二羽の鴎が空を泳いでいた。鴎は自由だった。重力にさえ縛られず、赤い空に軌跡を描いていた。羨ましい、とボクは思った。やがて鴎は別々の方向に飛び去った。まるで人生の分岐点のような別れ方だった。きっと鴎にだって各々の生き方がある。
ボクは溜息をついて、砂の上に座り込んだ小さな背中を軽く叩いた。
「いつまで泣いてんのさ、侑」
侑は黙ったまま海を眺めていた。
「飛行機の時間に間に合わなくなる」
「まだ一緒にいたい」
「我儘言わないでくれ。もう二度と会えない訳じゃないんだ。また日本に来るよ」
ボクがそう言っても、侑は首を振るだけだった。
「いつ来るの?」
「What?」
「次はいつ会えるの?」
侑は涙を拭いてボクを見上げた。冷たい春風がお台場の海に吹いた。
どこかから流れてきた桜の花びらが、くるくると回って侑の額に落ちた。ボクは花びらを取り、その場所にキスをした。そして侑の隣に座り、答えた。
「じゃあこうしようよ。お互いに夢を叶えたらでどう?」
「夢?」
ボクは肯いた。
「言ってただろう。キミが立ち止まりそうになったら、ボクが手を引っ張ってあげるって」
ボクはそう言って侑の手を優しく包んだ。
「これから直接この手を引くことはできないけど、もし立ち止まりそうになった時の為に、約束をするんだ」
「お互いのことを想って」
「そう。そして忘れずにいるために」
侑はやっと笑った。今日一日、ずっと険しい表情をしていたのだ。安心してステイツに帰れる、とボクは思った。
「ねえ、教えて? ミアちゃんの夢は何?」
「ボクは、ボクの歌で世界中の人達を笑顔にしたい。やっと歌えるようになったんだ。もっと歌いたい。自由に歌いたい。いつか歌手として、有名になってみせるよ」
そう言ってボクは侑を見た。落ちゆく陽が侑の体を赤く染め上げていた。
「じゃあ、有名になったミアちゃんに恥じない曲を作る、有名な作曲家になりたい」
「うん。約束しよう。必ず侑の歌を歌いに来る」
「必ずミアちゃんの為に曲を用意する」
ボクは侑の手を離す。彼女は少しだけ名残惜しそうに手を伸ばしたが、やがて静かに手を下ろした。
「それで、その先は?」
「はあ?」
「私が曲を作って、ミアちゃんが歌ってくれる。その先はどうしよっか?」
ボクは溜息をついた。
「全く、キミはいつまで経っても……」
「ベイビーちゃんでいいもーん」
侑はボクの肩に頭を預けた。
「あ、ねえ。二人で一緒に住もうよ。有名歌手と、有名作曲家の同棲。どうしよう、スキャンダルだよ、ミアちゃん!」
「歩夢に怒られそうだ」
「住むならどこに住もうか」
「話を進めるなよ……まあ、海が、見える場所がいいな」
「いいねいいね! 静かな海辺の町に住もう!」
「耳元で大声出すな」
「そして日がな一日、ミアちゃんの歌を聴きながら私は曲を作るんだ」
ボクは少し考えてから頷いた。
「まあ、悪くないね」
「でしょ、だからミアちゃん」
「約束だよ」
日本の夏は相変わらず不快になる暑さだった。飛行機を降りたボクは、酸素を求める魚のように冷房の効いたターミナルへ逃げ込んだ。
荷物を受け取り喧騒の中へ溶け込んだ。今のボクにはそう難しくないことなのだ。ステイツならまだともかく、今の日本で、何者でもなくなったボクを見る人なんてもういない。少し前までサングラスとキャップ程度の変装は何の役にも立たなかったのに、今では十分役割を果たしてくれている。ボクは解体され更地になった家の跡を眺めているような気分になった。
宅配サービスに荷物を預け、待ち合わせ場所に向かおうとした時、一年半ぶりに聞く優しい声がボクの名前を呼んだ。
振り向くと、歩夢が抱いた子供をあやしながら近づいてきた。
「歩夢。久しぶり」
ボクはその子供ごと歩夢にハグをした。
「また綺麗になったね。キミはどんどん素敵な人になっていくよ」
「久しぶり、ミアちゃん。元気そうでよかった」
歩夢は優しく微笑んだ。
「随分大きくなったね、
ボクはそう言って、子供の頬を優しく撫でた。
「子供の成長は早いんだよ、ミアちゃん。もうあっという間だよ」
「うん。あっという間だ」
「……大丈夫? ミアちゃん」
ボクは首を傾げた。
「何が?」
「何がって、本当に良かったの? 歌手を辞めて」
ああ、とボクは言った。
「もうボクらの夢は叶えられたからね」
「でも」
「いいんだ歩夢」
ボクは首を振った。
「ボクは沢山の人に愛された。そしてボクも愛した。何も後悔なんて無い」
「侑ちゃんは──」
「勿論、侑のことも」
そっか。歩夢はそう何度か繰り返した。
「それじゃあボクは行くよ」
「待って」
歩夢はボクを引き留めると、傍に置いていたビニール袋をボクに渡した。中を確認すると縦長の箱があり、ラベルには漢字が書かれていた。
「日本酒?」
「うん。侑ちゃんと飲んでおいで」
「いいのか? 飲み干しちゃうぞ?」
ボクは悪戯っぽく笑ってみた。
「今日だけは、許す」
そう言って歩夢は肯いた。
「それと今日、晩御飯食べに来てね」
「晩御飯?」
「うん。用意するから」
「ボクは──」
「三人じゃ食べきれないくらい、作るから」
絶対帰ってきてね。歩夢はそう言った。
「わかったよ」
ボクは溜息をついてそう言った。そしてもう一度、歩夢達を抱きしめた。優は笑っていた。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
歩夢は目元を擦り、手を振って見送ってくれた。
何度か電車を乗り継いで、イナムラへ到着する頃には日が暮れかかっていた。ボクは慣れ親しんだ道を歩き、砂浜へ辿り着いた。世界は目まぐるしく変わっていったのに、この景色だけは何年も変わっていなかった。
ボクは袋から日本酒を取り出し、封を開け、半分を海へ注いだ。
「これでよかったんだよな。侑?」
ボクはそう言って日本酒を一口飲んだ。そして座り込んで、もう一口飲んだ。口から零れた日本酒を袖で拭った。何度拭っても溢れ出てくるものは止まらなかった。
ボクは六年ぶりに泣いた。こんなに大声を出して泣くのは初めてだった。
涙が枯れる頃には日は沈んでいた。江ノ島の灯りが目立つようになった頃、ボクは何とか立ち上がり、イナムラ駅を目指して歩いた。
帰ろう、とボクは思った。
冷たい夏風が、ボクの頭をそっと撫でた。
後書きを残すという行為に意味を見つけられなかったので後書きは書きません。
ただ人として残さなければいけないことがあるのでいくつか。
まずここまで辿り着いた皆様へ、本当にありがとうございました。
そして、
畑は違えど同じ創作という世界に身を置く、話を聞いてくれた音楽家の友人へ。
ありがとう。
Story Image
「忘れられた Big Wave」
「素敵な夢を叶えましょう」
「君こそスターだ」
Mia Taylor Image
「TSUNAMI」
Inspiration
「I AM YOUR SINGER」
「Im still...」
ED Theme
「真夏の果実」
Happy45Anniversary サザンオールスターズ!!
「いくよミアちゃん」
「あー、はいはい」
「えっと……ここ、この物語は、あー、ふぃ、ふぃ」
「ちょっと待ってよ、何そんなに緊張してるんだよ」
「あはは、こういうことするの十年ぶりで」
「まったく。しっかりしてくれよ」
「ごめん……この物語は、ふぃ……ふぃ……っくしょん!」
「おい、冗談だろ……ほら、鼻水出てる」
「んー……あれ?」
「どうしたのさ」
「続き忘れちゃった」
「カンニング・ペーパー渡しただろ」
「……鼻水拭いちゃった」
「ああもう! いい? この物語はフィクションで、二次創作なんだから。現実のボク達と何の関係も無いからね」
「あはは……」
「まったく、ホント侑はボクがいないとダメなんだから」
「ごめん……」
「はぁ……もういいよ、早く帰ろう。ボクお腹空いたよ」
「わかった。何食べたい?」
「ハンバーガー」
「えぇっ?!」
「何? 作れないの?」
「……よし、大好きなミアちゃんのために頑張って作る」
「ふん。まあ期待してるよ」
「はぁー、今日も暑かったね、ミアちゃん」
「うん。暑かった」
「明日も暑いかな」
「さあ。どうかな」