いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
雪景色が窓の外を流れていく。道路こそ除雪されているが、周囲には雪が積もったままで道路幅が狭い。そのせいかいつもより車はゆっくりと走っている。恐らく目的地の到着まであと2時間以上は掛かるはずだ。
「知り合って間もない相手との任務は流石に緊張するかな?」
車の後部座席には俺と冥冥さんが座っており、報告書に目を通している。
「緊張は…してますね。他の術師と交流する機会はあったんですけど、ほとんど家の人でしたし。こういったフリーランスの呪術師の方と一緒に仕事をするのは初めてです。
(それよりも原作の人物と関わってるっていうのに緊張してるけどな…)」
内心の本音を抑えながら、冥冥さんと会話を続ける。
俺が冥冥と玄関先であった後、父さんと冥冥さんが少しの間話し込んでいた。それが終わると父さんから
「お前には冥冥さんと一緒に任務に行ってもらう。勉強させて貰いなさい。」
と言われ送り出された。本来は凛さんが行くはずの任務云々だったらしいが、俺が学生生活を楽しんでほしいと、言ったこともあって他に任すことにしたらしい。少々急なことで驚いたが、まさかこんな形で原作の登場人物と縁ができるとは思っていなかった。
「あの、父さんと冥冥さんはお知り合いなんですよね。どういった縁で知り合ったんですか?」
少々気になる事だった。糸色家は高専やフリーランスの術師と関わることはあったが、あくまで業務上のものだ。話の経緯的に任務は急に決まったことなので、彼女は仕事以外の用事で訪れたことになる。
「ああ、昔桐谷くん、君のお父さんとは仕事を通してね。あと、君のお爺さん、和久さんに私が1級に昇格する際、色々便宜を図ってもらったんだ。糸色家とも仕事を通じてね。私側も色々とお世話になってるから新年の挨拶を、とね。」
冥冥さんは少し昔を懐かしむようにそう言った。
「それに最近、糸色家は表も呪術師としても調子が良いと評判だ。良縁は手放したくないんだ。」
「なるほど、うちは金払い悪くないですからね。フリーランスも排斥しないですし。」
「おや、もうそういったことも理解しているのかい。驚いたね。」
冥冥さんはこちらを見ながら笑う。まぁこの人の行動原理がお金、ということは何となく知ってる。
「この機会だから聞きたいんですけど、フリーランス、というよりも外側から見た糸色家ってどういう認識なんですか。別に遠慮はいりません。」
冥冥さんは少し考えこんでいる。こちらの顔をチラチラ見てるのが逆に不安だ。
「まず君の言った通り、実力のあるフリーランスから見た糸色家というのは、こちらを排斥せず、仕事の仲介や金払いも悪くない家といった感じだ。」
俺は彼女の話を黙って聞く。今のところは俺の知ってる通りだ。
「保守派に所属しているが、中身は改革派というのも有名な話だ。保守派と改革派の衝突の仲裁も行っている。呪術師への支援や、高専との情報共有もね。呪術師の家系としては少々珍しいね。」
「…聞いてる感じはいい家ですね。でも、絶対それだけじゃないですよね。」
冥冥さんは少し黙った後、小さく笑った。
「君は物怖じしないね。…とはいえ私は他所の家の事情に深く踏み込まない主義でね。私の知る範囲はそこまで広くないよ。」
「それでもいいです。自分は多分、まだまだ家の事を知らないので。」
「君も知っているだろうが、糸色家は他所の家を取り込むことでその勢力を拡大してきた。それ故、トラブルもあったらしくてね。
取り込んだ家が元を辿ると、他所の名家だった、ということで、その元の名家とトラブルになったということもあったらしい。術式と権益ごと奪われた、とね。
そのせいか一部の保守派からはあまり良い目では見られていない、とは聞く。」
「また少々、実力主義である事は指摘されている。呪術師の家系は血に拘る。なのに、糸色家は血に縛られず、男であろうと女であろうと、実力のみを重視する。
実力があるものは優遇されるが、無いものは下のまま、というのは保守派でも珍しくはないが。それでも血筋への拘りは薄いというのはよく言われている。」
「あとは噂レベルだが、相伝持ちが産まれ易い、人身売買、裏稼業、と血生臭いものもあるね。」
なんか怖い噂だ。ただ人身売買に関しては原作でも伏黒パパが息子の恵をすげー高額で引き渡してたから、まぁ…あるんだろうな。
「なるほど。話し辛い事だったのにありがとうございます。」
「なに、次期当主のお願いだ。無下にするつもりはないよ。」
「次期当主って…まだ確定じゃないですよ。それに俺はただの呪術師ですし。」
「ふふっ、君は知らないのかな?昨年の夏ごろ君は特級を祓っただろう。それが外ではそれなりに話題になっていたんだよ。」
あの夏の事だろう。自分にとっては苦い思い出だ。
「あの場には父も、他の術師もいました。俺が偶然居合わせただけって捉えて信じない人がほとんどでしょう。」
「殆どがそうだろうね。実を言うと、私も信じていなかった。だが、君を一目見て只ものじゃないことは分かったよ。加えてあの桐谷君が期待しているんだ。」
一通り話が終わると車内には再び静寂が広がる。することがないのでもう一度報告書に目を通した。今回対処するべき案件に関する現時点での情報がまとめられている。
内容は大まかに、
・F県F市にて行方不明事件多発。ここ1ヶ月の統計は約40件とされている。
・行方不明者の共通点は確認できず。
・F市郊外で現地の窓から、呪霊の目撃情報アリ。目視による等級の判断は出来ていない。
・F市郊外にて3日連続低級呪霊の目撃情報複数アリ。
・以下のことを踏まえ、2級以上の等級を所持する呪術師の派遣予定。
とのことだ。また不確定情報として、F市郊外で異例の低気温が確認された、郊外の廃工場に人がいる、などの情報もある。
呪霊の仕業か、それとも呪詛師が関わっているのか。任務の内容が曖昧な以上どちらも想定して臨むべきだ。
「とりあえずF市に到着したら、どうしますか。聞き取り調査はうちの関係者が済ませてるそうですけど。」
「ふむ…そうだね、情報を見ていると被害者に共通点はなし。出張で訪れていた人間も含まれている以上、地域性も関係がない。…とりあえず呪霊が目撃された地点に行こうか。そこで収穫がなければ工場の方に行ってみる、という感じでいいかな。」
■─────■
方針通りにまずは目撃場所行ってみたが、呪霊自体は発見することはできなかった。だが、残穢を確認することができた。その残穢を追跡していくと、
「…ここって確か、報告書に記載されてた廃工場ですよね。」
「そうだね。人がいる、という報告があった場所だ。…さて、ここで足踏みしていても仕方ないし、入ろうか。」
ここまで運転してもらったうちの補助の人には少し離れたところで待機してもらう。一応念のため帳は下ろした。敷地内に入ると外から感じていたよりも、強く呪力を感じるようになった。
『黒鳥操術』
冥冥さんが術式を使用して工場内を軽く偵察をする。こういった痒い所に手が届く術式は個人的に便利だと思うが、呪術師内では戦闘向きの術式の方が尊重される。これを『神風』で強化した冥冥さんの努力は凄いと思う。
確認できた範囲では特に呪霊や人影が見当たらないので、慎重に中へと入る。確かに、中は寂れた廃工場だ。特におかしいところはない。ただ…
「(水?…というか天井が空いてるわけでもないのに水たまりが多くないか?)」
慎重に手で触れてみる。特に変わったところのない水たまりだ。ただ、残穢がうっすらと確認できる。あとは、
「~~~~~~~」
向こうに見える扉から聞こえる、声?のようなものだ。勿論冥冥さんも気づいており、顔を見合わせる。扉に近づきに耳を当て声を聞き取る。
『 『穢れの胎動』 『蟲毒』 『染まる精神』 『成る忌血』
『汚濁の拡散』 『死なずの肉花』 『贄』 』
これらの言葉が機械的に紡がれている。何か録音をしたものだろう。恐らく『呪詞』もしくはそれに類したもの。『呪詛』を目的とした何かだろう。
恐らくここを利用していたのは呪霊、ではなく呪詛師だ。呪霊にここまでのことはできない。
冥冥さんと顔を合わせ、扉をゆっくりと開け始める。内部の空間から呪力が溢れ出た。やはり何かあるらしい。
完全に開け切る。そこにあったのは──
「────これ、は」
「…なんだよ、これ」
俺も冥冥さんも思わず一瞬言葉を失った。呪力なんかよりも、その目の前の光景の異常さに気圧された。遅れて血の鉄のようなにおいと、腐敗臭が鼻を衝く。
ざっと30人ほどがベッドに寝かされている。その全てがベッドに拘束され、いくつものチューブが体に突き刺さっていた。恐らく拘束と生命維持を目的としたものだ。その全てが腹を開かれている。麻酔がなかったのか被害者の顔は苦悶に歪んだまま死んでいる。
ベッドの横には小さい台があり、そこに設置された古いラジオから音声が流れている。
明滅するライトが、そんな異常な光景を照らしていた。短刀を抜く。冥冥さんも斧を構え中に入る。
というかこの部屋、異様な広さだ。扉や建物の外観からはあまり想像できない。何かしらの結界か。部屋の端まで特に何も起こらなかった。目の前には机があり、いくつかの書類が積みあがっている。
「冥冥さん、俺資料を確認してみます。周辺警戒よろしくお願いします。」
「分かったよ。…にしても、不気味だ。さっきから流れている音声以外何も聞こえないね。静かすぎる。」
冥冥さんと少し距離を取り、机に向かう。俺もなるべく周囲に気を配りながら作業を行わなければいけない。
近くにある資料を一つ手に取る。それはカルテのようなものだった。軽く目を通す。名前と性別、年齢が記載されており、その横にそれぞれ非術師、術師と書かれている。非術師は×。術師は×と〇が入り混じっている。
「(何かの実験をしてたのか?術師だけに〇があるが…。術師は総勢10名ぐらい。…これだけの資料を見るには時間がかかりすぎるな。)」
取り合えず資料はあとで回収してゆっくり読むことにする。あとはこの建物に呪霊がいないか調査をして、その後高専か家に連絡して処理をする。冥冥さんにはそう伝えよう。
「とりあえず今は呪霊、呪詛師の捜索を優先しま──」
そして振り返ると、彼女は床下へと引きずり込まれた。
「なっ──(別空間に引きずり込まれたのか!?)」
床に触れるが、床は床のままだ。だが、俺はこの光景、シチュエーションに覚えがある。
「(上!)」
上から呪力を感知し、思い切り横に飛びのく。次の瞬間、地面に小さいクレーターができていた。そのクレーターを作った主は
「ケタ ケタ ケタ」
「お前かよ…」
虎杖悠仁達が少年院で出会う、宿儺の指を取り込んだ呪霊と同じ姿だった。
今回の廃工場ですがイメージは
メタルギアソリッドVに登場する『声の工場』
を想像していただければわかりやすいです。