それでいいのか、東堂葵。超親友を助けるんだ、東堂葵。師の無念を晴らせ、東堂葵。今こそ立ち上がるときだ、東堂葵。高田ちゃんが見ているぞ、東堂葵ィィ 作:病んでるくらいが一番
「東堂くん、だよね」
「高田ちゃん...」
東堂葵は泣きそう顔で推しの高田ちゃんの前に立っていた。
◆
渋谷事変。
2018年10月31日に発生した未曾有の呪術テロ。
夏油傑の肉体を操る羂索と複数の特級呪霊。そして虎杖悠仁の肉体の主導権を奪った両面宿儺により、夥しいほどの人が死んだ。
人が死に、都市が死に、秩序が死に...。
そして最強の呪術師である五条悟すらも封印されてしまった。
何も知らない表の住人も、世界の裏を知る呪術を扱う者たちも、混乱という言葉では言い表せない程の世紀末的な混沌が始まってしまった。
そんな世の中では当然アイドルなんてものはまともに活動できるわけもなく高田延子、通称高田ちゃんの所属しているアイドルグループでは離脱者や行方不明者が続出していた。
渋谷なんて場所が消滅するほどのテロが起きたためか、離脱者よりも行方不明者のほうが多いほどだ。
渋谷事変の日付から少しして行われるはずだった個別握手会も中止になる筈だったが、何をとち狂ったのはプロデューサーは開催することにした。
そんな高田ちゃんの個別握手会に高田ちゃんのために世界を渡り、騎空士な世界で解説役すらも務めるほどの濃ゆいオタク。
高田ちゃんとなら(脳内で)初代プリキ◯アにすら成れる東堂葵は、
「...こんな腕では高田ちゃんに迷惑をかけてしまう」
個別握手会に行かない決心を固めていた。
まず彼の仲間たちは多くの者が負傷し、
禪院真希は顔に火傷の跡を残し、メカ丸や野薔薇は実質死亡し、五条悟は封印されてしまい、呪術界隈が大いに揺れている。
そして何より東堂葵はもう高田ちゃんとまともに握手ができないほど体がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
特級呪霊真人の術式による変異の侵食を抑えるために左手を切り飛ばし、右手は意表を突くために真人の手と拍手をした際に、手のひらがグジュグジュに変形してしまい、動かせはするがまともに触覚も動作していない醜い見た目に変貌していた。
自分自身でも触りたくないと思えるほどひどい見た目であるのに痛みも、触覚もない。この状態は傷ではなく、魂が正常な形だと判断してしまっているため、反転術式のアウトプットでもどうしようもない状態なのだ。
「俺は何をしているんだ?」
安宿のベッドの上に座り、左腕から幻痛を感じながら東堂は己を叱りつける。
渋谷事変で彼の術式『
術式の発動の条件に拍手があるため、左手を切り飛ばした時点で単独では発動できなくなってしまった。そして右手は真人の手と拍手をした際の影響か、それとも今のメンタル状況のせいか、他人の手を使って拍手をしても術式が発動しなくなってしまった。
しかもそれだけではない。腹に真人の黒閃の拳を受けたことで鋼のような、鎧のような、ただそこにいるだけで威圧感を感じた鬼とも間違われるほどの筋肉もまともに維持できなくなった。
その結果、東堂葵は呪力による強化を行っても、もととなる肉体のスペックが大幅に低下したことによって、まともに戦えなくなってしまっていた。
こんな姿では、こんな覚悟では
故にここ数日は片手でも、術式なしでも戦えるように体を慣らしていた。
にも関わらず、彼は未だに2級を倒すのが精一杯な状況であった。
東堂葵は憤怒した。
彼は生まれてこの方、自分が弱いと思った時期はなかった。
体格差で負けるようなことがあっても、次に戦えば勝てていた。人数差で負けるようなことがあっても、その次はその数には勝てるようになっていた。
肉体も頭脳も呪術センスもピカ一である彼は現状のうだつも上がらない自分に怒りながらも、徐々に、ほんの少しずつ自信を失っていた。
元々のあまりにも強い自尊心と自負が、己の現状の肉体や術式、その他諸々によってヤスリを掛けたようにガリガリすり減っていっていた。
そして今日、ここ最近では一番の絶好調な体調だったため、これ以上の精神の摩耗は不味いと思った東堂葵は一級呪霊に挑んだ。
初めはよかった。
彼は肉体も術式も消え失せてしまったが、今までの経験とセンスは未だに健在であった。
慎重に立ち回り、呪霊の術式を看破し、身体スペックを詳らかにし、時が止まったかのように
「出ないだと!?」
出ず、そして敗走した。
このときの東堂葵は知らない。
此のときの東堂葵は覚えていない。自分に1000%の自信がなかったことを。
コノトキハシラナカッタ。この時まで知らなかった。こゝろが完全にオレていたことを。
「『不義遊戯』が死んだとき、俺自身も死んでしまったのかもしれない」
彼の顔は絶望からか顔が真っ青になっていた。
グゥ~
「ふふっ。こんなときにも腹は減るか」
いや、ただ栄養が取れてなく、顔が青ざめていただけだった。
東堂葵は好物のハラミの焼き肉をたらふく食べたが、心にはぽっかりと穴が空いていた。
◆
東堂葵は絶望しているが、そのまま飯を食わずに死ぬなんて選択肢も取ることができなかった。
理由は色々あるが、今の現状で仲間たちに迷惑をかけられないという他人を主軸とした考えであった。今までの彼も他人を慮ることはあれど、常に自分を中心にしていたのにである。
満足感はあるのに心が満たされず、そして直前の敗北を思い出さないように下を向いて歩いていると、曲がり角で人とぶつかった。
強大な筋肉を失ったとしても、一般人からしたら十分な筋肉は保持できている東堂葵にぶつかれば、当然ぶつかってきた方が倒れる。
東堂葵は興味のない相手には無愛想に、もしくは敵意を持って相対するが、本当に何も知らない赤の他人にまでそんな態度は取らない。取る意味もないからだ。
故にこの場面は倒れた人が起き上がれるように手を貸すのが普段の東堂葵である。
しかし、此時の東堂葵は何故か体が動いていた。
考えるより先に体が動いていたというヒーローのように。
お腹を空かせた子がいれば、顔を割って食べさせるアンパンのヒーローのように。
視界ではその存在を捉えていないのに愛ゆえか、その女性が転ばぬように手を伸ばしていた、東堂葵の左手を。
そう、今は存在しない左手を。
「いたっ、ご、ごめんなさい。急いでたもので」
ラフな格好をしているし、マスクをつけているが東堂葵には声やその姿を見ただけでその人が誰か即座に理解した。
身長180cmと公表している高身長。アイドルの時には制服を着ていたりするのに、お酒の味をよく理解していると発言してしまううっかりさん。ケツとタッパの大きい東堂葵の理想な女性。
そんな最推しとぶつかり、助けることすら出来なかった己の不甲斐なさに、これまでの諸々のメンタルダメージ。
そして高田ちゃんを立ち上がらせようと右手を差し出そうとしたが、真人のせいでぐじゃぐじゃになっている右手に臆して手を差し出せない弱さ。
(ああ、俺はとっくに折れていたのか)
この時ようやく、彼は完全に心が折れていることを実感した。その実感がジワジワと彼ににじり寄り、最推しの前など関係なく、泣きそうな顔で東堂葵はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
そんな大柄の男の前で立ち上がり、高田ちゃんはその男の顔を見て一言。
「東堂くん、だよね」
「高田ちゃん...」
本来の東堂葵は本来ここで高田ちゃんとぶつかることはなかった。
そう、この時、この出会いによって未来は大きく変わることになる。