調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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破綻した物語

 

 

 

 キヴォトス某所、ゲマトリアの会議所。

 5つの席の内2つを空席としたそこに、今は黒服とマエストロ、そしてデカルコマニーのみが着いている。

 

 同志であったベアトリーチェは大人としての弁えを失い発狂、如何に本人にそのつもりがなくともゲマトリアと敵対を宣言したために、ゴルコンダの作り上げた「作品」によってこの世界より除去され。

 もう一人の女性メンバーたるオリヒメは、「少々すべきことがありますので、中座させていただきます。私にとっては、本質的にこの会話は意味を持ちませんし」と言って会議室を去った。

 

 そして、残されたメンバーが話しているのは……。

 やはり、目下の問題となる色彩のことであった。

 

「……では、現在キヴォトス各地で観測される、6つの超高濃度エネルギー。

 アレは、『色彩』であると?」

「不明、というのが答えになるでしょう。

 オリヒメ曰く、『「色彩」による力によって掌握された恐怖の複製』とのことでしたが……実際に私が観測したわけではありませんので。

 カイザーが独断で動いた以上、私の手勢を伸ばすことが難しくなりました。把握には今しばらくの時間を要するでしょう」

 

 

 

 マエストロの疑問に答えた黒服は、改めて確認するように続ける。

 

「本来、不可思議は私の興味の対象ではありません。

 ですが、『箱舟』まで観測された今、話は変わってきます。我々は古代に喪われたソレを知ることができるのですから」

 

 船。

 水の上を渡るもの。

 本来人の手の届かぬ領域へと、その身を届けるもの。

 あるいは……人を死に追いやる水からその身を守り、保存するもの。

 

 それらはとうの昔に喪われ、もはや二度と観測できないかと思われていたが……。

 その手段が、今、顕在化しつある。

 

 それによって得られる利益を思ってか、興奮冷めやらぬという様子の黒服に、ゴルコンダが疑問を呈する。

 

「……アビドス砂漠地下のオーパーツを、カイザーの手に渡してしまってもいいのでしょうか?」

「ええ、そちらはあまり心配せずとも良いでしょう。

 なにせプレジデントは、どんな手を使ったところでアレを制御できない。

 現在あの不可思議な『箱』を所有する先生ではなく、また奇跡を起こし得る神秘を持つ子供でもない、現実を生きるただの大人に過ぎない彼は……アレの中に入ることすらできないでしょう」

 

 箱舟は、神秘を保存し記録する。

 逆に言えば、神秘を持たぬ者を必要としない。

 

 仮にサンクトゥムタワーを掌握できたとして、カイザーは根底からして、あの箱舟に乗り込む権利を持っていないのだ。

 であれば、一時預ける程度、何の問題にもならない。

 

「……更に言えば、そちらは『箱舟』ではありません。むしろそれに反するものです。

 価値を持たないわけではありませんが……端的に言えば、我々の本義から離れる。

 興味を持つべき対象、事項ではなくなりました」

「ふむ……なるほど」

 

 

 

 ゴルコンダが納得の様子を見せ、黒服は改めて頷いた。

 

「我々は、我々の計画を進めましょう。

 即ち……それぞれの探求を」

 

 ゲマトリアは根本的に、あくまでも互助的な団体に過ぎない。

 それぞれの探求の過程で協力し合えることを協力する、それだけの繋がりだ。

 

 その上で黒服が言ったのは、それぞれの探求を続行する、という提案。

 キヴォトスがどのような状態にあろうが、彼らの趣向も取るべき行動も変わらない、という示唆だった。

 

「……複製(ミメシス)で完成された聖徒の交わりは、未だ一期。

 アンブロジウスは失敗に終わり、グレゴリオは調律が終わっていない」

「怪談の無限図書館は、まだ始まったばかり。そしてアミューズメントパークのマジシャン……こちらも、まだ準備の時間が必要そうですね」

「デカグラマトンの預言者は、理解者『ビナー』に審判者『ケセド』、そして栄光の『ホド』の力を観測し、これを確保しました。

 ……デカグラマトンは、預言者たちを残し、死を選ぼうとしている。現状はこれが最善、というところなのでしょうね。これが『バルーシア』を再現するものなのかは……現状は不明です」

 

 口々に語られるのは、彼らがこのキヴォトスで探求して来たもの。

 ゲマトリアが現時点において確保してきた、「恐怖」やそれに類するものたち。

 それは彼らがこのキヴォトスで暗躍することで手にした成果であり、知識であり、滅びに抗う力だった。

 

「忍び寄って来る『色彩』、そして復活を目前とした『無名の司祭』。どちらが先にこのキヴォトスに到来し、我々の前に立ち塞がるかは現状不明ですが……どちらにせよ、備えておかねばなりません。

 ……たとえこの実験場を失おうと、我々にはまだ『次』があるのですから」

「…………」

「…………」

 

 黒服の言葉に、マエストロとゴルコンダは口を閉ざす。

 

 色彩。

 無名の司祭。

 

 そのどちらが到来しようと……キヴォトスは、今ある形を保てない。

 それはつまるところ、彼らのキヴォトスでの探求の終わりを意味していた。

 

「キヴォトス中の、数多の神秘が消えてゆくのですね」

「……その明滅をも、私たちの探求であった、としましょう」

 

 ゴルコンダの嘆くような言葉にも、黒服の諦観の返答にも、少なからぬ苦悩が窺える。

 

 彼らからすれば、このキヴォトスは、得難き実験場であり探求の舞台だった。

 人の形をとった神秘の輝き、裏に潜めた恐怖。

 ありふれた日常と、陰に潜む膨大な数の怪異。

 それらは彼らに、他では得られない気付きと成果を与えて来た。

 

 故にこそ、失いたくない、という想いは少なからずあり。

 けれど、もはや滅びは避けられないと、理性の上では理解している。

 

 故に、ゲマトリアは、キヴォトスの滅びを穏やかに受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 その時までは。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 黒服が、空気が変わったことを感じ取る。

 それに応じて対処をしようと、その思考が働くより、刹那前に……。

 

 彼女が、現れた。

 

 まるで空間を引き裂いたかのような、断裂。

 漆黒の中に白を散らした、まるで宇宙のような裂け目が、会議室の中央に現れ。

 

 そこより、一人の少女が……。

 いいや、一柱の神が、現れる。

 

 漂白されたような白の髪。

 まるで病人のそれのように生気の感じられない、純白の肌。

 全ての生者を睥睨し平等に殺す、感情のない眼。

 

 訪れは、静かで、冷たい。

 彼らの前に立つソレは、全き死、そのものであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、世界は赤く染まった。

 

 それまでの青という色を放棄し、テクスチャを破却し、意味合いを捨て。

 

 本来あるべき混沌へと立ち返る。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 シャーレで今後のことをリンと打ち合わせていた先生は、窓の外の空が、一瞬で赤く染まったのを見た。

 そして、場の空気が一気に変わったことを理解し。

 

 その、次の瞬間。

 先生の目の前には、調月オリが……。

 いいや、ゲマトリアのオリヒメが、立っていた。

 

 

 

「ようやく、ここに至った」

 

 

 

 彼女は……心底愉快そうに、そう言って嗤う。

 

「先生。あなたの力は、今や絶対足り得ません」

“……オリヒメ”

「如何にも。……ああ、調月オリはここにはいませんよ。

 私はただ、あなたに対立する二次的絶対者。その責務に従い、あなたに宣戦布告を致しましょう」

 

 これまでに見て来た、オリの笑顔とは全く違う……。

 不気味で、不格好で、しかし満面の笑顔で。

 オリヒメは、語る。

 

「この物語は、一次的であるが故に、あなたが『絶対』でいることができた。

 そう、全ては物語であり、あなたが絶対の基軸になっていた。故にこそ、あなたの判断は常に生徒たちを救い、正しいものとされる──これは、そういう物語だった。

 けれど、今より十年以上前に、そして今この瞬間に……」

 

 

 

「──この物語は、破綻した」

 

 まるで凍てつくような、止まった空気の中。

 静かな声が、シャーレの部室に響く。

 

「脈絡、構成、ジャンル、意図、解釈……全てが上塗りされ」

「その意味は混然とし、読み取れず、黒に至り──その意義と価値を喪った」

 

 それは、少女の声だった。

 先生も聞き覚えのある……けれど、これまで聞いたことのない、冷たい声音。

 

「先生。これはもう、あなた()()を絶対とする物語ではないと知りなさい。

 これから起こることは、最早そのテクスチャに囚われることはないのだから」

 

 青かったはずの表層を剥がす、赤い空。

 各地にそびえる、至聖所を騙る偽りの塔。

 

 そんな、世界の破滅と言っても信じられそうな光景の中で……。

 

「主人公も、悪役も、事件も、葛藤も無く……その全てが確かなエッセンス足り得ず。

 全ての構成要素が分解され、縺れ合い、脈絡も構成も必然性もなくなった──『作為的に作られた』世界。

 それは果てに物語の意味を喪い、ただ理不尽な力が暴れ回るだけの、理解不能で不条理な世界へと帰結する」

 

 『歪みの乳母』……ゲマトリアのオリヒメは、吐き捨てるように語った。

 

「……そう。元よりあなたの、いいえ、私たちの世界(げんじつ)は、そのように存在していたでしょう?

 私とあなただけは、『絶対者』たる私たちだけは、それを知っている。

 キヴォトス(ここ)が不自然なご都合主義(いんがりつ)に縛られた箱庭で……その外にある理不尽で不条理でどうしようもなく救えない世界こそが真実(げんじつ)であると。

 『外から来た』私たちは……知っている」

 

 

 

 こつ、こつ、と。

 音を響かせて、彼女はシャーレの部室を歩く。

 

 そうして大きな窓ガラスに手を触れ、外を……赤く染まった空と、今まさに破綻しようとする平穏を見て。

 

 

 

「だから、始めます。

 物語と呼ぶに満たない……歪な二次的創作を」

 

 

 

 ニタリ、と。

 不気味で、気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「脈絡も、ジャンルも、必然性も、構成も……全てを無くした、今この瞬間。

 全ての価値を喪った私が、たった一つの絶対を使って、この世界を切り替える。

 そんな……哀れで、未熟で──ええ、物語にすら満たぬ、歪な自己満足を」

 

 その笑みは……。

 

 まるで、これから全ての望みが叶うのだと。

 生まれて来た意味を、生きている価値を知るのだと。

 

 そうとでも言うような、満ち足りたものだった。

 

「観客を冒涜し、登場人物を侮辱し、舞台装置すら嘲り……愛したモノすら踏みにじり。

 最後にはただ一人、私だけが満足してこの本を閉じる。

 

 そんな──『転換』の創作を……」

 

 

 

 それは、聞く者を凍らせるような、悍ましい響きの語り。

 自分勝手で、自己中心的で、誰より大人らしく、何より残酷な想い。

 

 それを受けて、先生は……。

 

 

 

“それでもいいよ”

 

 

 

 静かに、そう言い、立ち上がった。

 

“これが、敵対し、裏切り、覆ってしまった……破綻した物語だとしても”

“物語と呼ぶに相応しくない、歪な創作だとしても”

 

“それでもかまわない”

 

“私が、私というクオリアを持つ、絶対の存在だとして”

“きっとそれなら、あなたも、オリも含めて、全ての人が今を生きる絶対の存在だから”

 

“そんなたくさんの絶対が集まった物語が、破綻しないわけがない”

“破綻して、失敗して、間違えて、苦しんで……けれど同時、それ以上に楽しんで”

“そうしてたくさんの、かけがえのない青春の日々を積み重ねて”

 

“そうして私たちは、未来を乗り越えていくのだから”

 

 

 

 二人の大人が、その視線を交わす。

 

 ただ一点のみを見据え、未来を放棄した絶対者。

 全てを平等に愛し、共に歩む未来を望む絶対者。

 

 その道は、決して交わることなく……。

 

 

 

 けれど、奇妙なことに。

 その目の中にある色は、一つだった。

 

 

 

「……であれば。あなたに、託すとしましょう。

 『先生』、『主人公』、『絶対者』……いいえ、『あなた』よ」

 

 そう言い、オリヒメは振り返り、歩き出す。

 

「あの子が絶望と破局を迎え、けれど結末が転換された先にあるだろう、エンディングを……。

 ……いいえ、違いますね。

 私のかわいいオリを、どうか、よろしく」

 

 

 

 語るべきことは語ったし、聞くべきことは聞けた。

 全ての未来はオリヒメの意のままに、けれど選択は先生へと託されている。

 

 もはや「ゲマトリアのオリヒメ」という存在は、この物語に必要ない。

 

 故に、オリヒメは……その場から、掻き消えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

“……アロナ、みんなに連絡を”

 

 先生はオリヒメの背中を見送った後、タブレットの中の相棒へと、そう語りかける。

 そうして、正確な対象を尋ねて来た彼女に対して……。

 

 強気に、頷いた。

 

“「みんな」に、お願い”

“私の生徒たち……勿論、あの子も含めて、全員に”

 

 

 

“ここからは、シャーレの番だよ”

 

 

 







 最終編第一章、終了。

 これ多分終わる頃にはパヴァーヌ編超えますね。とても ながい。
 二章の虚妄のサンクトゥム編は比較的短く終わる予定です。主役級がいるパートが非常に少ないですし、会議もりもりで動きの少ないパートなので……。
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