「なっ、貴様らゲヘナのっ!? 後方部隊に連絡しろ、接敵──」
「遅い」
D.U.自治区に、銃弾が乱れ飛ぶ。
サンクトゥムタワーを守るように警備を敷く、カイザーPMCの兵士たち。
それに対し、凄まじい勢いで銃弾と空薬莢をバラ撒くのは、ゲヘナ風紀委員長のヒナ、そして彼女に追従する風紀委員の生徒たち。
少数の銃撃による点ではなく、圧倒的な数による面の攻撃。
マシンガンを持つヒナを筆頭とした、弾幕を張ることよる制圧射撃だ。
キヴォトスにおいて、銃弾の一発一発は、致命的な威力にならない。
しかし、致命傷にはならずとも痛みは思考を乱し、衝撃は体勢を崩す。
この数の攻撃に当たり続ければ、攻撃も退避もできなくなってしまう。
ある意味では、調月オリがやっていたものと同じ。
相手から抵抗の手段を奪い去って圧倒する、本来ならば個人ではなく集団での戦闘法である。
空崎ヒナは、個対個の戦いにおいては、キヴォトスで最強とは言えないだろう。
特に、オリやホシノのような手合いに対して、その身体能力を比べる真正面からの戦闘をすれば……勿論、精神的な欠陥や動揺、初見殺しなどの条件を考えても、彼女は必ずしも勝利を収められはしない。
……けれど、そもそも、空崎ヒナの真価はそこにはないのだ。
「弾幕を展開し続けて、前進。このままE2地区を制圧し、先に進む」
動揺もなく、興奮もない、いつも通り冷静沈着なヒナの言葉に、十全以上の訓練を積んで来た風紀委員会の生徒たちは完璧に応えた。
一糸乱れぬとは言えずとも、おおよそ射撃が途絶えることのない交代制の射撃で、堅実かつ的確に安全を確保しながら、カイザーの警備を崩していく。
ヒナの主戦場は、個対個ではなく、軍対個、あるいは軍対軍の戦い。
毎日のように訓練を共にしている風紀委員の生徒たちを率いての戦いこそが、彼女の本来の在り方であり、強みである。
こと軍を率いての戦いにおいては、彼女は間違いなく、キヴォトス最強だった。
その凄まじい勢いの攻勢を受け、カイザーPMCは障害物の陰に隠れることで難を逃れようとするが……。
“シータ部隊、射撃開始”
まるでそうなることがわかっていたように、回り込んでいた生徒たちの狙撃によって、一人、また一人と排除されていく。
この作戦に指揮官として参加しているのは、ヒナだけではない。
シャーレの先生もまた、後衛で部隊に守られる形で、彼女たちに追従していた。
“ヒナ、少しペースを上げて大丈夫。この地区に残った敵は5。いずれも1時の方向で遮蔽裏”
「了解。総員、ペースを上げていく。付いてきて」
先生がシッテムの箱によって、周辺の索敵を行い。
ヒナが大部隊を率いて正面から敵部隊を相手し、半ば強引に地区を制圧。
集団を離れた残敵を、先生が率いる少数の別動隊が処理、という布陣。
カイザー側も懸命な抵抗を見せてはいるものの……。
まるで空から俯瞰的に見下ろしてでもいるような索敵と、先生の指揮によって更に練度の上がった風紀委員たちの正攻法を前に、抵抗のしようもなく力負けしている、というのが現状だった。
せめてタワーを挟んだ向こう側、東から増援を招くことができれば良かったのだが……。
そちらもそちらで、ミレニアムから送られてきたアバンギャルド君率いる大量の戦闘ドローンが暴れ回り、カイザーPMCを蹴散らしている。
西からはゲヘナ風紀委員、東からはミレニアムのドローン群。
徹底的な情報封鎖にも関わらず行われた、あまりにも早い対応と派兵。
これに対し、カイザーは対応し切れず、戦線の大きな後退を強いられている。
「くそっ、こんなに早く三大校の内二校が攻撃してくるだと!?
話が違い過ぎるぞ、情報封鎖はどうした! ともかく、ジェネラルに連絡を……!」
カイザーの兵の中には、後方にいる自分たちの司令塔へ情報を共有、及び今後の行動方針を求めようと、方々に散って逃げようとする者たちもいたが……。
「ジェネラル、ジェネラル! こちらチャーリー4! E2地区、失陥しました! ゲヘナの風紀委員が……。
っ、何、馬鹿な、通信妨害!? D.U.の通信網はこちらで掌握しているはずだぞ!?」
彼のインカムに響くのは、荒々しく吹き荒れるノイズ音のみ。
苛立ちと共に吐き捨てた彼は、しかし直後……。
「ここまでだ、反社共!!」
スナイパーライフルの弾丸がその頭を捉え、昏倒。
その場で倒れ伏したカイザーを踏みつけ、その耳からインカムを奪ったのは、ゲヘナ風紀委員の切り込み隊長、銀鏡イオリだった。
「……うん、本当に通信が遮断されてるっぽいね。
先生、聞こえる? こちらイオリ、逃亡者の処理終了。ミレニアムの通信妨害はきちんと機能してるみたい」
“ありがとう、イオリ。……流石リオだね”
ミレニアムのビッグシスター、調月リオ。
彼女の抜きんでた技術からすれば、一企業の情報操作能力など、大した障害にもならない。
むしろさかしまに、彼らが使っている通信回線に傍受した上で、電子攻撃を行う余裕まである。
D.U.外部に情報を漏らさないよう情報封鎖していたカイザーは、いつの間にか、むしろ彼らの方が封じ込められつつあった。
* * *
“状況終了。敵影、付近になし”
「了解、次の区域に進む。総員警戒態勢を維持しつつ、前衛は中衛と交代して後方に回って」
先生の言葉を受け、ヒナは進軍を開始する。
目標のサンクトゥムタワーのある位置は、D.U.地区の中央。
それに向けて、ヒナたちは現在、おおよそ地区の半分を踏破したところだ。
作戦開始から、おおよそ30分前後。
まさしく電撃戦の名の通り、軍としての動きにはしては非常に早い展開を見せている。
この作戦の要は、スピード。
カイザーがサンクトゥムタワーを掌握し切り、このキヴォトスの制御権を握るまで、どれだけの時間がかかるかはわからない。
それを防ぐためにも、そして今回の件を「政権転覆を狙う逆賊の反乱未遂」として収めるためにも、スピーディな解決が望ましい。
だからこそ、部隊を率いるヒナと先生は、可能な限り最速で進攻していたのだが……。
スムーズに事を進められている理由は、彼女たちの方針だけではない。
カイザーの警備が、ゲヘナの情報部が想定していたより、だいぶ甘かったことも挙げられるだろう。
リオの調査によると、このD.U.地区各地で、市民やスケバンがカイザーの支配に反抗して小競り合いを起こしているらしい。
外の世界のそれとは比べ物にならない治安の悪さが、今この瞬間は良い方に作用していた。
カイザーとしても、住民たちが暴れ回り、本格的に反抗されたりすれば困る。
事態収拾のため、警備の一部をそちらに回さざるを得ない状況だ。
『先生、聞こえるかしら。
情報共有よ、南部区域で発生していた戦闘が、カイザーの手勢を押し込む形で西部へともつれこんでいる。
そちらの進路とぶつかる可能性が高いわ。警戒して頂戴』
先生のインカムに飛び込んで来た、オリとよく似た……いいや、声自体は全く同じではあるが、彼女のそれよりも怜悧で感情を感じさせない言葉。
リオからの通信に、先生は頷いて答えた。
“了解、情報共有ありがとう”
“……ヒナ、反抗勢力とカイザーの戦闘が、こちらの進路とぶつかる可能性が高いらしい”
“こちらからも挟み撃ちして、民間人の救助と安全確保をしたいと思うけど……”
「わかった。風紀委員、速度を上げるわ、付いてきて」
そうして、先生とゲヘナの一団は、リオが指定した位置へと急ぎ……。
そこで。
「Rabbit2、前へ。このままRabbit4の射程範囲へ押し込んでください」
「銃を奪い、身体検査した後拘束しろ! 市民を人質に取られる、なんてミスを許すなよ!」
カイザーの一団と交戦する、見覚えのある生徒たちと邂逅した。
“Rabbit小隊と……カンナ!”
「先生! ……ご無事でしたか、何よりです」
「っ! ……ふう、シャーレに伺った際にはもぬけの殻でしたので、心配しておりましたが……最悪の事態は避けられましたか」
元SRT小隊、月雪ミヤコ率いるRabbit小隊。
そして……少し前の事件で彼女たちと対立していた、ヴァルキューレ警察学校の公安局局長、尾刃カンナ率いるヴァルキューレ生たちだった。
「なるほど……それでは、先生はゲヘナ風紀委員からこの状況を聞き、駆け付けてくださった、と。
治安維持のためにご協力いただけること、感謝します」
カイザーの兵を片付けた後。
Rabbit小隊の小隊長であるミヤコは、周辺の警戒を続けながらも、先生の声にぺこりと頭を下げた。
“それが私の役目だからね。それで、Rabbit小隊のみんなと、カンナたちは……”
「私たちの方は……突然、カイザーが公園にやって来て、立ち退き要求をしてきまして。
ヴァルキューレや連邦生徒会が言うのならともかく、カイザーが言ってくるのはおかしいと話を聞いてみれば、『D.U.自治区は自分たちが掌握した』、と。
勿論、一企業が行政区画を占拠することは到底許されません。市民の方々へ脅迫をしている場面も目撃しましたので、SRTとして治安維持のために作戦行動を開始しました」
ミヤコの答えに、カンナが苦々しい言葉を投げる。
「……まぁ、不法な占拠という意味では、あの公園に滞在するお前たちも変わらないが……。
お前たちとカイザーとで明確に違うのは、市民への対処だ。
お前たちは、少なくとも市民に対して、好意的に接している。力はあっても市民を威圧することはない。
一方でカイザーは、市民の生活を著しく乱し、その行動に制限をかけようとしている」
カンナは自らの耳を垂らし、俯いて言葉を続けた。
「……我々ヴァルキューレ警察学校の生徒の役割は、市民の方々の平穏な生活を守ること。
私はそのために、独断で出動した形になります。……上からは、状況を整理するからと、待機を命じられていたのですが」
「はぁ、これだからヴァルキューレは……そんな後手後手のお役所仕事で治安なんて守れると思ってるのか?」
「Rabbit2、作戦中です。私語は慎んでください」
先日の対立のこともあり、Rabbit小隊の空井サキは、呆れたように吐き捨てるが……。
それに対し、カンナは……まぶたを閉じて、非難を受け入れる。
「……いや、正論だ。私も、今は待機などしている暇はないと判断したからこそ、独断で出動した」
「あたしたちはそんな姉御に勝手に付いて来た形っすね。いやぁ、あたしたち可愛い部下をおいて一人で行こうとするなんて、水臭いっすよねぇ~?」
雰囲気を取りなすように、カンナの部下らしいヴァルキューレ生が茶化す。
カンナはすぐにキッと彼女を睨み、その口を閉じさせた。
「コノカ、お前も私語を慎め。
……その後、元SRTと遭遇し、互いの意思を確認した後、協力を開始しました。
何はともあれ、この状況を打破しない限り、市民の方々の安全は確保しないでしょうから」
“なるほど……”
あの事件では対立していた、元SRTとヴァルキューレ。
けれど今、彼女たちは、市民の安全を守るという意志の元、手を取り合っている。
それを嬉しく思いながら、先生は提案する。
“ヒナ。彼女たちとも協力していいかな”
“彼女たちはきっと力になってくれるよ”
けれど、快く受け入れようとする先生とはさかしまに、ヒナはその眉を寄せた。
「ヴァルキューレ。あなたたちは、何を考えているの?」
ヒナが口に出したのは、疑念に満ちた言葉。
ゲヘナは既に、カイザーとヴァルキューレと繋がっていることを、裏取りまで含めて把握している。
だからこそ、彼女たちが獅子身中の虫になることを警戒しての疑問だったが……。
『……「私」はただ、ヴァルキューレ警察学校の生徒として、本来すべきことをしている、つもりだ』
カンナは、苦々しく、そう答えるばかりだった。
けれど……その中に含まれた、自分の立場と感情のギャップへの苦悩。
それを感じ取った先生は、ヒナに取りなす。
“ヒナ、『カンナを』、そしてカンナに付いて来た生徒たちを信じてあげてほしい”
“大丈夫、カンナは……すごく真面目な、良い子だから”
その言葉に、ヒナもまた、風紀委員長という立場と己の良心の間で揺れ……。
“『シャーレの先生』として、彼女の意志を保証するよ”
その言葉を受け……決心したように、頷いた。
「……わかった。風紀委員の部隊編成を乱されるのは困るけど、共闘する形なら構わない。
ポイントマンもいるのなら、むしろ好ましいわ」
“ありがとう”
“ということで、Rabbit小隊、ヴァルキューレ公安局のみんな”
“これから、サンクトゥムタワーを奪還する。手伝ってほしい”
先生の言葉に、生徒たちはこくりと頷いた。
「はい。Rabbit小隊はこれより、一時的に先生の指揮下に入ります」
「公安局、了解しました。市民の安全確保、支援射撃はこちらにお任せを」
ジェネラル「なんでこんなことになってるの;;」
オリ「なんでやろなぁ^^」