調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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異変

 

 

 

 虚妄のサンクトゥムは、解体された。

 キヴォトスは青い空と一時の平穏を取り戻し……。

 

 けれど、めでたしめでたし、では終わらず。

 連邦生徒会役員の持ち込んだ計器が、新たなエネルギー反応を捉えた。

 

 レッドウィンターの氷海。

 廃園した遊園地、ユートピアの地下。

 ゲヘナにあるヒノム火山。

 トリニティとアリウスを繋ぐカタコンベ。

 

 前回と同じく、けれど箇所の異なる、曰く付きの場所。

 そこに再び6つ、虚妄のサンクトゥムの前兆となる反応が現れている。

 

 前回、この反応が計測されてから塔が現れるまでにかかった時間が、おおよそ24時間。

 前回よりもエネルギー反応が肥大していることから考えて、再び空が赤く染まり、無限の敵があふれ出し始めるまでにかかる時間は……おおよそ15時間程と予測された。

 

「各自治区は、現在整備中。長い戦闘と混乱の中にありましたから、立て直しには時間がかかります。

 こんな状態で、再び虚妄のサンクトゥムを攻略……いえ、たとえ攻略したとしても、再びこうして現れるのなら、何の意味も……!」

「だねぇ~……。どうにかして、今の段階でこれを止める手段を見つけないと」

「とはいえ、今のこれは実体のないエネルギー体であり、虚妄のサンクトゥムの出現原理も解明できていない。

 破壊もできず、また出現を止めることもできないとなれば……」

 

 議論は紛糾し、進まなかった。

 そもそも何故それが起きているのか、どうしたら止められるのかも解明されていない以上、打つ手がない。

 

 

 

 先生は、案を出しては否定する生徒たちを見ながら、忸怩たる思いを呑み下す。

 

 これまでに、予兆はいくつもあったのだ。

 

 時折見る、不思議ないくつかの夢。

 天童アリスの謎に満ちた生い立ち。

 エデン条約に纏わる事件で見えた、ヒエロニムスという「恐怖」による脅威。

 ベアトリーチェが関わっていた「色彩」と呼ばれるナニカ。

 調月リオが、自らの青春を賭してでも回避しようとした破滅。

 そして、何より……調月オリが取った、破滅的なまでの行動。

 

 それら1つ1つは、全くと言っていい程に繋がりはない。

 けれど、まるでそれらが絡み合うようにして、この破局に辿り着いた。

 

 故に、先生はそれを、このキヴォトスで唯一予見できたはずだった。

 終末に備え、生徒たちに負担や心配をかけることなく、事態をスマートに運べて然るべきだった。

 

 それなのに、このようなことになってしまった。

 それは先生の怠慢だ。犯すべきでなかった、ミスの一つだった。

 

 しかし、どうあれ。

 起こってしまったことは、変えられない。

 

 先生にできるのは、なんとかしてそれに立ち向かうことと……。

 ……いざという時に、責任を取ることだけだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、一行が顔を突き合わせて頭を悩ませている時。

 

『……結論が出たわ』

 

 リモートから会議に参加していた生徒の一人、ミレニアムの調月リオが、言葉を発した。

 

「結論、というと?」

『私たちが直面しているこの事象、これを引き起こしている要素の特定に成功した。

 データを送信するから参照して頂戴』

 

 その言葉と共に、会議に参加していた生徒たちの下に、リオの作ったのだろうデータ群のファイルが届く。

 

 専門用語や理解困難な図式も多く、誰もがその意味を正確に理解できたわけではなかったが……。

 続く彼女の言葉が、それを平易に説明した。

 

『先の虚妄のサンクトゥム攻略作戦において、第六サンクトゥムが他のサンクトゥムを復元する際、その内部に蓄積されたエネルギーと共に、他サンクトゥムからもエネルギーを徴収してそれを行っていた。

 つまるところ、サンクトゥム間には不可視のパイプが通っていて、エネルギーはそれぞれの間を流動することができる、ということになる。

 そして今、新たなサンクトゥムが現れようとしているのだけれど……これらのサンクトゥムのエネルギーは、自然発生したのかしら?

 いいえ、そうではない。明らかにどこかから、一定量のエネルギーがもたらされていると見るべきよ』

「なるほど。パイプはサンクトゥム間だけではなく、その発端となっているだろう何かとも繋がっているはずだ、と?」

『ええ。そしてこの要素こそ、虚妄のサンクトゥムを構築する中核であり、この異変の発端となった要素。そして私たちの仮説が正しければ、これをコントロールするデバイスでもある。

 これを機能停止させれば、もはや虚妄のサンクトゥムは自然発生せず、そして現存するエネルギー体も行く先を失って霧散するはずよ』

 

 要は、キヴォトスのどこかに、この事態を引き起こしている元凶がある、と。

 調月リオは、そう語った。

 

「そ、それはどこなのですか……?」

 

 僅かに希望の滲んだアユムの問いに、リオは……。

 淡々と、その答えを口にした。

 

『キヴォトスの上空、75,000m。そこに、一切の物理的観測を受け付けない構造物が存在する。

 それこそが、私たちの目指すべき地点よ』

 

 

 

 地表から、75,000m。

 

 キヴォトスで最も標高の高い山脈よりも、空を行き交うジェット機よりも、遥か遠く見える雲よりも、更にずっとずっと遠く。

 それはオゾン層の広がる成層圏を超えて、中間圏に踏み込んだ高さだ。

 

 もはやここまで来れば、大気は極めて薄くなり、気温も実に-90度になる。

 当然ではあるが、いくらキヴォトスの住民とはいえど、まともに生きてはいけない環境である。

 

 だからこそ、そこは生徒たちにとって、完全に視野の外にあった領域であり……。

 この一連の事件を引き起こした主犯、恐らくは「色彩の嚮導者」と呼ばれるソレは、そこに拠点を築いていたらしい。

 

 

 

 キヴォトスにおいて、おおよそ最高の技術力を誇るミレニアム。

 しかしその自治区においてすら、ただ一人の生徒を除いて、この領域への攻撃手段は持ち合わせていない。

 

 ただ一人の例外とは即ち、これからキヴォトスを襲う可能性のあるあらゆる危機へと備えていたビッグシスター、調月リオに外ならず……。

 

『……いいえ。この状況では、攻撃は不可能よ』

 

 けれど、彼女は首を振った。

 

 ビッグシスターたるリオと、彼女に並ぶ頭脳を持つ自称超天才清楚系病弱美少女ハッカーことヒマリ。

 数か月前の諍いから未だに関係を修復できていない不器用な2人は、しかしキヴォトスの危機を前にして一時休戦、協同でこの構造体の解析を試みたが……。

 

 結果として判明したのは、この構造体が、あらゆる物理的干渉を受け付けないということだけだった。

 

『特異現象、ですね。あそこには、ある種の量子論的な状態の共存が発生しているようです。

 アレは今、完全なブラックボックス、確率上の存在に過ぎない。そしてその確率の中から、アレは恣意的に特定の現在を選択できる。

 仮に私たちがあの構造体を攻撃しても、『攻撃を受けた場合』と『攻撃を受けなかった場合』の2つが同時に存在し、その内『攻撃を受けなかった場合』が選ばれてしまう……と。

 ものすごく簡単に言えば、そういったロジックのようですね』

『……例えるならば、二次元と三次元の違いね。

 厚さを持たない二次元の物が三次元に接触しても何の影響も与えられないように、私たちはアレへと干渉することができない。

 私が所有する手段で攻撃を試みたところで、命中することなく素通りしてしまうでしょう。

 私たちがその存在を感知したのも、ただエネルギーの経路の果てを探し、その位置を特定したに過ぎない』

 

 ミサイルを飛ばしても、映像を撮ろうとしても、接触しようとしても。

 それらは尽く、無駄に終わる。

 

 それは、虚妄のサンクトゥムの根源たるこれに対し、生徒たちが完全に無力であることを意味していた。

 

 

 

「それに対抗する手段は、ないのですか……?」

 

 リンの呟きに、通信を介してヒマリとリオが答える。

 

『恐らく、内部構造……構造物自体には、この状態の共存は発生していないはずです。

 二次元の物質が三次元の物質に干渉できないと同様に、三次元の物質も二次元の物質には干渉できない。サンクトゥムにエネルギーを伝達するためには、構造物自体は平常な物質である必要がある。

 つまり……私たちが観測できる、巨大な球体。それは、構造物が纏ったバリア、あるいは膜のようなものであると推察できます』

『そして、二次元が三次元に接触できないのならば、同じ三次元の物質をぶつけてそれを破ってしまえばいい。

 要は、あの状態の共存を観測・記録し、その振動パターンを再現することができれば、この障害は打破可能よ』

 

 それが、ミレニアムの賢者2人が揃ったことで算出できた、勝利への方程式。

 ……とはいえ、彼女たちは必要な方程式を導いただけであり、それを実行することはできないのだが。

 

『ただしこれには、膨大なリソースを持つ演算装置が必要になる。

 よ……いえ、遊園都市エリドゥが完全に健在であれば、それも叶ったのだけれど……あの事件で、エリドゥはその大半の機能を喪失した。今はもう、叶わないでしょう。

 そしてミレニアムに、これを可能とするだけの演算装置は、他にないわ』

 

 要塞都市エリドゥは、いざという時のシェルターであると同時、超高度な演算装置の集合でもあった。

 けれど、アリスが塞ぎ込んでいる間に現れた「KEY」によって、この都市の半分以上が物質の変換によって無名の守護者と化してしまった。

 セミナーに資金の横領と無法な都市建立がバレた以上、リオもこれを復興するわけにもいかず……。

 その上、先の虚妄のサンクトゥム攻略戦においてはホドに乗っ取られ、破壊され、更なる被害を負ってしまった。

 

 結果として、今やエリドゥはその機能を殆ど喪失している。

 これを使って状態の共存を突破することは不可能だろう。

 

 そしてエリドゥを除けば、ミレニアムに多次元解釈の計算・再現が行える演算装置は存在しない。

 現状を打破するための解析が、さかしまに、手詰まりであることを露呈させていた。

 

 

 

 ……しかし、逆に言えば。

 これを可能とする演算装置さえあれば、状況は大きく変わることになる。

 

“…………”

 

 先生は、ひっそりとその場を後にした。

 

 自分にしかできないことを……。

 生徒が手を出すべきでない、大人としての仕事を為すために。

 

 

 

 







 原作と違ってリオがいるおかげでミレニアムのパワーがすごい。
 もう全部ミレニアムだけでいいんじゃないかな。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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