死に戻り+直死の魔眼を持った男   作:全智一皆

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第一章「模擬剣戟」

 

 

■  ■

 軽い体は、まるで羽の様だった。

 小さな子供の体は、しかし確かに鍛えられていた。完成している訳ではないが、それなりの鍛錬を積んだものだった。

 

「さて。しっかり動かせるかな」

 

 この体には大きな、一振りの木の剣を手にして軽く振るう。

 ぶんっ、と空を切る。短い腕に剣の重さが僅かに走ったのが分かった。

 意外とこの手に馴染むそれは、おそらく使い続けられたが故のものだろう。

 意識を切り替え、前を向く。相対する一人の少女と視線が打つかる。

 

「…やっぱり雰囲気違うわね」

「やる気に満ちている、と言ってほしいな」

「だから可怪しく思ってるのよ」

「悪夢を見た八つ当たりかもしれないな」

「あっそ…なら、負かしてあげる」

 

 目の色を変えて、構えられる。

 本気。勝ちに行くという強い意思を放つその眼を見ると、どこか懐かしさを覚える。

 ―――だが、残念ながら本気は出せない。勝ちに行くつもりもあまりない。

 そもそも、この体の本気なぞたかが知れている。技が体に追い付くか否かも不確かだ。

 様子見。或いは防戦。ただ受け流しに徹する。この世界での戦い方も、彼女で知っておきたいところだ。

 

「―――行くわよ」

「あぁ」

 

 対峙が始まった。

 彼女は、真っ直ぐに走ってきた。

 下から振り上げられる剣。軌跡を描き、首へと走り出す。

 カンッ、と。乾いた音が響く。

 首へ軌道を描いたその剣を、呆気なく弾いた。

 

「な―――」

 

 彼女が驚愕する。

 ただ剣を弾いただけで、驚いていた。

 よほど自分の剣に自信があったか。或いは、この子供がこれまで剣を弾いた事がなかったか。

 しかし、これでそれなりに考えはついた。確定には及ばないが、何となくは。

 

 ぐっ、と体に力を込めて態勢を戻そうとする彼女の姿には、幾つもの隙があった。

 だが、敢えてそれは見逃した。

 

「―――」

「くっ!」

 

 態勢を立て直し、構えを直す。

 解き放たれる素早い突き。

 狙いは腹。急所への狙いを諦めたのは、少年がこれまでとは違うと分かったからだろう。

 カンッ、と。これも弾く。

 真っ直ぐに構えた剣を、突きが間合いに入った瞬間に傾けて面で弾く。

 加速と力を乗せた突きは弾かれ、彼女の態勢が再び崩れた。

 

「あ―――」

「大丈夫か?」

 

 どさ、と、彼女は地面に倒れた。

 声を掛けるが、反応はない。

 両腕両膝をつき、何が起こったのか分からないといった表情を浮かべている。

 そこまで弱かったのか、この子供は。

 そこまで酷かったのか、この肉体は。

 大して凄い技でもない、ただの技にこうも驚くものか。

 間合いを読み、剣筋を捉え、合わせて剣を振るい、弾く。戦いに身を置いていれば、誰にでも出来る技だ。

 

 ……あぁ、そうだった。

 彼女も。この子供も。

 本当の戦いは知らないんだった。

 

「……」

「立てるか?」

 

 声を掛けても、彼女はそれに答えなかった。

 ただ静かに立ち上がり、再び剣を構えた。

 先程よりも、感情が溢れていた。

 

「…っ!」

「まるで仇を見る様だな」

(本気にさせてしまったか…そんなに悔しかったのか?)

 

 やった事としては、剣を弾いただけ。

 だが、それが彼女の心を燃やしたらしい。

 しかし、これはあまり良い状況ではない。好ましくない状況と言っていいだろう。

 この世界における剣技やら戦い方やらを知りたかっただけが、相手が本気になってしまった。

 おそらく、殺すつもりで剣を振るうだろう。確かな刃を抜くだろう。

 

 小さな溜め息と共に、再び構えを取る。

 防戦を変えるつもりはない。少し面倒になるだろうが、やれるだけやるだけだ。

 

「っ!」

「む」

 

 カァンッ! と、より強い音が鳴り響く。

 剣を伝って奔る衝撃(意思)。彼女の強い心が、それには籠もっていた。

 だが―――知った事かと言う様に、少年は再び弾き返した。

 頭に振るわれた一撃を。/いとも容易く弾く。

 胸に放たれた一突きを。/苦もなく弾く。

 腕に振るわれた一閃を。/事もなげに弾く。

 足に放たれた一薙ぎを。/無情に弾く。

 彼女の想いは、単なる行動。それだけだ。

 気持ちも意思も、知った事ではないのだ。彼にとっては、ただ面倒なだけだった。

 

「くっ、うぅぅ―――」

「……動きが単調になったな。それに、我武者羅に体を動かして息も切れてる。今日はもう終わりにしよう」

「まだ、まだよ! 私はまだ―――」

「激情のままに剣を振れば、何度やろうと同じだ。いつものお前らしからぬ剣筋だ」

 

 ぴしゃりと言い放てば、歯を軋ませる様に噛み締めて俯く。

 ぽた…と、雫が地面に落ちたのが見えた。

 それは汗だったか。それとも―――その悔しさから生まれた涙だったか。

 

「こんなこと、一度も…」

「調子が良かったらしい。奇跡と言っても良いかもしれないな」

「………嘘よ」

「本気を出した。それで納得してくれ」

 

 木剣を放り投げて、疾く失せる。

 この世界の戦い方は、何となく分かった。

 三度目か四度目かの世界にもあった、『魔力』が存在しているのも確認する事が出来た。

 少女にしては力が強かった。おそらくは、魔力による身体能力の強化の類だろう。

 あの歳でそれが出来るのだから、中々強い方なのだろう。

 気にする様な事でもない。そう言えば、それまでだが。 

 

「…違う。絶対に、違う」

 

 彼女には分かる。クレアにこそ分かる。

 アレは、違う。自分の知る彼ではないと。

 あの眼。あの言動。彼の為す事喋る事(こうどう)全てが記憶と一致しない。

 容姿は彼。だが、それ以外は別物だ。

 そう思っているにも関わらず、この魂は彼を彼だと認識している。

 

「……!」

 

 それが、彼女には忌々しくて堪らなかった。

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