源氏物語に転生したので光源氏の男友達としてアイツに出来る限り責任を取らせる 作:あるふぁせんとーり
「明、少しいいか?」
「何?父さん」
或る夏の日。いつものように杜甫か白居易かも分からない漢詩のドリルを終え、遊びに行こうとした俺に父さんは声を掛けた。虫取り網と竹籠を備えて準備万端だった俺は一分一秒が惜しいと言わんばかりにその場で足踏みする。そんないつも通りの忙しない様子を華麗にスルーして、父さんは丁度死角になっていた廊下の端の方へ「来ていいぞ!」と手招きした。続けてトタトタと軽い足音がなった。
「……うお……」
そして姿を現した俺と同い年くらい、まだ10どころか5〜6才程度の少年に俺は思わずたじろいだ。いや、威圧された訳では無い。例えるなら……そう、眩しかったのだ。太陽とかそんなもんじゃなくて、光そのものかと思うくらいの輝きを放つとんでもないイケメン。俺はそして眩い光の中で彼の素性を直感した。
「ほら、明。挨拶しなさい」
「あ、えっと……
なんとか我に返って、俺は彼と目を合わせる。目一つとってもとんでもない美しさ。多分くり抜いたらアラブの王族辺りに100億とかで売れると思う。そして彼は俺の自己紹介にそれはそれは柔らかい笑顔を返すと、そのツンと張った唇を離し、口を開いた。間違いない、こいつこそ日本最古の恋愛物語にして昼ドラにしてレディースコミックの主人公……。
「僕は光、
……マジの「光源氏」だ。
***
時は平安、舞台は洛中。或る帝の聖代。後宮の端には「淑景舎」という、桐の花が植えられていることから「桐壺」とも呼ばれていた部屋があった。そこに住んでいた女性、「桐壺更衣」は決して高い身分ではなかったが、その美貌は天下に轟くほどに美しく、帝の寵愛を一身に受けていた。その為、周りの女御や更衣からは酷く嫉妬されて嫌がらせを受け、彼女達の父親や親族であり、その後ろ盾であった有力貴族からは中国の悪姫であった楊貴妃や妲己を引き合いに出して蔑まれていた。父は太政大臣、左大臣、右大臣に次ぐ地位の大納言であったが早くに亡くなっており、後ろ盾もなく孤立していた彼女は元来気が強い方じゃなかったのもあって心労で病気がちになり、帝にも姿を見せられないことが多くなった。
しかし、そんな中でも果報があった。彼女が帝の第二皇子を産んだのである。第一皇子は時の右大臣の娘である女御の下に産まれ、後ろ盾もしっかりしていたので世間や宮中では彼が皇太子、そして将来の天皇として即位なさるのだろうという話が回っていたが、帝に抜けた寵愛を受けている桐壺が皇子を産んだのだから、もしかしたら彼を皇太子になさるのでは、などという噂も出回っていた。
……というのが源氏物語に記された「光源氏の誕生」である。この世界でも大まかにそうだったが、もう一つ。光源氏が産まれたとほぼほぼ同じ日のこと。先程話に出てきた「大納言」、その後任として新たに大納言の職に就いた公卿「
そう、なんの間違いか、現代から俺は平安時代に生まれ変わっていたのだ。テレビも無ェ、ラジオも無ぇ、自動車もそれほど走って無ぇでお馴染みの平安時代に。大都会東京住まいで大学受験を控えた世界史選択の文系高校生だったはずの俺は、気がついたらへその緒が繋がったまま泣いていたのである。もしかしたら大学受験のプレッシャーから逃れられた安堵で泣いていたのかもしれない。そんな中で何とか開けた目に入ったのは綺麗な母の顔。それも平安時代の美人ではなく、今系の美人顔。転生モノにありがちな現代フィルターに俺はまず胸を撫で下ろした。
そんなことはさておき、厄払いに壁も服も何もかもが真っ白なお産部屋で今か今かと俺がこの世に生を受けるのを待ち望んでいたらしい父さんは竹製の刀で俺のへその緒をスパッと切ると、そのまま産着すら着せずに「ありがとう、明ー!!!」と天井すれすれまで持ち上げた。急浮上する身体に、俺は早速人生初のタマヒュンを味わった。ついでにはっきりと見えた父さんの顔は、無精髭を蓄えたワイルド系のイケメンであった。そして、帳の隙間から垣間見た夜空には大きな星が2つ煌めいていた。
***
「いやあ、めでたいですなぁ!」
「まさしく!大納言殿に似た色男になりますぞ!」
「はっはっは!きっと私よりも大物ですよ!!」
そこからは儀式・ラッシュ。朝夕と一日二回、一週間に渡って産湯をかける「
***
そして長い長い祭りの果にそういう儀式の諸々を終え、ようやく落ち着いた生後一ヶ月くらいの俺。こうなってくると次に気になるのは今が具体的にどのへんの時代かということだ。果たして遷都直後か、道長全盛期か、源平が台頭してくる末期か……。そんなことを平安ベビーベッドの上で思考していると、俺の耳に使用人たちの会話が聞こえてきた。
「ね、本当に次の皇太子様どうなるんだろ……」
「決まってるでしょ、第二皇子よ!桐壺の方が一番陛下に愛されてるんだから!」
なるほど桐壺……桐壺?
「おぎゃー!!おぎゃー!!」
「あらら、どうしたの坊っちゃん?」
唐突に泣き出した俺に使用人が駆け寄ってきて顔を覗く。いや、そんなこともどうでもよくなるくらいに俺は衝撃を受けていた。だって桐壺なんて言葉が出てくる場合を俺は一つしか知らないのだ。
「おぎゃー!!おぎゃー!!おぎゃー!!」
「ご機嫌斜めね……どうする?」
「取り敢えず奥様でも呼んでくるよ」
今は感情表現が泣くしかないからとにかく泣くしかない。というか泣きでもしないとやってられない。あんななろう系に見せかけたドロドロの昼ドラ、女の地獄に巻き込まれることが確定してしまったのだ。だが、唯一救いがあるとすれば、俺が古典の授業を真面目に受けていたこと。そしてそれなりに得意教科であったことだ。すなわち、この世界は……。
「おんぎゃーー!!!」
「源氏物語」、なのだから。
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