いつかその呪いを絶てるように 作:ジュジュ
恐らくこの部屋が異様に広いのは、この呪霊の生得領域だからだ。だが、この部屋に来るまでは特に病院の構造がおかしい、と感じたところはなかった。恐らく、この部屋のみか、この部屋とその下の地下フロアのみに領域を広げているんだろう。
冥冥さんはこの地下フロアに引きずり込まれた。原作通りのシチュエーションならあそこには特段強い呪霊はいなかったが、今回もそうとは限らない。あの人は1級なので大丈夫だと思うが、なるべく早めに合流をするべきだろう。
そんな考え事をしながら戦闘を行う。戦闘開始から、早1分。そんな考え事ができるぐらいには余裕があった。
「(確かに速いな。1級呪霊とは比べ物にならない。だが、──充分目で追えるし、反応できる。)」
呪霊の格闘攻撃を避け続ける。その動きも完全に読み切れるようになっていた。
「(術式を持ってる可能性も考慮して様子見してたが、これは少年院と同じ術式無しだな。なら…そろそろ片付けるか。)
『
攻撃を回避する合間で『断』を当て、呪霊の左腕を断つ。流石に相手も危険を感じたのか、俺と距離を離した。そして、すぐさま左腕を回復させ、手から全力で球体上に圧縮した呪力を高速で発射した。
「『
それを左腕に『断』をまとわせ、ガードする。呪力が左腕に触れた瞬間爆発した。
呪霊が笑う。
全力の一撃を正面から受けたのだ。無事で済むはずがない、と考えているのだろう。だが、
「むぅ、もう少し呪力を流し込まないと安定しないかな。」
煙の中から弥生がほぼ無傷で姿を現す。残念ながら左腕に擦り傷ができた程度だ。やはり本来攻撃用の術式を体に纏わせるという感覚が難しい。もう少し練習が必要だろう。
呪霊はさらに警戒したのか、俺と更に距離を離す。恐らく遠距離重視で攻め立てるつもりだろう。だが、
「遅い。」
呪力強化した身体能力で相手の後ろを取る。もうこれ以上戦闘を引き延ばす意味もない。さっさとこいつを片付けて、冥冥さんと合流をする。
「『
短刀に『断』をまとわせ相手へと飛ばす。呪霊は腕を交差させ、防御姿勢を取った。攻撃が命中し、両腕が断たれる。胴体にさえ当たらなければ、腕を即時に回復させて、態勢を立て直せる。そう考えたのだろう。だが、
腕を犠牲にして防いだ『断』からさらに細かい『断』をまとった呪力が散らばる。そしてそれは、無防備になった胴体と残った四肢を滅茶苦茶に切断した。
『散断』。それは『断』の応用であり、一つの大きな『断』である『
いくら呪霊といえど、ここまでダメージを負えば回復には時間を要する。完全に詰みだ。
とどめに残った首の部分に胴体を突き刺すと、呪霊は塵となって消えていった。そして──
「やっぱりあったか、宿儺の指」
この呪霊をここまで強くした呪物、宿儺の指を塵の中から拾い上げる。取り合えず、これだけは絶対に回収する。これだけでも呪霊を引き寄せてしまう危険物だ。
あとは冥冥さんと合流するだけだ。周囲を見回すと、部屋は先ほどよりも狭くなっている。光景がさほど変わりないということで、予想していたが、この呪霊は元々の工場の構造を広げる形で領域を広げていたんだろう。未完成の領域、と表現するべきか。
領域の主が祓われた以上、地下も元の広さに戻っているはずだ。合流するのに時間はかからないだろう。
残されていた場内地図を参考にし、地下フロアへの扉と辿り着いた。地図を参考にするならそこまで広くない。すぐに合流が──
「は?」
思わず声が漏れた。扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。工場特有のコンクリートや無機質な壁、なんてものはなく。逆に、地面と床には生物的な、肉が広がっていた。恐らくこれも──
「(結界!?…もしくは領域に類するものか!マジか地下フロアに別の結界広がっているのかよ。)」
地下にも広がる結界、もしくは領域。だが、結界の主である呪霊は先ほど倒したはずだ。となれば考えられる可能性は一つ。
もう一体、もしくは一人、結界を展開している存在がいるということだ。
「(くそっ、てっきり少年院みたいにあの呪霊の手下みたいなものが引きずり込んだと思っていたが、別物か!…っていうかここ2体もそんな奴がいるのか。)」
四の五の言ってられない。冥冥さんが引きずり込まれて10分は経過している。あの人の実力を考慮し、経過した時間を考えれば中にいるのは、恐らく特級相当。急いで合流する必要があった。
「頼むから無事でいてくれ…」
意を決し結界の内部へと突入した。
■─────■
「『シガラミ』」
「くっ───っ」
冥冥は思いきり殴り飛ばされ、受け身を取る。回避を重視し、周りの雑魚から片付けているが、やはり厳しい。
周囲の低級呪霊は『本来』問題がないが、目の前にいる呪霊は別だ。腕に鎖を巻いた、頭がカゴの形になっているこの呪霊は恐らく特級、もしくはそれに相当するものだろう。
奴の攻撃に当たれば、体が拘束され、そのまま攻撃を受ける。流石にずっと拘束されたままというわけではなく、こちらが呪力強化で引き千切る、もしくは相手の攻撃が当たるとその拘束が解除される。
そこで問題になってくるのが、周囲の低級呪霊だ。こいつらの攻撃だと拘束は解除されない。恐らく術式を持ってる本体のみ攻撃したら、拘束が解除される仕様となっている。そのせいで確実にダメージが蓄積している。
かれこれ戦い始めて10分以上。冥冥は致命的な攻撃こそ貰っていないものの、確実に追い詰められていた。
「(術式無しでも戦闘ができるように鍛えておいて正解だったね。だけど、カラスがいないのはまずい。『神風』を使うことが出来ればこの状況を打破できるが、それも無理だ。ジリ貧だね。)」
冥冥の奥の手に必要なカラスはこの空間にはいない。引きずり込まれるのが突然すぎて、連れてくることができなかったのだ。そして、この結界もあまりよろしくはない。この結界内には呪力が溢れている。実害はない。ただ呪霊は恐らくこの結界内の呪力を吸収している。相手の呪力切れ狙いは絶望的だろう。
「(弥生君が合流するのに賭けるしかない、か)」
どちらかが特級を受け持ち、もう片方は残っている低級呪霊を片付ける。それが最善手だ。ただ問題はいつ合流できるかだ。空間は拡張されている。引きずり込まれたせいでここまで来るのにどれだけ掛かるかは分からない。とりあえずは回避を重点的に立ち回る。
また特級呪霊が攻撃を仕掛けてくる。それに合わせて低級呪霊も攻撃を仕掛けてきた。重視すべきは特級の攻撃。それ以外は最悪攻撃が当たっても、呪力で受ければ問題ないレベルだ。
ただ時間を稼ぐ。それが今できることであり、最善手だ。だからこそ
特級呪霊は掌印を結んだ。
その瞬間、世界が塗り替わる。
「(しまった、領域展開か!)」
次の瞬間鎖が飛んできて、体が拘束される。呪力強化で引き千切ろうとするが、出来ない。領域が展開されたことによって術式が強化されている。
「『シガラミ』」
「がっ──」
攻撃を喰らう。だが、拘束は解除されない。領域内では術式の必中効果がある。恐らくずっと術式を喰らい続けている状態だ。この状態から脱するには、領域を展開する、もしくは簡易領域などの領域対策を使うしかない。だが、冥冥はそれが無く、呪力で受けるしかなかった。
ほぼ一方的に攻撃を喰らい続ける。避けることはできない。領域内では術式を使った攻撃は必中。拘束された状態ではまともに動けない。斧も満足に振れず、攻撃を受け続ける。
「ぐっ──(ここで終わりか)」
ふと、そんな『死』のイメージが頭をよぎる。次の攻撃を喰らう。それで終わりだろう。自分らしくない、諦めを受け入れようとした瞬間。
その瞬間、領域が崩壊した───。
そして目の前にいた呪霊が思い切り、蹴り飛ばされた。
「大丈夫ですか、冥冥さん!」
目の前に、弥生君が立っている。全力で走ってきたのだろうか、少し息が切れていた。
「外から外殻を破壊してくれたんだね、…助かったよ。」
「すいません。上で呪霊の相手をしていました。立てますか」
冥冥は自身の状態を確認する。内臓こそ無事だったが、骨が何本か折れていた。動く分には大丈夫だが、戦闘となると少しきついのが事実だった。
「勿論、と言いたいけど少しきついね。」
「分かりました。すいません、体に触れます。」
弥生が冥冥の肩に触れると、冥冥の体が光に包まれる。すると、先ほどまでの痛みや傷はなくなっていた。
「凄いね、反転術式のアウトプットができるのか」
弥生は若干バツが悪そうな顔をしている。
「あんまり大っぴらにしない様にしてるんです。…俺はあいつを相手します。冥冥さんは周りを。」
「あいつは拘束系の術式を使う。そっちは任せるよ」
お互いに走り出す。長居は危険だ。
「『大断』!」
短刀に呪力と術式を込め大きい『断』を放つ。その合間にもう片方の手で『断』を放ち、回避の選択肢を狭める。相手は鎖を飛ばさず、回避に専念している。が、手で放った方の『断』を喰らう。相手が回避に専念している理由は、
「まだ術式の焼き切れから復帰出来てないみたいだな!」
領域展開の明確な弱点の一つ。術式の焼き切れ。領域使用後に術式の使用が困難になる。故に領域展開は必中必殺を求められるようになった。仕留めそこなえば、その瞬間から不利になるからだ。
攻める。術式の焼き切れから回復出来てない今こそ、絶好の機会だ。距離を詰め、『断』を放ち続ける。相手は回避が困難だと理解したのか格闘戦を挑んできた。だが、遅い。この程度なら弥生は充分に対応ができた。相手の呪霊はパワーを生かした大振りだ。スピードこそあれど単調。何も問題はない。
相手の蹴りや腕による攻撃を回避し、その合間に『断』を放ち相手を削り殺していく。この繰り返しだ。呪霊側もこのままでは負けると理解した。
弥生が相手の懐に入り込もうとした瞬間、呪霊は両腕を合わせ前へと突き出す。
「『シガラミ 拡』」
呪霊の腕にある大量の鎖がまるで蜘蛛の巣のように広がり、前へと射出される。その範囲は広く、弥生の速さでも範囲外に逃げ切れないほど。鎖が弥生の体に巻き付き、行動が阻害される。
呪霊はその機を逃さず、更に呪力を込める。鎖をより強固なものにし、弥生を拘束する。抜け出す手段はない。次のチャンスがあるかは分からない。故に呪霊は全力だった。この一撃で仕留めきるために弥生の頭へと、最大限の呪力を込め、拳を振りかぶる。避ける手段はない。確実に命中する。
だが、攻撃が命中した感触はない。あるのは拳が空をきる感覚と──
切断された右腕だった。
呪霊は何が起こったのか理解できなかった。その一瞬の思考の空白により生まれた隙。それを弥生は見逃さなかった。懐へと潜り込み、相手の胸へと短刀を突き刺す。そして、
「『散断』!」
ゼロキョリから撃ち込まれた『大断』と、その中から拡散した『断』が呪霊を体の内側から滅茶苦茶に切り裂いた。
「お前の術式と俺の術式、相性が悪かったみたいだな」
あの拘束された瞬間、弥生は体に『断』をまとった。対象を断つ、という断絶呪法はその性質上、拘束にも有効である。『遮り』は影響を断つ事に術式の方向性を定めるが、今回はそのまま『断』をまとった。すなわち弥生の体はあの瞬間、疑似的でこそあるものの刃物そのものだったといってもいい。それのおかげであの拘束から楽々と脱することができた。下手に動くと自分の体を切り兼ねなかったが、上手くいったようだ。
冥冥さんの方もどうやら終わったようだ。周囲に呪霊の反応は感じられない。とはいってもこの結界内は呪力で溢れている性質上、呪力探知がどうにも不安定だった。
「おや、助けに行こうと思ったんだが、流石だね」
「いえ、冥冥さんの情報があったからですよ。そうじゃなきゃ苦戦してました。」
呪霊はすべて倒した。だが、この空間は依然戦闘中から変化がない。
「しかし、この空間は一体…」
冥冥の疑問は当然だ。相手の領域でもなければ、この建物がおかしい訳でもない。では一体内が原因でこの結界は展開されているのか。
「多分あれが原因だと思います。」
疑問に感じる冥冥とは違い、嫌悪感のある表情で弥生はある場所を指さす。そこには──
肉の柱があった。人を取り込んだ、肉の柱。人柱、とも表現できるかもしれない。
思わず、見たものに生理的な嫌悪感を催させる。冥冥と弥生はそれに近づいた。恐らくこの人柱こそ、この結界を形作るものだ。
「!?…まだこの人、生きてる。」
冥冥も弥生も思わず驚いた。この状態で、生きているのだ。てっきり死んでいるものかと思っていたが、呼吸はあるのか、胸が上下している。恐らく意識はない。少なくともこちらの声に反応はない。
「切除します。」
短刀を抜き、刃を人柱に慎重に当てる。この中から人を取り出すには、細心の注意が必要だ。周囲の肉塊が動いている以上、そう易々とはいかない。
「危険だよ。助かるとも限らない。」
それ以上に、こちらにどんな影響があるか分からない。もしかしたら切除に反応してこちらを攻撃してくるかもしれない。それに毒性があれば、反転が無ければ、その時点で詰みだ。
「分かってますよ。でも見捨てるのはごめんだ。」
弥生は短刀を抜き、ゆっくりと肉の柱を切除していく。冥冥も斧で少しずつ削っていった。時間でいえば10分程度で、切除は完了した。
その瞬間、周りの風景が、肉がこびりついた有機的なものから、コンクリートの工場らしい見た目へと変化した。予想通り、この人柱が結界の起点だったのだろう。幸いなことに取り込まれた人もまだ息がある。
取り合えず、「彼女」を病院に運ぶ必要があった。冥冥さんも反転術式で治療したとはいえ、一応病院へといった方が良いだろう。
この廃工場は、高専に連絡し、後処理をしてもらうことになった。
報告書
2012年1月■■日、21時30分。1級呪術師『冥冥』と、糸色家所属の呪術師『糸色弥生』がF県F市で目撃された呪霊の調査として、廃工場に入り、呪霊と交戦、これを祓う。
交戦した呪霊は特級2体であり、うち1体からは特級呪物『宿儺の指』が確認された。これはすでに呪術師によって回収、高専の忌庫へと厳重に保管されている。
廃工場内では何かしらの実験が行われていた。これは呪霊では難しい行動のため、呪詛師が関与していた可能性が高い。
また未確認の結界が工場内に存在していた。詳しい状況の聞き取りは本人たちから行う予定である。
救出された人間は今現在、糸色家と関係のある病院に入院中である。身元調査と経緯の聞き取りを行う予定。
廃工場内に遺棄されていた遺体に関しては、東京都立呪術高等専門学校へと移送。家入硝子によって調査が進められている。
廃工場の背景に関しても現在、情報部が調査中である。
今後詳細が分かり次第、報告書の更新を行っていく。
個人的に領域展開は使い所が難しい技だと考えています。元々呪力消費や才能などの要求値が高い。格下の敵には過剰気味だし、同格だと領域対策や領域で抵抗される。格上だと領域の押し合いで負ける可能性がある。
対複数人でもタイミング間違えて全員取り込めないと、外から破壊される可能性があると考えると、切り札ではあるんですか、タイミングが難しそうです。