いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
東京都立呪術高等専門学校。その一室。家入硝子のオフィスに、家入硝子、五条悟、夜蛾正道、冥冥が集まっていた。
「硝子、何か分かったのか」
夜蛾正道。東京高専の学長に最近就任した彼は、就任早々のトラブルに頭を悩ませていた。今回の1件そのものもだが、総監部から報告を急かされている。
「大体は、ですね。」
そう言い家入は袋を取り出す。密封されたその袋には、種のようなものが入っていた。
「これが、禪院詩羽を人柱に変えていた物の正体です。これが廃工場の中に放棄されていた遺体のいくつかの中から見つかりました。」
「これ、呪物だね。力そのものは微弱、等級でいえば3級ぐらいじゃないかな。」
五条が目隠しを下げ、六眼がそれを見る。こういう時に六眼は便利だ。呪力の流れなどを見抜くことができる。
「恐らくこれは、未完成品。うまく呪物として完成しなかったものです。回収された資料を見るに、成功率は高くなかったと考えられる。」
「しかし、これだけであの結界を作れると思えないね。」
「冥さんの話通りなら、それなりに大きな結界だったらしいしね。これの完成品は見たことないけど、良くて2級ぐらいの呪物じゃない?」
冥冥の疑問に五条が付随する。見ている感じ大した呪力も発していない。完成品ではないにしろあまりに微弱すぎる。
「ええ。現場から回収されたメモ書きにもそう書いてあるわ。これ自体は強力な呪物ではない。だけど問題はこれを人、正確には結界術の才能のある術師に埋め込んだ場合。」
「この種は、恐らく術者に強制的に結界を展開させるようにする物。まず、呪言や呪詛、それに類するものを術者の脳へと送り込む。そしてこれに侵食された術者は、この種に刻まれた結界術を、自分を起点とし展開させる。種は呪力を通した時点で急速に成長をはじめ、術者を取り込む。」
家入は現場に残されていた写真をいくつか貼り付ける。
「冥冥さんと、弥生君の報告から想定すると、展開される結界は大量の呪力を内包していた。そして、それに惹かれて呪霊たちがその結界へとおびき寄せられ、より強力な呪霊に成長する。何も知らない呪術師はその結界に入ると、報告よりも多く、強力な呪霊と戦うことになる。呪術師殺しの結界っていった感じね。」
「今わかっているのはこれくらいですね。…被験者のリストを見る感じ、被験者は総勢48名。そのうち成功例は6名。今回の件で一つ使われたと考えても、最低あと5個はこれと同じものが残っている可能性があります。」
「…悪質な呪物だ。硝子、一通り報告書をまとめてくれ。俺はこれを総監部に報告し、他の呪術師達に情報の共有を行う。冥ですら死にそうになった事例だ。油断はできないだろう。」
最悪、1級呪術師すら殺しうる。そんな呪物がもし他でも作られていれば、とんでもないことになってしまう。今回は奇跡的に対処する側に犠牲者は出なかったが、今度はそうもいかないだろう。
「硝子、一つ質問なんだけどさ。その取り込まれた詩羽って術師は1週間ぐらい取り込まれていたんだよね。どうやって生命維持してたの?僕でも流石に1週間飲まず食わずはきついよ。」
当然の疑問だった。いくら超人的な能力を持つ呪術師達でも人間は人間。飲まず食わずで生きていけるわけがない。
「それは分からない。現物を見てない以上推測になるが、恐らく、呪力で補っていた、術者を疑似的な休眠状態に陥らせていた、あたりが考え付く。が、確固たる証拠はないよ。」
結局は分からずじまいだ。恐らく一番手っ取り早い方法はこの呪物を作った呪詛師を捕まえ、情報を引きだすことだ。
取り合えず一通り、情報共有を終え、その場で解散となった。
「冥さん、今回は大変だったねー。」
「おや五条君、慰めてくれるのかい。…まぁ久しぶりに死を覚悟したよ。弥生君がいなければ、私はここにいなかっただろうね。」
冥冥の予想だが、もし今回糸色家が動かなければ、適当な2級術師が現場に送られていただろう。そして、その様子だとほぼ確実に死ぬ。そして今度は1級術師が送られただろうが、あの様子だと1級術師1人でも死んでいただろう。
「っていう割には退院早くなかった?硝子にも治療してもらってる感じじゃなかったしさ」
冥冥の口から一瞬弥生の反転術式の事が出そうになったが、口をつぐむ。流石にこのレベルの情報は、あまり口には出せない。反転術式。使えるものは少なく、アウトプット、他者に対して使用できるものはさらに少ない。五条悟ですらアウトプットはできないのだ。
「あ、それよりも、弥生来なくても大丈夫だったのかな。」
「彼は、というよりも、彼の家は今少し緊張状態だ。今回の話は私から伝える手筈になっているから心配しなくてもいい。」
「糸色家は禪院家と過去にちょっとトラブってるからねー。それに今回の件だって禪院側からしたらあんまりいい話じゃないし。」
「いい機会だから聞いておきたいんだが、糸色家と禪院家のトラブルとは何かな。トラブルがあったというのは有名な噂だが、具体的なことは誰も知らない。」
五条も流石に一瞬悩む。御三家、というよりも、呪術師の家系同士の関係は時に複雑怪奇なんて言葉で表せるレベルではない。それに外部のものが知ると、新しいトラブルの元になる可能性もあるからだ。
「まぁいいか、大したことじゃないし。話はかなり遡って室町時代ぐらいですかね。」
当時は応仁の乱などで世の中が混乱の最中だった。これは呪術師にも、影響があり、呪霊の大量発生や、戦火に巻き込まれる家系もあったという。糸色家も例外ではなかった。
その糸色家の分家の一つがこの戦乱に巻き込まれ、そしてそのどさくさに禪院家に取り込まれたのだ。当時は連絡手段も限られ、世相が荒れていることが相まって、糸色の宗家が気づいた時には、その分家は完全に取り込まれてしまっていた。
勿論、糸色家は抗議をしたが、禪院家はそれを知らんぷり。さらに当時、それを禪院の相伝認定しようとした動きもあったらしく、更に関係が悪化。そして、ついには一部が殺し合いにまで発展したという。
流石に事態を重く見た当時の総監部は、これを仲裁。お互いに一定期間の不可侵を約束したのだという。
そして次に事態が動いたのは、明治初期。幕府の終焉や明治維新などでまたも日本中が混乱に陥っていた時代に、今度は禪院家から逃亡者が出た。そしてその保護という名目で、糸色家が彼らを匿った。それに禪院は勿論抗議。
しかし、その逃げてきたのが過去に取り込まれた糸色家の末裔だったということを調べ上げた糸色家は、これを理由に反発。
結局、再び総監部が仲裁に入り、禪院から脱走した術師に関してはそのまま糸色家に残留することで決着がついた。
別に呪術師の家系が、途中で違う家系と血が混ざること自体は珍しくない。だが、最初の禪院のやり方が悪すぎたせいでここまで問題になったのだ。
その後は、糸色家側が「もう別にそんなの拘ってない」という姿勢を示し、それ以降問題は起こっていない。禪院側も2回もこういう騒動を起こしたことで総監部から咎められ、特に追及もなしで終わっている。
「いや、充分大したことだと思うんだけどね」
「そう?禪院だったり加茂は毎度グチグチ昔のこと言ってくる癖に、自分たちが言われると猛反発してくるんだから、全部くだらねーって感じですけど。」
五条もうんざりしている。五条家も禪院家とは全く仲が良くない。というか禪院家と仲が親しい家とかあるんだろうか、と疑問に思うほどである。
「それに今回の件だと、禪院側はまた揚げ足取られた気分になってると思いますよ。多分禪院家としては『禪院詩羽』の件は見て見ぬ振りしたかったでしょうし。」
「彼女に何か不都合があるのかい?」
冥冥としては理解できない感覚だった。身内しかも術師が助かったとなれば多少喜びはするだろうと考えていた。しかし、今回、禪院家は詩羽の見舞いに1度しか訪れなかったと聞く。しかも、時間としてほんの数分。
「禪院からすると、別に戦いの中で死ぬのは良いんだよね。問題は生きて救出されたこと。借りを作ったっていうのもそうだけど…。まぁ、なんていうか。」
五条にしては珍しく歯切れが悪い。
「あんまり例が無いんで、今どうなってるか分かんないけど、呪霊に負けて、その後ある程度の期間を空けて助けられた術師っていうのは、あんまり評判が良くないんですよ。穢れてるってね。しかもプライドの高く、男尊女卑の禪院。どんな扱いを受けるか。多分、今回の件、他の呪術師の家系には情報とかそういう事情行き渡ってますよ。」
「なるほど。禪院からすれば、死んでいる方が都合が良かった、というわけかい。それで、彼女は今後どうなると思う?」
「家で飼い殺し、事故に見せかけて処理するか。もしかすると──…。
今回ばかりは僕でもあんまり無茶が効きませんからね。冥さんも下手に関わらない方が良い。」
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「で、どうなんだ羂索」
「率直に言うなら、微妙だね」
その返答に呼ばれた白いおかっぱの女性は顔をしかめる。それなりの人数を攫った。一般人だけならともかく罠にかかった呪詛師や術師も拘束して実験したのだ。それなりの労力を割いたのにこの評価である。
「効果自体は悪くないんだけど、作るための手順が多い。まぁリスクとリターンが噛み合っていないね。結界術の才能がある術師2人犠牲にして、結界を1つ作る。発想は面白いけど、手順が多い、効果が発揮するまである程度の時間が必要となると、実用するにしても下準備がいるね。なにより五条悟への対策としてはダメだ。」
羂索と呼ばれた頭に縫い目のある女性は、袋に入った種を見つめる。最近手に入れることができたいくつかの書物の中に、この種の製法が記載されているものがあった。何かに使えると思ったが、五条悟へは力不足ではある。
「やっぱり五条悟には、獄門疆による封印を採用するよ。」
同時に手に入れた書物の中に呪物に関する記録をまとめたものがあった。その中には書物が制作された当時に確認された呪物とその詳細、その顛末まで記載されていた。かなりの掘り出し物だ。そしてそこには求めていた『獄門疆』の情報があった。
「羂索」
「どうしたんだい、裏梅」
「そんなまどろっこしい方法を取らずに、宿儺様を復活させればいいでしょう。器の準備も出来ていると、以前言っていただろう。」
相手は現代最強と呼ばれている。が、羂索も裏梅も宿儺なら五条悟相手に勝てる確信があった。封印などという回り道のような方法を取らずとも直接殺せばいい。
「まぁそれでもいんだけど、そっちはサブプランかな。『六眼』、『天元』、『星漿体』の因果が崩れているとはいえ、殺したらまた出てくるっていう場合もあるし。あと、宿儺と五条悟の勝負が成立するには最低でも『宿儺の指』が15本必要だと考えてるし。」
自分が関わっていない所で、天元の同化阻止が達成された。つくづく、自分の手の中にあるものが、自分の可能性のうちにしか収まらないことを実感させられる。だがこれを利用しない手はないが、警戒は必要だ。
それに、羂索としては、なるべく宿儺に頼りたくはないというのが本音だった。己の快、不快を中心に動く宿儺をコントロールするのに労力を割かれたくない。器ではなく檻にしたのにもそういう理由が一端にある。
「…以前からずっと聞きたかったのだが、貴様どうして宿儺様の指をすべて持っていない?」
裏梅は若干不機嫌だ。自分の主に呪物化を提案しておきながら、その呪物を羂索は余り所持していない。20本あるはずの指は、今手元にあるのは10本にも満たない。
「いやだってあれ、ずっと呪力を発し続けているんだよ。そんなものの20本もずっと持ってたら危険だ。呪霊が集まってくるからね。だから何本かは高専側に押し付けることにした。盗む算段はあるしそこは心配しなくてもいいよ。あと…」
「あとはなんだ」
「実は君たちを呪物化した後、私、襲われたんだよね。その時に全てを回収することはできなかったんだ。」
「襲撃したのは誰だ?」
「さっぱり分からないね。」
羂索が宿儺達の呪物化を終え、暫く経過した後、突如として襲撃を受けた。当時自分の使っていた体は戦闘向きかつ権力もあったので部下もいた。だが、相手はそんなものお構いなしでこちらを襲撃し、部下を皆殺し。自身も死にかけた程だった。命からがら逃げだし体を変え、暫く潜伏をするしかなかった。相手の顔は仮面で隠れていて見ることができなかった。
「まぁ大丈夫だと思うよ。計画は一通りできているし、その算段も出来ている。取り合えず優先事項は、戦力の増強、夏油傑の肉体の確保、相手側の戦力削減っていったところかな。」
羂索はリストを見つめる。そこにはいくつもの名前が記載されている。片方は利用できそうな呪詛師、もう一つは自分が計画を実行する際に邪魔になりそうな、可能ならば排除したい術師たちだ。羂索は既に呪術界の上層部、総監部の一部と通じているが、もう少し強固なものにしたいと考えていた。夏油傑の肉体を手に入れるまでは、何が起こっても備えられるようにするべきだと考えたからだ。そのため自分とつながっている上層部が邪魔に感じている呪術師達の排除を行い、その権益を彼らに与えることで、もっと手を広げようと企んだ。それにいざ計画を実行する際には、リスクは少ない方が良い。ここに乗っている術師たちは自分の誘いを受ける可能性が低いというのもある。
「『糸色』、『相墨』、『出雲』、ほかにも有名な家がいくつか。…少しの間準備になるね。気長に行こう。」
特級術師の遺体を渡してもらえるレベルの繋がり…
すでに百鬼夜行時点では上層部の一部とズブズブだったのかもしれません。