カイテンジャー……その正式名称を、無限回転寿司戦隊・カイテンジャー。
D.U.地区には、そう名乗る指名手配犯がいる。
戦隊ヒーローを思わせる服装や名前をしているが、しかしその実情は窃盗や強盗の常習犯。
連邦生徒会から直々に指名手配され、身柄に賞金までかけられている、立派な犯罪集団だった。
しかしだからといって、彼女たち自身に、悪の自覚はこれっぽっちもなかった。
彼女たちはリーダーのカイテンレッドを中心として、独特な倫理観と善悪の観念の下に行動を取っている。
物資や資金の窃盗は全て、正義の執行のために必要なことであり。
複数の犯罪行為やテロリズムも、全ては自身の正義と夢のために、最大限の行動を取っているに過ぎないのだ。
倫理観というものが一般からズレており、無限に等しい行動力とそれを為せるだけの実力を持っている。
端的に言えば、カイテンジャーは非常に典型的なキヴォトスの住人であった。
そんな彼らにとって、空が赤く染まり世界が狂っていく中、考え得る限りの最も正しい行動は……。
即ち、この状況の打破だった。
彼女たちは、あくまで正義のために動いているのだ。
世界の破滅が正義なわけもなく、世界の終わりが正しいわけもない。
むしろそれを食い止めることこそが、正義の証明である。
故に、これまでに収集した大型兵器の設計データ群を元に作り上げた、試作段階で半分ガラクタの巨大ロボット「カイテンFX Mk.
ミレニアムからの「提案」を受け、これを巨大化させることによって状況に抗することを決めた。
「カイテンFX Mk.
その言葉と共に、彼女たちは決めポーズを取り……。
市街地に降り立ったペロロジラに対し、強烈なキックでのエントリーを決めた。
結果として始まったのは、大怪獣と巨大ロボットの激闘。
その右手に構えた巨大なブレード「FINAL鯖スラッシュ」を振り下ろそうとし、けれど寸前にペロロジラの目から放たれたレーザーによって弾き飛ばされ。
互いの巨躯で以てもみ合い、殴り合い。
再び充填され放たれるレーザーを、左手に装着した盾「ULTRAお皿シールド」から展開したバリアによって防ぎ切り。
突進して来ようとしたペロロジラを、胸部に備えたミサイルポッド「HYPER鰯ミサイル」によって牽制。
怯んだところに格納していた「SUPER海老マシンガン」で畳みかけ。
反撃に、ペロロジラの目から乱発される乱射レーザーが降り注ぎ、ビルに叩き付けられ、充填したレーザーによってその装甲を焼かれる。
まさしくスーパーロボットと大怪獣による、一進一退の熱すぎる攻防。
オリのカメラを通してそれを見て、先生はシャーレの部室で大興奮だった。
“すっ、すごい! やれ、やれカイテンジャー!! いいぞ、そこだ! 撃て撃て撃て! あっヤバい、あーっ!!! いやこれすごい重量感! すんごいリアルだよこれ!!”
「そりゃあリアル、っていうか現実だしねぇ」
オリは、これまでに聞いたことがない程に興奮した先生の声に、苦笑を漏らした。
やはりというか、オリの思った通り、先生は誰より大人らしく誰より子供らしい人だ。
肝心要の時に支えてくれる、助けてくれる、寄り添ってくれる大人らしさを持ちながら……。
同時にどこか子供っぽく、自分たちの仲間として隣り合えるような気もする。
そんな人だから、こんな私でも信じられるんだろうなと、オリは小さく微笑んだ。
……大人が、嫌いだった。
いつも自分のことばかり考えて、オリやリオを利用し、搾取し、使い潰し、殺そうとしてくるから。
こちらに媚びる目が。
取り入ろうとする声が。
綺麗に取り繕われた表情の裏にある底知れない悪意が。
こちらを便利なモノとしか思っていない倫理観が。
本当に、本当に、本当に……殺したくなるほどに嫌いで、気色悪くて、憎くて。
何度も何度も跳ね除けて来た。
己の力で、血と、油と、鉄くずを、何度も抉った。
不条理な暴力を、彼女自身が最も厭う理不尽を振りかざす。
それが自分と妹の命と尊厳を守る、たった一つの方法だった。
故に、オリにとってそれらの悪意は、大人というものは、本質的には敵以外の何者でもない。
不倶戴天の存在。決して許さないし許せない、憎悪と殺意の対象。
その認識は長い時間をかけてオリの中に蓄積し、もはや変えようもない程に固着してしまった。
だからこそ……。
一年前、実際に先生に会えるその日までの間、オリは彼女の英雄である先生のことをきちんと好きになれるか、不安だったりもした。
オリはその瞬間まで、『あの子』の話でしか先生を知らなかった。
故に、どれだけ主人公であろうと聖人であろうと英雄であろうと、先生もまた普通の大人に過ぎないのではないかと、そう杞憂を抱いていたのだ。
もしも先生が、そんな「大人らしい大人」であれば……きっとオリは、存在を拒絶していた。
決してリオに近付かせないよう、警戒を解かず、もし何かあれば容赦なく排除していただろう。
けれど……そうは、ならなかった。
インカムの電源を切り、呟く。
「……はぁ、もう。やっぱり好きだなぁ」
吐いた溜め息は、恍惚と、自分への呆れに満ちていた。
先生の実態は、オリの想像を超えていた。
全く大人らしくなく、どこかふざけていて、可愛らしいとすら思えて……けれどいざという時にはカッコ良くて、誰より頼れる。
そんな……どこか非現実的な程に、理想的な大人。
「これが正しいのだ」と倫理を押し付けてくるのではない。
オリの持つ圧倒的な暴力を、けれど一度として矯正しなかった。
「こうしなければならない」と規則を押し付けてくるのではない。
オリの根底にある矛盾を、けれど一度として否定しなかった。
「オリが何をしたいかが一番大事だ」と言って……。
きっと近い将来に大きな破綻が待っていると理解しても、それでもなお、オリの行動を止めはしなかった。
その上で自分がどうにかすべきだったと、不可能だったことを悔い、自ら責任を負うことでオリの負担を減らそうとしてくれた。
そんな、キヴォトスにおいては酷く得難い、ちっぽけな奇跡の毎日に、オリがどれだけ救われたか。
『あの子』を除けば初めてできた、信頼できる大人に、このどうしようもなく暗かった世界に差し込んだ光に、どれだけ救われて来たか。
きっと、それを知っているのは、オリ自身を除けばただ一人きり。
「当然です」
運転席の方から、声がかかる。
ワカモは……時速100キロメートルオーバーの粗い運転をこなしながら、助手席のオリに視線を向けることなく言い切る。
「先生は、素晴らしい御方ですから」
だから、オリが好きになるのも当然だと。救われるのも当然だと。
ただ一目見ただけで、その奥底までを見通し一目惚れした狐は、肯定する。
「……だねぇ。まったく、いつもカッコ良いのに、こういう時には可愛いの、ギャップがすごいわ」
オリは肩をすくめながら、改めてインカムのマイクをオンにし、前に目をやった。
* * *
少し目を離した隙に、進行方向のカイテンFX vs.ペロロジラの戦況は大きく動いていた。
壁に叩き付けられ、その目から放たれるビームによって焼かれていたカイテンFX。
しかし、初手でその手から弾き飛ばされ地面に突き刺さっていた「FINAL鯖スラッシュ」の柄に手を伸ばし……。
“頑張れーっ、カイテンFX!!”
掴む。
それと同時、カイテンレッドが、コックピット内でレバーを倒した。
このカイテンFX Mk.∞に搭載された、最後にして最強の技の起動シーケンスが果たされ。
ゆらりと、その巨躯が、構えの姿勢を取る。
対し、ペロロジラは何かを感じ取ったか、その瞳から尚更激しい勢いでビームを放つが……。
カイテンジャーは、雷のように迸るそれすら、振り抜く刃で切り払っていく。
そうして、鋭く、速く、そして重い剣撃がペロロジラへと走り。
“うおおおおおおおおお、いっけぇぇぇぇええええ!!!”
一閃。
振り抜いた刃は確かに、街を脅かす大怪獣の芯を捉え……。
一瞬の空白の間の後に、ペロロジラの内部エネルギーは行き場を無くし、猛烈な勢いで爆発を起こして。
巨大な怪物は、爆発四散した。
“やったぁぁぁぁああああああ!!!”
ワカモの運転が一瞬乱れる程の爆風。
それは怪物の爆発と……同じく力尽き、膝を突いて爆散したカイテンFXのものだった。
“ああ……役目を果たしたロボの爆発!! 悲しいけど、ロマンだ……!”
満足げに恍惚に浸る先生の声に、オリは苦笑しながら話しかける。
「ふふっ、先生? それじゃあ……障害は排除されたし、第六サンクトゥムの解体に移るよ? おっけー?」
“あっ……う、うん、そうだね。よろしくお願いするよ、ワカモ、オリ”
その少し気恥ずかし気な言葉を聞き、オリはプツリと、通信を切り。
続けて、運転席のワカモへと言葉を投げかかけた。
「よし、それじゃ手筈通りによろしくね」
「ええ、構いません。あなたがあの御方の為に動く限り、同盟は続いているのですから」
……要塞都市エリドゥで一度は敵対した、オリとワカモ。
あの時、オリは持ち得る全ての力を振るい、先生を守ろうとしたワカモを撃破した。
その際には……自分たちからしても重傷となるだろう傷まで負わせてしまった。
けれど、ワカモは次に会った時、オリを責めることすらしなかった。
あの件で、先生が害されることはなく……。
何より、オリは自らが愛するもののために行動した。
それならば、ワカモからすれば、何の問題もなかったのだ。
オリの行動の全ては、少なくともワカモの認識においては、愛が故。
それを非難することは即ち、ワカモ自身を否定することに繋がってしまう。
それに、そうする必要もなかった。
先生が救われているのなら、ワカモはそれ以上を求めることはない。
自分が負傷しようと、それが必要ならば受け入れるだけだった。
恋の奴隷、愛の奴隷のようにも思える同盟者相手に、オリは肩をすくめる。
「助かるよ、あの手の塔なりなんなりの建築物の破壊はワカモの方がずっと向いてるからねぇ」
「あなたもできないわけではないでしょう」
「そりゃあね? 私だってこれまでさんざっぱら企業とかビルとか叩き潰してきたし?
まぁでも、そこに関しちゃ神秘の向き不向きさ。普通にできるのと向いてるのの間には、おっきな差がある。
ワカモだってそりゃあスピードは速いけど、だからって私には付いて来れないでしょ? 私だってワカモみたいに超反応もできないし、やっぱりキヴォトスの生徒には覆せない向き不向きがあるんだよ」
「そういうものですか」
「そゆものー」
てきとうに言葉を投げ返しながら、オリは助手席ドアのロックを解除する。
無論、時速100キロどころか、今は120キロオーバーでの走行中にドアを開くのは困難だ。吹き付ける強風、風圧によって、並大抵の力ではドアは開かない。
……けれど、調月オリの並外れた力を以てすれば、その程度は赤子の手を捻るようなものだった。
いつもとまるで何も変わらずに片手でこじ開けたドアとの間に身を滑らせながら、オリはワカモに向けて綺麗な笑顔を浮かべ、手を振った。
「多分、これが最後かな。ワカモ、今までありがとう、あなたに会えて良かったよ」
「行きなさい」
「ん。さよなら、先生をよろしくね」
別れはなんとも呆気なく、けれど互いに微かな感慨を乗せて。
ダンという音を立て、シャーレの小型車両から一人分の体重が消え去った。
「次は……アビドスか。目覚めたばっかりなのに忙しいなぁ」
そうして調月オリは再び、先生の観測の外へと逃れたのだった。
* * *
数分後。
5つのサンクトゥムの再度の崩壊とほぼ同時に、サンクトゥムタワー跡地にあった第六の虚妄のサンクトゥムは解体された。
これにて、キヴォトスを襲った異常現象の一つが解消された。
赤く染まっていた空も本来の青色を取り戻した今、ようやくいつもの日常が戻ってくる……。
……と、そう、思われていたが。
シャーレの部室にいた先生を、唐突な異変が襲う。
不可思議で神秘的な音。
視界の暗転。
気付けば、目の前にいたはずの連邦生徒会の生徒たちの姿は消え……。
そこには、代わりと言わんばかりに、一人の生徒がいた。
見覚えのある、砂漠の砂のようにさらさらと流れる銀の髪。
見覚えのある、どこか超然的で捉えどころのない雰囲気。
……見覚えのない、記憶よりもずっと育った体と見に纏う服。
そして……後頭部に浮かぶ、割れ、変色したヘイロー。
“シロコ……?”
思わずその名を口にした先生の脳内で、いくつかの情報が繋がって行く。
アビドスでの、シロコの失踪。
その直前に見たという、不可思議な「色」。
キヴォトスに到来したという「色彩」。
それがもたらす、虚妄のサンクトゥムから放たれていた、精神を狂わせるという赤い燐光。
つまるところ目の前にいるのは……。
「色彩」の影響で変わってしまった、砂狼シロコ。
先生の、生徒の一人だった。
2章「虚妄のサンクトゥム攻略作戦」はこれにて終了。
1章と比べてあまりにも短すぎない?
次回からは3章「アトラ・ハシースの箱舟占領戦」。
長さとしては2章以上1章以下の予定です。
最終編も折り返し……もう折り返し!? 改めて考えると、やっぱり地上編ってなかなか長いですねぇ。