黒い沈黙の行先   作:シロネム

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~代償~ 混沌が求めた英雄

 

「さ、サオリ……?」

 

「代理人、アレって……」

 

「……ねじれたか。……間違いなくあの声(カルメン)の影響だろうな」

 

 

 

虚空を見上げ、何もない空間へと話しかけるサオリの姿を見て、思い至ったのだろう。

 

 

 

"声って……まさかホシノちゃんの時と同じ……"

 

 

 

目の前にいるサオリの姿がブレる。存在そのものが別の何かへと変化しているような……裏が表へと重なり二重に揺らめく。

 

徐々にだが確実にその姿を異形へと変えていく。形容するなら……月だろうか?

 

 

 

美しい蒼色の三日月(サリエル)――

 

 

 

巨大な1つ目から血の涙を流す蒼い三日月が、サオリの姿と重なり、徐々に色濃くなっていく。

 

 

蒼い光の粒子が巻い、サオリの姿を包み込む。

 

 

人型は保っているものの、顔は三日月へと置き換わり、一つ目から血の涙が流れ出す。先程までアサルトライフルを握っていた手には、深い蒼色を放つ2本の大鎌が握られており、

 

 

 

――零れ落ちる血の涙によって、赤黒く濡れていた。

 

 

 

「――っ、動き出す前に仕留めて……」

 

「いや……そう上手くは行かないみたいだな」

 

 

 

どこからとも無く現れた一体のユスティナ聖徒会。今まで戦ってきたものとは異なり、巨大な身体を持つ怪物のような見た目の存在。

 

 

 

――アンブロジウス

 

 

 

鋭利な両爪を構え、アリウススクワッドを守るかのように立ちはだかった怪物が、ローラン達へと牙を向いた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

虚偽の信仰。白痴たる狂信。度重なる経験が産んだ信徒。

 

垂らされた1本の蜘蛛の糸。救いの種たる希望の糸は今、引きちぎられた。

 

いや……そもそも、救いの糸など無かったのだ。

 

目の前に垂らされたのは、正真正銘蜘蛛の糸。地獄から引き上げる救いの糸では無く、地獄に縛り付け雁字搦めにする悪魔の糸。

 

 

 

「私の恨み……私の怒り……」

 

「私が犯した罪は」

 

 

 

二度と希望を抱かないと誓った。

 

「希望を抱いてしまったこと」

 

「ならばこそ、私は……」

 

裏切り者には絶対なる死を――

 

「白州アズサの死を持って、罪を精算する」

 

世界がこんなにも罪で溢れているのなら――

 

 

 

皆、平等に死に絶え――

 

 

 

 

 

 

「――それはダメ。そんな声に従うなんて、サオリらしくないよ」

 

 

 

 

 

 

――アツコ?

 

 

 

 

 

 

ガンッ(シャン)

 

 

 

戦場に鳴り響いた打撃音。予想外故に誰一人として反応できなかった攻撃。

 

アリウススクワッドの一人、ガスマスクを付けた少女がいつの間にか構えていた、身の丈程の大きさの白い十字架でサオリを殴りつけた。

 

 

 

「姫? ちょっと、何やって……」

 

「姫ちゃん!?」

 

「その声に従っちゃダメ。サオリ、そんな所に居ても、救いなんてないよ」

 

 

 

ガンッ(シャン)

 

 

 

もう一度、手にした白い十字架で殴りつける。殴るたびに響き渡る鐘のような音と打撃音に、一同は言葉を失っていたが……

 

 

 

「……アイツもE.G.Oを発現していたのか」

 

「うん。ユメ先輩もそう言ってた」

 

 

 

 

 

――白い棺桶に白い十字架

 

明らかに不自然で、汎用的ではないもの。

 

彼女だけの個人装備。

 

白い棺桶を背負い、両手で構えた白い十字架でサオリを殴り続けるアツコ。

 

打撃音からでも分かるほどの衝撃がサオリを襲い……

 

 

 

「……ア、ツコ?」

 

 

 

ガンッ(シャン)

 

 

 

「ぐっ……ぅ……」

 

「あっ……」

 

「「……」」

 

 

 

――気が付けば、元の姿に戻っていた

 

 

 

「……」

 

「ひ、姫……。今、リーダーが……」

 

「も、元に戻ってましたよね?」

 

 

 

最後の一撃がトドメとなったのか――歪んでいた姿が霧散した。……恐らく、意識を失ったのだろう。

 

先ほどまで点いていたヘイローが消え、崩れ落ちた体を支えたアツコは……サオリを抱き上げ、背負っていた棺桶へとしまい込む。

 

 

 

「……よし。それじゃあ、逃げよっか」

 

「姫……!? いや、逃げるって何処に……」

 

「姫ちゃん……あの、そもそも喋ったら駄目なんじゃ……」

 

 

 

「待って! アツコ!」

 

 

 

「ごめんね、アズサ。サオリを怪物にする訳にはいかないんだ」

 

「……っ」

 

「それに、サオリが怪物になるぐらいだったら――」

 

 

 

――私が犠牲になるよ

 

 

 

「姫……」

 

「姫ちゃん……」

 

 

 

十字架を掲げ、撤退準備を進めるアツコ。見たこともない武装と、仲間ですら容赦なく叩きのめした彼女に警戒心を高める生徒達だったが、誰一人として自分から彼女たちを攻撃しようとする生徒はいなかった。

 

 

 

――生徒は、いなかった

 

 

 

「……逃がすと思うのか?」

 

 

 

両手に構えたE.G.Oをアツコへと向けるローラン。

 

 

 

"……事情があるなら、話して欲しいな"

 

「……シャーレの、先生」

 

「大人が、今更何を……」

 

「……救いの手は、もう無いんだ」

 

"そんなことないよ。どんな状況でも、話してくれればきっと……"

 

 

……

 

 

「……もう、いいんだ。元々、私の我儘だったから」

 

 

 

掲げた十字架を勢いよく振り下ろす。――直後、十字架は尋常ではない光を放ち、周囲一帯の視界を塗りつぶした。閃光弾とは比べ物にならない程の光は、直視していた者たちの視界を数分間奪い取り、

 

 

 

――視界が元に戻った頃には、アリウススクワッドは姿を消していた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「逃げられたか……」

 

「アツコ……」

 

「……」

 

"届かなかったかな……"

 

 

 

視界が元に戻り、周囲を見渡したローラン。

 

咄嗟に反応は出来たものの、閃光を完全に防ぐことは出来ず、気がつけばアンブロジウスだけが戦場に取り残されていた。

 

 

 

「代理人。取り敢えず、アレを何とかしないと」

 

 

 

2丁の散弾銃をアンブロジウスへと構え、射撃体勢を取るホシノ。

 

 

 

「……そうだな。一先ずはアイツを――」

 

 

 

同じくE.G.Oを構え、アンブロジウスへと切先を向けるローランだったが、

 

 

 

(グチャ)

 

 

 

瞬間、アンブロジウスの首から上が叩き潰された。

 

――虚空から現れた白い人型。

 

白き炎を纏い、純白の金槌を構えた人型は、アンブロジウスの頭部を打貫き……胴体を地面へと叩きつきグチャグチャに叩き潰す。

 

 

何度も、何度も、何度も――

 

 

完全に息絶えるまで……

 

 

 

――英雄が、混沌を打ち倒すまで

 

 

 

「あの人は……」

 

「た、倒しちゃった?」

 

 

 

(グチャ)

 

(グチャ)

 

(グチャ)

 

(グチャ)

 

 

 

振り下ろされるたびに、身体の部位が千切れ飛び、絶叫を上げるアンブロジウス。反撃しようと動いた瞬間、分裂した白い人型が抑え込み、隙だらけの身体に白い金槌を打ち付ける。

 

 

 

"す、凄いね。あれもE.G.Oなのかな?"

 

「隊長か。相変わらず、強力なE.G.Oだが……」

 

 

 

――切札

 

この言葉が相応しいだろう。体格差などものともせず、只管攻撃を続ける隊長。旧L社が管理していた幻想隊のE.G.Oとはいえ、これほど強力なE.G.Oがあるとは思っていなかったローランだが、

 

 

 

「代理人? どうかしたの?」

 

「いや……。確かに強力なE.G.Oだと感心したんだが……」

 

「だが?」

 

「……あれだけの力を、何の代償もなく使えるとは――」

 

 

 

「――代理人!!!」

 

 

 

突如、背後から聞こえてきた大声。よほど急いだのだろう。大量の汗を流し、過呼吸になりながらも大声を上げた彼女。

 

 

 

「……はぁ……っ……ぁ……!」

 

"君は、シスターフッドの……"

 

「……副隊長? 一体どうし――」

 

「お願いです! 今すぐ……っ、隊長の時間を……巻き戻してください!!」

 

 

……

 

 

「……時間を巻き戻す?」

 

「いや、巻き戻すのは構わないが……」

 

「お願いします! ……隊長が……っ、死んでしまう前に――」

 

 

 

――あの幻想体を使う前に戻してください!

 

 

 

"……幻想体?"

 

「……っ! E.G.Oじゃなかったのか!」

 

 

 

力には代償が伴う。高出力のE.G.Oを用いれば、それ相応の負荷が身体に掛かることを知っていたローラン。相当強力な故、かなりの負荷が掛かるとは思っていたが……

 

 

 

――それが幻想体そのものとなれば話は別だ

 

 

 

E.G.Oという他人の殻を借りて用いるだけでも負担がかかると言うのに、幻想体自体を扱うとなれば、

 

 

 

――代償は当然、それ以上のものとなる

 

 

 

(パンッ)

 

 

 

「……は?」

 

"嘘……"

 

 

 

E.G.Oを手放し、咄嗟に取り出した黄金銃で白い炎を纏った隊長を撃ち抜いたローランだったが……放たれた銃弾は隊長の身体を突き抜け……

 

 

 

――時間は巻き戻らなかった。

 

 

 

(パンッ)(パンッ)(パンッ)(パンッ)(パンッ)(パンッ)

 

 

 

何度も何度も銃弾を撃ち込むローランだったが、その度に銃弾は身体を貫き、時間は巻き戻らない。

 

……いや、正確には……銃弾は当たっていないのだろう。アンブロジウスが息絶え、消滅した直後から、徐々に徐々に身体が溶け……砂と化していく隊長。

 

 

 

「――っぁ、待って……隊長! やだ……やだやだやだ……っ! ……いかないでください! 隊長!」

 

 

 

武器を手放し、大急ぎで隊長の元へと駆け出してく副隊長。その姿を視界に入れながら、何度も銃弾を撃ち込み、時間を巻き戻そうとするローランだが……そのこと如くが無駄に終わっていく。

 

 

 

「……代理人! このままじゃ、あの人が……」

 

「分かってる! ……くそっ、さっきから撃ち込んでるのに――っ!」

 

 

 

そう話している間にも、隊長の身体はどんどん白い砂へと置き換わり、風に飛ばされ消えていく。

 

 

――そうして、

 

 

 

「あ、あぁ…………っ、……たい、ちょう…………隊、長……!」

 

 

 

先程まで金槌を振るっていた隊長の面影は消え、

 

 

 

「ぅぁ……っ……ぁぁ…、……ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

――戦場に、白い砂の山だけが残された。

 

 

 





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