いつかその呪いを絶てるように   作:ジュジュ

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少し長めで少し暗め?です。


第6話 思い知れ この世界は──

 うまく呼吸ができない。トンネルは先程までの喧騒が嘘のように静まり返っている。対象の呪霊はすでに霧散した。この場に残っているのは俺たちと─

 

「…かな、で…さん」

 

 ふらふらと覚束無い歩みで近寄る。目の前に転がるのは、ほんの15分ほど前までいつも通りに話していた、奏さん、だった、ものだ。安らかな顔をしたまま、地面に血まみれで倒れている。

 

「父さん、病院にっ」

「弥生」

「ま、まだ、まだ助かるかもしれない。諦めちゃ─」

「弥生」

 

 父さんの声が響く。優しく諭すようなその声は、どこか冷たく感じられた。

 

「もう死んでいる。」

 

 体はほぼ真っ二つだ。こんな状態で助かる見込みなんてない。相当な反転使いでもない限り厳しいだろう。そんなことは分かってる。でも、認めたくなんてなかった。

 

■─────■

 

 夏の忙しさがピークを迎えていた。そんな中ある県境のトンネルに1級呪霊が出現したという報告があった。ここ1ヶ月間繰り返したことと同じように、移動して祓いに行った。父さんも凛さんも奏さんも一緒だ。

 

 現場に着くと、実際にその呪霊が現れた。何てことない、最近よく戦うようになった1級呪霊だ。人型で猫背、顔はふさがっている見た目の何てことない1級呪霊。若干呪力量は多いがそれだけだった。実際、いつも通りに父さんはすぐに援護できるように若干後方に待機し俺がメインで祓った。そのはずだった。

 

 『断』を打ち込んで倒したと思った瞬間、その呪霊の胴体が裂け、新しい呪霊が出てきた。今にして思うと、あれは呪胎だったのだろう。俺の攻撃が引き金となって呪霊へと成長をした。

 

 その体を割いて中から出てきたものは1級の実力を超えていた。恐らく特級、もしくは相当のものが攻撃を仕掛けてきた。俺はあまりにも唐突なことに対応ができなかったが、反射的に呪力強化で1発目の攻撃を防いだ。だが、強化が甘く、思い切り体勢を崩してしまった。2発目が来る。俺はそれを避けることができなかった。

 

 思わず目を閉じた。次に来る痛みに耐えるように。だが、痛みは来なかった。目を開けると、奏さんが俺に覆いかぶさっていた。術式を利用した移動で飛び込んできたんだろう。

 

「なん、で」

 

 思わずそんな言葉が口から出ていた。

 

「よかっ、た。」

 

 彼女の口から血があふれ出る。

 

「なんでって、私は、君の…お姉、ちゃん…だもん」

 

 そういって彼女は眼を閉じた。

 

「か、なで、さん?…かな、でさん?…奏さん、奏さん!」

 

 なんども声をかける。だが、彼女は応じない。揺らしてもピクリとも反応がない。呆然としている俺とは違い、父さんと凛さんはすでにその呪霊と戦っている。

 ふとそいつを見る。

 

 ─そいつは笑っていた。奏さんの血を浴びて、それが本能だというように。

 

 ─そいつは嗤っていた。この世界が残酷なものだと、今更思い知った俺を。

 

 死んだ。死んだ。あまりにもあっけなく死んだ。こんな死に方が許されていいのか。こんな死を笑う存在がいてもいいのか。

死にたくない。許せない。死にたくない。許せない。死にたくない。許せない。

 

 そんな感情が頭を埋め尽くす。そこに、あの呪霊の笑い声が頭に響いた。

 

 何かスイッチが入った。呪力が体を循環するのが今までよりもはっきりと分かる。親しい人が死んだのに、頭は酷く冷静になった。…恐らくこの極限のストレス状態が作用し、逆に集中状態へとなったのだろう。

 呪力強化で相手の懐に飛び込み、拳に呪力をまとわせる。今ならできる感覚があった。拳が相手の体に触れた瞬間、空間はゆがみ、呪力が黒く光る。

 

 

『黒閃』

 

 

 とてつもない衝撃が周囲に広がる。だがこれだけではない。まだいける。もう1発、もう1発、もう1発。今許される限りのありったけの攻撃を相手に叩きこんだ。

 

 計5発の攻撃、うち黒閃3発を受け、その特級呪霊は祓われた。酷く、あっけなく感じた。

 

 

■─────■

 

 処理は早かった。奏さんの遺体は回収され、現場からもすぐに撤収が始まった。父さんは冷静に指示をだしていた。経験がなせる業なんだろう。凛さんはずっと近くにいてくれた。だけど喋る気に慣れなかった。車の中は沈黙に包まれていた。父さんは車の中でも連絡を取り続けている。どうしてあんなに冷静でいられるのかが不思議だった。

 

 気づいたら家に帰っていた。一人で呆然と座り込んでいる。何をすればいいのかが分からない。どこか現実味がなかった。もしかしてこれは夢なんじゃないか、目を覚ませば、いつものような──

 

 

「弥生様ですか」

 

「…はい」

 

 急に男の人に話しかけられた。30代半ばのどこか必死そうな雰囲気の人だ。

 

「失礼、私は樋口奏の兄です。ご様子が気になりまして」

 

「樋口さんの、お兄さん…。…すいません。」

 

 奏さんのお兄さんと聞いて少し気まずくなった。俺をかばって身内が死んだのだ。いい気分ではないだろう。だが、責めてもらった方が今は気が楽だ。

 

「何故謝るのですか。奏と何かあったんでしょうか。」

 

 奏さんのお兄さんの態度は、なんというか妙だった。なんというか、怖い上司と対面したような、こちらの機嫌を窺うかのような、そんな態度。

 

「奏さんは…俺をかばって…死んだんです。」

 

 絞り出すようにその言葉を口にする。俺のせいで死んだようなものだ。

 

「…そうですか。それは良かった。」

 

「─────は?」

 

 この人は、何を言ってるんだ?

 

「いや、てっきりあいつの事です。戦闘で足手まといになって迷惑をかけたと思い込んでいたのですが…。弥生様は傘下の家でも天才だと知られています。あの妹を送り出してよかったのかと心配でしたが、あいつなりに役には立っていたようですね。」

 

「え、あの」

 

 理解できない。

 

「むしろ謝るべきはこちらです。あいつ我儘だったでしょう。貴方との関係に変な屁理屈をつけてさぞ迷惑をかけていたと思います。申し訳ないです。」

 

「───」

 

 理解できない。

 

「女として生まれ、呪術師として生きる以上、それがあいつの役割だったのに。何が姉に憧れただ。まぁその姉と同じ結末になったのは笑うしかありませんが。」

 

 理解できない。安心して愚痴がこぼれたようにも見える。

 

「まぁ、そんなあいつでも、こんな風に役に立って恩を作れたのですから。貴方の役に立って良かったですよ。」

 

 何かがプツンっと切れた。

 

 

■─────■

 

「一応聞くが、どうして殴った。」

 

「・・・・・」

 

 

 糸色桐谷の執務室。そこに桐谷と弥生がいる。桐谷は弥生の顔を見るが、弥生は眼を合わせず、下を向いたままだ。

 

 つい先ほど女中から、弥生が樋口家の長男を殴り倒していると、連絡が入り桐谷はすぐさま現場に向かった。自分の息子があんなに感情的な行動に出るのを見るのが初めてだったので驚いた。が、桐谷はその理由を察していた。

 

「樋口奏の件か。」

 

 ピクッと弥生の肩が動く。どうやら当たりらしい。

 

「殴ったことは怒らん。奴に非があるからな。」

 

 子供に向かってあのようなことを言うなどよほど追い詰められていたのは理解できるが愚かだと言わざるを得ない。

 

「だが、入れ込み過ぎだ。このようなことは、呪術師として活動する以上いくらでも経験する。お前のその優しさは美徳ではあるが、慣れなければならない。これはよくある当たり前の事だ。」

 

「当たり前…ですか、あんな死に方が。」

 

 その声にはイラつきが含まれている。

 

「ああ。彼女はむしろ幸運だろう。しっかりと遺体が残って弔いもできる。遺体が残らない、ある日行方不明になりそのまま、ということも珍しくない。」

 

「それに彼女は役割を果たした。呪術師としてはマシな死に方だ。」

 

 弥生はこぶしを握り締める。恐らく桐谷の言っていることが正しい、と理解しているのだろう。だが、彼の理性はそれを肯定していても感情はそれを否定している。

 

「私はお前が他者の死に何を感じようと何も言わない。だが、これだけは言っておく。…慣れろ。そうでなければお前が死ぬだけだ。」

 

 

■─────■

 

 

 気づけば部屋に戻っていた。何をするでもなく、ただ膝を抱えこんでいる。何が何だか分からなかった。今日一日だけで、あまりにも沢山のことがあって、頭がパンクしそうだった。

 

 夢なんじゃないかと思う。現実味がない。こんな現実があっていいはずがない。目を覚ませば…。

 

「(ちがう。…ようやく、俺は目が覚めたんだ。今までが夢だったんだ。)」

 

 父さんの言った通りだ。これが普通。呪霊を祓ってその中で死んでいくことも。呪術師として生きていくことがどれだけ辛いかも。彼女の扱いも。そしてそれに慣れなければ死ぬことも。

 全部、全部、呪術師にとっては当たり前なんだ。

 

 

「ここにいたんですね。」

 

聞き覚えのある声がした。透き通るような声だ。

 

「…凛…さん」

 

 顔を上げると凛さんが、こちらを心配そうに見つめていた。

 

「大丈夫、ではなさそうですね。…私に何か、できることはありますか。」

 

 凛さんは目線を合わせ、俺に尋ねてくる。彼女の優しさは嬉しいが、今は受け取る気になれなかった。

 

「…凛さんも、これが普通だと、思ってるんですか。」

 

「奏さんが亡くなったことですか。」

 

「…それだけじゃ、ない。皆、奏さんは役割を果たしたとか、恩だとか、言うんだ。」

 

 自分で口にして嫌になってくる。

 

「弥生君には嫌な事かもしれませんが…、よくある事、というのは否定しません。」

 

「やっぱり、受け入れろ、っていうのかよ…。これが普通だって」

 

 言葉が口から洩れる。これを制御する術を俺はまだ知らなかった。

 

「親しい人が死んで!その死には役割があって!それを果たせたかどうかで人生の価値を決めて!!そして、それをよくある事だって言って慣れるのが正しいのかよ!!…死んだら悲しいだろ、普通。親しかった人がいなくなったら、普通は苦しいだろ…。俺が間違ってるのかよ…。」

 

 涙が溢れ出る。泣き止もうと思っても止まらず、むしろ止めようとすればする程、涙が出た。だが胸が軽くなることはない。

 口からありったけの思いを吐き出し、何も言う気力をなくした俺を、凛さんは俺の頭を抱えるように抱きしめた。

 

「私は『よくある事』だと言いました。ですが、『普通』ではないんです。悲しくなるのは当然です。苦しいのも当然です。ただそれがあまりにもよくある事なので皆疲れていってしまうんです。だから、慣れて楽になろうとする。普通の事だ、何てことないって。」

 

 子供をあやすように、背中をさすりながら凛さんは俺に優しく言葉をかける。

 

「弥生君、あなたは優しい人です。だから、奏さんも、そして、私も、貴方を気に入ったんだと思います。だから否定してあげないでください。こんな『よくある事』に憤って、悲しめる貴方を。私や彼女が好きな貴方を。」

 

 

■─────■

 

 

 ふと、目を覚ます。外を見ると、太陽が昇り始めている。隣に凛さんが一緒に寝ていた。恐らく泣きつかれてしまった俺を、放っておけなかったんだろう。この人も優しい人だ。

 

 奏さんの死。親しい人の死。悲しい出来事だ。それは今でも変わらない。多分父さんの言う通り、『よくある事』なんだろう。だけど──

 

「『普通』じゃない、か…。そうだよな、こんなこと怒って、悲しむべきだよな。」

 

 それをどう受け止めるかは自分自身だ。父さんは慣れろと言った。多分それも呪術師としては必要な事なんだと思う。だけど──感じる心を無くすのは違うだろう。

 

 このあと原作でたどる渋谷事変という惨劇も憤り、悲しむべきものだ。やっぱり俺はそれを見過ごせない。この手には力があるのに、それを『よくある事』という言葉だけで片付けられるわけがない。

 

だから俺は、やれるだけやってみるよ。奏さん。

 





 呪術師にちょっと癖がある人物が多いのってその環境が原因な部分もあると個人的に思うんですよね。そうじゃないと呪術師なんてやってられないってところはあると思います。
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