いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
術式の中和なのか、結界の中和なのか
どっちなんだろうか…
第10話 後処理
2012年2月〇日
廃工場での1件から1週間が経過した。この1週間はずっと忙しかった。
あの後、まずは捕らわれていた人と冥冥さんを病院へと連れて行った。冥冥さんの方は特に問題なく、次の日には退院した。急に任務を任せて、こんな目にあわせてしまった冥冥さんには申し訳なかったので謝っておいたが、彼女は、追加報酬をもらったから気にしてないと言っていた。
だが、少し失礼かもしれないが、俺と冥冥さんが行って良かったと思う。本来なら凛さんが一人で行っていたらしく、その場合の結末は恐らく、あの場で死んでいただろう。シン陰流で領域対策があるとはいえ、特級2体の相手は流石に厳しいはずだ。
捕らわれていた人は、4日後に目を覚ました。最初は錯乱していたが、今は落ち着いている。彼女の名前は『禪院 詩羽』。禪院家の『灯』に所属する術師らしい。
禪院家。呪術界御三家の一つ。糸色家と同じく他の家系を取り込むことで発展してきた呪術師の家系。実力主義と、男尊女卑。そして、「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」、という独善的な思想を持つ家だ。
俺が原作で知っているのは、元々、真希さんと真依さんはその家にいたこと。両者、禪院家に対して嫌悪感を持っていること。そして渋谷事変後の騒動で禪院直哉が伏黒恵を殺そうとしたことだ。あと、直接は読んでないが、禪院家はその後壊滅した、と前世の友人から聞いた。…何があったんだろうか。
そんな家の術師を助けた。この事実を知った祖父と父さんは少々苦い顔をしていた。話を聞くと、過去に少々トラブルがあったこと、そして禪院家以外の術師を見下すその姿勢が故にあまり関わりたくないらしい。
詩羽さんは、取り合えず表面上は平静を保っている。が、それでも寝ている最中は魘されているらしい。高専との事情聴取では、俺も付き添った。彼女はどうにも疲れているように見えた。何か目標があるのか、それとも追われているものがあるのかは分からないが疲れたOLみたいな雰囲気、張り詰めた糸のような感じだった。
彼女があの廃工場に取り込まれた経緯は、そこまで複雑ではなかった。等級として2級クラスの実力を持つ彼女は、単独で、F県F市郊外の廃工場で目撃された呪霊を祓いに行ったらしい。彼女が聞いた事前情報では2級クラスの呪霊だったらしく、禪院家側も余裕だろうと考えていたのだろう。
だが、廃工場にはすでに大量の人が捕らえられており、自分もその光景に気取られている間に一瞬で氷漬けにされた、という。そして口から何かを飲まされ、気づけば病院だった。俺たちが廃工場を訪れる1週間ほど前の話だ。
氷漬け。その言葉を聞くと、原作のある人物が思い浮かぶ。
『裏梅』。詳細はよく分からないが、過去に宿儺に従っていたらしい術師であり、氷に関する術式を使う呪術師だ。そして偽夏油と一緒に行動していた人物。
そう考えると、あの廃工場は偽夏油の拠点の一つだったのではないだろうか。そこで何か実験をしていたと考えればあの光景も合点がいく。『呪胎九相図』なんてやばいものを作るやつだ。今回も何かしていた可能性はある。
俺も高専から事情聴取を受けた。任務の経緯、当時の状況など質問攻めだった。特に俺自身に怪しいところはないとして、その日のうちに解放された。
あと久しぶりに五条さんに会った。どうやら俺の事を覚えていたらしく、思ったよりも話が弾んだ。改めて、東京高専に来ないかと言われた。以前とは違い、俺は原作に介入する決意がある。出来れば、干渉しやすい東京高専の方が良いが、そこは父さんや祖父と相談するしかない。
凛さんがもう少しで帰ってくるらしい。任務直後に彼女と電話をしたが、凄い心配された。むしろ俺が行ってよかった任務内容だ。彼女には気にしないでと言っていたが、どうにもソワソワしているのだという。大丈夫かな?
2012年2月■■日
取り合えず、詩羽さんが退院することになった。体自体に大事は無いらしく、現場復帰もできるという。…ただ彼女は余り嬉しそうではなかった。
あれから彼女をたまに会って話をしていたのだが、彼女も禪院という家に、あまり良い感情を持っていないらしい。詳しくは書かないが、幼少期から相伝持ちではないということと、女ということで不遇だったらしく、色々あったのだという。
なんとかしてあげたいが、こちらからできることは何もない。
父さんと祖父はあれから厳しい顔ばかりだ。特に祖父は若干諦め気味なのか、「まぁ最後の一線さえ守ればなんとかなるであろう」とか言っていた。父さんは「お前には少々無理をしてもらう」と。…正直嫌な予感がする。多分俺がらみの事だ。
2012年 4月○○日
ちょっと、衝撃的、というか受け入れられないことが起こった。今でも若干夢なんじゃないかと思う。
■─────■
電話を切る。弥生君が病院に行ったと聞いたときは何事かと思ったが、無事でよかった。名目上は護衛となっているのに、彼が危険な時に傍にいない、となっては意味がない。そんな自分が情けなかった。取り合えず帰ったら、ご褒美でもあげようか。
守野家は一度、呪術師として没落した家系だ。江戸時代の初め頃、単純に質のいい術師が生まれなくなった。せいぜい2級が良いところ。それまでは1級をそれなりに生み出していた名家だったらしい。家としてはまずい状況。だが当時の当主は、呪術師として生きることに拘らなかった。それに表の事業が順風満帆だったらしく、呪術師に拘らなくても充分に生きていけると判断した。没落という響きからは想像できない、穏やかな雰囲気で一般社会に溶け込むことができたらしい。
昭和の初期ごろ、再び家から呪術師としての素養があるものが生まれるようになった。しかもそれなりに優秀な者たちが生まれたらしい。だが、もう完全に一般社会に溶け込み、過去では呪術師だったという記録が残ってない当時の守野家からすれば、逆にそれは迷惑だった。どう扱えばいいのか分からないのだ。
取り合えず素質のある者を集め、周辺や職場に関係ある場所の呪霊退治に勤しんだ。特に問題もなく、順調だった。順調すぎた。後の世代にも優秀な術師が生まれてきた。人数もそれなりに増えていった。問題があるとすれば、当時の守野家の人間は明治以降の呪術界という物を一切知らなかった事だった。それどころか、総監部なんてものがあって、そこが呪術界を取り仕切っているということすら知らなかった。
だが攻めるのは酷だ。なにせ呪術師としての活動なんて完全に過去の事。ノウハウなども一切失われ、残された知識も今に当てはめることができない。下手に業界に足を突っ込んで痛い目を見たくない、という考えだった。だが、目を付けられるのは時間の問題だった。
そして今から30年ほど前、守野家は呪術総監部に所属するある家に目をつけられた。呪術規定に違反するだの、呪詛師認定だの色々言われ、家ごと吸収されそうになったという。それを止めたのが当時の糸色家当主と、その息子である和久さんだった。
糸色家は表の事業で守野家と繋がりがあった家だ。当時の糸色家当主が情報を照らし合わせ、もしやと思い守野家の尋ねたところ、呪術師として活動していることを知ったらしい。
糸色家は色々と条件を提示し、守野家を弁護した。かなり良い条件だったらしく、当時の守野家当主はそれを快諾。守野家の呪術師達は、糸色家の傘下へと入った。こういう経緯もあってか、守野家は基本的に糸色家に忠誠を誓っている。私もそうだ。
守野家は元々厳格な雰囲気のある家柄だ。そして呪術界に本格的に参入した30年前からその雰囲気はさらに増している。守野凛という少女もその中で育てられた。幼少期の頃から鍛錬ばかりしていた。良い術師になることがいずれ自分のためになると、幼少期から言い聞かされた。遊びという物を知らず、余分という物を知らず、今振り返れば色のない世界で生きていたと思う。
私が12歳の頃、糸色家の宗家に訪れる機会があった。私が今後術師として生きていくに十分な素質があると判断され、宗家に挨拶をするためだ。最初の挨拶が済んだ後、父は桐谷さんと応接室で話していた。子供には退屈だろうということで、私は違う部屋で待機させてもらった。その部屋で初めて彼を見た。
宗家に備えてある広い庭で同年代と遊ぶ彼を見たとき、『羨ましい』と思った。そこにいることができたら、どんなに羨ましいか。なぜ自分の中からそんな感情が出たのか分からなかった。年相応と言えばそれまでだが。だが、自分とは縁のないものだ。私は、守野家の一人であり、守野家は糸色家に仕えるためにある。
「ねー、お姉さん。一緒に遊ぼうよ。」
少年が笑顔でこちらに近づいてきた。私の顔を見つめている。少年らしい無垢さを感じさせた。
「え…私、ですか…?」
「そうそう。」
「え、えっと」
答えに戸惑っている間に、彼に手を引かれその輪に混ざった。カルタだったり、DSという当時最新のゲーム機で一緒に遊んだりした。慣れないことで戸惑いながらだった。だけど、とても楽しかった。どれもこれもが新鮮だった。何より、一緒に遊ぶという感覚が良かった。今まで本の読み聞かせとかは経験したが、それは大人の人たちが私をあやすためだ。
しばらく時間が経ち、桐谷さんと一緒に父が迎えに来た。その時に初めて、目の前の少年が糸色家の嫡男である『糸色弥生』だということを知った。もしかして失礼なことをしてしまったのではないか、と不安がよぎった。だが、特に父は何も言わなかった。
「あの、なぜ私を誘ってくれたのですか」
帰り際に弥生君に問いかけた。私は初めてこの家を訪れた。勿論、弥生君たちとも面識はない。それに年も一回り離れている。
「なんでって…お姉さん寂しそうだったから。誰かと一緒に居たそうな顔してたし。それで一緒に遊ぼうと思ったんだけど、迷惑だった?」
さも当然のことのように弥生君は私にそう言った。
「いえ!…迷惑ではなかったです。とてもっ…楽しかったです」
思わず声が大きくなってしまった。初めての経験だった。
「そっか。なら良かった!」
彼は笑顔で私を見送ってくれた。家に帰る途中、父は、私が将来彼に仕える予定だ、と教えてくれた。悪い気分はしなかった。むしろ、嬉しかった。
だが、ここは呪術界だ。ある日突然に命を落としてもおかしくはない。そんな世界で仕えるというのは、命に代えてでも守るということだ。あの優しい少年がなるべく生きられるよう、私も努力した。鍛錬だけではなく、遊びもした。戦闘面では勿論だが、こういった日常面でも彼と一緒に過ごせればと思ったからだ。それほどあの経験は、あの時の無色な私に、色を与えてくれた。あの1件以降私の世界は広がっていった。
私が彼を再び強く意識したのは、樋口奏という存在を通してだった。私が京都高専に通っている間に彼女は、彼の傍に立っていた。その時の自分が抱いた感情を今でも覚えている。嫉妬、だった。私が本来ならいるべき場所に、違う人がいる。それに嫉妬している自分がいることに、驚いた。だが、彼の楽しそうな表情を見てそれを心の中にしまうことに決めた。こんなものを表に出して、彼に迷惑をかけるのは本意ではなかったからだ。
それに悪い事ばかりではなかった。彼女を通して今の弥生君を知ることができた。昔とさほど変わってない、けど少し大人びた彼。自分がいない時もそのままだったことに少し安心をした。あの時、私を遊びに連れ出してくれた彼は今でも彼のままなのだと。そして私も奏も、彼の家系に属する呪術師にはあまりない、他者を思いやれる優しい部分が気に入っていた。
樋口奏が死んだ。よくある事だ。私も京都高専に在学中に友人の死を経験したことがある身だ。呪術界ではよくある事で、その死には意味や価値が求められる。彼はそれに怒った。彼はただ普通に、このよくある事に、彼女の死に悲しんでいた。
それを弥生君自身で否定する様がとても悲しくて、思わず抱き着いた。そして理解した。私は彼のこういった、呪術師がよくある事だと受け流してしまいそうな事を、受け止められるその優しさに惹かれたのだと。
気づけばベッドに寝転がっていた。昔の事を思い出しているうちに眠ってしまっていたらしい。喉が渇いたので、共用の冷蔵庫からお茶を取り出した。
懐かしい、今でも大切な思い出だ。私を形作った、原点だった。もう少しすれば卒業だ。学校生活は名残惜しい部分もあるが、本来の役目に戻れるのが嬉しかった。今回の件も弥生君が大丈夫と言っているのだ。それを信じよう。
ただ一つ不安な点があるとすれば、助けた術師が禪院家の人間だということだ。その独善的な在り方は身をもって知っている。何も問題が起きなければいいのだが。
そしてその不安は、弥生君の身に降りかかるという、最悪の形で的中した。
守野凛
性別:女性 年齢:19歳
術式:なし
シン陰流の門下生。結界術の才能があったため、シン陰流に入門した。簡易領域やそれを組み合わせた剣術などを活かし戦闘を行う。体術も収めている。速さと防御が特に優秀である。
等級:1級
好きなもの:何気ない日常、弥生、うどん
嫌いなもの:無茶ぶり、茄子