休日ということもあって水族館の入口は混んでいる。当日券はコンビニ決済したのでその分並ばなくて良くなったんだが水族館に近づくにつれてホシノの様子がおかしくなった。
「ホシノ……大丈夫?」
「何がですか、私は今一分一秒を無駄にしないようどう回るかのプランを考えています。少し静かにしててください」
「気持ちは分かるけどそのプランは前に会議で出さなかったぁー?」
「はい。ですがその時間割ですとイルカショーとペンギンヨチヨチレースが被ってしまいますし、混雑状況を加味するとジンベエザメを上から見る体験コーナー(300円)も見逃してしまいます」
「な、なるほど」
おかしい。メモロビの時は「すごーい、来られて良かった、また来ようね」みたいに軽く終わった記憶がある。……アビドスメンバー全員絆ストーリー薄かったせいかもしれんが。
「俺は深海コーナーさえ行ければそれで満足だよ」
「それでいいんですか? 深海コーナーなんてどこの水族館にもありますよ?」
こっちの世界にはどこにもねぇーんだよ! キヴォトスの設備や技術の凄さには驚かされてばかりだ。まず現実では1部の鮫(泳ぎ続けなければならない鮫と狭い水槽の水族館の相性)や鯨(クソでけぇ)深海魚(深海を再現できない)等は水族館で飼育出来ない。
だからネットで当たり前のようにチョウチンアンコウが映っていた時コーラを吹き出した。
「逆にイルカショーなんて何処でもやってるだろ」
「いえ、機械や銃に水が掛かるのを嫌がる層が一定数居るため定期的な開催は難しいんです。ペンギンヨチヨチレースも大体似たような理由ですね」
「あーなるほどな」
すぐ後ろを向くとロボットの男性二人が顔をまるバツにして盛り上がっている。色々チグハグ過ぎるなキヴォトス。
「開きました! 行きましょうカイト」
「おいちょ、置いてくな」
花の休日ということもあり人混みは多い。入口が開いてしまえば順番なんぞなんのその、我こそはと割り込みが多発し少しでも気を抜くとホシノを見失いそうだ。
改めてだけどここ日本じゃねぇーな。順番くらい守ってくれよ。
「カイト」
「ん?」
人混みの中小さな掌に掴まれる。意外と強い力に引きずられ思わず転びそうになる。
「ほら行きますよ」
「あ、ああ……」
手ぇ繋いじゃったァァァ!? いやここで変に反応するとホシノ離すよなぁ。やっべ変な笑顔になる。電車内で面白いツイート見た時みたいな顔になっちゃう。
「何してるんですか早くしてください」
「わ、悪い」
カードリーダーにチケットのバーコードを読み込ませ銀色のバーを押す。こういう何気ない仕組みが同じだから日本と勘違いしそうになるよな──
「すっげ……」
「キヴォトス大クジラですね。気性も荒くナワバリ意識も強い鯨ですが幼少期から環境に適応させることで小さな水槽でも長生きすることが判明したみたいです。それでも鯨ですから水槽の大きさは大きいですけどね」
「ちょっと黙っててくれる? 感動してるから」
某エンジニア部の贅肉チアに会ったら同じこと言いそう。
目の前の水槽は映画のスクリーンのような広さを誇り息を飲まざる得ない。雄大な水中を見たことある魚と見たことない魚が優雅に漂っている。
「凄い……まるで生きてるみたいだ」
「生きてるんですよ。ちなみにこの水槽は吹き抜けになっていて地下一階から屋上までの4フロアを跨いでいます。だから東館は他の棟よりレパートリーが少ないんですよね」
「どうせ下からも見たいとか言い出すからいいだろ」
「別にいいじゃ無いですか」
「誰もホシノのこととは言ってないだろ」
そういえばずっと手を繋いだままだな。水槽の綺麗さで忘れてた。
「ホシノそろそろ手を……」
「いいです。カイトは行動が遅いですからこのまま引っ張って行きます」
「おいおい強引だな」
身長差的にもなんか妹みたいだ。興味あるものにズンズン進む妹とそれに付き合わされる兄か。小鳥遊カイトか。悪くないってかむしろいい。逆に進藤ホシノ……は普通だな。小鳥遊の塩コショウ感、なんにでも合うんじゃね? 小鳥遊セリカ、小鳥遊ノノミ、小鳥遊ユメ、小鳥遊シロコ、小鳥遊アヤネ……アビドス全員おじさんの子供に出来るな!
「変なこと考えてると引きちぎりますからね」
「そこは引き連れよ。腕だげ連れて行ってどうすんだ」
人ごみに流されると道が半円柱形になり天井も水槽に包まれる。青の照明が支配するトンネルは熱帯を思わせるような爽やかさを放っている。
「うぉエイだ! 可愛い顔してるー」
「カイトみたいな顔してますね」
「可愛いって言った手前コメントしずらいわ。あ、じゃあアレ。ホシノに似てる」
「私は海藻ですか。今度の訓練であなたを海の藻屑にするのでお揃いですね」
「こえーよ。誰が海藻指さしてソックリなんて言うか。アイツだよあのー」
「アカネハナゴイですね……絶対髪色が同じだからとかそんな理由ですよね」
「ソンナコトナイデスヨ?」
トンネルを抜けると今度は壁にいくつもの窓が現れた。
ウツボやエビ、カニなど海底や岩盤に生息する種がメインらしい。若干暗くなった部屋は心無しか空気が冷たい。それに1つの水槽だけ見ている人の数が多い。パッと見近づきたくない水槽だ。
「なんだろう……このフロア親近感が湧く」
「なんでですか?」
「いや、前の人生では引きこもってばっかりだったし、ほら、あの魚なんてこっちが見つめただけですぐ隠れてったぞ」
指を指した先には子供が水槽を叩く度に何度も岩陰に隠れる魚がいた。地味な色をしているけどなんて魚だろう。食えんのかな。
「そんな風には見えませんが」
「え、ほらアイツ」
「そうじゃなくてカイトがインドア派というのが想像出来ません。私ともユメ先輩ともよく出掛けるしいつもうるさいじゃないですか」
「うるさい=アウトドア派とは限らんくね? でもまぁ言うとしたら高校デビューってやつだよ」
人ごみが少しずつはけていく。見るペースが早いせいで人の群れの最前列まで来たのかもしれない。やっぱ計画見直すべきだよ。
「高校デビュー……」
「そ、せっかく別世界に転校したんだからわざわざ前世引き連れてもしょうがないじゃん」
「ならなんでこのエリアだけそんなに早く歩くんですか」
ホントだ。俺いつの間に早足になってたんだろ。
「わりぃ、なんか見逃した?」
「はい。教室を模した水槽を物凄い速さで通過しました」
「あの悪趣味なやつ?」
「悪趣味?」
「…………ごめん。ちゃんと見に行こう」
踵を返して人集りに戻る。人垣の隙間から見える水槽はトリニティ生の作品らしい。タイトルは模範的教室。
サンゴ礁やイソギンチャクが明るく照らされる下には机やイスなど教室を思わせる飾りが置かれている。
……カクレクマノミが横切った。生徒と思われる何十ものフィギュアを。
吐きそうだ。何が模範的だ。目的も夢も中途半端に与えて風化させてるだけの空間のくせに。
「見たくないんですね」
「分かっちゃう?」
「そんな怖い顔されると魚も逃げますよ。行きましょう」
所変わってレストラン。水族館イチオシのここは入口で見た鯨も入る水槽の2階大部分を占拠している。その理由は食事を楽しみながら水槽で泳ぐ魚を一望出来ることにある。
アビドスから始発で来たためお腹は既にペコペコだ。イルカショーが丁度飯時と被っているのでショーを見ながら食べればいいと考えていたがホシノ曰くこのレストランには絶対に行きたいとのこと。よって早お昼となった。
「さっきの鯨を見ながら食事とは贅沢だな」
「ピークの時間を外しているので空いていましたね。あと1時間もしたらここもイルカショーも満席ですよ」
「計画通りだな。提供される料理が全て魚料理なのは複雑だけど」
「いいじゃないですか。新鮮です」
このカレイもはるばる大海からやってきたのか。申し訳なさが勝っちゃうよ。
「それで、さっきはなんであんな怖い顔してたんですか?」
「それ聞くぅ?」
「師匠に隠し事はダメです」
「そんな法律ありません。告訴」
「アビドスの律法は崩壊気味ですよ」
「渾身のブラックジョークだな」
すぐ真横を魚が泳ぐ。ホオジロザメが俺達の近くばっかり泳ぐのは人懐っこいからだよな、うん。決して海の生物の恨みを込めてるとかそんなわけは無いと思いたい。喉が渇く。
「俺前世で高校留年してたんだ。そんで上手く行けばまた出席足りずに留年するところだった」
「……」
「理由は簡単、クラスに馴染めなかった。別にイジメがあった訳でも無いし友達がいた訳でもない。なんていうかー、ただただ居心地が悪い空間っていうかー、要するに俺が適応出来なかっただけ。はいおしまいおしまい」
美味しー。さっきまで生きてたからか今まで食べた魚料理の中で1番美味しいね。
と、楽しみに取っておいたデザートがフォークに攫われる。
「おいそれ俺の」
「知りません。師匠に隠し事する弟子のデザートは勝手に食べてもいいんです」
「はぁー? 何も隠してねぇーじゃん。何言えばいいんだよ」
「辛かったんじゃないんですか?」
「……」
「私だって変えようとしても変わらない現実にはイライラします。借金やヘルメット団やユメ先輩の絵空事とか」
「本人聞いたら泣いちゃうぞ?」
「とにかく! 辛かった事をなんでもないみたいに振る舞わないでください。痛々しいだけです」
「でも、俺よりも辛い奴はいっぱい居るだろ」
「なんで苦しみを人と比べるんですか。それに16歳で亡くなった人と比べて誰が勝てるんですかバーカ!」
ホシノは一息で言い切るとそのまま俺のデザートを半分食べた。
「あっ! 食べられた……」
「正直にならないならもう半分も食べます」
「……はぁー。辛かったです! 本当はまだまだ前世に未練タラタラです! …………出来ることなら死にたくなかった……これで満ぞふぐぅ」
「よく出来ました」
美味しいけどちょっと痛てーぞ。人に食わせる時にフォークをむりやり口に突っ込むのはアウトよ。
鼻を鳴らして微笑むホシノ。最近よく笑うようになった気がする。
ってあーんじゃん。関節キスじゃん。ホシノスマイルじゃん。やっべ今更になって現状の役得ぶりに気づいてきた。
「何ボケっとしてるんですか? 食べ終わったなら行きますよ」
「う、うん」
コイツ気づいてねーわ。無意識大胆とか心臓に悪すぎる。切り替えよ。
「次はお待ちかねのイルカショーです」
「分かってるよ」
食べ終わった食器をカウンターに運びレストラン入口に居るホシノへ駆け寄ると無言で手を差し出される。
茶化そうかとも思ったが辞めた。今は繋いでいたい。学校に行けず両親にも心配されて引きこもった部屋で話しかけてくれたホシノが隣に居る事実が俺はどうしようもなく嬉しい。
この幸せを噛み締めるように俺は優しい小さな右手を握り返した。
もうすぐイルカショーだ。
恋愛描写とか日常回苦手です。ずっと戦ってたい。