調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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小さな命の転換点 3章
調月オリの欠けたもの


 

 

 

「……先生、ここまで来たんだ。流石だね」

 

 突如として、シャーレの部室に現れた、砂狼シロコ。

 彼女の姿は、以前とは大きく異なっていた。

 

 その体は大人のそれと言っていい程に成長し、髪は大きく伸びて、黒いドレスに身を包み……そして、後頭部に浮くヘイローは割れ、不気味に黒く変色している。

 

 そんなシロコは、しかし以前と変わらず、薄く感情の読み辛い表情で先生に語りかけた。

 

「でも、未来を変えることはできない。

 キヴォトスが終焉を迎える事は、決まっている」

 

 その言葉に、先生の脳内には、オリの言葉が過る。

 

 いつも勝気に笑い、自信満々に振舞っていた彼女は、しかし時々「自分には絶対にできない」と諦めの表情を見せることがあった。

 それは……決まって、運命を語る時。

 自分には運命を、未来を変えることはできないのだと、彼女は苦笑いを浮かべていた。

 

 先生からすれば、シロコの言葉はそれに被って聞こえた。

 自分にも、オリにも、先生にも、これから来る未来を変えることはできないのだと、そう言っているようで……。

 

 

 

 ぶん、と一度首を振り、先生は邪念を追い払う。

 そんな危惧を抱くよりも先に、すべきことがあった。

 

“待って。シロコ、君は……”

 

 「色彩」の影響を受けて、狂気に陥っているのだ、と。

 そう続くはずだった先生の言葉を、しかし。

 

「違う」

“…………!”

 

 シロコは、一言で否定した。

 

「私は、色彩に操られてなんかない。違うんだよ、先生。

 これは、私自身の『本質(いし)』。

 この世界を、定められた未来()へと導く……その役割を、私が担当しただけ。

 色彩も、あくまでのその為の手段の1つに過ぎない。むしろ、私の方が色彩を利用しているのかも」

“…………”

 

 

 

 色彩。

 何度も先生の前で出てくる、その名前。

 先生は未だ、それについて正確に把握しているとは言えなかった。

 

 その正体が、何なのか。

 キヴォトスに到来することの意味。

 生徒に及ぼすだろう影響。

 

 それを、先生は殆ど知り得ないと言っていい状態だ。

 

 しかしそれでも、確かにわかることがある。

 

 目の前に立つ砂狼シロコは、嘘を言っていない。

 

 生徒として1年間シロコを見て来た先生は、それだけは確信できた。

 

 

 

「私の役割は、すべての命を『別の場所(あのよ)』に導くこと。

 そう生まれ、そう在る。これは砂狼シロコがこの世界に存在する時点で、確定している道筋。

 定められた運命、世界の運行規則は誰にも変えられない。下から上に水を流せないように」

 

 淡々と、彼女は語った。

 それは彼女にとって、世界にとって、決して歪められないルール……。

 

 いいや、ルールですらない。

 

 2という数字が、1の次にあるものと定義されるように。

 砂狼シロコの「恐怖」は、そのようにして生まれ、そのように定義される。

 歪めることも、拒否することもできない。そうしようと思うことすらもない。

 

 彼女はとっくに諦めている。

 自分はそういうもので、このキヴォトスを滅ぼすのだと、受け入れているのだ。

 

 

 

 ……けれど、それでも。

 彼女に拒める事が、一つだけ残っていた。

 

「でも……私は、先生を傷つけたくはない」

 

 緩く首を振った彼女の口から、砂漠のように乾いた言葉が投げかけられる。

 

「私が滅ぼすのは、キヴォトスだけ。外の人間である先生が、ここからいなくなってくれれば……私は先生に、銃を向けずに済む」

“シロコ……”

「……先生をキヴォトス(ここ)で最初に導いたのも、最後か最期を見送るのも。その全てが、私に与えられた役割なんだと思う。私自身がどう思おうが、運命は私をそうさせたし、そうさせる。

 だから──いつ、その時が来ても、私は迷わないよ」

 

 徹頭徹尾、シロコの言葉からは、温度が感じられなかった。

 激しい情動もなく、劇的なドラマもなく、ただ淡々と終わりが訪れる。

 ある意味において彼女の訪れは、その言葉通りに「死」を体現しているようだった。

 

 ……ただ、それでも。

 言葉の響きに、秘められた感慨、誰かを傷つけたくないという切なる願い。

 それらは確かに、目の前のシロコが先生の知るシロコと地続きであることを感じさせた。

 

 

 

 その後、慌てて駆け付けた連邦生徒会の面々に対して、シロコはその不可思議な力によってその場から立ち去ろうとし……。

 彼女を引き留めようと手を伸ばした先生は、その力に呑まれた。

 

 そうして、シャーレの部室に戻るまでの刹那。

 奇妙な風体の、けれどどこかで見覚えがあるような、誰かを見た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 D.U.外郭のシャーレから、遥か離れたアビドス砂漠。

 そこに駐屯すべく作られたカイザーの遺物発掘基地に、今、一人の少女の姿があった。

 

「さあて……そろそろあっちのシロコちゃんとの邂逅が終わった頃かな」

 

 遥か彼方を見てそう呟くのは、調月オリ。

 ガラクタの鉄くずと化した重装戦車の上で、彼女は彼方、シャーレのある方角を見やる。

 

 無論、地平線よりもずっと向こうにあるそれを、彼女が見ることはない。

 視界に映るのは、うだるような暑さで立つ陽炎と、彼女の手によって廃墟と化した基地、そして広がる雲1つない青空だけだ。

 

 虚妄のサンクトゥムは崩壊し、赤くなった空は正常な青色に戻った。

 一見して、キヴォトスには平穏が戻った……ように、見える。

 

 けれど、事態はひとまずの沈着を見せたばかりであり、抜本的には何も解決してはいない。

 

「こっちの準備も終わったし、ここから後半戦開始って感じ?

 まだまだここからだよ、先生」

 

 キヴォトスに到来する「色彩」。

 それを導く標となる、「色彩の嚮導者」。

 未だ観測されることなき、彼方に浮かぶ舟。

 彼の者によって攫われたシロコ。

 先生の前に現れた、変わってしまったシロコ。

 

 先生の前に立ち塞がる問題は、本質的には何一つとして解決していない。

 

 虚妄のサンクトゥムはそれらの問題から発生した、いわば地表へと露出した雑草だ。

 先生たちの取った対処は、その茎を引きちぎって抜いたようなもの。

 根から掘り出さない限り、それはすぐに、そして何度でも現れるだろう。

 

 それこそ……今まさに、虚妄のサンクトゥムが復元されようとしているように。

 

「根本的に、あのクズ共が崇高ってヤツ奪われた時点でどうしようもないんだよねー。

 無制限に大人のカードが使える先生が相手みたいなもので、無限コンティニューしてくる敵なんて戦うだけ無駄無駄。

 ま、この1年で無限の軍勢を何度も相手してる先生だもん、言われなくたって真っ当に戦うことはないだろうけどさ」

 

 

 

 砂漠の昼、直射日光が照りつける炎天下。

 既に為すべきことを為したオリは、破壊された戦車の上で空を見上げ、ぼんやりと独り言を漏らしながら、ただ時が来るのを待っていた。

 

 先生はいずれ、全ての事態を解決するため、この砂漠に辿り着く。

 オリの取る行動の全ては、その道筋の舗装のためにあり……それも今や、終わりつつあった。

 

「カイザーの基地は陥落、ようやく本船の元にも辿り着いて安全も確保、と。

 後は……各所に連絡しつつ、先生の到着を待てばオッケーか。

 あっちにも手は回したし、地上部も大丈夫なはず。最悪アレ出せばいいし」

 

 オリは、自分に運命を変える力がないことを、誰よりも理解している。

 しかし同時、そこに至る道の負担を軽減することはできるとも、理解していた。

 

 かつてユメを救えず、けれどホシノと苦しみを分かち合ったこともそう。

 ミカをその手では救わず、けれど共に戦ったこともそう。

 ほんの少しではあるが、誰かの苦しみを減らすことくらいはできる。

 

 ……逆に言えば。

 どれだけ埒外な知識を授けられても。

 どれだけ不条理な程の力を持っていても。

 結局のところ、調月オリというイレギュラーには、そのくらいしかできないのだが。

 

 

 

「…………本当に、役立たずだな、私は」

 

 ぼそりと。

 嫌味な程に青い空の下、誰も見ていないのを良いことに、彼女は吐き捨てた。

 不満。本心。あるいは弱音と言われるものを。

 

「この世界にいてもいなくてもいい……どうでもいい、不要な存在。

 それならせめて、この世界に何かできるように、プラスになれるように、って……本当は、ただ認められたいだけなんだろうけどさ。

 それでも、そのためになら生きてもいいんじゃないかって……はぁ、そう思えたんだけどなぁ……」

 

 それは、ずっと口にしなかった本音だった。

 

 オリの近くには、いつも妹がいた。

 守るべき対象が。頼れると思わせなければならない、弱みを見せてはいけない相手がいた。

 

 故にオリは、ずっと昔から、自分の心を苛む虚無感を、誰にも言うことはなかった。……少なくとも、現実においては。

 

 あるいは、だからこそだろうか。

 おおよそ10年ぶりに完全に孤独になり、そして久方ぶりにやることがなくなった今、その本音は抑えも効かず口から零れ落ちていく。

 

「……わかってたのに防げないなんて、ユメ先輩は私が殺したようなもの。

 ミカの時なんて、自分から彼女を助ける選択肢を切り捨てた。

 結局私は何もできなかった。これから生きていっても、何もできない。どうせ、絶対に」

 

 涙は流れなかった。

 全てはあの時、ユメの遺体を見つけた時に、砂漠で流し尽くしたから。

 

 もはや彼女は、自分を信じてなどいない。

 客観的に高く評価することはあっても、何が為せるかを判断することはあっても、「頑張ればなんでもできる」という無根拠な自信は、彼女の中に残ってはいなかった。

 

 期待していないから裏切られることもなく、失望することもなく、涙が流れるはずもない。

 そこにあるのは精々、「やっぱりね」という再確認と、強まる諦めだけだ。

 

 

 

 廃戦車の上でごろんと後ろに倒れながら、オリはまぶたを閉じ、呟く。

 

「……役に立たないものに、存在価値はない。誰かにプラスをもたらせないものは、そこにいないと同じ」

 

 それは、オリの根底に染みついた価値観だった。

 

 ミレニアムという合理と知性の国に生まれ、けれど調月リオの影たる彼女は、それらを決して持ち得ず……。

 結果として、あらゆるものに興味を持たれず、評価されなかった。

 

 求められるのは常に妹で。

 評価されるのは常に妹で。

 敬愛されるのは常に妹で。

 オリはいつも、そのついで。

 多少優れた身体能力を持っているだけの、「調月リオのお姉ちゃん」だった。

 

 オリの認識からすれば、幼少のリオが自分を認めたことさえも、少なくとも最初は純粋な暴力装置として評価されたから。性能が高く、役に立つと評価されたからだ。

 自分が本当に無能であれば、あの日にリオを救い出すことができなければ、姉として認めるどころか、その視界に入ることすらもできなかっただろう。

 ……それが、オリの姉妹関係への認識なのだ。

 

 故に、彼女にとって全ての価値は、どれだけ役に立つかだった。

 誰かに何らかのプラス要素を生み、ウィンウィンの関係を築くだけの能力があるかどうか。

 それこそが、その人を測る価値だと、オリは無意識下で確信している。

 

 ……しかし、その点において、オリは果たしてどれだけの価値を持っているのか。

 オリがいない世界から、なんら結果を変えることなどできなかった彼女に。

 

「だから……この世界(キヴォトス)に、私は要らない。

 みんなの青春物語(ブルーアーカイブ)に、私の椅子は存在しない」

 

 それが、調月オリの人生の結論。

 生きる意味を見出せなかった少女が抱いた、絶望だった。

 

 

 

 ……そう。「だった」、だ。

 

「だからせめて……これは、果たさないとな」

 

 彼女は今、一つの希望を抱いていた。

 

 ユメを救うことができず、むしろ見殺しにした形になって、己に失望していたあの日……『あの子』にもらった、小さな希望。

 先生の生徒たちは救うことができずとも、あるいはキヴォトスの者でない先生なら……。

 「絶対者」たる先生ならば、救うことができるかもしれない、と。

 

 そして、あるいはそれは真実かもしれないと、オリは思っている。

 今のところ、オリの知る限りで、先生が「大人のカード」を使うはずだった機会、その全てをオリは封殺することができている。

 それがちっぽけな負担の軽減に過ぎないのか、あるいは結末を転換させ得る予兆となるのか。

 「結末」に至っていない今、それは不明ではあったが……。

 

「できる可能性があるんなら、やらないと。

 先生は、私の英雄。そして今は、好きになった人でもあるんだ。

 こんな私に、少しでも可能性があるのなら、あの人の結末を転換できるのなら……私は、なんでも支払う」

 

 

 

 呟き、まぶたを開いたオリは、懐に手を入れ……ナニカを取り出した。

 

 それは悍ましい、不吉な雰囲気を持つモノだった。

 

 片手で掴める、白い封筒。少なくとも見た目の上ではそうなる。

 けれどそれは、ただの封筒ではない。

 

 ソレは、オリが黒服との契約で手に入れた物。

 エデン条約に手を出さないことの対価として譲り受けた、ゴルコンダが作った「作品」の1つだった。

 

「悪魔との契約とかそうだし、パンドラの箱、ってのもそうなんだっけ。古来から、『封のされた得体のしれないもの』を開けるのは大体の場合厄ネタだよね。

 これも多分、というか間違いなくそうなんだろうけど……」

 

 その手のモノは、最後には開けたことを後悔することになるのがお決まりだ。

 それも、オリにこれをもたらしたのは、先生のような良い大人ではない。ゲマトリアという、最低最悪な大人共の一人だ。

 ならば、オリもきっと、最後はこれを使ったことを後悔することになるだろう。

 

 けれど、それでも。

 

 

 

「……知らないよ、後のことなんて。私には、私の証明には、今しかないんだから」

 

 きゅっと、「封筒」に、小さくしわが寄った。

 

 

 







 今までオリは、常にリオに盗聴器やら発信機やらを取り付けられていたので、本当の意味では一人ではありませんでした。
 今はゲマトリアの管理下でそれらを完全に除去されているので、本編初の「何を言っても間違いなく誰にも聞かれない」タイミングです。
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