調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

1 / 144



 ミレニアムガクエンの廃校が決まったと聞いてたまらず投稿しました。
 所属していた最後の生徒がミレニアムサイエンススクールに転校して、ついに生徒数が0になったらしいですね。かなしみ。

 三人称習作と思い付きで書いたものなので、続くかは不明。
 もし書くとしたら、ミレニアム周りのお話になると思います。vol.2を中心に書いてる人あんまり見ないし。


プロローグ
調月姉妹のやべー方


 

 

 

 連邦生徒会はその日も、良くも悪くも大変な賑わいを見せていた。

 

 今まで連邦生徒会を、ひいてはここ学園都市キヴォトスを、殆どワンマンで治めていた連邦生徒会長の、突然の失踪。 

 これが、あらゆる破綻の始発点だった。

 

 彼女が全権限を握っていたサンクトゥムタワーはただの大きなコンクリートの塊となり、D.U.地区を中心とする管制は、ほぼ完全に失われた。

 現在は連邦生徒会メンバーたちの奔走によりかろうじて平静を取り繕っている状態で、治安の悪化と事件の増加は留まるところを知らず、もはやキヴォトスは混乱の坩堝。

 外を歩けばチンピラに絡まれスケバンにカツアゲされ、傭兵や企業戦力は我が物顔で道を占拠し、戦車が公道を踏み砕きながら行ったり来たり、そして時々何の突拍子もなくビルが爆発する……と、これらはキヴォトスでは以前から頻発したことではあるが。

 それらに出くわす確率が「3回に1回」から「1回に4回」になったと言えば、この異常性も理解できるだろうか。

 

 現在のキヴォトスは、控えめに言って無法地帯。

 もっと有体に言えば無政府状態、もしくは紛争地帯と言っていい状態にあった。

 

 そうなれば、この学園都市を仕切る連邦生徒会が多忙を極めるのは当然のことで。

 各地で発生する交通機関の乱れやハイジャック、紛争にテロ、暴動ストライキ意味不明な飲食店の爆破や温泉の発掘と……。

 切れ者揃いであるはずの連邦生徒会すら麻痺してしまう量の事件と苦情の情報が、殺到しているのであった。

 

 

 

 しかし、あるいはそんな日々も今日で終わるかもしれない、と。

 そんな思いが、たおやかに黒髪を揺らす少女の気持ちを軽くする。

 

 連邦生徒会の制服に袖を通した彼女の名前は、七神リン。

 肩書は、連邦生徒会主席行政官……そして今は、生徒会長代行。

 つまるところ、失踪した生徒会長から全ての権利と責任を押し付けられ、荒れ狂うキヴォトスを恐らくは誰よりも憂慮している少女だった。

 

「……ふぅ」

 

 彼女を慕ってくれる一部の生徒たちの協力で、最低限必要な業務を回すことこそできているけれど……。

 結局のところ、彼女に可能なのは、それだけ。

 表面上の問題を片付けることはできても、抜本的な解決を図ることができていない。

 

 彼女は今もその身を襲う頭痛を堪えるように頭に手を添え、考える。

 考えてしまう。

 

 自分が、もしも、あの人であれば。

 サンクトゥムタワーの行政執行権限を持ち、常人の何倍もの仕事をこなしながら皆とコミュニケーションを取り、組織を、都市を、世界の全てを、この上なく円滑に経営できていたあの人ならば。

 

 ……きっと、大人の手を借りずに、生徒の手だけでもやっていけたのだろう。

 

 けれど、恐らくは自分がそうできないとわかっていたからこそ、連邦生徒会長はあの人を遣わせたのだろうとも思った。

 あの人は、先見の明と言うか、不思議と未来を見通すようなところがありましたし……と。

 

 彼女がそんなことを考えながら足早に向かう先。

 連邦生徒会本部のロビーには、1人の大人が待っているはずだった。

 

 この学園都市、キヴォトスの外からやって来たという大人。

 連邦生徒会長が……決して大人の手を頼らなかったあの人が、唯一、信任した人間。

 

 今日付けで、独立連邦捜査部シャーレの顧問になる、「先生」。

 

 

 

 リンにとって、彼の第一印象は、「よくわからない人」だった。

 

 企業の人間のように、欲に満ちた視線を繕うように笑うわけでもない。

 地元の住人のように、素朴にわかりやすく、しっかりと笑うわけでもない。

 

 ただ、どこか落ち着くような、というか気の抜けるような、独特な笑顔を浮かべる人だった。

 

 受け入れる体勢を整える前にいくらか話をしたが、少なくとも自分が今までに話したことのない、少なからず特殊な人間であったと、リンは感じた。

 まぁ、あの連邦生徒会長が選んだ大人なのだから、特殊な人材であるのは当然と言えば当然かもしれないけれど。

 

「……いえ、そちらはどうでもいいですね」

 

 その人柄はとにかくとして、彼ならば、このキヴォトスの混乱を鎮めることができる。

 今重要なのは、そこだった。

 

 リンも詳しく知っているわけではないが、あの人の言葉が正しいのなら、「先生」はサンクトゥムタワーの行政執行権限を強制的に移行する権利に類する何かを持っているはず。

 この建物が本来の機能を発揮すれば、連邦生徒会はある程度のパフォーマンスを取り戻す。

 勿論、連邦生徒会長という最も大きなマンパワーが失われた以上、完全に連邦生徒会が復旧するわけではない。

 けれど、少なくともこれ以上治安が悪化することはないでしょう、と。

 

 リンは1つ頷き、これからの方針を決定する。

 

 この際、先生の人柄は問いません。

 最悪、一時的にでも協力を仰げさえれば、それ以上のことを求めはしない。

 早急に事情を説明し、協力を求めなくては……。

 

 

 

 そう、扉を押し開けながら自らの責務を再認し、眼鏡の奥で目を細める少女の視線の先で……。

 

「……え?」

 

 件の先生は、ぐーすかぴーと、椅子の上で船を漕いでいた。

 軽くうたたねしていたとかではなく、声をかけてもなかなか起きもない、割と深めな爆睡だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 少しばかりこの大人のことを不安に思ったリンではあったが、目を覚ました先生と話している内に、彼が良識を持った大人であるということは理解できた。

 

 キヴォトスの外から来たらしい彼にとって、学園都市の中心部であるここまでは、かなり長い旅路だっただろう。その疲れが出たのかもしれないと推察する。

 

 本来は、一度落ち着いてから話をしたいところではあるが……。

 しかし、彼には至急やってもらわねばならないことがある。

 リンとしては少し申し訳なくも思うが、休むのはその後にしてもらわねばなるまい。

 

 とにかく、まずは落ち着いて今のキヴォトスの状況を説明しなくてはならない。

 レセプションルーム(会議室)で腰を据えてお話を、と。

 

 部屋のドアを押し開けた彼女の目論見は……。

 残念ながら、儚くも潰えてしまう。

 

 

 

 

 誰もいないはずのレセプションルームから話し声が聞こえ、嫌な予感を覚えてはいたが……。

 それが見事に命中してしまったことに、彼女は思わず目を背け、ため息を吐く。

 

 室内には、恐らく連邦生徒会の誰かにここで待つよう指示されたのだろう4人の生徒がおり、やってきた彼女と先生の方に視線を向けていた。

 

「ちょっと待って! 代行! 見つけた、見つけたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!

 ……うん? 隣の大人は?」

 

 青ばんだ紫の髪をツインテールに結ぶ少女。

 ミレニアムサイエンススクールのセミナー(生徒会)、会計担当の早瀬ユウカ。

 

「主席行政官。お待ちしておりました」

 

 美しい黒髪ととても大柄な体格が特徴的な少女。

 トリニティ総合学園の正義実現委員会(治安維持組織)、副委員長の羽川ハスミ。

 

「…………」

 

 そして、声は挙げなかったが、じっとリンの方に視線を向ける銀髪の少女。

 同じくトリニティ総合学園の非公認の部活、トリニティ自警団所属の守月スズミ。

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

 ベージュの髪に黒のカチューシャを付けた、眼鏡の少女。

 ゲヘナ学園の風紀委員会所属、火宮チナツ。

 

 ……見事なくらいに真面目で真っすぐな、酷く悪し様に言えば、クレーマー気質な4人だった。

 

 

 

「面倒な人たちに掴まってしまいましたね」

 

 先生に小声でそう言った後、リンは3人に向き合い、少しばかり──リンの価値観からして「少しばかり」なので、他者から見るとかなり──冷ややかな目線を向ける。

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。

 こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。

 今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」

 

 そう言うや否や、彼女たちはそれぞれの主張を始める。

 

「そこまで分かってるなら何とかしないさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!?

 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したという情報もありました」

「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。

 治安の維持が難しくなっています」

「戦車やヘリコプターなど、出所のわからない武器の不法流通も2000%増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」

 

 それらの苦情に対して、リンは……。

 

「…………」

 

 ただ、黙り込むことしかできない。

 

 それらは確かに、連邦生徒会が対処すべき問題だった。

 しかし、連邦生徒会長が失踪し、サンクトゥムタワーが沈黙している今、それらを全て解決するには圧倒的にマンパワーが不足している。

 

 連邦生徒会長の存在は、キヴォトスに生きる者たちにとって、それだけ大きかったのである。

 物理的にも……そして、精神的にも。

 

 彼女の存在こそが、キヴォトスの何よりの鎮静剤だった。

 故にキヴォトスの治安が本格的に崩壊してしまわないよう、連邦生徒会長の失踪は極秘とされている。

 

 そして同時、だからこそ、単純な連邦生徒会の怠慢であるとして、このように苦情が絶えないというわけだが。

 

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」

「……ふぅ」

 

 不満げなユウカの言葉に、リンはため息1つ……。

 

 

 

「連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

 

 

 

 真実を、ぶっちゃけた。

 

 これ以上、連邦生徒会長の不在を隠し切ることは困難。

 そして何より、どうやらこちらに協力的らしい先生がサンクトゥムタワーの管制制御を行えるのならば、これ以上隠す意味は薄い。

 そういう判断だった。

 

 そしてそれは、リンにとっては何週間も前に受け入れた事実ではあるが、当然ながらユウカたちにとっては寝耳に水な話だったのだろう。

 

「……え!?」

「……!!」

「やはりあの噂は……」

 

 三大学園に所属する彼女たちは、それぞれの反応を見せた。

 ユウカは、素直な驚きと困惑。

 チナツは、衝撃と事の重大性の理解。

 そしてハスミは、あるいはどこかからその情報を聞いていたのか、むしろ納得の表情を浮かべている。

 

 

 

 多少なりとも話はできるくらいに落ち着いたかと、リンは改めて話を続ける。

 1つ1つの問題への場当たり的な対処ではなく、抜本的な問題解決のための話を。

 

「結論から言うと、『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。

 認証を迂回できる方法を探していましたが……先程まで、そのような方法はみつかっていませんでした」

「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」

 

 動揺からいち早く立ち直った、ハスミの発言。

 願ってもないレスポンスに内心で感謝しながら、リンは頷く。

 

「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

 

 横にいる先生を指し示すと、生徒たちの間に動揺が広がった。

 

“私が?”

 

 ついでに、先生も動揺していた。

 

 今は演技でもいいのでしっかりして欲しかったと、内心で勝手なことを思いながらも、リンは頷いた。

 

 ……とは言っても、先生が管制制御権を取り戻すその手段に関して、リンは詳しく知っているわけではなかった。

 ただ、シャーレの地下に保管されている「ある物」を先生に渡せば、それで制御権を回復できるのだと、連邦生徒会長から聞いているばかりだ。

 

 そこを突っ込まれると、少し弱かったが……。

 素直なユウカは、目の前にぶら下がったもっと大きな疑問に食いついてくれた。

 

 

 

「ちょっと待って! そういえば、この先生はいったいどなた? どうしてここにいるの?」

「こちらの先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」

 

 困ったように眉を八の字に寄せるユウカだったが……。

 

 彼女は、まだ知らない。

 

 直後に、もっと状況をこんがらせる、面倒な事態が発生することを。

 しかもそれが、割と彼女の身内に近い位置にいる、あの兎のような後輩と並ぶような超の付く問題児によるものだということを。

 

 

 

 先生が、一歩前に出て、生徒たちの顔を1人ずつ見回した後、落ち着いた様子で自己紹介を始める。

 

“みんな、これからよろしく。私は……”

 

 ……しかし。

 その自己紹介が、それ以上進むことはなかった。

 

 彼の言葉よりも前にその場にいた全員の耳に……。

 

 

 

 ガシャンッ、と。

 

 大きく耳障りな、ガラスの破砕音が響いたからだ。

 

 

 

 キヴォトスにおいて、他者からの攻撃や集団による襲撃は日常茶飯事。

 故に、その場にいた皆──まだポカンとするばかりの先生を除く──は、示し合わせるまでもなく携帯していた銃を手に取り、音源に対して向けるが……。

 

 果たして。

 サンクトゥムタワーの22階、地上からの高さおおよそ160メートルにある、このレセプションルームの窓を割ったのは……。

 

 高所からの狙撃でもなく。

 戦闘ヘリの機銃掃射でもなく。

 勿論、暴走したAIに操られた巨大な機械であろうはずもなく。

 

 

 

 それはただの、1人の少女だった。

 

 

 

「ま、間に合った!? 間に合ったかな!? ここ22階だよね、レセプションルームってここで合ってるよね!?」

 

 一応防弾であるはずの強化ガラスをその身だけで突き破っておきながら出血の1つもなく、それどころか打撲や痣の後すらもなく。

 当然のような顔をして、とんでもないところから転がり込んできた少女は、慌てた様子で周りを見回している。

 

 ハスミのそれよりもなお深い、闇そのもののような黒髪は、肩の辺りでバッサリと切られ。

 怜悧に整った顔貌を、しかし旺盛な好奇心を思わせる柔らかな表情で彩って。

 その青く爛々と輝く瞳は、黒と青で彩られるヘイローを揺らしながら、きょろきょろと誰かを探すように右往左往して。

 ……ついでに、高い身長に合わせたようなサイズ感の胸は、ミレニアムサイエンススクールの制服であるセーターに強く締め付けられて尚、ふるふると揺れていた。

 

 

 

 そんな闖入者を見て、彼女の正体を悟ったのは2人。

 連邦生徒会として、各学校の「問題児」を知っていたリンは、これまで以上に面倒な、当然招いたわけもない客の登場に露骨に頭を抱え。

 そして、普段から彼女と親交のあったユウカは、悲鳴と呼んでいい声を上げた。

 

「ちょっ、オリ!?」

「あ、ユウカ! ハロー! どしたのそんな驚いた顔して?」

「ビルの22階の窓からいきなり入って来る友人を見たら驚くのは当然でしょう!! なんてところから入って来てるんですか!?」

「いやぁ、ホラ私、前に座り込みして以来サンクトゥムタワー出禁になっちゃってさ、玄関からは入れてもらえないんだよ。

 でも今日ばかりはちょっと用があってさ、そろそろかなーって思ってビルよじ登って……お!!」

 

 そこで彼女は言葉を止め、動かしていた視線を一点に止める。

 その青い瞳が向けられた先は、きょとんとその目を丸くしている、先生とよばれる男性だった。

 

 

 

「……先生っ!!」

 

 オリと呼ばれた少女の、ただでさえ明るかった声は、更に喜色に染まる。

 そして彼女は、誰かが止めるよりも早くたたたっと先生の方に駆け寄って、がばっとその腕に抱き着いた。

 

「先生、先生! ね、先生でしょうあなた! すっごいイメージ通りだし!」

“うん。そうだけど……君は?”

 

 唐突なボディタッチに戸惑うこともなく、先生は彼女に正体を問う。

 すると彼女は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに数歩身を引き、割れたガラスと金具の破片の中で、その大きな胸に手を当てて、答えた。

 

「私の名前は……あ、ええと、ミレニアム学園、調月オリ! 先生の噂を聞きつけてここまで来ました!」

 

 大人びた容姿にそぐわぬ子供のような態度に、先生は”……そっか、よろしくね”とだけ返すのだった。

 

 

 

 その後。

 

「だからミレニアム学園じゃなくてミレニアムサイエンススクール!! なんで3年生にもなって間違えるんですか!?

 というか、出入り禁止になってるんなら素直に諦めてください! この窓と壁の修繕費、最終的にはミレニアムが持つことになるんですよ!?」

「ひぃん……許して、大魔王ユウカ……」

「誰が大魔王ですって!?」

「ユウカ」

「聞き直してるんじゃなくて謝らせようとして強調してるんですよ察してくださいそれくらいは!!」

「察した上でとぼけてるんだよ? それくらいは察しようよユウカ」

「会長に言いつけますよッ!!」

「すみませんでした……」

 

 ユウカに先生から引き剥がされ、正座させられてガミガミと叱られ、涙目になっている大きな子供を見ながら、先生はリンの耳打ちを聞いた。

 

「ミレニアムサイエンススクールの誇る問題児です。あまり関わり合いにならない方がいいでしょう」

“そんなわけにはいかないよ。彼女も私の生徒だし”

「……まぁ、どのように生徒と関わるかは、先生に一任しますが」

 

 即答した先生に、リンは眉をひそめて「おすすめしませんよ」と改めて呟く。

 

 各学校から人員を自由に引き抜けるとはいえ、キヴォトスの治安と平和を維持する連邦生徒会としては、あまり先生に彼女と関わってほしくはなかったが……。

 それを求めるのは、リンという立場をしても越権行為にあたる。

 

 なので彼女はひとまず、何が何やらわからず未だに銃を手から離さない他学園の3人に対して言う。

 

「彼女は……まぁ、今回は明確な敵ではないようですね。今はゲストとしておきましょう。招かれざる客という意味では、皆さんと同じですし」

 

 勿論、そこで向けられる「コイツと一緒にするな」という不満げな視線は黙殺する。

 この程度の圧を受け流せないようならば、リンはとっくに心身を壊してしまっていただろう。

 

 

 

「そろそろ本題に戻りましょうか。……あなたもそれで構いませんね?」

 

 向けられた視線に、オリは「勿論!」と元気よく返答。

 反省もしていなければ後悔もしていなそうな、良く言えば天真爛漫な、悪く言えばゲヘナチックな様子に眉間のしわを濃くしながら、リンは話を戻すことにした。

 

「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました。

 連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。

 連邦組織のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを制限なく加入させることすら可能で、各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」

 

 この学園都市において、学園自治区は一種の国家のような体を成している。

 今はもう積極的な勢力争いをすることこそないが、今でもトリニティ総合学園とゲヘナ学園は険悪であったり、ミレニアムサイエンススクールは技術的に他を大きくリードしていたりする辺り、やはりそれぞれの自治区での関係性や特色は存在する。

 

 そんな中で、あらゆる自治区から自由に戦力の収集が可能であり、なおかつ各自治区での制約のない戦闘行動が許される。

 それは、シャーレが極めて強い特権を持つことを意味していた。

 

「何故これだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……それはともかく。

 シャーレの部室はここから約30km離れたD.U.外郭地区にあります。

 今は殆ど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます。

 先生を、そこにお連れしなければなりません」

 

 先生の手に「アレ」が渡りさえすれば、サンクトゥムタワーの行政執行権は回復する。

 そうすれば、各学園自治区で頻発する問題は、少なくともその頻度を大幅に落とすはずだ、と……。

 

 その説明をしていないことに気付かないまま、リンはこれからの目的だけを告げ、善は急げと言わんばかりに連邦生徒会交通室室長、由良木モモカに連絡を取った。

 勿論、各学園たちの生徒は若干1名を除いて「私たちの要求無視されてる?」とやや険悪な雰囲気を漂わせ始め、先生はどうしたものかと頭を捻っていたが、今のリンにはそれを見て取る余裕がなかった。

 

 ……この後、彼女の余裕は、更になくなるのだが。

 

 

 

「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

 

 この場にいる者たちへの体外的なものとは違う、多少なりとも気心の知れた相手への気軽な要請。

 しかし残念ながら、彼女のスマホから投射された映像に映るモモカが告げたのは、快諾ではなく、ありふれたトラブルの発生であった。

 

『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』

「大騒ぎ……?」

『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ?』

「……うん?」

『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れて来たみたいだよ?

 それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。

 ……まるで、そこに何か大事なものでもあるみたいな動きだけど?』

「…………」

『まあでも、もうとっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……。

 あっ先輩! お昼ご飯のデリバリーが来たから、また連絡するね!』

 

 トラブルの発生と、連邦生徒会長から預かった荷物の危機、ついでに同僚の怠慢を知らされたリンの目が、少しずつ曇っていく。

 

「…………!」

 

 そして、この場にいるただ1人だけが、こうして追い詰められた時の七神リンがどういった行動に出るかを理解していた。

 ……ただし、予想される未来に対して彼女が抱くのは、大きな期待と抑えきれない興奮だったのだが。

 

 

 

「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」

「な、何? どうして私たちを見つめてるの?」

 

 一拍遅れて身の危険を感じたか、ユウカがその真意を問い質そうとするが……。

 時既に遅し。

 

 これまでの業務に次ぐ業務による過労、自分勝手な生徒たちから受ける謂れのない誹謗中傷、自分の能力が足りないが故にこうなるのだという自責。

 更にその上、これでようやく事業が真っ当に回り出すと安堵した直後に、それをぶち壊さんとするテロリストの出現。

 七神リンの精神は、この時既に限界を迎えていたのだ。

 

 故に、この時の彼女の心理状態を形容するとすれば、この言葉が適切だろう。

 

 まあ、こうなったからには……私だけというのもなんなので。

 ……全員で地獄に行きますよ、と。

 

 要するに、ヤケクソである。

 

 

 

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです。

 キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です」

 

 七神リンは、見る者が見れば背筋を凍らせる笑顔のまま、言い放つ。

 そして、キロリとその視線を巡らせた。

 

「……特にそこの、未だに無意味に正座をしているあなた」

「私?」

 

 きょとんとした顔で自分の顔を指し示すオリに、リンはキレ気味に笑いかけた。

 

「ええ、あなたです。3週間前にキヴォトスの行政と管制を司るサンクトゥムタワーの目の前で、『支給されるプリンを2つも増やしちゃわないと今日は……帰りたくないの♡』などという狂った言い分で40時間の座り込みを決行する程に暇を持て余し、そしてヴァルキューレ警察学校の精鋭を以てしても排除できない程の無駄に高い単体戦力を持つあなた。

 あのビッグシスターの双子の自称姉、調月オリさん。……先生のシャーレ着任のために、あなたの力が必要です」

 

 それは決して、平らな言葉ではなかった。

 むしろ極めて強い侮蔑と罵倒を含む、怒りに満ちたものだ。

 

 もはや相手を挑発するような言い草に、ユウカは思わず「いくら何でも言い過ぎ……ではないけど若干言い方が酷い」と眉根を寄せたのだが……。

 

 当のオリはむしろ、ぱっと表情を明るくした。

 

「あー、なるほど! さっき言ってた暴動とか不良とか巡航戦車とか脱走した囚人をぶっ飛ばして、先生を無事にエスコートしろってことね!

 了解りょうかーい!! 先生のためだもん、私頑張っちゃうよ~!」

 

 相手の嘲弄に気付いていないのかそこには触れず、彼女は笑顔で頷いた。

 

 

 

 すくっと正座した状態から立ち上がり、ぐりんぐりんと腕を回す少女、調月オリ。

 

 彼女は、彼女自身を差すあだ名を、いくつも持っている。

 気まぐれな暴力の化身。極まった不条理。下水道で蠢くミュータントラット。浄化槽に人が浮かんでたらコイツの仕業。

 あるいは、もっと単純に……。

 

 

 

 調月姉妹のやべー方。

 

 

 

 ……とはいえ、彼女の妹もまた、同じように呼ばれているのだが。

 

 

 







 オリ主だからオリ! うーん安直!
 次回以降はオリちゃん中心の視点になります。多分。

 リオとほぼ同じ見た目の子がめちゃくちゃ明るく振舞ったり、すんごいくっ付いてきたら、脳がバグりそうでいいよね……。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。