いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
2012年10月■日
我が家の忌庫に入らせてもらえた。忌庫とは呪術に関する道具や文献を保存する場所であり、その関係上機密性が高い。そのため入れる人間というのは限られているらしく、現時点で入れるのは俺、父さん、祖父の3人だけである。他の者たちはこの3名に許可を貰うことで入ることができる。ただしそれなりの理由が必要だが。
忌庫に入ってみたが、思ったよりも広くはなかった。それでも目測ではあるが縦20m横10mずつはある。余談だが、忌庫は基本的にはどの呪術の家系にもあるらしい。ただ、そこまで規模は大きくないのが殆どであり、ここまで大きいのはある程度の名家、しかも最低でも500年以上の歴史を積み重ねてきた家ぐらいだと教えられた。
まず、歴代当主の使用していた得物を見せてもらった。術式の関係上その全てが刃物だった。一応これらも使うことができるそうだが、術式が被る都合上あまり持ち出すことはないという。その他には、傘下の家がかつて保有していた呪具も見せてもらった。とはいっても大したものはないらしい。
文献に関しては、代表的なものは『断絶呪法指南』という本だ。ここには断絶呪法の一通りの使い方や、歴代当主が使用した拡張術式などが記載されていた。父さんに許可を貰いしばらく貸してもらうことにした。なお家の外に持ち出しは厳禁である。軽く流し読んだが、そこには望みの事が書いてあった。初代しか使えなかった『絶』に関する記述だ。2代目当主がまとめたものらしい。
『絶』。基本的な効果は『断』とさほど変わらない。対象を切断、遮断するなどといった使い方がされる。だが、重要なのはその効果範囲が物質的なものにとどまらないということ。2代目の記述を信じるのなら、初代はこれを使い、内部からの領域破壊、対象の術式破壊を行えた。どうにかしてその技に手を伸ばしたいと考えたのは、俺だけではないらしい。
そこで編み出されたのが『絶命の縛り』。その1戦の結果がどうあれ戦闘後死ぬことと引き換えに、『絶』を使うことができる縛り。歴代糸色家当主の何人かは、どうしても倒さなければいけない敵に対してこれを使ってきたのだという。…これは最終手段だ。そう易々と使えるものではない。
2012年12月○日
任務先でちょっとトラブルが起こった。M県での任務に赴いたのだが、途中で術師が乱入した。話を聞くと意図的ではなかったそうで、依頼を仲介した高専側に確認を行うと、どうやら連絡ミスがあり、お互いが任務を受けてると知らず、任務に行ってしまったらしい。相手も話が分かる人だったので、話し合いで任務の方向性を決めた。
相手は「
相墨家。平安時代から続く名家の一つ。御三家には及ばないものの、それなりの規模を持つ名家らしい。その話を父さんから聞いた時、糸色家に似ていると感じた。実際、その歴史的背景、規模を考慮すると同格くらいの家らしい。ちなみに父さんは現相墨家の当主と親交があるのだという。長らく会ってはいないそうだが。
もしかすると今後挨拶に行くことがあるかもしれない、と父さんから言われた。俺としても今後の事に備えて人脈は広げておきたいので、こういうチャンスを積極的につかんでいきたい。
2012年12月△×日
京都高専に任務の報告を行っている最中、再び相墨さんと出会った。どうやら彼も高専からの任務の報告に来ていたという。どうやら相墨さんも向こうで糸色について聞いていたらしく、お互いに挨拶をした。この際に知ったのだが、相墨さんの等級も特別1級なんだという。最近よく京都高専を訪れているらしく、女性の術師や補助監督からよく声を掛けられていた。
そのあと、同じ特別1級かつ家同士が知り合いというのもあってお近づきの印(?)と言っていいのかは分からないが、一緒にご飯を食べに行かさせて貰った。所作すら美しいとかこの人どうなってるんだ…?とはいえ、相墨さんはそこまで硬い人ではなく、礼儀正しいが、親しみやすさもある人だ。実際、街を歩いている最中も話が弾んだし。
ただ少し気になったのが、彼の去り際の様子だった。指摘はしなかったが、彼は帰り際に溜息をよくついていた。…もしかして家での立場があんまりよくないんだろうか、と思ったが特別1級の立場が悪いってそんな家あるのか?
2013年1月〇×日
父さんから他所の家の事情に首を突っ込むなと、軽く怒られた。こうなった経緯だが、俺はあの後何度か京都高専に任務の報告に訪れた。高専の雰囲気は好きだったし、将来通うことになるかもしれないから、今のうちに慣れておこうと思ったのだ。その度に相墨さんと会った。術師は忙しい職業だ。最近は年々呪霊の増加の傾向が確認され、術師たちも呪霊の対処に手一杯で、呪詛師の対処に労力を割けることができていないと問題になるほどだ。任務で高専と頻繁に関わるというのはおかしな話ではない。
だが訪れるとなると少々変わってくる。というよりも相墨さんの場合、報告を本人が行っている。そのあたりの仕事は正直、補助監督の仕事なのだ。補助監督に報告を行い、それを報告書として補助監督がまとめる。相墨さんは報告書の作成まで手伝っている。お人よしと言われればそれまでなのだが、以前の帰り際の態度も合わさって何か嫌な予感がした。あとよくご飯に誘われるし。
あと凛さんも相墨さんの事を知っていたらしく、どうやら相墨さんは既に凛さんが在学中に既によく京都高専を訪れていた。同年代だった京都高専生とも絡んでいたらしい。
そこで父さんに尋ねてみたところ、前述のように怒られた。他の家の事情に首を突っ込むのは、あまり褒められた行為ではない。特にそれが格下の家ならともかく、同格の家ともなると猶更なのだという。これに関しては俺もいらぬ詮索をしてしまったと思う。禪院の1件もある。俺ももう少し慎重にならなければいけない。
2013年1月○○日
相墨家を訪れることになった。どうやら今の当主が引退し、次期当主が任命されそのお祝いがあるらしい。古くからの友人ということで父さんが呼ばれ、俺もそれに付き添う形になった。父さんと、今の相墨家の当主が積もる話があるということで1日前にお邪魔させてもらうことになった。
■─────■
「久しぶりですね、実也塗さん」
「こう、直接会うのは5年ぶりだな…お前は元気そうでよかったよ」
応接室に相墨家現当主『
「最後に会った時よりも、随分痩せましたね」
「ははっ、酷い話だ。心はまだ動こうとするのに、肉体がまるで言うことをきかん。…まぁ長くはないのは分かっていたがな」
実也塗は咳き込む。若いころから無理を積み重ねたからなのか、それともそういう運命だったのかは分からないが、実也塗の体は不治の病に蝕まれていた。そのせいか、その肉体には年齢相応の艶などはなく、むしろ痩せていた。
「お前も昔より少し老けたか?白髪が増えたように見えるぞ」
「ええ、まぁ。息子が何せ腕白なものですから」
「聞いたぞ、最年少で特別1級を得たと。才能があって何よりだ。…禪院の件も何となく察しが付く。おおかた、奴らに汚名を擦り付けられたのだろう?」
「察してくれて助かりますよ」
実也塗と桐谷は一回り程年齢が離れている。実也塗の方が10歳以上年上であるが、お互いに仲が良いのは、性格が合ったからだ。伝統を守りながらも、新しいものを受け入れる姿勢。身内には甘く、そして必要とあらば冷徹になれるその性格をお互いに気に入っていた。
「…さて、本題は何でしょうか」
「ははっ、まだまだ積もる話は有るのに忙しい奴だ。」
「貴方がこうやって家に直接呼び出すときは、今までの経験則に従うなら、碌でもないことだ。今はほぼ隠居に近い状態。その上1日前の呼び出しです。かなり厄介な案件だと思っているんですが、どうでしょう?」
桐谷の声は低い。つい先程までの雑談時の雰囲気とはまるで違う。この切り替えの早さを実也塗は気に入っていた。実也塗の声も低くなる。
「実は──」
■─────■
「まさか弥生君が来ているとは思わなかったです。」
「急に来てすいません。驚かせちゃいましたか」
俺は涼さんと一緒に庭を見て回っている。父さんから、「実也塗さんとお話があるから、客室で待っていなさい」と言われたが、実也塗が自由に歩き回る許可をくれた。そして廊下で涼さんと会い、一緒に相墨家を周らせて貰うことにしたのだ。
相墨家は糸色家よりも古風な雰囲気の家だ。一応電波とかはしっかりと通っているし、車や家電もあるが、糸色家程浸透していない感じがある。とはいえその分、御洒落な外観をしていた。雰囲気を崩さず、和風の庭園もしっかりと整備されている。風情ある旅館を思わせた。
「てっきり来るとしても、明日だと思っていたんですが。本当に仲が良いのですね」
「どうやら今の相墨家の当主と父さんの間で積もる話があるらしいですよ。今頃思い出話に花を咲かせていると思います。」
年齢が10歳以上離れていて、かつ、この閉鎖的な呪術界でどのように知り合ったのか気になるのは事実だ。当主同士なら、総監部での会議や仕事での顔合わせなど色々機会はあるが、父さんは副当主だ。基本的に家内部での仕事をメインとしている。どのような接点があったんだろうか。…それはあとで父さんに聞けばいいか。問題なのは今だ。
「あの、次期当主とは涼さんの事なんですか。」
「…違いますね。次期当主は私でなく、
「そうなんですか。」
「……事情を聴かないんですか」
反応しただけの俺を涼さんは少し不思議そうに見つめた。涼さんの表情は少し虚ろだ。…正直聞きたい気持ちはあるが、父さんから、他所の家の事情に首を突っ込むな、と釘を刺されている。
「それぞれ事情がありますからね。無理に聞き出すのは良くないと教えられました。」
「ははっ。そうですね、それが正しいですよ。」
「そういえば、涼さんは糸色家の事をどう聞いているんですか?父さんは友人だと言っていたんですが。」
父さんと今の当主が友人だと聞いてはいるがそれ以外は何も聞いてはいない。一度聞いたがはぐらかされたのだ。涼さんなら俺と違うことを知っているかもしれない。
「私の方も、友人としか聞かされていません。実也塗さんは交流関係は幅広いですが、その切っ掛けは一切話さない人ですから。」
ぱっと見た感じ実也塗さんは温和そうな人だった。ただ父さんと仲が良いということはあの人も父さんと同じタイプの人間なんだろう。
庭を一通り見終わったので客室に戻る。糸色家の負けず劣らずの豪邸だ。うちもそうだが、かなり維持費がかかってるんじゃないかと思う。廊下を歩いてる最中、ある一室から人が出てきた。ぱっと見、30代くらいに見える、少々やつれた印象を与える男性だった。彼は俺たちを一瞥する。その視線が何を意味するかは分からないが、どこか排他的だった。
「…客人と随分仲が良いようだな」
「隼塗さん。こちら糸色家の嫡男、『糸色弥生』くんです。」
「初めまして、糸色弥生です。」
「親父はなぜ外部の客人など呼んだ。そもそも身内と傘下で済ます予定と聞いたぞ。」
「糸色家の副当主とかなり親交があったそうです。」
「俺は今まで糸色家の人間がここを訪れたことを見た事なぞないがな」
隼塗さんは、どこかバツの悪そうな顔をしている。そしてその声は冷たい。というよりもこれは…
「涼、貴様、随分と余裕そうじゃないか。」
「…」
「何を企んでいるかは知らんが、俺が当主になったら好きなようにさせんぞ」
「…そんなつもりはありませんよ」
…やはり涼さんと隼塗さんは、あまり仲が良くないみたいだ。相墨の家には多分当主に関するいざこざがあるんだろう。そして何かしらの形で決着がつき、隼塗さんが当主になることが決まった、という感じだろう。明日の当主の就任の際に何も問題が無ければいいが。