調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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小さな命の転換点 2章
色彩の嚮導者


 

 

 

 キヴォトスの空が、赤く染まり……しかし、その日の異常事態はそれだけ留まらず。

 6本の、黒い巨大な塔のようなものが、空から落下。

 サンクトゥムタワーを中心として、キヴォトス各地に歪なシンボルとして突き刺さり、辺りに甚大な被害をもたらした。

 

 これを以て、キヴォトスの管制を行うべきサンクトゥムタワーは、ほぼ完全に崩壊。

 直前のカイザーによる戒厳令、そして塔から現れる正体不明の化け物のこともあり、D.U.地区は混乱に陥ることとなった。

 

 

 

 ……そして、そんなD.U.の外郭。

 シャーレのオフィスビル屋上で、2人の大人がその顔を突き合わせていた。

 

「お見苦しい姿で失礼しますよ、先生」

“……黒服”

 

 片や、連邦捜査部シャーレの顧問、“先生”。

 片や……ヒビの入った黒いガラス玉のようだった顔面を半ば崩壊させ、その服にも少なからぬ傷を残した、ゲマトリアの「黒服」。

 

 本来敵対にも近い関係にある二者が向き合っている理由は、非常に単純なもので。

 今が、それだけの非常事態であることを意味していた。

 

「端的にご報告しましょう。

 ──ゲマトリアは、壊滅しました。

 このキヴォトスに、ついに色彩が到来してしまった。

 それと接触した『狼の神』は、その神秘を恐怖(terror)の領域へと反転させ、命ある全てのものをあの世へ導く死の神、『アヌビス』とさせ……我々の手から、秘儀と検証結果を奪い去った。

 デカグラマトンの予言者たちによるパス、複製(ミメシス)の秘儀、聖徒の交わり(comminio sanctum)、ライブラリー・オブ・ロア……名もなき神の力に、無名の守護者の能力。

 我々が解析し、わが物としていた力は、その尽くを奪取されました」

 

 今よりしばらく前。

 ゲマトリアは、反転した狼の神……砂狼シロコによって、壊滅させられた。

 その際、彼らが所持していた力はその尽くを掌握され、今や色彩の……あるいはそれを導く者の手の内にある。

 

 それらの力によって生み出されていたモノたちは制御を失い、偽りのサンクトゥムタワーから溢れ出、周辺の都市や生徒、住民を無秩序に攻撃し始めている。

 散り散りになったゲマトリアたち本人にさえ、これを止めることは叶わない。

 

 つまるところ、ゲマトリアは、これまでの研究結果のすべてを失ったのだ。

 ……ただし、ただ一人、先んじてあの会議場を後にしていた女性を除いて。

 

 

 

「……正直に言うならば。恥を晒すようですが、これは私にとって想定外の展開でした。

 オリヒメとの会話を経た上でも、やはり色彩は意志なき観念であると推察していたのですが……ここまで明確に急所を落とし、我々から力を奪うとは。

 色彩は……あるいは色彩の嚮導者は、明確な意志を宿している。それでもって、このキヴォトスの全ての崇高をその手にするつもりでしょう」

“色彩の嚮導者?”

 

 聞き慣れない、そして不穏を伴う言葉に、先生は眉を寄せる。

 

「ええ。色彩の意思を代弁する存在であり、計画を遂行する実行者……。

 その名を、『プレナパテス』。あなたはこれから、ソレと相対することになるでしょう」

 

 プレナパテス。

 それが、この事態を引き起こしたモノの名前。

 

 先生が最後に相対することになる、避けられない定めだった。

 

 

 

 先生は俯き、その手に持つタブレットを突いた。

 

 シャーレの名義から、各地の生徒たちに黒い塔へと向かわず避難するよう勧告を出しながら……。

 その懐から、一つのカードを取り出す。

 

 然るべき対価を払い、奇跡へと置換する。

 とある少女の介入によりずっと使う機会のなかったそれは、『大人のカード』と呼ばれるものだ。

 

「先生。改めて、忠告をしておきましょう」

 

 それを見て、黒服が静かに呟く。

 

「……ソレを濫用すれば、あなたは私たちと変わらない存在になりますよ」

“わかっているよ。だから……”

 

 

 

 

 

 

「だから、私はそれを使わせない」

 

 

 

 

 

 

 不意にかかった、声。

 それは黒服のものではなく、先生のものではなく……一人の、生徒のもの。

 

 すたんという足音と共に、シャーレの屋上に降り立ったのは……。

 ミレニアムの制服であるセーターに、左手に握られたハンドガン、綺麗な青の瞳とヘイローを具えた少女。

 

 先生が、振りむけば。

 ずっとその姿を見せなかった彼女が、そこにいた。

 

 次の瞬間、手に軽い衝撃。

 先生が取り出したカードは、いつの間にか彼女の手にあった。

 

 そうして彼女は……調月オリは、綺麗な微笑みを浮かべる。

 

「まったく。私が出て来なかったらふつーに使ってたよね、やっぱり。

 ……改めて、ハロー、先生、久しぶり! オリだよ?」

 

 

 

 赤く染まった空の下。

 綺麗な笑顔で、ひらりと彼女は手を振る。

 この数か月失踪していたラグなど感じさせない、まるで昨日も会っていたような、何も気にしていない表情。

 

 それに対して、先生もまた、何も感じさせないような声音で返した。

 

“久しぶり、オリ。元気そうで安心したよ。”

“それと……やっぱり、こうなることがわかってたんだね”

 

 様々な意図を含む問いかけ。

 それにオリは、こくりと頷くことで肯定する。

 

「ん、まぁね。……あ、でも言っておくけど、私のせいでこうなってるわけじゃないし、私だって止められるものなら止めたかったよ?

 ただ、無理。これはある種運命的なもので、絶対こうなることは決まってた。私はそれを歪められないし……そうすべきじゃないとも思ってるかな」

 

 

 

 オリは少しだけ真面目そうな顔で答えた後……。

 その視線を一転嫌悪感に満ちたものへと歪めて、黒服の方へと向ける。

 

「……しかし、嫌なヤツと一緒にいるね。『あの子』の言葉通りではあるけど……それでもやっぱり、ちょっと不愉快かな」

「クックック……様々な便宜を図ってきたつもりなのですが、嫌われてしまいましたね」

「ああ、そう、そういうとこ。そうやって平然と人の嫌なことをするところが嫌いなんだよ。できれば消えてほしい、可及的速やかに」

「ええ……目的は果たしました。あなたたちの負担となるつもりもなし、私はこの辺りで」

 

 とても知らない仲の距離間ではない、言葉の応酬と内容。

 それは明らかに、黒服とオリが互いを認識していたことを意味していた。

 

 だが、先生から見ればこれは何の不自然もない話で。

 オリヒメがゲマトリアの所属である以上、オリもまた彼らと面識を持っていてもなんら違和感はない。

 むしろ、彼女が彼らを警戒し嫌悪していることに安堵までしたくらいだった。

 

 

 

 屋上を立ち去る黒服の背中を苦々しく見送る先生に、オリは問いかける。

 

「先生、訊かないの? 色々と、気になることとかあるんじゃない?」

“そりゃあね。けど……オリはそれを、話したいの?”

「……話せない、かな」

“そっか。それなら、オリが話したくなるまで待つよ”

「そんな時が、永遠に来なくても?」

“それなら聞かないかな。オリがどうしたいかが一番大事だよ”

「……ごめんね、先生。でも、やっぱり私、そんな先生が好きだよ」

 

 オリは、申し訳なさそうに眉根を落として微笑み。

 

 そうして、屋上から眼下の景色を見下ろした。

 

「さて……協力するよ、先生。

 今の私は、純粋な暴力装置として運用して。あなたの望み通り、この辺り一帯、薙ぎ払っちゃうから!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「先生の活躍」によって、混乱に陥りつつあるD.U.地区の内、シャーレ周辺の安全は確保された。

 

 本来はその立役者となるはずだった、そしてそれを以てミレニアムでの一件の贖罪という形に収めようと先生が考えていた生徒は、しかし自らの関与の公表を否定。

 全てを「謎の覆面水着団6号」の仕業である、ということにした。

 

 「こんなトコにテロリストがいました、なんて言っても混乱するだけ。今は事態収束のため、そういうノイズはカットしていくべきだよ」と、そう言って彼女は笑い……。

 事態の一旦の鎮静後、「ちょっと用事があるから、またね」という言葉を最後に、引き留めようとする間もなくその場から消えてしまった。

 

 一瞬、先生の脳裏に、その言葉に反する未来が浮かんだ。

 調月リオに飛鳥馬トキ、美甘ネル、ゲーム開発部のアリスに、あるいはアビドスの皆やトリニティのミカ。

 オリの失踪を気にしている生徒は、多い。彼女たちに知らせる意味でも、そして彼女の功績をアピールするためにも、これを表沙汰にした方が良いのではないか、と。

 

 ……けれど、オリの言葉にも、少なからぬ理が通っているのも事実だ。

 

 今のこの状況、あらゆる住民に少なからず不安と不信の心が根付いてしまっているだろう。

 そこに、失踪していたオリ、対外的にはテロリストに近い扱いとなっている彼女が急に現れた、となれば……事情を知らない者は勘ぐってしまうだろう。

 釈明する先生の言葉も、未だ親交を持たない生徒には届きはしないかもしれない。

 それは最悪の場合、ただでさえあの一件で自ら泥を被った彼女の評価を更に悪化させる恐れがあった。

 

 そして何より……彼女自身が、それを望んでいない。

 結局のところ、先生は生徒たち皆の味方であり、それぞれの意志がぶつかりでもしない限り、彼女たちが望まぬことはできない。

 それは彼の主義主張というより……“先生”という存在の、定義上の問題であったのかもしれない。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、覆面水着団6号が暴れたという事実は少なからぬ人の目やメディアに入っている。

 明確に表沙汰にせずとも、関係者の皆に伝えることはできるだろう。

 

 改めて、先生は連邦生徒会がサンクトゥムタワーの崩壊から免れたことを確認した後、リンを筆頭とする既知の生徒会役員、そして全自治区の生徒たちに、「シャーレ」の名義で招集をかけた。

 

 

 

「すみません先生、利用するような形になってしまい……。本来であれば、これは連邦生徒会の管轄なのですが……力及ばず」

 

 シャーレに辿り着いた連邦生徒会長代行の七神リンは、その煤汚れを払うこともせず、そう言って頭を下げる。

 慌てて顔を上げるように言った後、先生はそんな彼女に微笑を見せた。

 

“仕方がないよ。状況が状況だからね”

 

 先生の言葉に、リンと共に危機を逃れた連邦生徒会の室長たちも同意する。

 

「そうだよ先輩。サンクトゥムタワーが崩れる時、私たちは運良く固まってたけど……他の室長がどうなったかの確認だってまだ取れてないし、何より今の先輩は難しい立場だし。

 先輩が号令出すより、先生に出してもらった方がスムーズに収束が図れるってもんじゃん。

 まぁ、終わった後の片づけは……ちょっと、大変になっちゃいそうだけど」

「そ、それは私たちもご協力します! そもそも、リン先輩が立ち上げた緊急招集会議のおかげで、キヴォトス全体の被害も抑えられていましたし、私たち連邦生徒会の被害も相当に軽減された……はずですし!」

 

 交通室長のモモカに、調停室長のアユム。

 その役割の近さもあってシャーレの先生やリンとも親交のある2人は、両者が共にできることを最大限にやっていたのをその目で目撃している。

 

 幸いというか、リンが性急にも思える招集をかけたことで、シャーレの仲介の下対策委員会は無事に設立され、今はリンや先生の手元に各校のトップ層へのホットラインがある状態。

 それぞれに連絡を取り、情報共有と混乱の鎮静を取ることはそう難しくなく。

 

 また、こうして事が起こった際の、再度の招集も容易だった。

 

 

 

「一番乗りか。私は専門家じゃないし、あまり役に立てないと思うけど」

「少し遅れたわ、ごめんなさい。セミナーの方で解析したデータをそのままシャーレに転送しているから、情報の共有はそちらの端末で。

 ……それから、確認したいことがあるの。後で少し、先生の時間をいただくわ」

「ゲヘナ風紀委員、天雨アコです。シャーレ、及び緊急対策委員会の招集要請に応え、ただいま到着しました」

「なるほど……皆さんと手と手を取り合うことになる、と。これは面白いことになりそうですねぇ♡」

「あっ、アビドス高等学校代表、奥空アヤネです! 緊急対策委員会顧問、先生の要請を受け、シャーレに到着しました!」

 

 続々と、各校の生徒たち、そして先生が呼んだ助っ人たちがシャーレにやってくる。

 

 それは先生が1年で繋いできた縁であり、今キヴォトスで行動しうる最大戦力。

 この箱庭の平和と安寧を守るために立ち上がった生徒たち。

 

 

 

 そうして、非常対策委員会、及び連邦捜査部シャーレの下。

 

「皆さん、ご足労、そしてご協力感謝いたします。

 ……それでは改めて、状況の整理と、これから行う作戦概要をご説明いたします」

 

 作戦計画『虚妄のサンクトゥム攻略戦』……略称、『F.SCT』が始まった。

 

 

 







 tips
 調月オリが好きなものは「誰かのために頑張れる人、弱くても力を尽くす人、リオと先生と『あの子』」。
 調月オリが嫌いなものは「自覚のない悪、強いだけの人、自分」。
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