いつかその呪いを絶てるように   作:ジュジュ

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ちょっと長くなってしまいました。


第4話 立場と我儘

 2010年10月〇日

 

 以前の記録から随分と開いてしまった。7月から8月にかけて呪術師はかなり忙しくなる。自分も現場に駆り出された程だ。呪霊退治は基本的に人目が少ない夜に行われるので、完全に昼夜逆転の生活になってしまった。途中で寝不足になってしまった。こういった意味でも体を慣らす必要があると実感させられた。夏バテも重なって中々な辛さだ。

 祖父や父親は顔色一つ変えずこの夏を乗り切っていた。これも経験がなせる業だろう。ちなみに奏さんは途中から辛そうだった。というよりも、肌荒れが云々とか言っていた。女性からすればそういった面でも辛いのだろう。

 

 流石に最前線とはいかないが後方で奏さんや他の人たちと一緒に2級呪霊を何体も倒していった。数でいえば50を超えてるんじゃないだろうか。そして初めて準1級呪霊と戦った。流石に術式持ちなので緊張したが、しっかりと祓うことができた。この夏は自分の実力を確かめることができた良い経験を積めた期間だと思う。

 

 あと糸色の傘下にいる他の呪術師達との交流もあった。特に印象的だったのは前に奏さんが話してくれた『守野家』の呪術師『守野凛』さんだ。

 

 凛さんとは初対面…ではなかったが、本格的に話すのは初めてだった。こちらを見るなり跪いて敬語で話してきたのは流石に驚いた。凛さんはその名前通りの、少し鋭い雰囲気の大和撫子といった感じだ。京都高専3年生であり、シン陰流の門下生だ。術式を持って生まれなかったが、呪力量などのスペックは悪くなく、結界術の才能も有ったのでシン陰流へと入門した。等級としては2級だが、実力としては、準1級クラスはある。噂では、今後次第で1級も狙えるのだとか。

 

 奏さんとは違い、少々硬めの人でどちらかというと父親たち寄りの人物だ。だが、ビジネスライクというわけでもなく、こちらに雑談をしにきたりもする。物静かというよりは、ちょっとコミュニケーション面で不器用な人という印象だ。ただそれでも優しい人だというのは分かった。任務の最中、度々こちらに様子をうかがってくれたし、暇があれば少しでも休むよう勧めてくれる、周囲をよく見てる人だと思う。…気づいたら膝枕されていたのは驚いた。…さらにその後奏さんにも膝枕をされた。何か意味でもあるんだろうか。

 

 ちなみに父から、鍛錬の進行具合では来年から最前線を経験してもらう、と言われた。戦闘面では勿論だが、こういった全国的に呪霊が発生する時期だと、他の家との協力や情報共有というのもあり、そういったことも学んでほしいそうだ。

 

 あと、追加で『あれらはお前の好きなようにすればいい』と言われた。…あれらっていうのはなんだ…?

 

 

 

 

 

 

 2010年10月■日

 

 奏さんの元気がなかった。いや表面上は元気に見えたが、空元気だろう。話を聞いてみたら、家のことでちょっと悩んでいるらしい。

 

 家がもっと俺と深い関係になることを望んでいるらしい。…なんとなく読んだ範囲でもわかることだ。交流会で西宮が言っていた、女は完璧を求められる、という奴だろう。実力も容姿も立場もなければ、この界隈で生きていくことは女性にとってはよほど難しいのだ。

 

 結局俺の家も呪術師の家系だということだ。前に父から言われた、『あれらはお前の好きなようにすればいい』、というのもそういうことだろう。あの人は糸色家とそれ以外で明確に一線を引いている。まだ俺の家は恐らくマシな部類なんだろうが、それでも気持ちのいいものではない。

 

 取り合えず思いつく言葉で慰めてみた。しっかり出来てるかは不安だったが、奏さんは、慰められたことを笑っていた。…そんなに変な慰め方だったろうか。まぁ取り合えずいつもの奏さんに戻ったのでよしとしよう。

 

 

■─────■

 

 

──お前に樋口家の今後が懸かっている。

──お前はそのために女として生まれてきたんだ。

──今まで育ててやった恩を返せ。

 

 何度言われたか分からない言葉だ。聞きたくないのに無理やり聞かされた言葉だ。思い出すだけで憂鬱になる。

 

 私が生まれる前の話だ。樋口家は『呪術師の家系として』没落の一歩手前だった。理由は単純。強い術師が生まれなかったのだ。それまでは準1級の術師を生み出せていたのに、段々とそれが無理になった。2級、準2級と下がっていき、糸色家から話を持ち込まれた時には当主は3級クラスだったのだという。

 活動できる範囲が減り、他の家の隙間を縫うように呪術師として活動する様は相当惨めだっただろう。活動できなければ、権益も減っていく。その存在感も段々と薄れていき、自分たちのテリトリーに無断でほかの術師がいつくようになった。新しい血を取り入れる案もあったが、こんな落ち目の家とくっつきたがる家なんてないだろう。

 

 もう、呪術師として活動する意味がなくなる。そんな時に糸色家から声が掛かった。

 

 糸色家から樋口家へと婚約者をだし、呪術師としての活動を支援する。その代わりに糸色家の傘下に収まれ、と。

 

 そこまで悪くないようにも聞えるだろう。しかし、それは今持っているすべてを差し出せ、と言われているようなものだ。今ある権益を守り、次代にすべてを賭けるか。それともプライドなんぞかなぐり捨て、より可能性のある方に賭けるか。

 

 結局当時の樋口家当主は傘下に収まることを選んだ。その選択は恐らく正しかった。生まれた子供は2級クラスの実力を有し、更にその子供は準1級クラスの実力を持った。偶然かもしれないが、傘下に収まって以降、樋口家はそのかつての調子を取り戻したのだ。そこから数十年。樋口家は糸色家の傘下では良いポジションを維持し続けることに成功した。『糸色家』という集団の中でそれなり以上に発言権を得、戦闘部隊の隊長などの地位を得てきた。そう、少し前までは。

 

 ある時から、樋口家の術師のレベルがまた下がり始めた。術師はその殆どが生まれ持った才能で決まる以上、浮き沈みはある。

 

 ある時、『守野家』が傘下に収まった。彼らは実力で地位を勝ち取った。桐谷様は彼らを信頼し重宝した。

 

 ある時、父が病死した。樋口家の舵を取るものがいなくなった。

 

 残された者たちは焦った。このままでは今の立ち位置を維持できなくなると。守野家にすべて奪われてしまうのではないかと。家がなくなる心配はないが、それ以上に、一度得た権益を失うことを恐れた。

 

 『糸色家』という集団は、『糸色家』を頂点とし、その下に傘下の家が等しく横に並んでいる体制である。しかしそれは表向きだ。傘下の家は常に腹の探り合いをしている。傘下の家々同士にも暗黙の上下関係があった。そしてそれは、戦闘部隊の隊長という役職や、表の事業の一部を任される、といったことで表れる。

 人は一度得たものを失うことを過度に恐れる。樋口家もそれは例外ではなかった。

 

故に賭けた。年齢の近い樋口奏が糸色弥生の『お気に入り』になることに。それができれば情けをかけてもらえる。だが対抗馬は多い。弥生が優秀だったこともそれに拍車をかけている。

 

 このような状況が樋口家の人間を苛立たせた。そして、早く成果を出せと、私にプレッシャーを与えるようになっていった。

 

 家のための道具のような人生。それが樋口奏の人生だった。でも──

 

「奏さんは話しやすくて良いです。父さんも爺さんも、嫌いじゃないですけど接しにくいところがあるので」

 

 彼と一緒の時はそうでもなかった。優秀な嫡男と聞いていたからどんな恐ろしい人かと思ったら、ちょっと大人びただけの少年だった。色仕掛けとか、色々しようかと思っていたが気づいたら毒気が抜かれていた。時間が空けば、他愛もない日常の話をし、時には一緒にご飯を食べに行き、時には一緒に鍛錬に励む。もし自分が年相応の女の子ならこんなことをしてたんだろうなって。

 

「奏さんは何というか、お姉さんがいたらこんな感じなんだろうなって。」

 

 照れ臭く笑う彼を見て、私も少し照れ臭くなった。下手に絡み合った関係よりも、今の関係が心地よくなっている自分がいた。私の家族があんなのだったから、私も彼を弟のように思うようになった。正直このままのらりくらりと生きていきたかった。

 

 でも、それを家族は許してくれない。

 

──そんなもので満足するな。今お前が好かれているのは弥生様が子供だからだ。姉などと慕われるのも子供のうちだ。もっと深い関係となれ。

 

 私の様子を見て、『糸色家』を訪れていた家族はそう言った。

 

 

 夏は呪術師にとって忙しい時期だ。呪霊の発生が増え、その対応のために連日任務をこなすことも決して珍しくない。各家から動ける人間を集め、周辺で確認された呪霊を班ごとに祓っていく。今年は弥生君も参加することになった。各土地に配置された窓からの情報を頼りに、移動、祓う、移動、祓うの繰り返しだ。しかも呪霊の活動時間は夜がメインなので完全に昼夜逆転となる。正直辛いものがあった。

 

 私たちの班は、弥生君、私、守野凛さん、桐谷様だった。それに補助が2人。戦力としては2級の私、1級の桐谷様と、2級(実力は準1級)の凛さんがいるので十分である。ただそれでも万が一の可能性があるので桐谷様は私と凛さんに弥生君からなるべく離れないようにと伝えた。

 

 

「…何をしているの」

「膝枕だ。」

「見ればわかる。なんで弥生君に膝枕してるの」

 

 移動の際、補給もかねて『糸色家』が管理する別荘兼拠点で休むことができた。その際、弥生君の様子を窺うと既に凛さんがいた。なぜか不愉快だった。

 

 

「労っている。桐谷様は糸色家の事情に関して許可なく口を出される事を嫌っておられるが、弥生君はまだ10歳の子供だ。現場に出て経験を積ませるという意図は分かるが、せめてこのように労ってあげるべきだと思っただけだ。」

 

「…それは否定しないわ。でもそれは──」

 

私の役割、と言おうとしたが言葉に詰まった。彼女も桐谷様から正式に任命された護衛だ。私と同じ立場だし、私がとやかく言う権利はない。それに私たちにあるのは選ばれる権利であって、選ぶ権利ではない。

でもそれが、なぜか嫌だった。

 

 

「なるほど。確かに貴方から見れば私はライバルかもしれない。」

 

「…私何も言ってないんだけど。」

 

「その顔を見ればわかる。…樋口家の噂も耳に挟んだ。心配することはない。弥生君に聞かせるつもりはないし、糸色家も呪術師の家系に浮き沈みがあることは承知している。」

 

「あなたは何もわかってない。呪術の世界で仲良しこよしでいる集団なんてどこにもいない。一度失ったものを取り戻すのがこの世界でどれだけ大変かわかるでしょ。」

 

「それは否定しない。…ではなぜ弥生君と樋口さんは今の関係でいられているのだ。家の事を第一に考えているなら、もっと、今とは違う形になっている筈だ。」

 

「それは──」

 

 

 私が今の関係を崩したくないからだ。自分の家のことなど関係なく、周囲のことなど気にせず、無垢な子供とその年上が築くことがある、姉弟のような、関係を。

 

「…あなたはどうなのよ。あなただって狙ってるんでしょう?」

 

「違う、と言えば嘘になる。だがそれよりも私は彼を守りたい、という気持ちが強い。」

 

 

彼女の表情は、それこそ、年の離れた弟を慈しむような優しい表情だった。…私の中にどろりとした嫉妬が生まれていくのを自覚した。

 

 

■─────■

 

 

 あの日から、何が正しいのか、どうしたいのかが分からなくなった。家の期待に応えるべきなのか、私の思う通りに行動するべきなのか。

樋口家からは圧力をかけ続けられている。恐らく呪術師として正しい行動をとるなら、もっと大胆に弥生君に迫るべきなのだろう。だが、私の中にある彼との思い出が、今の彼との関係の心地よさが、それを否定する。

 

「奏さん、大丈夫ですか?」

 

「え、あ、うん。大丈夫だよ!私はいつも通り元気だし!」

 

 

 弥生君に心配された。表面は取り繕っているつもりでも、悩んでいるのが無意識に顔に出てしまっていたのだろうか。何でもない、と口にする。そう、自分に言い聞かせるように。

 

「…ちょっと出かけませんか」

「へ?」

 

 

 

「うーん!美味しい」

 

「美味しいですね。こういう凝ったものはお店ぐらいしか食べる機会無いですから」

 

 急に外に連れられてスイーツ屋に連れていかれた。依然出かけていた時に私が行きたいと思っていた店だ。

 

 

「でも、急にどうして」

 

「前に一緒に出掛けたときに、奏さん、このお店の事チラチラ見てたじゃないですか。それで行きたかったのかなって。」

 

「あははー、顔に出ちゃってたかー。」

 

 

 この店のパフェを見たとき、一目惚れだった。食べてみたいとは思っていたが、中々なお値段だったし、予約でいっぱいだった。食べれば食べる程人気の理由が分かる味のするパフェだ。思ったよりもすぐに食べ終わってしまった。

 

 

「良かった。少し、いつもの奏さんに戻った。」

 

帰り際に急にそんなことを言われた。

 

「えー私はいつも通りだよ。」

 

「いや、やっぱり空元気でしたよさっきまで。…何かあったんですか。聞くことぐらいはできますよ。」

 

 

 話していいか迷う。これは私だけじゃなく家の事、そして弥生君にもかかわる話だからだ。

 

 

「…私ね、怖いんだ、今の関係が崩れることが。でも私の家の人はこの関係より深いものを求めてる。それでどうしたらいいかわからなくなっちゃって」

 

 自然と口が動いていた。恐らく自分の意識していなかったところで限界が来ていたんだろう。

 

 

「もしかして、俺が負担になってる感じですか。」

 

 弥生が深刻な顔をしてこちらを見つめている。奏は少し怖かった。

 

「違う、違うよ!弥生君のことは嫌いじゃない。弟みたいだって思ってる。夢見ていたお姉ちゃんみたいになれたって。でも、家の人はもっと深い関係を求めてくる。呪術師としてはそっちが正しい事なんだって分かってる。でも、私は…」

 

 

 一度溢れてしまうと止まらない。言葉がどんどんと出てきてしまう。言えなかった本音も、聞かせたくなかった事も。

 

 

「奏さんはどうしてお姉さんっていう立場に憧れてたんですか。」

 

「…私は末っ子なんだ。家にいるのは私よりも年上の人ばかり。ずっと下だったから上どういう存在なんだろうって興味があったの。それと、もう一つ…」

 

 弥生はこちらの顔を見て真剣な表情でただ聞いていてくれる。奏の心を受け止めるように。

 

「お姉ちゃんがいたんだ…。私たち兄弟の中ではその人と私だけが女性だった。…弥生君には分かんないだろうけど、呪術の世界では男の人の方が偉い雰囲気があるんだ。だから私の扱いも、良くなかった。他所の家と比べれば全然マシなんだろうけど。」

 

「お姉ちゃんだけが優しかった。一緒に散歩に行ったり、ごはん食べたり。こんな世界でも優しい人に、私は憧れた。…だから出来ればそういう風になりたかったの。」

 

 

「私、我儘…だよね。呪術師の家系に女として生まれたのに…」

 

「…父さんが言っていました。呪術師は、結局は独りだって。」

 

弥生が静かに語る。それはまだ10歳の少年が出せる雰囲気ではなかった。どこか少し大人びた青年でも同じような雰囲気を出せるだろうか。

 

 

「呪術師は、悔いのない最期を迎えることはないって。独りで後悔の中で死んでいく。呪術師として拘れば拘る程、きっとそうなっていくんだって。」

 

 どこか達観したようにも感じるその言葉の中に、奏は少し怒りを感じ取った。

 

「俺は違うと思っています。でもこんな大した経験も積んでないガキの言葉に説得力なんてない。それを否定するだけの力がない。だから今はその言葉に従います。」

 

「もし、最後に独りで後悔して死ぬのなら、だからこそ、俺たちはちょっとぐらい、我儘でいても良いと思うんですよ。結局後悔して死ぬなら、その後悔を一つでも少なくして死ぬ。それくらい許されたっていいはずです。」

 

「だからちょっとぐらい我儘になっても、俺はいいと思いますよ。…奏…お姉ちゃん」

 

 

 少し恥ずかしそうに弥生はそう、口にした。

 

「ふふ、何それ…。」

「何それって何ですか…せっかく一生懸命頑張って呼んだのに…あーあー、もうよーばないです。」

 

 不貞腐れた子供のように早歩きで帰路を進む。

 

「ごめん、ごめんってば。もう一回、ね?もう一回だけ呼んで。」

「嫌です」

 




樋口奏 ひぐち かなで

性別:女性 年齢:15歳

等級:2級

術式:引発呪法
 自身と手に触れた対象(もしくは半径10mに存在する対象)を引き寄せる、または反発させることができる。この力は対象と近ければ近いほど強く、遠ければ弱くなっていく。術者の実力にもよるが重量差も考慮しなければいけない。

好きなもの:平穏な日々とその思い出

嫌いなもの:プレッシャー




 糸色家はしっかりと傘下の家の水面下の権力争いを認識しています。ただそこまで深刻には捉えておらず、役職を降りる家に関しても、呪術なんて才能8割の界隈だし浮き沈みは仕方がない、と考えています。
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