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ミサキの口から聞かされる翼の計画。その規模の重大さはローランが1人で抱え切れるほどのものではなく、もしもその計画が真実だと言うのなら、今すぐにでも翼を滅ぼす必要があるだろう。
「……以上。私が聞けたのはここまでだよ」
「……確かに、取引に応じた価値はあったな」
"そんな事を企んでたなんて……"
「私達の実験も計画の一端みたい。神秘を複製し、大人に付与する技術……」
「素人なら兎も角……羽の奴等に神秘が付与されたら、それこそ手が付けられなくなる」
銃弾に対する耐性、自然治癒能力、刺青よりも効果の高い身体強化――。イオリと対峙した事で、その恩恵は嫌という程身に染みている。……1級や特色フィクサーと同等の力を持つ羽が多数在籍するであろう翼に、神秘なんて技術が渡ってしまったら……
――裏路地にいるフィクサーとの間に、明確な差が出来てしまう
ただでさえ巣と裏路地のバランスは傾いており、いつ蹂躙されるかも分からな……
……
……いや、今は考えなくていいか
「身体のほうは平気? リーダー」
「あぁ。……代理人の拳銃のおかげで完治した。……面倒を掛けたな」
「……別に、気にしなくていい。リーダーには何度も助けられてるから」
「うぅ……へ、変な感じですね。さっきまでお腹が空いていたのに、何も食べず空腹感だけ消えちゃったみたいな」
肉体の状態のみを指定した過去の時間へと巻き戻す弾丸。記憶が残る分、感覚としてはかなり奇妙なものとなる。
再生アンプルとはまた違った、不思議な経験。
「代理人。……情報は払ったから、姫を助けるのを手伝ってもらうよ」
「……一応言っておくが、残響楽団を見つけたらそっちを優先させてもらうぞ。……それまでは、道中の護衛を努めてやる」
「……分かった。……リーダー」
「……あぁ。……案内する。――ついてきてくれ」
万全の状態へと巻き戻ったサオリが先導し、バシリカを目指してアリウス自治区の地下通路を走り抜けていく。立ちはだかるアリウス生徒のクローンを殺し、一刻でも早く姫の元へと走り出す5人。
孵化を終えていることもあってか、量産型のクローンなど相手にならず、一方的に殺して行く。
互いの連携も悪くなく、その練度に関してはローランからしても、目を見張るものであった。
"ごめん、代理人"
「あんまり気にするなよ、先生。……舌嚙むから、喋らないほうが良い」
"……重くない?"
「全然。普段使ってる武器よりも軽いから、本当に気にしなくていいぞ」
"な、なんか複雑だなぁ……"
運動神経が一般人である先生を背負い、二丁拳銃を構えながら三人に追随するローラン。アリウス生徒のクローンが現れる度に脳天を撃ち抜き、死体の山を築き上げる。
ローランによる完璧な援護射撃もあってか、道中は順調に進んでいった。走りながら、サオリから聞かされた制限時間。
――日の出までは、あと2時間
「……クリア。ここまでは安全だ」
「は、はい! 大丈夫そうですね!」
「……街か?」
「そう。私たちが育った街。アリウス旧市街」
地面に転がる無数の注射器。飛び散った血液。人の骸だったものが散乱する地獄。人が生活していたとは思えないほど、悲惨な惨状。
えづきそうになるほど濃厚な血液と、腐敗した肉の臭いが漂う街。
"こんな所で、生きてきたんだね……"
「……おかしい」
"サオリちゃん?"
「街が静かすぎる。元々人通りが少ない場所だが……」
「な、なんか……知らない物がいっぱい増えてます」
「そうだね……違和感は、私もさっきからすごく感じる」
巡航ミサイルに謎の武器、K社のロゴが入った注射器に緑色のドローン。都市由来の物からよく分からない物まで、この街で生活してきた彼女たちにとっても、見慣れないものが散乱していた。
「これは……」
彼女たちの話を聞きつつ、周囲を警戒していたローランだったが……地面に落ちている色の無い装置を見つけ、より警戒心を高めた。
「……? ……ちょっと待って。……誰かいる」
"え……?"
「隠れるぞ、先生。無駄な戦闘は控えたいからな」
咄嗟に近くの建物へと身を隠し、表通りの様子を伺う一同。自分達が旧市街に居ることなど分かる筈が無い……と思いつつも、追っ手を警戒するミサキだったが……
「あれは……」
「……せ、聖徒会!? ユスティナ聖徒会ですよね? それに、あの姿は……」
「……何故だ? エデン条約が取れ消された以上、使役は不可能なはずだ」
「……いや……不可能じゃないのかも」
「何?」
「……」
「そもそも、私たちがエデン条約の会場を襲撃した理由は、複製能力を確保する為だった」
「そうですね……だから姫ちゃんは、古聖堂の地下であの木の人形と契約を結んだんですし……」
「そうして確保した聖徒会の兵力で、トリニティとゲヘナ自治区を占領する。……それが当初の目的」
……
「……つまり、俺たちがエデン条約を上書きしたにも関わらず、ユスティナ聖徒会を使役してるのがおかしいと……別の手段があったのに隠されてたって事か」
「……うん。……だって、もしそんな別の手段があったなら――」
――私たちがエデン条約の会場を襲撃した理由って、なに?
「……」
「……やってしまった事についての責任は、感じてるけど……私たちが戦った理由が、意味が無かったなんて……」
姫は助からず、目的であったミメシスの権能も、マダムは所持していた。……アリウススクワッドが戦う理由など、初めから存在しなかったのだ。
目的を刷り込まれた。
翼の奴隷として……マダムの道具として、自由意志を殺され続けた子供達。
"責任なんて、そんな……"
「……」
"……確かに、みんなの襲撃で傷付いた生徒は沢山居る。……でも、その責任を負うべきは指示を出した悪い大人であって、君たちが背負うものじゃないよ"
「先生……」
「……」
――ウォォォォォォーーーー
「――っ、アンブロジウスまで居るなんて」
他のユスティナ聖徒会と比べ二回り以上大きい怪物。……隊長が命と引き換えに、幻想体を用いて殺した存在。
「……結局、アマノの覚悟も無駄だった訳だ」
"アマノちゃん……"
(ピコン)
「え? ……私、アレと戦ったんすか?」
「覚えてないのか?」
"……そう言えば、幻想体を使った所までしか記憶が無いんだっけ?"
「そうっすね。実際、私が何と戦ったのかはよく分かってないっす!」
「……いやまぁ、お前が気にしていないなら良いんだが」
「うーん……あんまり実感湧かないんで、もう一度戦いたいっすけど」
"……はい?"
「……はぁ。……お前も美甘と同じタイプか」
戦闘に快楽を見出すタイプ。都市にも何人か居たが、総じて厄介極まりない相手だ。
「先生? どうかしたの?」
"あぁ、いや、何でもないよ。……兎に角、アレに見つからないように――"
「――おや。もしかして、私が気づいていないとでも?」
(パチン)
旧市街に鳴り響くフィンガースナップ。その音を合図としてか、ローラン達を取り囲むように近づいてくるユスティナ聖徒会達。辺りを見回すも既に退路はなく、一番警戒していたアンブロジウスまでもが、ローラン達へと銃口を向けていた。
「チッ……罠か」
「……私たちがここに来るって分かってたんだ」
「えぇ、もちろんです」
旧市街の空に投影された映像。そこに移っていたのは……顔に多数の目を持つ怪物であった。
「……マダム」
「ここは私の支配下にある領地。皆さんの位置や目的地、その経路に至るまで全て把握しております」
「……」
「あなた達が旧市街を経由することも最初から分かっていました。愚かな子供たち――私に隠し事なんて、不可能ですよ」
「ひ、ひいぃ……さ、最初から……」
「やっぱり、手のひらの上だったの……」
「……」
「誤解があるようなので一つ伝えておきますが――」
――あなた達の任務は、ロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、聖徒会を顕現させる事
「ただそれだけです。一度接続さえすれば、次からは私が統制できますので。マエストロは自分の作品を奪われるようだと嫌がっていましたが」
「……」
「そういう意味では、あなたは任務を遂行したと言えるでしょう」
「……最初から」
「はい?」
「最初から、約束を守るつもりなんてなかったのか……」
「……? おかしなことを聞きますね。あなたは家畜と結んだ約束を守るのですか?」
「――っ」
「…………さて。はじめまして、アンジェリカ先生。ローラン代理」
"……!"
「……情報は全て筒抜けみたいだな」
白の便利屋との会話を盗聴でもしたのだろうか? ゲマトリアのメンバーですら、黒い沈黙としか認識していなかったというのに……。
「私はベアトリーチェと申します。既にご存じかもしれませんが、ゲマトリアの一員です。通信越しでの挨拶となることをお許しください」
「……」
「黒服やマエストロ、ゴルコンダから、あなた方については色々とお話を聞いております」
"……あなたが、アリウスを支配しているベアトリーチェ?"
「はい。そして、ゲマトリアにおける現在唯一の成功者です」
「成功者……?」
「ふふっ……私のことが気になりますか? どうやってアリウスを手中に入れたのか……必要ならば、あなたが知っている情報と交換することもできますよ?」
「必要ない。大方の事情はこいつ等から聞いているからな。それに……翼や残響楽団と関係のある奴を、生かして多くつもりもない」
「……ほぉ、そうですか。あなたが今、一番手に入れたいと思っている情報も、私は持っているのですけど」
"代理人が欲しがっている情報……?"
「……」
――都市の苦痛を取り除く方法
「……!」
「私であれば、その程度のこと造作もありません。既に幾つかの翼、及び特異点を利用した浄化の第一段階は成功しております」
「……浄化?」
「私にとっては、彼女に会うための副作用に過ぎませんが……巡り巡って彼女の願いに繋がるというのなら、それは私の本望であるとも言えるでしょう」
「……何が言いたい」
「取引をしましょう、ローラン代理」
――蒼白の書を渡しなさい
「対価として、都市の苦痛を取り除くことを約束します」
「……」
「遍く全ての都市……並行世界における都市という概念全てを書き換え、創り直すのです」
私と彼女だけが存在する楽園を――
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