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軽い体は、まるで羽の様だった。
小さな子供の体は、しかし確かに鍛えられていた。完成している訳ではないが、それなりの鍛錬を積んだものだった。
「さて。しっかり動かせるかな」
この体には大きな、一振りの木の剣を手にして軽く振るう。
ぶんっ、と空を切る。短い腕に剣の重さが僅かに走ったのが分かった。
意外とこの手に馴染むそれは、おそらく使い続けられたが故のものだろう。
意識を切り替え、前を向く。相対する一人の少女と視線が打つかる。
「…やっぱり雰囲気違うわね」
「やる気に満ちている、と言ってほしいな」
「だから可怪しく思ってるのよ」
「悪夢を見た八つ当たりかもしれないな」
「あっそ…なら、負かしてあげる」
目の色を変えて、構えられる。
本気。勝ちに行くという強い意思を放つその眼を見ると、どこか懐かしさを覚える。
―――だが、残念ながら本気は出せない。勝ちに行くつもりもあまりない。
そもそも、この体の本気なぞたかが知れている。技が体に追い付くか否かも不確かだ。
様子見。或いは防戦。ただ受け流しに徹する。この世界での戦い方も、彼女で知っておきたいところだ。
「―――行くわよ」
「あぁ」
対峙が始まった。
彼女は、真っ直ぐに走ってきた。
下から振り上げられる剣。軌跡を描き、首へと走り出す。
カンッ、と。乾いた音が響く。
首へ軌道を描いたその剣を、呆気なく弾いた。
「な―――」
彼女が驚愕する。
ただ剣を弾いただけで、驚いていた。
よほど自分の剣に自信があったか。或いは、この子供がこれまで剣を弾いた事がなかったか。
しかし、これでそれなりに考えはついた。確定には及ばないが、何となくは。
ぐっ、と体に力を込めて態勢を戻そうとする彼女の姿には、幾つもの隙があった。
だが、敢えてそれは見逃した。
「―――」
「くっ!」
態勢を立て直し、構えを直す。
解き放たれる素早い突き。
狙いは腹。急所への狙いを諦めたのは、少年がこれまでとは違うと分かったからだろう。
カンッ、と。これも弾く。
真っ直ぐに構えた剣を、突きが間合いに入った瞬間に傾けて面で弾く。
加速と力を乗せた突きは弾かれ、彼女の態勢が再び崩れた。
「あ―――」
「大丈夫か?」
どさ、と、彼女は地面に倒れた。
声を掛けるが、反応はない。
両腕両膝をつき、何が起こったのか分からないといった表情を浮かべている。
そこまで弱かったのか、この子供は。
そこまで酷かったのか、この肉体は。
大して凄い技でもない、ただの技にこうも驚くものか。
間合いを読み、剣筋を捉え、合わせて剣を振るい、弾く。戦いに身を置いていれば、誰にでも出来る技だ。
……あぁ、そうだった。
彼女も。この子供も。
本当の戦いは知らないんだった。
「……」
「立てるか?」
声を掛けても、彼女はそれに答えなかった。
ただ静かに立ち上がり、再び剣を構えた。
先程よりも、感情が溢れていた。
「…っ!」
「まるで仇を見る様だな」
(本気にさせてしまったか…そんなに悔しかったのか?)
やった事としては、剣を弾いただけ。
だが、それが彼女の心を燃やしたらしい。
しかし、これはあまり良い状況ではない。好ましくない状況と言っていいだろう。
この世界における剣技やら戦い方やらを知りたかっただけが、相手が本気になってしまった。
おそらく、殺すつもりで剣を振るうだろう。確かな刃を抜くだろう。
小さな溜め息と共に、再び構えを取る。
防戦を変えるつもりはない。少し面倒になるだろうが、やれるだけやるだけだ。
「っ!」
「む」
カァンッ! と、より強い音が鳴り響く。
剣を伝って奔る
だが―――知った事かと言う様に、少年は再び弾き返した。
頭に振るわれた一撃を。/いとも容易く弾く。
胸に放たれた一突きを。/苦もなく弾く。
腕に振るわれた一閃を。/事もなげに弾く。
足に放たれた一薙ぎを。/無情に弾く。
彼女の想いは、単なる行動。それだけだ。
気持ちも意思も、知った事ではないのだ。彼にとっては、ただ面倒なだけだった。
「くっ、うぅぅ―――」
「……動きが単調になったな。それに、我武者羅に体を動かして息も切れてる。今日はもう終わりにしよう」
「まだ、まだよ! 私はまだ―――」
「激情のままに剣を振れば、何度やろうと同じだ。いつものお前らしからぬ剣筋だ」
ぴしゃりと言い放てば、歯を軋ませる様に噛み締めて俯く。
ぽた…と、雫が地面に落ちたのが見えた。
それは汗だったか。それとも―――その悔しさから生まれた涙だったか。
「こんなこと、一度も…」
「調子が良かったらしい。奇跡と言っても良いかもしれないな」
「………嘘よ」
「本気を出した。それで納得してくれ」
木剣を放り投げて、疾く失せる。
この世界の戦い方は、何となく分かった。
三度目か四度目かの世界にもあった、『魔力』が存在しているのも確認する事が出来た。
少女にしては力が強かった。おそらくは、魔力による身体能力の強化の類だろう。
あの歳でそれが出来るのだから、中々強い方なのだろう。
気にする様な事でもない。そう言えば、それまでだが。
「…違う。絶対に、違う」
彼女には分かる。クレアにこそ分かる。
アレは、違う。自分の知る彼ではないと。
あの眼。あの言動。彼の
容姿は彼。だが、それ以外は別物だ。
そう思っているにも関わらず、この魂は彼を彼だと認識している。
「……!」
それが、彼女には忌々しくて堪らなかった。