いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
今回の話は一部、性的なものを匂わせる描写があります。
苦手な人はご注意ください。
2012年4月○○日
ちょっと、衝撃的、というか受け入れられないことが起こった。今でも若干夢なんじゃないかと思う。
いや、でもマジなんだよな。うん。
まず結論から言うと、詩羽さんに襲われた。・・・性的に。
いやこれ襲われたって解釈していいのか分からないが。
5日前の事だ。禪院家から呼ばれた。今回の1件でお礼がしたいとのことで、祖父と一緒に禪院家に行くことになった。なおこの時点で祖父はなんかもう諦めムード、というか、面倒ごとは勘弁してくれ、という雰囲気をまとっていた。
断ればいいのでは、というがあの禪院家当主『禪院直毘人』から言われるのでは、もう断りにくい。あと断って変にトラブル呼び寄せるなら、従って穏便に収めるしかない。あと、祖父は個人的に直毘人と総監部を通して交流があるらしく、そういう意味でも断りにくいのだという。
禪院家に行くと、まず直毘人さんから呼ばれ、今回の事でお礼を言われた。で、その埋め合わせとして、軽く宴会をするからとのことで、今夜は泊っていてくれと言われた。応接間から出ると、祖父は一言、「誘いには乗るな」と言ってきた。恐らくこの時点で、祖父は禪院家の企みとか、何となく予想ができていたんだろう。
そのあと、許可をもらって禪院家を歩いていると、あの直哉さんに絡まれた。というより絡みにいってしまった、と言うべきか。どうにも真希さんをシゴいてる所を見ていた俺が気にくわなかったらしい。チンピラかな?
ただ、これに関しては絡みにいった俺が悪いところもある。いやだって、10歳くらいの女の子に暴力ふるってる20歳ぐらいの男とか正直見てられなかったのだ。
投射で軽く攻撃されたが、何とか躱した。術式内容は知ってるので対処できたし、眼で追うこともできた。とはいえ、流石に一瞬焦ったが。ちなみに、攻撃をかわされたことにムカついたのか、直哉さんはそのままどっかに行った。
その後は真希さんに絡まれた。直哉さんの攻撃を避けたことや、詩羽さんを助けたときのことを滅茶苦茶聞かれた。
夜になると軽い宴会が始まった。参加人数も少ない宴会だった。恐らく任務で出ている人もいたが、仕込みをしている人間もいたんだろう。あと、俺だけちょっとメニューが違ったのは多分何か盛られていたんだろう、と思う。
夜遅くまで祖父や直毘人さんは飲むということなので、俺は先に上がってもいいと周囲の人から言われた。祖父は一瞬、俺の方を向いて、静かに頷いた。この時点で俺も『誘い』が来るんだろうとなんとなく分かった。
通された寝室は不思議な匂いがした。嗅いだことのない、なんというか体の底から力が湧き出てくるような感じだった。今思えばそういう類のお香か何かだったんだろう。
しばらく横になっていたが、そんな匂いがする部屋で寝ることなんて勿論できるわけがなく、少し外に出ようと布団から出ようとしたとき、詩羽さんが部屋に入ってきた。
部屋に入るなり押し倒された。その後、俺から離れ、急に土下座をされた。そこからは正直思い返したくない。詩羽さんの立場とかを聞いて、すごく機嫌が悪くなった。だが、俺はそれを聞いてしまった後、もう断るという選択肢がなくなってしまっていた。いや、それより前の押し倒された時の彼女の、緊張に固まった顔が何かに絶望したものへと変わっていく様を見たときに、見捨てられなくなってしまったんだろう。
翌日、帰りの車の中で祖父に昨夜の顛末をすべて伝えた。祖父から、
「まぁお前優しいところあるし、断り切れないのは何となくわかってた。」
と言われた。祖父には申し訳ないが、俺は見捨てることができなかった。見捨てていれば、彼女の言葉を信じるなら、彼女は近いうちに死んでいただろう。祖父は何となくこの結末を予想していたようで、あまり大きな感情は見せなかった。だが、父さんは違った。
家に帰って顛末を説明した途端に大激怒だった。大声こそ出さなかったが、いつもより声が低くなっていた。
まず俺が彼女に応えたことを咎められた。しかし、断っていれば恐らく俺は一生後悔しただろうことを考えると、俺はこの選択を間違ってるとは思ってない。
父さんが怒っている理由も理解できる。この1件で、あの糸色家の嫡男は呪霊もしくは呪詛に汚された女を好む変人だと、周囲に噂される。俺だけでなく、家全体のイメージダウンだ。だけど父さんは俺が甘い事ぐらい分かっているはずだ、奏さんの件で。
父さんとの話は終わったが、その後意外な人物が怒っていた。凛さんだ。正直、あのキレっぷりはちょっと引いてしまった。俺に見られていると知るといつもの感じに戻ったが、相当切れていたらしい。
ただ怒っている理由は俺が彼女に応えたことではなく、禪院家に対してだった。
その後祖父から、これから何か月かに一回、禪院家に行かなければいけないことを伝えられた。
■─────■
「そう怒るな、桐谷。弥生はまだ幼い。こういった事態に対処するには若すぎたのだ。」
「分かってはいます。ですが理性と感情はそう割り切れるものではないでしょう。」
大きなため息をつきながら、お茶を流し込む。弥生が同年代と比べ大人びているとはいえ、まだ子供だ。仕方がないと思う反面、心のどこかでどうにかならなかったのか嘆く自分がいる。
「しかし、禪院があのように行動してくるとは。予想こそしていましたが、まさか実行するとは思っていませんでした。」
禪院家からすれば、詩羽は恥である。敵に敗北し、それどころか、呪霊もしくは呪詛師に穢され生きて帰ってきてしまった。こんな半端者を禪院は家に置いときたがらないだろう。周囲からは噂され、家自体の悪評につながる場合があるからだ。どこかのタイミングで処理するはずだったのである。
だが今回の1件で禪院側は名分を得た。
『本来は処理するはずだったが、自分たちより立場が下の家のもの好きが、どうしてもと言うのでそれに応えて、生かしておいたやった』、というものだ。
禪院に来る風評被害をこちらに逸らされたのである。
「うむ。まぁ直毘人殿はまだしも他が提案する可能性は大きかった。心配するな、想定の範囲内よ。」
少しイラついている桐谷に反して、和久は落ち着いている。先ほどからどら焼きを片手にお茶を嗜んでいた。
「既に禪院家には話を通してある。」
「随分お早いですね。…もしかしてあの話を出したのですか。」
「まぁ出すしかなかったからな。出すべき時に出せんでどうする。」
■─────■
禪院家にて
いまだに、直毘人と、和久、そしてその他の禪院の術師は酒を酌み交わしていた。弥生が部屋に戻ってから2時間ほどたつ。もうそろそろ、詩羽が動いている筈だ。
禪院側は和久が動けぬように宴会に留めているが、そんなことは和久にはお見通しだった。今更防ごうなどと考えてはいない。
「にしても何時もより飲むではないか、和久」
直毘人が和久にそう問いかける。いつもは少量しか飲まない男が今日はやけに飲んでいた。
「いやぁそうですかな?直毘人殿。…浮かれているのは否定しませぬが」
「ほう、何かいいことでもあったか」
和久は笑顔のまま酒を流し込む。
「いや、なに、最近は孫の成長が著しくてですな。糸色家自体も調子が良いのですよ。そう考えると嬉しくなるのですよ。当主は色々と背負う重荷があるのは、直毘人殿も理解されている筈でしょう。」
当主は色々羨ましがられるが、そう楽な立ち位置ではない。一族を導き、時にはその責任を背負わなければいけない。そのせいか常に厄介事が舞い込んでくるのだ。
「ブハハッ、確かにそうだな!最近糸色家は調子が良いと聞く。新しい1級術師も所属したと。他も調子が良いのか。」
「ええ、最近でいいますと、…『加茂家』との縁談が成立したのですよ」
一瞬空気が凍る。不気味な静寂が場を支配した。
「…なに?」
その沈黙を破ったのは同席していた禪院扇だった。表情こそ出てはいないが、その焦り様は見ていて面白い。
「ああ、これは言わない約束だったのですが。いやぁ如何せん酒のせいで口が滑ってしまいました。」
これが意味するところは一つ。加茂家の婚約者にちょっかいをかけるということだ。そこは噂次第でリカバリーできる。だが、これで詩羽を正妻にするのは不可能になった。相手は同じ御三家。正式な婚約を押しのけるのは同じ御三家でも相当難しい。そして糸色側はこれで線引きができる。
そして和久は確信した。この焦り様と、最初に沈黙を破った人間。禪院扇こそが今回の1件を計画したのだろう。直毘人はそういうのは受け入れこそするが、あまり好まない人間だ。
「おや、扇殿。何か問題でもありましたか?」
「いや…」
扇の歯切れが悪くなる。その一方で、和久は悪い笑みを浮かべていた。
「ブッハッハッ 一杯食わされたな、扇。流石に気づいておったか、和久。」
直毘人がその様子を見て笑う。和久はこの瞬間、最後の一線だけは守れると確信した。
「何のことですかな。…では直毘人殿、お話ししましょうか。詩羽殿の今後について。」
■─────■
「という感じで乗り切った。」
「いや、これ乗り切れてるんですかね。」
自信満々に語る和久に対して、桐谷は若干困惑してる。割と相手の対応次第でもっと危険な方向に転ぶ可能性があった。
「まぁ噂の方はどうにもならんじゃろ。『糸色家の長男は、訳アリの女に手を出すもの好きだ』と言われるが、まぁ人の噂も七十五日というし。」
「いえ、噂には噂で、というよりも情報で抵抗します。」
「…ほう、何か考えておるのか。」
「はい。一つは1ヶ月ほどあればどうにかなります。もう一つは弥生次第でしょう。…どちらにしろ、どちらとも15、6歳になれば行わせていたことです。少し早めるだけになります。」
糸色家、急に禪院から風評被害を喰らうの巻
今回のやり取りを要約すると
禪院「お前のところの嫡男がどーしてもっていうから、詩羽は生かしといたるわ(笑)」
糸色「ははっそうですか(半ギレ)」
という感じです。禪院家が他の家に対して下手に出るとか丁寧な対応するとか
あまり想像できないんですよね。関わるだけ損なイメージがあります。