Fate/Shading Connection   作:冬雪リオ

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序章

 

私の心臓は、ある日を境に止まっているらしい。

 

いや勿論、心臓が止まってしまっては生きてはいられないので、これは肉体的な意味ではなく、精神的、つまり比喩表現なのだが。これ以上ないほどに的を得た表現でもある。

常に身体の内側が冷たいのだ。血が巡っていないかのように、虚無的で、真空されたかのように息が詰まる。楽しいという感情は表面的で、私は心の奥底で常に全てを避けていた。人との関わりも、何もかもを。

そんな日々を過ごすうちに、ある仮説に辿り着く。私の心臓はきっと止まっているのだろうと。

ある日。_きっと、母が私を置いて行ったあの日から。

理由も原因も、何も思い出せないけど。目が覚めた時には部屋は静かで、扉は淋しく閉ざされていた。何一つ音のしない空洞。そこに母が居たのだという痕跡が、跡形もなく消えてしまったようだった。

それでも誤魔化して、誤魔化して。なんとか今日まで生きていた。

死ぬわけにはいかない、という、生命としては当然の根拠のない意志が、私を生かしていた。

 

 

 

「回想は終わったかな」

 

 

だが、そんな日常は此処で終わる。

家へ帰り、本を読み、ただ少し転寝をして。残る眠気を指で擦りながら目を開けると、それはそれは清々しい声で「おはよう」と言ってくる()()が居た。

言葉で言い表すのはあまりにも難しい。人のような姿をしてそこに居るのに、そこに居ないという確信がある。とても遠くて、でも誰よりも近いような、宇宙のような()()

声からすると()のようだけど、そもそもその区切りの中に居ないだろう。

ただ答える事もできず呆然としていると、彼は私に手を伸ばした。反射的にその手に触れると、視界がどろりと溶けて変わる。

淡く少しくすんだ色の草が足元を覆い、音のしない風が静かに吹いている。空は円形に歪んでいて、その広い空間に鏡張りのような宇宙が映っていた。その景色を背に立つ彼は、この世のものではないといやでも理解できる。

情報過多で思考が追いつかない。いや、追いついたとして理解できない。私はそんな現状に、ただ立ち竦んでいたのだった。

 

「落ち着いたかな。では端的に。

君には今から"此方の世界"に降りてもらう。理由としては、世界に異物を持ち込んだ迷惑なお客さんが居てね。その異物を破壊してもらいたい。

私が行けばいいだろうって?残念ながら出来ないんだ。その線を超えたら、私は異なる世界を踏み荒らす、迷惑なお客さんと変わらない」

「ちょ、っと待ってください。話が見えない」

「見えなくていいし、今理解する必要も無いよ。君は何れ理解していく。体験と経験を持ってしてね」

「せめて教えてください。貴方は誰ですか、此処は何処ですか。あと"此方の世界"って」

「私はこの宙を生んだもの。此処はそんな私が存在する場所。此方の世界は、君の過ごした星とは異なる世界」

「……小説とゲームのやり過ぎ、ですかね」

「現実逃避には早いよ。どちらにしたって君には向かってもらうから」

 

最近、ファンタジー物のゲームをやり過ぎたから?それとも、異なる世界を舞台にした物語を読み耽っていたから?だからこんな、こんな事に巻き込まれてしまったのか?

よく小説の最初の方に、何故私が選ばれたのか、と言った言葉が出てくるけど。あれを少しだけ陳腐だと思っていた自分を叱りたい。当然なんだ。いざ自分が唐突に、理解出来ない場所に連れてこられたら。どうして自分が、何故自分が、こんな事にって、嘆いて当然なんだ。

そして…そして主人公は受け入れていく。受け入れる事で、なんとか気持ちを落ち着かせている。

 

「……具体的には、何をしろと」

「異物の破壊。そうだな、星に打たれた杭を外す作業、と言った方が的確かな」

「どうして、…私が」

「君が特別だから。とでも言ったら、納得してくれる?」

「いえ。腹が立ちます」

「…そう。なら、君の理由は後々話すよ」

 

拒否権は無いし、明確な理由も無い。加えて唐突な出会いと来たら、最早トリプルコンボだな。

()()()()()()()()()()予感がして、脱力気味に視線を揺らす。視界に写った鏡張りの宇宙。私の知らない、見たことも無い星々が浮かんでいた。

 

「不思議かい?」

「……はい。でも、綺麗だと思います」

「だろう?私も自信があるし、大切でね。このまま壊れていくのは見たくない。

本当は私自身が何とかしたいが、遠い隣人の世界を脅かす事は、私も避けたいんだ」

 

相変わらずよく分からない言い回しだけど、嘘をついているようには思えない。

いや、もしかすると。この人の嘘は"真実"になってしまうのかもしれない。発した嘘は真実になるし、発した真実は変えられない物になる。

だとするならば、何が本当かなんて考えなくてもいい。きっとどうしようもなく、全てが彼の本音なのだから。

 

「ただ君一人で行かせるには…少し心許無い。

君、神を前に剣が持てたりする?それとも魔法_魔術を行使したり出来る?」

「出来るわけないじゃないですか私人間ですよ」

「だよね。でも大丈夫。君には助っ人を呼んでもらうから。

ただ媒介となる物が此方には無いからね。君自身を触媒にするしか無いのだけど」

 

トントン、と彼は自身の右手の甲を指さし、その後私に指先を向けた。

示された通り自身の右手を見れば、不思議な模様が何時の間にか刻まれていた。

横、斜め、上。三方向に対称的に伸びる、形の違う線に似た赤い模様。意識を向けた途端、チリッと焼けるように痛んだ。

 

「節度を守り、世界を知る事は許される。

異物_杭を持ち込んだものは、その杭を此方に繋ぎ止める鎖であると同時に、応えた者の望みを叶える聖杯のように扱っているようでね。

その聖杯を求めて争う儀式が、君の生きていた世界にはあり、その儀式の参加資格であるものが、君にあげたその令呪だ。模造品だから、完全で絶対的な命令権では無いけどね」

「儀…式…?聖杯は、伝説とか…伝承とかで、聞いた事がありますけど…」

「君は()()()で、巻き込まれる事も無い存在だったからね。知らなくて当然だ。かく言う私も調べて知った。いやぁ、君の世界も面白いねぇ」

 

そんな、そんな儀式が世界にはあった?

世界には知らないことの方が多いとは思うけど、それでも、信じられない。だって、それは余りにも残酷な夢物語だ。

誰かの描いた物語が好きで、誰かの生んだ異なる世界が好きな人間が、夢見ない日は無いだろう。もしも自分がそこに立てたら。もしも自分がこうなったら。夢見ずには居られない。けれどそれは、"叶わないから願える夢"でもある。

そんな"叶うべきでは無い夢"が、現実に起きていたとするのなら。こんなに残酷な事は無い。

そこまで考えて、彼女は思うのだ。

私は今、まさに、残酷な夢の中に居るのだと。

 

「その儀式を摸した事を、迷惑な隣人さんは私の星で行っている。だから私も乗っかる事にした。

そしてここからが伏線回収。

その儀式では"助っ人"を呼ぶんだ。

死した英雄、過去から現在まで残るその記録を、一時的に呼び覚ました英霊と呼ばれる者をね」

 

そこで、彼女の思考はオーバーヒートした。

 

「…………」

「呼び出せるのは基本的に一人だから、最初で最後の()()()()()()()()になるだろう。もしかしたらその他の要因で、縁が増えたりするかもしれないが……そこは君次第だな。

……聞いてる?思考回路が止まっているけど」

「ものすごく分かりやすく端的に教えていただけますか」

 

そう言われた神は、見えない表情がわかるほど、それはもう大きく笑った。仰け反った後腹を抱え、小刻みに震えるほどに。

何がそんなに面白いのか。随分と呑気なものだなぁと、彼女はその様子を見つめていた。

 

「分かった分かった。端的にね。

君は今から英霊を呼ぶ。その後星に降り、杭を壊す。数は…12本。全て壊したら君の勝ち。そこまでやってくれたら、願いの1つは叶うよ。きっと。

そうだな、英霊と共に、異界の星巡りの旅に出るというのが、一番分かりやすいかな」

「失敗……負けたら死ぬ、勝ち抜きの旅、という事ですね」

「そういうこと。さ、此処に立って。大丈夫。やれば分かるよ、手助けもするから」

 

促されるままに指定された場所に立つと、右手の甲_令呪と呼ばれるものが、また熱を持つ。

同時に、心臓が一度、強く脈打った。

途端に視界が、思考が、塗り変わる。

 

 

__願うんだ。

 

そう言われるがままに、朧気に、たどたどしく、浮かんだ言葉を口にしていく。

ジリジリと血管が滾る。言葉をなぞる度に、なにか大きなものが近くなる。目の前は青く輝き、しかし何処か暗く感じた。

その中で、また更に弱々しく、思い、浮かんだ。

 

 

__孤独を。

__痛みを。

__呪いを。

 

 

思い出せぬ空白を。

底に沈んだ眼を。

閉ざされた時間を。

 

 

見知らぬ言葉が聞こえてくる。

誰より近く遠い隣人へ。

 

 

「__告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ__」

 

 

光が一番強くなる瞬間、それまでで最も強い不快感が襲ってきて、思わず膝を着く。しかし不思議なことに、心は満ち足りていた。

少しの呼吸。異物感が漸く消え、滴り落ちた汗を拭う。

そうして顔を上げた時、私に向けて差し出される手が見えた。

 

 

「__サーヴァント、アルターエゴ。

グレゴリー・ラスプーチン。召喚に応じ参上した。

さて、君が私のマスターかな?」

 

 

仄暗い微笑みを湛えながら、私を見下ろすその人は、とても。

……とても。

 

 

__呼んでいい人には見えなかった。

いや完全に悪役だろう。この佇まい、この表情。完全に、絶対的に裏がある。分かる。私は知っている。この人は確実に、()()()()()()()()の特徴を持っている。

飽くまでそれは架空の世界の話だろう、と言われてしまえばそれまでだが。ゲーム知識も馬鹿にはならない筈だ。多分。

詠唱らしきものの途中に、無意識で浮かんだ言葉が原因なのか。それとももっと、深い原因があるのか。どれ程頭を捻っても、結局のところ彼女には分からなかった。

 

分からない事を考えても仕方がない。例えどんな人であろうと、何も持たない自分のなけなしの召喚に応えてくれたのだ。

彼女は全て呑み込み、その男からの問いに「はい」と答えながら、差し出された手に己の手を添える。予想を裏切るように、柔らかく掴まれた手。それを支えに、力を込めて立ち上がる。

 

「ふむ。どうやら特殊な召喚のようだが。

与えられた知識も少なく、環境もまた…」

「私も把握しきれていないのですが、その、知識というのは?」

 

警戒半分、恐怖半分の気持ちで問いかければ、強ばった彼女の表情とは裏腹に、薄い微笑みが返ってくる。

意味があるかと言われれば無い、感情の無い微笑みだった。

 

「召喚の際、サーヴァントに与えられる知識の事だ。現代で生活する上で不都合がないようにね。

それ以外、この召喚の目的もある程度は」

「おや、それは便利だね。説明の手間が省けるけど、どの辺まで理解しているんだい?」

「此処が異界であるということ。彼女が魔術師ではなく、一般人であること。異界に持ち込まれた異物を聖杯として扱っている者がおり、その破壊を目的としていることです」

 

男は瞳の奥は変えずに微笑む。長身の男を正面から見据えた彼は、ただその内を見つめ続けていた。

その間に挟まれた彼女は、それはもう居心地が悪かった。雰囲気という意味でも、背丈の違いという意味でも。威圧感というのか、圧迫感というのか。とにかく居心地が悪い。

沈黙の中で、自身の心臓が不安げに音を立てている。つくづく思った。どうしてこんな事に、と。

 

「…もっと詳しく話したいところだけど、これ以上は、流石に延滞料金がかかるかな」

 

不意に視線を動かした彼は、おもむろに彼女の手を取る。

触れ合うその瞬間、とても懐かしい気持ちになった気がした。耐えきれず訴えるように、その骨を模した面のような顔を見る。でも、彼はただ優しく手を握るだけだった。

 

「その時計の針が一回転するまでの間に、降りた星にある杭を壊して欲しい。それ以上の遅延は私にも出来ない」

 

離れていく手と対照的に、小さな時計が私の手の中に納まっている。アンティークショップに置いてあるような、一見普通の時計だ。

 

「ふむ。この宇宙を生んだ貴方でさえも、それ以上の遅延は出来ないと?」

「いい質問だね、神父君。答えてあげよう。

異なる世界から齎されたズレを、只管修正し続けるというのはね、一歩間違えれば両方の世界を壊しかねない事なんだ。

根本的な解決をせず誤魔化し続けていれば、いずれ本体そのものが壊れて戻らなくなる。そしてその余波は、繋がっていたケーブルを伝っていく。

そうなる前の限界の修正、遅延出来る時間が、その時計が一回転するまでの時間、ということ」

 

異物。ズレ。本来この世界にあってはならない、異なる世界のもの。

……それは、私も含まれるのでは。

 

「待ってください、それなら私もっ」

「大丈夫大丈夫。神様権限でなんとでもなるから」

 

あっさりとそう返されて拍子抜けする。

言葉に詰まる私を置いて、くすくすと笑う彼の後ろ。鏡張りの中の星が一つ光った。

 

視界が霞んでいく。というより、()()()()()()()()()()()()()()()()

待ってください、ともう一度言葉にしても、その姿はどんどん見えなくなるばかり。

届いているのか分からないまま、何度か呼びかける。けれど。

 

「良い物語を__見守っているよ」

 

その言葉を最後に、完全に視界から消えていった。

 

 

 

 

 

 

閉ざされた視界。完全な暗闇…ではなく、視線の先にぼんやりと光が見える。

 

「此処から、どうすれば…」

「何もする必要は無い。今我々は、その星へと送られている。意識と肉体を同一の領域に落とし込み、指定した場所へ転送しているようなものだろう」

 

吃驚して転ぶところをどうにか踏ん張り、声のした方を見遣ると、ハッキリと神父姿の男が見えた。

同時に、いくつかの情報が浮かぶ。

英霊=サーヴァント。契約者=マスターで、クラスというものがあること。

そして……名前が三つ、いや、四つある。なんだこれは。どれがどれなんだ。なんと呼べばいいんだ。

頭の中でぐるぐると色んな可能性を考えたけれど、当然の話、結局答えは出ない。

 

「……あの」

「何かな?」

「名前が……」

「名前?…ああ、真名の事か。

どれであれ、私である事に変わりは無い。好きに呼んでくれて構わない」

「それなら、えっと……言峰、さん?」

「そう怯える必要は無い。君の手を取ったあの時、契約は完了している。

私は既に君のサーヴァントであり、君は私のマスターなのだから」

 

聞き慣れない言葉が、頭の奥に染み込んでいく。

視線の先の光はまだ遠い。

私はもう一度、言峰さんと向き合った。

 

「…召喚に応じてくれて、ありがとうございます。

私は弓実守 華樂(ユミサネ カグラ)と言います。

この手に応えてくれた貴方に、後悔はさせません」

 

どんな対応が正しいのか分からない。そもそもずっと、何もかにも分からないけれど。この人が今私の力になってくれる事だけは、きっと真実だ。

言峰さんはまた少し微笑み、私が差し出した手を柔らかく握る。

 

「これはこれは。では、此方も改めよう。

私は言峰綺礼。ラスプーチン氏が退去し、メインを担う事となった人間の名だ。勿論、君と同じ21世紀の価値観を持っている。

少々、捻くれ者である自覚はあるのだが…私なりに、君の目的が達成されるよう助力するつもりだ。以降、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

未だ理解は出来ていない。

暗闇の中でも分かる程、手の甲で輝く赤い模様。

目の前にいるこの人が、純粋な人間では無いこと。私は今から、見知らぬ異界の星に降り立つこと。たった数時間前に座っていた椅子には、もう二度と座れないのかもしれないということ。

考え出すとキリがない。どれだけ答えを求めても、答えは出なくて更に絡まっていく。

だから、あの神様の言うように。体験して、経験して、それから考えていこうと思う。

 

時計の針が動く音がする。

急速に広がる光の中、身体の中に血が巡っていくような感覚を感じていた。





作者から



言峰綺礼が主人公側の物語が見たい。
なんならダブル主人公的立ち位置で、メインで出てくる物語が見たい。
彼がもう一人の主人公として、裏側に立つべき人なのは理解しているけれど、それでも見たい。見た過ぎる。耐えられない。

という気持ちを抑えられず、物語を見たいのなら書けばいいじゃない!
そう思い立ち、執筆を始めた次第です。

ただ、悲しいほどに歴史に疎い。世界に疎い。
であるならば、一から歴史を、世界を作っちゃえばいいじゃない。
等という言い訳を思い立ち、オリジナルで一つの世界を生み出し、舞台にさせていただきました。

自己満に過ぎませんが、もし興味を持っていただけましたら。
良ければどうか、気長にお付き合いください。

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