もない。そう信じた。
勇気を持って踏み出そう。そう誓った。
「ああああああああああああああ――!」
わずかに生存の確率があれば、それに縋ってやろう。どうせ死ぬのであれば、精一杯争ってこその生や。
覚悟を決めた俺は体の大きさのせいで木登りに苦労するクマに飛びかかった。蛮勇とでもなんとでも言えや。みっともなく死んでやるなら、最後までみっともなく生きてやらあ。
意を決して、暴れるクマの背中に爪を立ててしがみつく。なんとしてでも俺を振り下ろしてやろうと体を大きく揺らし続けるクマのせいで何個か爪が剥がれたのだろう、うまいこと力が入らんけど、アドレナリンが分泌する脳には痛みが届かなかった。
そんな状態が数分続き、暴れ続ける体力が切れたのかクマが少しおとなしくなったのを、俺は見逃さんかった。
――容赦無く逆転の一手を振り下ろす!
「おらああ!」
五本の指を伸ばして渾身の力でクマの目に突き立てた。だがうまく当てられんかった。中指が突き指を超えて曲がってはいけない方向に曲がっとるけど、そんなことなんて気にしてられん。爪が剥がれても刺激されなかった痛覚が今更脳内に悲鳴を伝達していたけど、構わず幾度もこの黒の化け物の左目に突き立てたった。
「おら! おら! おら! おらあああ! 人間さまを! 舐めてんじゃねえ! 獣風情が!」
うまく目を差し貫いても手を止めんかった。心を折ってやる。二度とは向かおうと思わんように。もう自分の近く間の地かわからんレベルに左手がぐちゃぐちゃになってきた頃に、俺の体力は尽きた。クマの皮を掴む右手にも力が入らず、最後のひと暴れとばかりに踊り狂うクマの背中から吹き飛ばされて、地面を転がった。
もう戦意が喪失したのだろう。クマは一目散に俺から逃げるように走り出した。
一息ついた。
待っていればリィンたちが大人を呼んで探しにきてくれるはずや。そう思って俺は倒れたままクマの走り去る先をぼんやりと見た。雪山で寝るわけにもいかないので疲れる体に鞭を打ち状態を起こす。
だからこそ、見えてしまった。
「おい、」
――フン!
大人を連れてくるといったリィンが途方に暮れたような表情でこちらに戻ってくるのを。
「なん、で……」
――見てられん。
リィンの手を握っていち早く危険を察知して恐怖に顔を歪めるエリゼを。
「やめ――」
――虫ケラなぞ
彼らに向かって一直線に駆けるクマを。
「やめろぉぉおおお――ッ!!!」
――吹き飛ばせ!
その瞬間に体に不思議な力が走るのを感じた。そして、心に不思議な感情が宿った。
怒り、侮蔑、傲慢、強欲。僕が感じたもので、おそらく最も大きいのはこれらで、そこにわずかに、不満と落胆が混じる。もっと何か感じた記憶もあるが、残念ながらうまく描写できん。
火事場の馬鹿力とは思えんような、圧倒的な力を俺はなぜか瞬間に身に宿した。というか、もはや自分の体じゃないとまで思えた。何故なら、この心地よくも心地悪い感情に身を委ねて、体が勝手にうごいていたんやから。
駆ける駆ける駆ける。
限界を迎えたはずの体は、まるで翼が生えたように軽い。
狙いなど分かっている。俺は多分、あのクマを一発ぶん殴ってやろうとしとったんやろう。
そして拳が交差した。
「なっ!?」
驚愕のあまりに声が出た。
黒の髪を灰色に染め、射殺さんばかりの灼眼で前を睨むリィンがおった。
体からは黒の瘴気が溢れ、不思議なハイ状態の自分とは違い、見違える兄の姿にエリゼが尻餅をついとった。
クマのことなどどうでも良くなるほどには印象的な光景やった。
獰猛な闘争心を剥き出しにしたリィンを見て、おかしかったあの時の俺は、何故か喜びを感じた。日記を書いている今でこそ、喜びなどするはずもなく、疑問と心配しかできないんやが。
そんな状況に不意に俺の唇の端が釣り上がったような気がした。無事だったことに対して安心したわけではなく、クマ以上の獲物に出会える悦びに体が打ち震えとった。もし極限状態において初めて人の本性が現れるいう話が正しければ、俺の本性はクマなどよりも悍ましい戦闘狂であることになるやろう。いや、認めはせんけどな。
そして、攻撃が飛んできた。
何が――いや、誰が攻撃してきたのかなどすぐに分かった。肉を貫き、骨を穿たんばかりの拳を二つくらったクマは吹き飛ぶようにして絶命した。エリゼはいまだに立ち上がれないでいる。
俺の態度に対してその怒りの表情をさらに歪めたリィンが、殴りかかってきた。
そこからはもう、壮絶やった。お互い何かに操られたように、ありもしない膨大な力であらんかぎり戦った。どのように戦ったか――つまり、俺がどの技をどのようにして繰り出し、リィンがその技をどうやって凌いで反撃をし、それに俺がどのように反応していったのか。意識ばかりははっきりして、戦っているのが自分の体だとしても、達人級の戦いにおいて俺が理解できたものはほとんどなかった。
辛うじて、リィンは怒りとか闘争本能とか、そういったものに支配されていて、俺は闘争本能は同じでも自らの強さを示すための、そんな力に支配されていたということだけはわかった。
限界までに達した闘気はやがて殺し合いへと発展し、リィンは自衛用にと俺が盗み出して渡した、屋敷の倉庫に置いてあった細剣を抜き取り、俺はどこからもなく現れた、自分の背丈の数倍はあるハルバートのような武器を振るった。
気絶するまで続いた殺し合いは引き分けとなり、エリゼから聞くにはクマの咆哮と響き渡る剣戟音を聞きつけた遊撃士たちが自分たちを屋敷まで背負ってきてくれたようだった。
こっ酷く叱られるものと覚悟したが、父さんと母さんは俺らを黙って抱きしめてくれた。
さて、問題はあの力が果たしてなんだったのかだ。
僕の場合、浮浪児でそれも冬山に捨てられて、ぼんやりとした前世の知識がある。これだけの条件が揃えば、例えば前世の自分がどこかで眠っているとか、誰かに憑依されている状態であるとか、はたまた、もともと誰かだったのだが体が縮んでしまって別の人格が現れたとか、まあ、いくらでも説明をしようとすれば着くもんや。そしてそんな簡単な説明にもかかわらず、あの戦闘中に響いた声の説明も簡単につく。
リィンはどうなんやろ。
広い湯船に一緒に使って、気まずくなりながらもぎこちなく俺とリィンは今日の出来事の報告会を開いた。
リィンもどうやら俺と同じように不思議な声も聞こえとったらしい。
そこで、もしかしたら自分のせいでリィンがおかしくなったのかとも思ったが、話を聞くにつれてどうも別件のような気がしてくる。
いわく、聞こえていたのは意思のある声というよりかは、ひたすら破滅に誘うような囁きに近かったらしい。曰く、俺と殺し合ってたのはぼんやりと覚えているが、記憶が混濁していたらしい。
髪の色の目の色の戻ったリィンを見て、俺は聞いてみた。
「せやせや、俺の髪の毛とかって変やなかったか、覚えとる?」
「い、いや、そんな様子はなかったよ」
「あー、そうなんや。じゃ、おかしいことだらけやったのにこんなん聞くのもおかしいんやけど、性格とか体力とか除いて、なんか俺のおかしいと思ったとこ、あった?」
「確かに様子がおかしかったのはお互い様だったけど、イブキが一番おかしかったのは、あのハルバートだったよ」
「あー、そかー」
俺が呼び出したものだからという理由で、あのハルバートは俺の部屋に置いてある。正直インテリアとして一番物騒で、男のロマンを感じるかっこよさはあるかもしれんけど、ウケは確実に悪い一品だ。
日記を書く前に持ち上げてみようとしたけど、びくともせん。何アージュありやがるんだ……。軽く見積もって3アージュ、下手すると4アージュに達するだろう。そんなデカブツが全て鋼鉄製ときた。トリム単位で測られる重さやないだろうな。
悩んだってすぐに答えが出るもんでも無いから、今のところは放置や。ただ、仔細を忘れんように書き記したから、この力が何かわかるようになるきっかけを見つけた際には、もう一度読み返せばいいだろう。
緊張の1日で、疲労困憊やけど寝れそうにない。父さんと母さんに迷惑かけんように、ベッドに潜ろう。
あ、重要なことを忘れてたから、追記。風呂場での話。いつか読み返したときにでもしっかり思い出せるように。
「今日のことはお互いおかしかったーってことで、チャラにしようや。変に重たい空気すっきやないもんでな」
「イブキ……」
「それに問題抱えてんのも一人やない。いや、ことの深刻性を考えりゃ、二人も問題を抱えんのはええことや無いけど、俺らは兄弟や。この力を使い慣らすもええし、封印すんのもええけど、一人じゃあできんかっても、二人やったらできるやろ!」
「……」
「それに、力はただの力や。力に支配されて獣になるのも、力を支配して周りをひたすら圧倒するんも、どっちもつまらんやろ。お互い変に強い力手に入れてもうたんは仕方ないけど、力に支配されんように互い切磋琢磨してやな、力を好き勝手使って周りに迷惑かけんように見張るのも兄弟の義務や思うんやけど、どうや!」
「ああ――ああ! その通りだな。これからもよろしくな、イブキ!」
とりあえず人生通して達成せんといかん目標ができた。
あの変な力を使わんでも、リィンの暴走を止められるだけ強くなろう。
+月−日
ユン・カーファイなる爺さんにリィンが弟子入りを申し出たのを見逃さんかった俺は、それを追って同じく弟子入りを頼んだ。やけど、
「お主は剣を修めるべきではない」
と面と向かって吐き捨てられた。
おいおい、なんだこの格差社会は! リィンだけがクッソかっこいい八葉一刀流とか伝授してもらえんのに、俺は剣を持つべきや無いと? ふざけんなよ、見てろよ。俺がハルバートを持ち上げられるようになる日には、八葉一刀流を使うリィンなんざけちょんけちょんにしてやっからな!
あと、久々にリィンと喧嘩をした。弟子入りができんかった俺を哀れんであとでユン何某に一緒に頼みに行こうとかいってくれたんやが、イライラしちゃってた俺はその場で強すぎる言葉で願い下げた。まあ、嫉妬とか、前の約束とか、そういった諸々が絡んでて、変にいじけてた自分が悪かったのは間違いない。後で機会を見てあやまりにいこう。
追記
いきなり寝泊まりがけの修行をするらしく、リィンは早朝からいなくなってた。父さんが言うには数ヶ月から、下手すると数年家を開けるかもしれんらしい。喧嘩なんてしなければよかった。
:月;日
夢に師匠が現れた。当然ユン何某ではない。
その師匠の名前は呂布。ぼんやりとした前世の記憶では、力の象徴とか、最強とか、そう言うふうに呼ばれている人だったはずだ。
なぜ僕の夢の中に師匠がいるのか尋ねてみたのだが、こればかりは師匠もよくわかっていないらしい。ただ、そう長い間僕の中にいるわけではなく、後数年で消える、死んだ人の残留意志に近い存在だと言うことはわかるらしい。
雪山で遭難したあの日の声は師匠のものだったらしい。根性を見せてクマを一度は退治したことで、声をかけてやろうと思ったけど、もしあの時無様に逃げてたり、反撃もせずに熊に襲われたりしたら、声すらかけなかったといってる。わーお、俺の師匠ってば厳しすぎやせんか?
それから、自分が消えるまでの間だが、俺に武を教えるという。夢の中で。いや、それ夢の中でどんなに修行しても、現実でうまいこと行くわけないやろ、と思ってたけど、どうも肉体的な鍛錬は現実でしかできないけど、技術的な鍛錬は夢の中でも十分できるらしい。いや、いくら夢であのハルバートみたいな武器を振り回せるようになっても、技術に体が追いつかへんやんけと思っていたら、技術さえあれば、自分の体の重さの何倍もあるハルバートを軽々と振り回すことも造作ない、と師匠は言った。当然肉体の鍛錬も十分しないといけないみたいで、夢と現実の鍛錬は連動して強くなっていくらしい。
で、精神だけが異世界に飛ばされている状態だから、夢で鍛錬しても疲れが残ることはないとのことなので、俺は喜んで師匠に弟子入りした。
「俺は誰かに武の指南などできんから、死ぬ気でかかってこい」
非常に実践的な稽古やなと思って、言われた通りにハルバートを握る師匠に飛びかかっていった。一瞬で意識を刈り取られて次に目覚めたのが今日の朝だった。
――1日目はこれで済ませてやる。明日からはこう簡単にはいかせんから、現実でも鍛錬を怠ることは許さん。
追記(?日後)
この時に簡単に弟子入りとかした俺を呪い殺してやる。
:月;+1日
地獄を見た。
2000回殺された。
:月;+10日
現実での鍛錬を当初の10倍にした。
現実と夢の強さは連動するらしい。
1回でもいいから、殺される回数を減らしたい。
:月;+100日
やっとあのハルバート――方天画戟を持ち上げて振るっても違和感がなくなってきた。
成長したと信じたい。
今日は1500回殺された。
:月;+250日
修行から帰ってきたリィンと久々に会った。そして、濁った俺の瞳を見て心配してくれた。
その良心に付け込んで、お願いがあるといって溪谷道に誘った。行楽の季節ではないので周りは観光客が少なく、閑散とした空気が流れた。
そこでお互いの修行の結果を見せ合おうと俺から願い出た。
あの地獄を生き延びてきた自分なら圧勝できると思ったが、結果は辛勝。練習用の刀ではなく、ちゃんとした太刀をリィンが装備していたら、負けたのは俺だっただろう。
強い自分の兄弟を見た安心感と、負けたくない焦燥感が入り乱れる再会やった。
その後、もちろん仲直りはした。あと、現実での練習メニューを倍にした。
:月;+500日
初めて10分師匠の攻撃に耐えることができた。
ついには、殺された回数が2桁まで減った。
成長を感じられた。リィンともう一度試合ってみたい。
:月;+2000日
父さんから修行にひと段落をつけたリィンが帰ってくるとのことを聞いた。
日曜学校に通い、父さんや母さんが誘われた食事会などにもついて行ったりしながらなので、それなりに忙しい日々である。成績? うーん。上の下のつもりやけど、エリゼからすれば下の上らしい。いや、二年先の日曜学校の内容をいとも簡単に教えられずにして理解するエリゼがおかしいのであって、俺が劣等生というわけやないんや。それに日々の鍛錬にも時間をかけとるしな。やないと、あっという間にリィンにボコられちまう。
師匠が消滅してからも、一年を経とうとしていて、夢での鍛錬はもうできなくなっていたが、現実での鍛錬は、時間こそ減らしたが、毎日欠かせず続けている。
ほんま、夢の中での一騎打ちで初めて勝利した思ったら、そのまま、誰にも決して負けるなといっては消えてもうた。あの時は地獄から抜け出したこともあってせいせいしたが、今考えると、寂しいばかりや。
長い間修行に付き合ってもらったこともあって、師匠の前世を知ることができたんやけど、父親を2回も殺しては何度も人を裏切って、最後には裏切られるというむごい人生を歩いてきたらしい。自虐気味に自分の人生を語る師匠を見ても、数百万人が死ぬような戦いが幾度も起きる時代やったら、誰にも負けないような武の結晶のような人間がそうなるのも仕方ないことと思った。
そんな師匠が口癖のように言ってくることがある。
――武など大した力じゃない。人を見極め、信頼することこそが、力だ。俺は斬首台で首を斬られるまでわからなかったんだがな。
最強の男が人生を賭けて得た教訓なので、心に深く刻んどる。
いずれにせよ、明日のために英気を養おう。この後軽く体を動かしたら、早めに寝よう。
追記
そういえば明日の試合、どちらが兄で、どちらが弟か決める試合にすれば楽しいんじゃね?
:月;+2001日
兄の称号を賭けての決闘の勝者はリィンやった。
俺、負けたわ。
いや、でもな! でもよぉ!
あいつ完璧にあの不思議な力、リィン命名の「鬼の力」を使いこなしよったぞ。俺の力はもうなくなってんのによぉ! ズルやズル! 明鏡止水の境地にいたれば悪意の声などないにも等しいとか言って、黒紫の闘気でクレーターを作り、天高くまで立ち上らせやがった。根拠はないけど、確信に近いものがあったんだが、あれっておそらく鬼の力が出せる最大出力を超えて、自身の純粋な闘気まで混ぜて練り上げて作っとるんやろうな。
どっちにせよ、鬼の力がある時点でドーピングや! 俺は認めへんで! いや、試合前に
「鬼の力とやら含めて、俺が踏み躙ってやる」
とか調子ブッこいて啖呵を切った俺が悪いんやけどな。
最初は負けたら素直に、リィン兄とかって呼んでやると覚悟しとったんやけど、こうなったら嫌がらせに、エリゼみたくリィンお兄様ってみんなの前で言ってやる。
いや、負け惜しみや言われたら仕方ないけどやな。
で、そこで一つ決めたことがあった。今度から決闘での勝者が兄を名乗る。弟に負ける兄などいるはずもないからな! 今日は僅差で負けたけど、次回は蹂躙してやらぁ!
騒ぎを聞きつけてやってきた観衆の中にユン何某がいて、俺らの決闘ののちに2対1の稽古をつけてやるとか言ってきたんやが、流石に舐めすぎやと思って戦ってみたら、いい試合はできたが負けちまった。
命懸けの決闘の後で二人ともヘトヘトやったから負けたに過ぎん! 絶対そうや! 負け惜しみを喚く俺をリィンが温かい眼差して見ていたので、無性に腹が立って決闘で隙が無く使えなかった手裏剣を急所を外して放った。それを苦笑しながら受け止めるリィンを見て、決闘で使って隙を晒さなくて良かったと思ったと同時に、隠し球は極めないと意味がないと痛感した。
柄にもなく、使ったこともない暗器に手を出して、数ヶ月練習しただけではリィンレベル相手には意味のないことだとはっきりわかっただけでも収穫だろう。
さすがは八葉一刀流奥伝をもらっただけある。今のリィンやったら鬼の力も完璧にコントロールできるし、エリゼのことも守れるやろう。
――これでやっと、俺も安心して家を出られるな。
シュバルツァー家の浮浪児枠は基本家出しがち。
もう一つの二次創作の方はって? 書き溜めはあるんですけど、納得の出来じゃなくて寝かせることにしました。一晩経ったらおいしく熟成されると思います
主人公の進路どうなると思いますか? なお下に行けば行くほどリィンやエリゼが悲しみます
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フィーと一緒に士官学院にいくLルート
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猟兵をやめられなくて続けるGルート
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まさかの結社行きのCルート