『世界』が違うと疲れる。
「…………」
「織斑先生。随分と難しい顔を成されていますね」
「ああ、山田君か。ああ、難しくもなるさ……」
放課後はとっくに過ぎた時間帯。IS学園の本校舎の職員室にて仕事はまだ続く中、1組の担任であり尚且つ1学年主任の織斑 千冬は1枚の資料に目を落としていた。
「2人目の男性操縦者こと、リッカ君、ですか」
「今年の1学年も随分と莫迦共が揃っているみたいだが、コイツは別ベクトルで厄介そうな奴だ」
リッカ。
苗字、ファーストネームに当たる名前は見当たらず正真正銘、この3文字だけが彼の名前。
管理局の公認カウンターで正式ライセンスを持つタスクフォース『コフィンカンパニー』の第5小隊のスコル小隊の小隊長。
この辺の肩書は字面しか分からない為、如何言う存在かは分かりかねる。
カウンターアカデミーにも在籍している。
「8組の担任も手を焼いているそうだな……」
「あ、アハハ……午前午後問わず、爆睡しているそうですね……。IS学園始まって以来の暴挙とも言えますね」
「……信じられん行動をする奴だ。それに、また厄介な圧力があるしな」
それはリッカは『戦わせるな』と言う内容だった。まず前提としてリッカはカウンターである事。常人と違い身体能力は完全なる上位の存在であり尚且つ現実改変能力を持つ人種であると言う事。
そんな奴を相手に常人がISを纏おうがシールドバリアは愚か絶対防御をブチ抜いて搭乗者諸共、死ねると言い切られた。手加減と言う生易しい対応など出来やしない。
一応、人命的に危険であると言う人道的な配慮を持っての制約ではあるのだが、それでは男性操縦者の稼働データや機体データの収集もままならない、本末転倒も良い所だ。
それに配慮とは言うが、千冬としては『舐められている』と言う意味でも癪ではあった。
「それにもう1つ、厄介な事と言えば……奴の専用機に関してだ」
IS学園において生徒個人が専用機を持つ場合、そのスペックを把握する為に機体情報を学園側に提出する必要があるのだが……リッカの場合は何と『白紙』で出されたのだ。
「機体名、不明。コンセプト、不明。いいや、違うな……。機体を組み上げると言う根本的な理論すら捨てている。文字通りISコア、だけだ」
正確には『管理局』側が再解釈した『ISコア』となる。機体は愚か装甲も武装も何にも無い、強いて言えば『拡張領域』しか存在しない。
それは、IS学園や委員会の常識を真っ向から否定していた。もはや、搭乗と言う言葉すらも撤廃されていると言って良い。
「…………そんなモノ、どうやってデータを取れと言うんだ」
自分達とは全く違う常識。彼らにとってそれで充分なのか、或いは……コレから造り上げて行くつもりなのか。
彼はそんなモノを渡されてどう考えているのか……。
「ハァ、頭が痛い限りだな。他にも寮には帰っていないそうだな」
「あ、はい。昼間は寝ていて放課後になると学園の外へ行っちゃっているみたいです。……何でも管理局側だと、タスクフォース業界の方が優先順位が高いらしくて、学業よりもタスクフォース関連の方が優先されるらしいです」
「普通、逆だろ……。信じられん光景だ……」
「……その、聞いた話でカウンターに限りますけど、就職してから学校とかに編入って流れになる人が一定数居ますし、中には学校すら通った事が無いと言う人も多いみたいです。その辺の教育関連は個人の格差が大きいようですね」
「…………常識が違うと、こうもやり辛いのか」
それが向こうにとっての常識ならば、此方の常識が通じないのも当然だろう。本人に合わせる意思が無いのも問題だ。
「……一度、話をしてみるか。こうして資料や伝聞の情報だけで考えても埒が明かん」
幸いにもリッカはこの学園では暴れるつもりは無いようだ。何でもアカデミー……管理局側の学校の理事長から釘を刺されているらしい。リッカと雖もアカデミーの理事長を怒らせたくは無い様である。
リッカが学園に戻って来たのは翌朝であった。リッカが放課後に何処に居るのか知らない生徒が多い為、放課後は何をしているのか? と言う話題で盛り上がる事もままある。
本人にとっては如何でもゴシップに過ぎないのだが。
——全く、途中で侍馬鹿共とカチ合うとはな。随分とまぁ、派手にやったもんだ。損害が大きかったみたいだが。
「あ、リッカ君。ちょっと、呼び出しがあるから職員室近くの談話室に行ってくれないかしら?」
「ん? 呼び出し?何かあったか?」
「……貴方ねぇ。心当たり以外、無いでしょうが」
惚けて見せるが、教員は呆れる他に無い。しかしながら此の儘、教室では寝る以外にやる事が無いので、取り敢えずその談話室とやらに向かう事にした。
「来たか。まぁ、座れ」
職員室近くの談話室に入ると其処では黒いスーツ姿の長身の女性が椅子に座っており、部屋に入って来たリッカを見るなり相対する席に座る様に促して来た。
「コレはコレは、誰かと思えば……『世界最強』殿じゃないか」
「フン。その呼び名は気に入らん、2度と使うな」
——まぁ、IS業界ならば世界最強の肩書は通用するが、管理局側だと三流止まりだけどな。
「……で? 何の用だ? 織斑教諭」
「1回、話をしてみようと思ったまでだ。何せ私の担当は1組だからな。8組まで出向くと餓鬼共が騒いで敵わん」
——人気者は辛いねぇ。
「人気者は辛いと吐かすな、言う事を聞くのであれば良いがそれ以外ならば有難迷惑だ」
おっと、どうやら読まれたらしい。タダの脳筋では無いようだ。
「話って何を話せと?話題を探して世間話をしようとでも言うのか?」
「……場を和ます事も出来んのか?」
「残念ながらそんなコミュニケーション的なモノが培われなかったものでね」
「哀れな奴だ」
「哀れられる謂れも無ければ後悔した事も無い。そんなつまらん事を聞かせる為に呼びつけたとは、世界最強も程度が知れる」
くだらないと称して席を立つ。
「待て。ちゃんとした本題がある。お前はカウンターだろう?」
「知っていて当然の事を今更、切り出すか?」
「……知っての通りIS学園にはカウンターは居ない。お前以外にはな」
「止めておけ」
「何?」
織斑教諭の言わんとしている事を先読みして止めた。
「管理局は管理拒否した区域には基本的には一切手を出さない事になっている。加えて今回のIS適性絡みの問題でもかなりややこしい事になっている。知らんとは言わせないぞ?」
「だが、IS学園の戦力では到底足りんのが現状だ」
昨今の侵食現象。海上にあるが故に侵食現象とは無縁とは言えない。当然ながらIS学園にもISを始めとした戦力はある。
しかし、侵食現象を相手にすると言うのはかなり厳しいのが現状だった。
何せ委員会側にはカウンターが極めて少なく、そのカウンターも閉塞的で女尊男卑な委員会側よりも職に自由な管理局側へ亡命してしまうケースが後を絶たない。
IS学園で過去に3回程、侵食現象が発生した。委員会の主導で浄化作戦が行われたが小規模であっても大きな損害を被りながらも作戦は遂行された。
「侵食現象にはカウンターが居なければ難しいと言うのは私でも知っている」
「言いたい事は分かるが政治的にはマズいんだよ」
「……何だと?何がマズいと言うんだ?」
「IS学園の校則に『本学園における生徒はその在学中においてありと凡ゆる国家、組織、団体に帰属しない。又、本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』ってあったよな?」
「良く覚えているな。ああ、その通りだ」
「アレ、逆を言えば如何なる問題も学園内で解決しなければならないって意味になるよな。それが守られるからこそ、自主性が保たれる。
出来なければ、外部から介入を許す事となる。そうだろう?」
「ああ……」
「そうなった場合、アルファトリックスグループに買収される可能性が1番高いだろう」
「アルファトリックスグループ? 確か色んな産業に参入しているグループだったな」
「個人的に其処の会長の事は知っているんだが……あの会長、常識が無い上に金銭感覚が狂ってるからそうなった場合、どうなるか全く分からん」
織斑教諭から見てリッカも充分常識は無いのだがその本人がそう言い切った以上、相当だろう。
「…………」
「それはその時になったらの話だが……。そんでもって俺は管理局、然も上層部から命令を受けてるんだわ」
「命令だと?」
「『委員会側の依頼を受けるな』ってな。言うなれば織斑教諭の言わんとしている仮に学園内で発生した侵食現象の解決案件もソレに含まれている」
「……何故だ?」
「そりゃ簡単な話で委員会側の企業とかが報酬を払わないからだよ。
過去に委員会側で発生した案件やら仕事を遂行したタスクフォースに対して報酬を支払わなかった件による被害相談が山積したんだとよ。
だから、以降は委員会側地域で発生した案件は放置一択になったんだよ。その総本山である委員会が依頼して来た侵食現象を解決した際の報酬を払う見込みあるか?って話になるんだよ」
「…………」
侵食現象が発生しても見て見ぬフリをされると言う事であった。タスクフォース業界はクズと悪党とカスの巣窟みたいな場所だ。報酬が弾まなけれは見向きもされない。
「アンタから見て俺は好き勝手やっている様にも見えるかも知れないが、俺も俺で立場上、この学園内じゃ身動き出来ないんだよ。
仮にこの学園内で侵食現象が起きたとしても自衛行動や民間人の避難指示は出来ても、問題解決の為の積極的な行動は出来ない。
知らないかも知れないがタスクフォース所属でも各種作戦における費用はほぼ自腹になるんだよ。ヒデェ場合だと出費が報酬を上回って赤字ってパターンもあり得る。
それで食っている以上、緊急を除いての不要な戦闘は避けねばならない」
——同僚のテックレベル5の装備なんか使用時間に比例して給料から天引きされてるし。
「何とも世知辛いな……。しかし報酬を払う事が出来れば、動けるのか?」
「……それは状況によるな。だが、いずれにせよ俺が大立ち回りするような状況だと、後でバレた時が大変な事になる」
「大変な事……?」
——寒過ぎるシナリオを考えているからなぁ。さっさと破棄して欲しいシナリオだよ。
「知らん方が身の為だな」
「……話すつもりは無い、か」
「話は終わりか? 実につまらない話だった」
「我々にとっては看過できない由々しき問題なのだが……」
「対立するのは仕方ない。融和策を講じたい気持ちは理解はする。しかし、アンタが世論を動かす事が出来ない以上は俺との関係は政治的平行線のままだ。感情論を考慮しない場合は」
「個人的に動く事は出来ないのか?」
「……これ以上、話しても俺にとっては利益無ぇからそろそろ退室させて貰うぞ。夜型人間だから眠いんでな」
織斑教諭の言葉を遮りリッカは談話室を後にした。