シュバルツァーんちの野生児くん   作:全自動髭剃り

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プロローグ -リィン視点-

 

 リィン・シュバルツァーの兄弟にして、エリゼ・シュバルツァーの兄であるイブキ・シュバルツァーは不思議な男だった。

 リィンの今までの人生において、彼ほど自分と異なっていながらも身近にいた存在はなかった。

 例えば性格。多少の遊び心はあるものの基本的には真面目なリィンに比べて、イブキはフロンティアラインを目指すなどと意味のわからないことを宣っては自由奔放に生きていた。リィンは自分自身が新しい遊び場を求めて多少は無茶することはあるとは思うが、イブキのように屋敷の倉庫の鍵を探し当てて収められている物を盗み出すほどの無茶は絶対にしないだろうと思う。

 例えば体格。帝国男児として平均的からやや大きな体躯のリィンに比べて、イブキはおおよそ同年代だとは思えないほどの大きな体をしていた。イブキが拾われていた時には、すでに記憶喪失だったこともあって、もしかしたら本当にリィンより年上かもしれないが、それにしては顔の容姿は年相応のものであった。違和感がないといえば嘘になるが、リィンはイブキを同年代で一番大きいやつだと考えることにした。

 例えば夢。リィンは年相応の、ぼんやりとした夢しか抱いてこなかった。例えば正義の味方になるとか、例えば帝国一の剣士になるとか、釣りにハマり出した頃にはただの釣り人として生きていくのも悪くないと思ったことはある。ただイブキには、世界の果てを見にいくという、言葉にすればぼんやりとしていても、しっかりとした意思を持った夢があった。成人をすれば、旅に出ることを公言しており、そのための鍛錬や勉強も怠っていない。

 大きく違う二人だったが、不思議とリィンはイブキと良好な関係でい続けることができた。それこそ、世の大半の兄弟よりも交流をたくさんしていると思われる。遊びに出かけるときは常にコンビで動いており、安全なところであれば常にエリゼも連れていたが、危険があると思われるところに一人で行くこともほとんどなかったし、男色の気はなくとも、何歳になっても屋敷の大きな湯船で一緒に浸かり、たわいもない話で盛り上がることを日課としていた。

 誕生日にはプレゼントを渡し合ったものだ。お互いがお互いのためにミラを貯めてプレゼントを送ったという点で見れば、奇しくも同じことをやったものである。性格は違えど、家族を想う気持ちは同じだったのだろう。

 リィンはいまだにもらった釣具を大事に使っており、滅多なことがない限りはこれからも使い続けようと思っていたりする。

 たまに行き過ぎたイブキのヤンチャをリィンが止め、真面目さゆえに問題を一人で抱えこむリィンをイブキが励ます、そんな二人して共に成長していく関係だった。

 そしてそれは、あの雪山での事件でもそうだった。

 鬼の力に侵されて理性を失ったリィンを止めたのはイブキだった。いや、見方を変えれば、獰猛になったイブキをリィンが止めたとも見えるだろう。

 超常の力を持ってしまった子供同士、この呪いとも異能とも言える現象を乗り越えていこうと約束したことは今でも忘れていない。ユン老師に出会い弟子入りを願い出たのも、その約束を果たすためだった。

 自分が弟子入りを許されたのであれば、イブキも弟子にしてくれるだろうとリィンは予想していたが、老師はイブキの弟子入りを拒絶した。のちになってわかったのだが、やはり老師の言は正しく、イブキは自分の持つ異能を頼りにメキメキと強くなっていった。そこには武術という体系は存在しておらず、本能のままに近い戦い方こそがイブキの持つ強さとなっており、ゆえにあの時点で八葉一刀流という技術を施すことはイブキにとって邪魔にしかならなかったのだろう。

 だが弟子入りした時点のリィンがそこまで察することができるはずもなく、イブキに同情したことでちょっとしたいざこざになったのも懐かしいことだと思った。いや、リィンとしてはイブキと仲違いしたつもりはなく、ただタイミングが悪くイブキの機嫌が良くなかっただけで気にしていなかった物だが、修行を始めてから一年経った里帰りにイブキと手合わせした日に頭を下げられて、初めてイブキが喧嘩してしまったと思っていると知った。

 

 今日、修行が終わりユミルに帰った。無事に八葉一刀流の奥伝を授かったリィンは、この数年間の区切りとばかりにイブキと再び手合わせをすることにした。誘ってきたのはイブキだったが、誘われなくとも、リィンから願い出るつもりだった。

 懐かしい溪谷道で、真面目な性格のリィンは刻限の前からイブキを待ち構えていた。時間にルーズなイブキのことだ、少し遅れるんじゃなかと思っていると、黒のハルバートを携えゆっくりとこちらに歩いてくる影が見えた。

 

「悪りぃな、待たせちまった」

「いや、刻限前だな。イブキのことだから、遅刻するどころか、下手すると約束忘れてしまうんじゃないかと思ったけど」

「いや、自分で誘っといて、流石にそんなことはせえへんよ」

「昔ここで宝箱探しに誘ってすっぽかしたやつがいたんだけどな」

「あっ、ありゃあ何年も前の話や! あんときはやむに止まれん用事があってやな」

「夢の中で新世界を探検してても、寝坊だったことに変わりはないぞ」

「おめえ、ようそんなこと覚えとるなぁ……」

 

 呆れ顔になりながらイブキは頭をかいた。あの日はリィンにとって印象的な日だったのだ。いつもは拗ねたり怒ったりと感情をあらわにするのはイブキの方だったが、あの日に限っては約束を守らないイブキにリィンが怒りをぶつけた。

 そんなリィンの姿に狼狽えたイブキは詫びの品と共に土下座をしてきたのだった。

 

「はは。あの時にもらったルアーはいまだに使ってるから、当分は忘れられそうにないな」

「お前、妙に物持ちええよなー。まあ、大金叩いて買った物を大事に使ってもらって嬉しい限りやけどな」

「そういえば、前にあげたゼミリア地図はどうしたんだ? たしか父さんにお願いして廊下の額縁に飾ってたんじゃなかった? 家に帰った時に無くなってたぞ」

「ああ、あれな。テーブルの敷物にしてスープこぼして汚れたから捨てたわ」

「はぁ!? あれ半年も貯金して買ったんだぞ! 少しは大切に扱ってくれ!」

「嘘や嘘! ははは。空気に当たると劣化が激しいみたいやから別の場所で保管しとる。今度真空の額縁買う予定やから、そん時に飾り直そうかなって思ってな」

「ああ、ならよかったんだけど」

 

 イブキとてあの地図の価値がわからないわけではない。いや、ミラという意味ではない。当然贅沢品に当たる地図を買うにはそれなりのミラが必要だが、魔獣狩りや釣りなどでかなり収入の増えたイブキにとっては、今更思うところのある値段でもないのだが、それが年はもいかない兄弟が半年近く貯金して買ってくれた物であるのならば、価値などつけようもないほどのものとなるのだ。

 

「それにしてもお前、また強なったな」

「ありがとう。そういうイブキこそ、気配が一段と鋭くなってるよ」

「んな気配とかわけわからんもんを察せる時点で、お前も十分可笑しくなったもんやなぁ。コツ教えてもらったけど、一向に習得できる気がせえへんわ」

「まあ、人には向き不向きがあるから仕方ないさ。俺にだって、イブキの持ってるハルバートを振り回すことなんて到底できそうにない」

「ハルバートやなくて、方天画戟な! こいつも単純に力やなくて、うまいこと振り回せばどうにでもなるもんやけどな」

「それこそ、俺には習得できる気がしないな」

 

 調子を確かめるように方天画戟を軽く振り回すイブキに苦笑するリィン。ブンブンと破裂音に近い風切り音に、赤黒い軌跡を見れば、なるほど挑みがいのある相手だとわかる。イブキの強さを疑っているわけではないが、信じることと実感を持つことは違うのだ。

 

「そういや、鬼の力はもう大丈夫なんか?」

「ああ。明鏡止水の境地に至れば、悪意など耳に入らなくなる」

「へぇー。ようわからんけど、大丈夫ならよかったわ」

「――ああ。」

 

 鬼の力。いまだにこの力の正体も、なぜ自分にこんな力が宿ったかも、そして、この力とイブキの持つ力の関係性もわからないのだが、リィンはそれらのことをひとまずは心の片隅に置いて修行することができた。

 少し思案して、リィンは口を開いた。

 

「イブキ。実は、初めの頃、俺はこの鬼の力を封印しようと思って、八葉一刀流を学ぶことにしたんだ。覚えているか、初めて俺たちが力試しをした時のこと」

「ああ」

 

 相槌を打ちながら、イブキは初めてリィンと手合わせをした時のことを思い出していた。リィンの帰郷のたびに手合わせをしていたのだが、あの初めの一回だけは、リィンは鬼の力を使わなかったのだ。

 

「あん時だけやったな。鬼の力使わんどころか、抑えようとしてたんは」

「ああ。この力を振るって誰かを傷つけないかと心配だったんだ。それだけ、この力は危険なものだからな」

「最初の頃は理性失ういうとったもんな」

「そうだ。だけどあの仕合で負けて、俺はわかってしまったんだ。これからは鬼の力を全て出し切らないと、イブキに負けるだろうって」

「え、そんなこと思うとったん? 俺は練習用の刀やなかったら勝てなかったんや思うとったで」

「それも確かにあるけど、実は無理に自分を抑えようとして、修行に限界を迎えそうになってたんだ。イブキがこのまま強くなっていけば、やがて俺はイブキに勝つどころか、追いつきもできないだろうと感じたんだ」

「ふむ。そいで、鬼の力を自分のものにしようとしたわけか」

「その通りだ。最初の頃は何度も意識が飛んでは、ユン老師に抑えてもらっていたんだが、なんとか物にできた」

 

 意識が飛ぶという言葉に少しばかり反応したイブキだった。自分は夢の中ではあったが、斬られて殺されて意識が飛んではすぐに元に戻されて、また斬られるという地獄を味わったのだが、それに近い体験をリィンもしていたのだというから、決して自分だけが無茶苦茶な修行をしたわけではないことを知った。

 

「そうやったんか……。リィンも苦労したんやなぁ。やけど、今日も負けるつもりはないで」

「いいだろう。どこからでもかかって―」

「――っと、待った! その前に、この試合の結果で一つ賭け事をせんか?」

「賭け事? 言っておくが、俺は金を賭けたりはしないぞ」

「ちゃうちゃう! そうやなくてやな、この試合勝った方を兄貴ってことにして、負けた方を弟ってことにせんか? 俺ら似たような歳やから、あんま気にしたことなかったんやけど、書類上は俺が誕生日の差で兄貴ってことになっとっても、お互い過去の記憶もないからそれは書類上にしか過ぎん。ほら、兄に勝る弟などいないとかいう有名なセリフもあるんや、ここいらで白黒つけようや」

「イブキ……。そうか、勝った方が兄になるのか。その有名なセリフは初めて聞くけど、いいぞ。その勝負に乗った! そんな賭け事をしたことを後悔させてやる!」

「できるもんならしてみやがれ! まさかここで出し惜しみとか、興が醒めるようなことはせんねんやろうな! 鬼の力とやら含めて、俺が踏み躙ってやる!」

 

 叫ぶと同時にイブキは長い戟を振るう。飛んできたのは小手先調べの突き。常人では黒の軌跡しか目視できないような矛先を素早く身をかわす。身をかわしたリィンを追撃するようにイブキは方天画戟を薙ぐ。その牙月部分を刀でいなし、リィンは後ろに飛びのく。

 

 ――方天画戟の一撃は必殺。その間合いには入れない。

 

 通常刀剣類と槍類とではどうしても攻撃範囲の違いによって、得意とする間合いが異なるものとなる。平均的な刀はいかに長かろうとで1アージュにも届かないに対して、槍は短くても2アージュ程度はある。リィンの持つ非常に刀身の長い刀は長さ約1アージュ半にも達するが、4アージュ近い方天画戟にはどうしても及ばない。

 

 ――だけど、一振りあたりの隙は大きい! そここそ勝機!

 

 だからといって、リィンにとってイブキの隙を見つけることは簡単なことではなかった。

 刺突、刺突、横薙ぎ、牙月を翻して斬り上げ、その勢いに任せた柄による突き。それらが全て流れるような動作で、付け入るほどの隙はない。

 いや、八葉一刀流であれば、そこに無理やり隙を作り上げることも可能だ。神速をして斬り刻む疾風、居合の構えから抜刀し、視界に残らぬ速さでカウンターをする残月、それに仕切り直しのための緋空斬もある。それに奥義も何も使っていない。

 だからと行ってリィンがそれらの技を繰り出すことはなかった。余裕を持ってイブキからの全ての攻撃を受け流す。並の人ならば避けることなど叶わないだろうそれらを全て、笑うイブキの顔を見ながら、涼しい顔で避けていき、避けるのが難しそうなものは刀を当てて軌道を逸らす。そして最後に放たれた、本命の突きのみを刀で強引に弾き返した。

 金属の鈍い音が、誰もいない森に響き渡る。

 

「はは、わかるようになってきたやないか」

「ああ、最初から相手を完封するために全力で戦うなど、“つまらない”からな」

 

 こういった好勝負の演出が好きなイブキのことである。何度も対峙してきたリィンもその作法に従ってやっているのだった。

 

「せやせや。本当に強いやつってなぁ、相手の攻撃を全て受け止めた上で勝つもんや。本気の殺し合いなんざ数瞬で終わるもんやが、俺らはそんなつまらんもんを求めてないんや!」

「そうだな。その通りだ。だけど、イブキ……」

「なんや、何が言いたいかわかる気がするんやけど、いうてみぃ」

「この昂り、止められそうにない」

「気にすんな! 戦いってなぁ、相手を引き立ててなんぼや。胸を貸してやっから、俺に挑んでみやがれ!」

 

 獰猛に笑うイブキにリィンは自然と笑いが溢れた。

 

「挑んでこいって? それは俺のセリフだ!!」

 

 ――ヨコセ、――ヨコセ……

 

 自然と刀を握る力が強くなる。

 

 挑む? 馬鹿なことを言うな。強いのは俺の方だ。呪いなどなくとも暴れ回り、周りに迷惑をかけ続けてきたイブキに負けたら、その被害は広がるばかりだろう。鬼の力などなくとも無双の力を誇る暴れ馬の手綱を誰が握る? 血反吐の出る修行をしてきた自分を、自分よりも数ヶ月遅れて武芸に励み始めた奴が勝てるわけもない。八葉一刀流の奥伝としてのプライドは自分を許すだろうか? 同じ歳にしてシュバルツァー家で育ってきた、多少環境には差異があったが性格は真逆に育った。真面目に家のためにと思い生きてきた自分が、無茶ばかりしては叱られるあのイブキを兄としてみるのか?――否、否、否!!

 

 ――アア、ココチヨイ……

 

 高ぶる心臓に左手を添える。溢れ出る瘴気を僅かにも抑えることはできなかった。

 

 約束、したのだ。問題を抱えているのは一人じゃない。二人ならば乗り越えられる。ならばその約束を信じよう。

 故にこそ、鬼の力に身を任せることにした。たとえ鬼の力が自分を呑み込もうと、イブキがいれば乗り越えられるだろう。

 

 なぜそんなリスクを背負ってまで鬼の力に身を委ねたのか。それは単に、リィンがこのままでは勝てないと理解したからだ。理にはいまだ至れず、故にこそ皆伝を授かることは叶わなかったが、それでも未熟ながらにして観の眼による情報を信じるとすれば、イブキに確実に勝ちたければ鬼の力を限界まで引き出さなければならなかった。

 

「鬼気合一……!」

 

 俺に、お前の全てを分け与えろ。お前の好きな闘争心や怒りを好きなだけくれてやる。さあ、それだけではないだろ、鬼よ!

 

 ――ヨコセ、――ヨ、コセ……

 

「はああああああああああああああ!!!!」

 

 こたびばかりは明鏡止水の境地に至る必要はない。いや、むしろそうであってはならない。この底冷えするような声から心を逸らすな。全てを受け止め、自分の力の糧にするのだ――!

 

 視界の端から乾いた笑みを浮かべたイブキがこちらを見ていたが、そんなのはどうでもいい。

 

「あああああああああああああああ!!!!」

 

 ――アア、ココ、チ、ヨイ……

 

 だが、先まで脳内で好き勝手に囁きかけてくる声に力がないように感じた。

 ここが限界なんだろう。今まで散々に自分を振り回してきたのに、鬼の力といっても所詮はこの程度、期待はずれもいいところだ。

 

 ――こんなのじゃあ、全然足りない。もっとだ。もっと、力を練り上げなければ……!

 

 体を強張らせ、無理やりに闘気を練り上げて、鬼の力に加える。あたりは砂埃とつきぼこりとで無茶苦茶な状態だったが構わない。そしてその限界まで達した高ぶりは少しだけ落ち着ける。すぐにガス欠になってしまっては元も子もないので、持続して戦える程度にして、必要な時にまた練り上げれば良い。

 そんな様子のリィンを見て、イブキは遠慮がちに話しかけた。

 

「あー、なんやその、理性はあるんか?」

「問題ない。頼りにしようと思ってた鬼の力も、底が見えてしまったのが残念だが、おかげで意識ははっきりしている。だが限界まで鬼の力を引き出したおかげで今の自分なら理に至ることができる」

「理とか、ユン何某もよう言うとるけど、なんやそれ……。まあ、今はどうでもいいや。おもろい曲芸を見せてくれた弟の期待にも応えて、俺も少しは本気を出しますかね――」

 

 ――刹那、イブキを中心にして、大きな爆発音とともに闘気が溢れ出た。赤く黒い禍々しい色をしているが、リィンにはそれが、自分の練り上げた闘気とは質が違うことが容易にわかった。純粋な闘争心。あまりに純粋すぎて、悪意すら含まれないものだ。元来闘争とは悪意が源泉だが、イブキのそれは、源泉を無くしていた。

 考えれば当然である。イブキに戦う理由があるとすれば、リィンより強くなるためである。二人して発現してしまった異能への怒りなども、含まれない純粋な闘争心だ。故にこそ、そのメラメラと燃え上がる闘気に、リィンは美しさを感じた。

 

「八葉一刀流奥伝――いや、暫定皆伝、リィン・シュバルツァー! 推して参る!」

「なんも肩書きないけど、鬼神の弟子、イブキ・シュバルツァー! 最強が誰か、教えてやらぁ!」

 

 仕掛けたのはリィン。八葉一刀の始まりにして、全ての方に通ずる螺旋撃。袈裟斬り、逆袈裟斬り、そして、横薙ぎによって渦巻く炎を生み出すその技を、リィンは咄嗟にアレンジし、前に進みながら、何度も何度も3工程を重ねていく。限界まで強化した炎の螺旋を刀に纏い、最後に一撃を繰り出すつもりである。

 対してイブキは体を大きく退かせたのち、的確に炎の螺旋を崩すようにリィンの一撃一撃に方天画戟を突き出す。結果、十分な火力を生み出せないまま、螺旋の炎を刀に纏わせたリィンが、それでも締めの一振り――完成度は高くないがそれでも十分威力は出せる三の型業炎撃を繰り出す。

 

「おおおお!! 鬼焔の太刀・改――!」

「なめんな! おらああ!!」

 

 渾身の力で振り下ろされた蒼焔の刀を、天に突き上げた方天画戟の矛と牙月の間に挟み込む。雷が落ちたような眩い電光を走らせて、刀と戟はお互い弾き返され、それに伴って両者ともに数歩弾き飛ばされる。

 だがそこで終わるリィンとイブキじゃない。リィンは弾き返された姿勢のまま技を繰り出す準備をしており、それを邪魔するためにイブキは戟を左手に持ち替え、右手に力を集中させる。

 瞬きすら許されない一瞬、二つの技が交差する。

 

「六の型、滅・緋空斬!!」

「最強の武を見せてやる!!」

 

 リィンから放たれたのは赤く燃えたぎる剣撃。ほとんど動作のない一撃に、遠距離攻撃を予測していたイブキは吠えながら、右手に集めた闘気を開放する。

 

「な――ッ!?」

 

 自分の放った緋空斬を飲み込み、全てを吹き飛ばさんばかりのイブキの攻撃に驚愕し、神速で横に飛び退くことで直撃をかわす。だが余波だけでもリィンの肌をピリピリと斬りつけてくる。まともに食らってしまったらのことを考えて身震いをしたが、即座に次の攻撃に移る。

 威力で負けるのならばスピードで勝負する。そう決めたリィンはいまだに大技の硬直から戻らないイブキに神速でもって肉薄する。

 

「二の型、鬼疾風!!」

「チッ――!」

 

 急いで回避行動に移ろうとするイブキだったが、一瞬の遅れのため、完璧に技を避け切るには至らず、頬に小さくない切り傷をつける。好機とばかりに、リィンは刀を鞘に一度納め、追撃を狙う――

 

「四の型、滅・紅葉切り!!」

「フン――!!」

 

 追撃を予想したとばかりに跳ね上がって紅葉切りの一撃をかわす。

 

 ――取った!

 

 飛び上がるイブキを見て、リィンは確信する。この勝負は決したも同然だと。武芸者同士の対戦において、相手の技を避けるためとはいえ宙に逃げ場を求めるのは愚行である。ほぼ無防備状態になるだけでなく、かろうじて空中で相手の技を受け止めたとしても着地の隙は殺しきれない。

 故にこその慢心。この一撃で持ってして雌雄は決されると、そう思い、八葉一刀流で学んだ、いまだ使っていない型、斬月を繰り出そうとした。

 

「五の型、残――ッ!?!?」

「調子に、乗るなぁああああ!!!!」

 

 嫌な予感が、鬼の力のブーストのかかった、理に至る脳裏をよぎり、それに従ってリィンはこの絶好とも言える機会を、一切の躊躇いをなく捨てる! ……だがリィンが回避に回すことにしなければ、勝負は決しただろう。――リィンの負けという結果で。

 がむしゃらに回避に専念したこともあって、鬼の形相で戟を振り下ろす姿を最後に、イブキの影は見えていなかった。ただ、耳を壊さんばかりの轟音と、背中から身体中に当たる大きな土塊と、焼ける土のえぐい匂いから、何が起きたかは察せた。

 振り返ると――

 

「あるんやろ、奥の手が。この試合もそろそろ佳境や。ここで出し惜しみするんはないで。それとも何か、鬼の力を制御し切ったリィン兄様にゃあ、弟程度の技量じゃあ物足りんてか?」

 

 下半身が丸々隠れるような深さのクレーターの中心で、イブキは猛然たる笑顔でこちらを見ていた。

 意趣返しとばかりに、リィンも凄惨に笑ってみせた。灰色の髪と、灼眼を通り越した、黒に囲まれ金に縁取られた赤い瞳でイブキを睨み返す。

 

「そっちもあるだろう、奥の手が。自分から言い出したからにはイブキも全力を出すのが筋じゃないか? それとも、イブキ兄様は、弟が絞り出せる程度の全力を、全力でもって受け止めるほどの度量もないのか?」

 

 挑発し合う二人だが、お互い怒りは湧かなかった。どちらかというと、兄弟が自分と同じ境地におり、聳り立つ壁として、追うべき背中として、手を取り合う戦友として、導き甲斐のある弟として、十分な存在であることが何よりも嬉しかったのだ。

 瞬間に吹き出す闘気。その色は似ている。だが、性質は全く違う。それでも、相手にとって不足はない。

 

「七の型――――!!」

「天覇――――!!」

 

 これで全てが決するだろう。それがわかる二人としては、少し寂しい気分でもあった。

 いつでも試合える相手だが、この高揚感を得るのは難しいだろう。それだけに二人にとっての6年間は大きいものだった。修行三昧でろくに話し合う機会もなかったのだが、お互いがお互いを追いかけ続けてきたのだ。言葉で伝わらない想いがある。言葉では伝えられない想いがある。

 だから、今はそれを示そう。

 自分が如何程に大きな壁として、弟の前に立ちはだかれるのか。

 

「無想覇斬」

「無双刻」

 

 居合により無数の斬撃を発生させる無双覇斬。あらゆる力を一撃に込めてはなつ天覇無双刻。それらは交差し、無防備になった二人の体を蝕む。もちろん手加減などしていない。お互いがお互いを、たとえ自分が本気を出したところで簡単に超えられないことを知っており、そして、あの約束をした兄弟がこの程度で死ぬことはないと信頼しているのだ。

 

 同時に満身創痍になるのは当然のことであった。同格の全力を正面から受けきったのだ。実力に大きな差のない二人にとって、ある意味当たり前な状態だった。

 

 ――だが、ことここにおいて、少しばかりの余力を残したのはリィンだった。もはや力は使い果たし、無双の一撃を喰らい血が滲み出すような状態であったが、鬼の力という外部エネルギー供給源があったおかげで、かろうじて意識を繋ぎ止め、吹き飛ばされて転がった体を立ち上がらせることができた。

 勝ち誇った表情で仁王立ちしているが、ぴくりともせずにおそらく立ったまま気絶しているイブキに、微笑ましさを覚えたが、拳を握る力は緩めない。

 刀はすでに粉々に吹き飛んでおり、残った武器は拳一つである。ならば、この勝負は、自分のものだ――!

 

「バカ、兄貴……! これ、が……八、葉……一刀…………、いや……、リィ、ン・シュバルツァーのぉ……! 力だあああああああ!!」

 

 鈍い音とともになんの変哲もないただのゲンコツがイブキの頬に刺さった。吹き飛ばされて転がるイブキはそれでも勝ち誇ったような不遜な顔をしていた。

 

「試合は以上とする! 勝者、リィン・シュバルツァー!」

 

 ふと振り返ると、騒ぎを聞きつけたのか、先ほど試合終了の宣言をしたテオやルシア、エリゼのシュバルツァー家やユミルの人たちが来ていた。ユン老師もリィンに満足げな表情を浮かべながら頷いていた。その様子にリィンは満足げに一笑して、気絶した。

 そしてそこに、エリゼは急いで駆け寄っていった。その手には二本のティアラの薬が握られていた。

 

 

「ユン老師。我が子らがすくすく育っているのはいつ見ても満たされるものですな」

「そうじゃな。わしも素晴らしい弟子たちを持って満足じゃ」

「ほう、リィンはユン老師にそこまで言っていただけるのですか」

「いや、そこに転がっとるイブキも相当なものじゃな」

 

 あれ、と不思議な顔をして、テオは首を傾げた。

 

「老師は確かイブキを弟子にはしなかったと聞いたのですが……」

「あー、あれはあやつの早とちりじゃ。その素質からして、剣は教えずとも、鍛錬ならしてやろうと思ったのじゃが、剣を握るべきじゃないというわしの言葉を曲解してしまってのう」

 

 いや、それは老師の言葉が悪いんじゃないのか。そう思わずにはいられないテオだった。

 

「弟子入りを願い出たのはあちらじゃ。今更他の師を戴いたところで、わしの弟子であることは覆らぬ」

 

 暗に願い下げられても、弟子であることを覆してやらないと、そう言っているようなユン老師の言葉に、テオは苦笑した。

 そんなとき、エリゼが四苦八苦してティアラの薬を飲ませた甲斐もあって、気絶していた二人組は上半身を起き上がらせていた。

 

「あ、おはよー、リィン」

「そ、そちらこそ、おはよう?」

 

 なんだか記憶が飛んでいるのか、二人は珍紛漢紛な言葉を投げ合っていた。当然だが、鬼の力を使い果たしたリィンの髪や瞳の色は元に戻っていた。

 

「何をボケておる。お主らは決闘を終えたばかりじゃ」

 

 と、そんなユン老師の言葉にハッとする二人。瞬間に記憶が鮮明に戻り、リィンはすぐに口を開いた。

 

「そ、それでどちらが勝ったのですか?」

「お前だ、リィン。どうやらユン老師に預けた六年は無駄じゃなかったようだな」

「父さん……」

「え、嘘つけ! 最後に立っとったの俺やったやろ! ボロ雑巾みたいに転がってったリィンを見て、気絶したんやぞ!」

「その後、立ち上がったリィンにお前は殴られて吹き飛ばされた。最後に立っていたのはリィンだ」

「え、マジ!? 全力出したとか言って、リィン、ワレェまだ出し惜しみしとったんか!?」

 

 かなり怒り心頭で、ぶっ倒れた後にもかかわらず、イブキは喚き散らした。

 

「違う違う! 俺も全力を出したんだが、あの後わずかに残った、使いきれなかった鬼の力を振り絞ったんだよ」

「え、何その便利な力……。俺のあれはもう消えちまったのに、お前ばっかズリィぞ!」

「いや、これでもいつ自分の精神が呑まれるかわからないような危険なものだ! 今日はたまたまうまくいったけど、次にはどうなるかわからないんだ。俺はリスクを背負って勝ったんだ!」

「うっせやい、ドーピング野郎! 鬼の力なんか捨ててかかってこい!」

「いや、戦う前に鬼の力を含めて蹂躙するとか言ったのは誰だったかな」

「あ、俺や。あー、なんであん時格好つけたんやろうなぁ、俺ぇ……」

 

 がっくり項垂れるイブキをリィンやユン老師たちは苦笑しながら見ていた。

 

「はぁ、まええわ。今日のところは俺の負けにしといたる。今度は絶対勝って兄の称号を取り戻したるから、首洗って待っとれ!」

 

 負け惜しみのように一方的にそう吐き捨てると、イブキは立ち上がり、家に戻るために歩き出した。が、その前にユン老師が呼び止める。

 

「せっかくじゃ。二人まとめて最後に稽古をつけてやろう」

「はぁ? こちとら立ち上がるんも精一杯なくらい疲労困憊なの見えへんのか?」

 

 せっかくの提案だが、あまりユン老師にいい印象を持っていないイブキは拒絶した。それを咎めようとしてリィンが口を開こうとしたが、それを遮ってユン老師は続けた。

 

「いや何、疲労困憊でも戦わなければならん時はあるんじゃ。その時のためにも経験を積んでおくといい」

「んなやべえ状況やったら大人しく投降するわ。もうマジで疲れてんねん。帰らしてくれや」

「それとも、耄碌ジジイにすら勝てぬというのかね。お主の武に期待したわしの目が腐っておったということじゃな」

「おい、待て耄碌ジジイ。舐めてんじゃねえぞ。数年早く三千世界に吹き飛ばされたくなかったら、黙っとくことをお勧めするわ」

「ははは、三途の川に片足突っ込む歳のジジイの挑発にも乗れんとは、お主を育てた師はよほどの臆病者と見た」

 

 刹那。黒い光とともにユン老師の立っている場所が吹き飛ぶ。いかに怒り心頭だったとはいえあまりの暴挙に周囲は驚く。だが、ユン老師の周りにテオたちがおらず、決して誰にも被害が及ばないように手加減しただけ、イブキは悪人ではなかった。

 

 

 そして、結末など語る必要もなく、怒りにのみ突き動かされる疲労困憊のイブキに同じく稽古の一環として参加した疲労困憊のリィンではユン老師の相手にはならず、二人してボコボコにされたのちに解放されたのだった。

 ユミル全体を巻き込んだ決闘騒ぎはそこで終わりを見せ、いいものを見せてもらったと領民たちが満足して帰ったのは余談である




皆伝に近い状態のリィンくんですが、いうてこれから戦う相手が相手なんで、原作崩壊とかにはならならそう。
皆伝スタートでもどうしようもないって、やっぱ閃の軌跡のストーリーってハードモードだよね。

主人公の進路どうなると思いますか? なお下に行けば行くほどリィンやエリゼが悲しみます

  • フィーと一緒に士官学院にいくLルート
  • 猟兵をやめられなくて続けるGルート
  • まさかの結社行きのCルート
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