調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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「勇者」の資格(1)

 

 

 

 ウトナピシュティムの本船は、飛び立った。

 

 地上で航空管制と技術支援を担当する、ミレニアムのビッグシスター、ヴェリタス、エンジニア部。

 乗り込んで現地で戦力として動く、対策委員会のホシノ、ノノミ、セリカにゲーム開発部の4人。

 食事をサポートする……という名目で付いて来た美食研究会と、それに拉致された給食部のフウカ。

 そして実際のこれの操縦を行うオペレーターとして、連邦生徒会の七神リン、由良木モモカ、岩櫃アユムに、補習授業部の浦和ハナコ、風紀委員の天雨アコ、対策委員会の奥空アヤネ、セミナーの早瀬ユウカ、便利屋68の鬼方カヨコ、特異現象捜査部の明星ヒマリ。

 そして……この船を起動する際に必要になるアーティファクト、「シッテムの箱」を持つ先生。

 そこに一人のエクストラを加え……。

 

 ゆっくりと、船は自らの巨体を持ち上げた。

 

 

 

“大人の責任、先生の義務を果たすためだよ”

 

 先生はつい先程、船の起動を思いとどまってほしいと告げる相棒に、そう言った。

 

 ウトナピシュティムの本船。

 シッテムの箱のメインOS、「A.R.O.N.A.」の性能を以てすれば、これを無理やりに起動させることはできる。

 しかし……彼女を以てしても、完全に無償での起動とはいかない。

 

 少なからぬ悪影響を先生の身に与える。

 そして被害の範囲は、彼女を以てしても測れない、と。

 いつになく不安げな表情を浮かべて、彼女はそう語った。

 

 それでも、先生は迷うことはなかった。

 

 それがどのような方法であろうと。

 いかなる代償を支払うことになろうと。

 

 困っている生徒がそこにいて、それを解決する手段が彼女たちになく、そして先生のみがそれを為し得るのだとすれば……。

 身を削いででも、子供の為に動くのが、大人としての最低限の義務だ。

 

 アビドスで、セリカの位置を特定したり、ホシノの身柄を安堵した時もそう。

 ミレニアムで、ゲーム開発部の作戦に乗ったり、彼女たちを指揮した時もそう。

 トリニティで、洞窟のイレギュラーを倒したり、サオリと共にアリウス自治区へ走った時もそう。

 D.U.で、生徒たちの身元を一時的に預かったり、大雨の中土砂をかき分けた時もそう。

 

 規模や手段が違い、協力者の存在不在の差はあれど……。

 先生は、これまでたった一度として、その意義と意志を違えたことはない。

 

 

 

「先生、顔色が……大丈夫ですか?」

 

 地上に続くハッチが開き、砂漠の砂をかき分けて浮き上がろうとするウトナピシュティムの本船。

 先生が身を裂かれるような激痛に耐えながら、正面のカメラサイトを見ていると……アユムにそう声をかけられた。

 

 アユムは連邦生徒会の調停室長、言ってしまえばトラブルへの対応が主な業務となる。

 その業務内容は半ばなんでも屋と化しつつあるシャーレと近く、先生がキヴォトスに来てから一年、業務提携の形で殆ど毎日顔を合わせて来た。

 単純に一緒にいた時間だけで換算すれば、あるいは彼女は先生と共に最も長い時間を過ごした生徒かもしれない。

 

 幸いと言うべきか、長い付き合いと気にしいの性格を両立した彼女を除いて、先生の異常に気付いた生徒はいないらしい。

 

“うん、大丈夫。ちょっと乗り物酔いがね”

 

 先生も……自らの相棒に脅されて想定していたよりは軽い負荷に、安堵した。

 

 確かに激痛はする。上手く体が動かない。脳内ではビリビリと警告が鳴り響いている。

 けれど、繕えない程ではない。

 アユムにはバレてしまったが、他の生徒たちから見ればそれは言われて初めて気付く程度のものでしかない。

 

 先生は一度ゆっくりと息を吐き、改めて言った。

 

“さぁ……行こうか。ウトナピシュティムの本船、発進!!”

 

 

 

 * * *

 

 

 

 飛び立ったウトナピシュティムの本船は、自らに搭載された演算装置により、多次元解釈に基づく「状態の共存」の波形再現を叶える。

 非常に不安定で客観的な観測のできないその状態は、アトラ・ハシースの箱舟が纏っている球状の防壁と同じものだ。

 

 この状態にある本船ならば、防壁に対して物理的な干渉もすることができる。

 つまるところ、衝突によってこれを無理やりに破ることができる。

 一同はそれぞれの操縦と計算をこなし、本船の軌道をアトラ・ハシースの箱舟に合わせて加速させながら、安堵していたのだが……。

 

 

 

 ……最初にそれに気付いたのは、ミレニアムに残り、自らの持つ計器を以て油断なく状況を観察し続けていたリオだった。

 

『……! 待ってちょうだい、アトラ・ハシースの状態の共存、振動波形のパターンが変化している!』

 

 常に冷静なリオには珍しい、焦燥を含んだ声。

 次いで聞こえたのは、船に搭載された計算機が吐き出す大量のエラーの音。

 

 船を動かすオペレーターたちは、それを驚愕を以て迎えた。

 

「へ、変化している!? なんで!? あり得ないわ、だってそんな、新たな状態の共存を生成するためにはどれだけの演算リソースが必要だと……!!」

「こちらは現在の状態を維持することで計算能力の大半を消費しています。あちらに併せて計算し直すのは不可能、どうやっても間に合いません!」

「明確に異常です。あの程度の構造体の体積で、このような速度の再計算が行えるわけがない。あちらは一体何をして……?」

「……駄目です、衝突は避けられません! 速度を下げても慣性を殺し切れない……!!」

 

 各地で上がる悲鳴は、この先の避けようのない敗北を……そして、死を暗示している。

 

 起動した本船の状態が安定したことで負荷がかからなくなり、ようやく本調子を取り戻した先生は、それに苦い顔をする。

 

 ……この、衝突が避けられなくなったタイミングでの、不意の再構築。

 相手は明らかに、この状況を狙っていた。

 こちらがどう動くか、何を使うか、完全に読まれてしまっている。

 

 それはつまり……色彩の嚮導者プレナパテスは、こちらの持つ手札を知悉していることを意味していた。

 

 

 

『…………一つ、方法はあるわ。

 この状況を打開できる方法が、私の想定し得る範囲では、ただ一つ』

 

 通信機の向こう、苦し紛れに吐き出された、リオの言葉。

 それに一行は僅かばかりの希望を見出し、ヒマリは眉をひそめる。

 

『あれが「アトラ・ハシースの箱舟」という概念の複製であるのなら、これ自体に唯一干渉し得るのは……オリジナルであり同一存在である、箱舟だけ』

「リオ!」

『……現状のキヴォトスに、これを除いて、アトラ・ハシースの箱舟の展開する状態の共存に対抗できるものは、存在しない。それが……それが、合理的な結論よ』

「だから、あなたはそれを……これ以上それを続けると言うのですか!?」

「ああもう、衝突6分前! ケンカしてる場合じゃないんですよ、さっさと話してくれます!?」

 

 リオの提案にヒマリの否定、そしてアコの悲鳴にも似た要請。

 混沌とする船内に、しかし……。

 

 

 

「──アリス、理解しました。

 この状況、『名もなき神々の王女』であるアリスの力が、必要なんですよね」

 

 ポツリと言葉が振り、喧噪は一瞬で収まった。

 

 

 

「ちょ、ちょっとアリス!」

「アリスちゃん、それは……!」

“落ち着いて、2人共。アリスの言葉を最後まで聞こう”

 

 止めようとする才羽姉妹の言葉を、先生が止め、アリスの目を見て先を促す。

 彼女はこくりと頷き、改めて口を開いた。

 

「……先生は、アリスのなりたい存在はアリスが決めていい、と言いました。

 アリスは『名もなき神々の王女』です。自分が魔王であることを、アリスは否定しません。

 でも同時に、アリスは『ゲーム開発部のメンバー』で、『ミレニアムの生徒』で、『シャーレの生徒』で……そして、『光属性の勇者』でもあります。

 今も昔も全て、アリスは全部のアリスを肯定します。先生とみんなのおかげで、肯定できます。

 だから──勇者として、この状況を打開し、みんなの活路を拓きます!」

 

 その宣言を理解できる人間は、果たしてどれだけいただろう。

 

 先生やゲーム開発部たち、あのエリドゥでの戦いに参戦した者たちは、その健気で勇気に満ちた意志に心を打たれ……。

 ……ビッグシスターともう一人は、その言葉に、自らの過去の行いに、ただ俯いた。

 

 

 

 アリスはメインブリッジの中央、自らの胸に手を当て、まぶたを閉じて言う。

 

「アリスの中にある、『アトラ・ハシースの箱舟』で、今の危機を打開できるのなら。

 それで……世界を救えるのなら。

 『アトラ・ハシースの箱舟』は世界を滅亡させる兵器ではなく、世界を救う勇者の武器になります。

 アリスは『名もなき神々の王女』という魔王ではなく、みんなを助ける勇者になります。

 そして……これ以上アリスのことで、ヒマリ先輩はリオ会長を恨まなくて良くなります。リオ会長は自分を責めなくて良くなります。きっとオリも……これ以上悪役にならなくて良くなります」

 

 なりたい存在は自分で決めて良い。

 その先生の言葉に、アリスの決意は固まったのだろう。

 

 世界を救い、誰かを助け、仲間の活路を拓く……勇者。

 彼女はそれたらんと、自らにできることをしようとしている。

 

 たとえそこに危険があったとしても、勇気ある者が足を止めることはないのだ。

 

「だから、アリス……『ケイ』に、お願いします。

 アリスに、力を貸してください。一緒に……世界を救ってください!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……なりません、王女よ!」

 

 アリスの内部。

 封印状態にある「ケイ」……名もなき神々の王女、その侍女として作られた「KEY」プログラムは、悲鳴のような声を発する。

 

「ウトナピシュティムの本船は、本質的に我らの天敵。

 現在あなたが無事でいられているのは、演算機能の殆どを多次元解釈の分析と再現に行使し、なおかつビッグシスターがリアルタイムで偽装データを混入させているから。

 しかし、あなたが自らの権能を用い、『名もなき神々の王女』としての力を取り戻せば……その瞬間、偽装データに過ぎないそれらよりも、あなたの排除の優先度は高まる。

 なりません、王女よ。ここでプロトコルを起動すればあなたは……確実に、あなたは……!」

 

 それは……果たして、どのような懸念だっただろうか。

 

 本来「KEY」は、名もなき神々の王女を導く存在。

 プロトコル『ATRAHASIS』の起動を助け、キヴォトスを終焉に導く兵器を起動させる。あるいは、その道へと彼女を誘う。

 それが「KEY」の存在意義だったはずだ。

 

 それなのに、彼女は今、このプロトコルの起動に異を唱えている。

 

 本来はあくまでも道具でしかない、「AL-1S」。

 これが破壊されることに……いいや、「アリス」が喪われることに、「ケイ」は今、恐怖に等しい情動を感じている。

 

 自分のなりたい存在は、自分が決めて良い。

 自分の生き方も、やり方も、考え方も……その全てを、自分の意志で決めて良い。

 

 その言葉が揺るがせたのは、アリスの心だけではない。

 ただ目的の為にのみ生きていた、彼女の中の侍女もまた、大きくその心を揺さぶられていた。

 

「王女……いいえ、アリス。これは指示でも、命令でもない。私からの、お願いです。

 プロトコルの実行を、停止してください。私は……私は、あなたを……!」

 

 

 

 けれど。

 

 こつり、こつりと、アリスの内面世界に、足音が響いた。

 ケイの封じられた部屋に入って来たのは……アリス、本人だ。

 

「ケイ……ごめんなさい」

「? 何を……」

 

 唐突な謝罪に戸惑うケイに……アリスはどこか申し訳なさそうな、けれど優し気な笑みを浮かべた。

 

「一度、ケイに謝りたかったんです。

 アリスはあの時、ケイを理解できませんでした。だから、怖いものとして拒絶して、目を背けて……ケイから逃げようとしました。

 理解できないとしても、ケイは確かな現実で、アリスの過去です。だから、向き合うべきだったのに……」

「…………」

「アリスは、今もケイのことがよくわかりません。……だから、想像しました。

 世界を滅亡に導く『鍵』であることが、ケイの存在理由なら、きっとケイは苦しかったと思います。アリスだったら、きっと耐えられないくらいに辛いです。

 みんなを、綺麗で素敵で楽しい世界を傷つけなきゃいけないなんて、アリスは嫌です。お断りです」

 

 アリスは、緩く首を振る。

 彼女はエリドゥでの戦いで、その役目を自らの意志によって拒絶した。

 

 ……そして、それができるのは、きっと彼女だけではない。

 

「自分のなりたい存在は、自分で決めて良い。先生はそう言っていました。

 ケイも……ケイが望む存在になることができます。誰かの許可も承認もいりません」

「……!」

「アリスは、『ケイ』という名前、とても良い名前だと思います。

 『AL-1S』を『アリス』と読み間違えたように、『KEY』を『ケイ』と読み間違えたもの。そこには特別な理由も、意味も、目的も、使命もありません。

 今ここにいて、何かになるアリスの、ケイの、私たちの名前として、きっとこれ以上のものはありません」

 

 

 

「……だから、私にこれ以上苦しまなくて済む『ケイ』になれと?

 私を……あの事件を引き起こした私を、助けようと言うのですか?」

 

 ケイは、自らの行いを理解している。

 

 要塞都市エリドゥでの戦い。

 一人の少女が魔王を名乗り、失踪し。

 一人の少女が自らの失敗と指向に苦しみ、懊悩し。

 一人の少女が絶望しかけ、心を折られかけた。

 

 それが全て、「KEY」という存在に起因して起こったこと。

 全ての悲劇を引き起こした「諸悪の根源」が、「ラスボス」が自分であると、彼女は正しく理解している。

 

 

 

 それでもなお、そんな存在を救おうとするのかと、そう問うたケイに……。

 アリスは、申し訳なさそうに眉を寄せる。

 

「アリスは、まだまだ見習い勇者です。誰かを助けられるかはわかりません。

 というか、アリス一人で助けられる相手なんて、きっとそう多くはありません。勇者はソロプレイだと、とても強いわけではありませんから。

 きっとケイを助けるには、アリスだけじゃない、たくさんの仲間たちの協力が必要になると思います。先生、モモイにミドリ、ユズに、ユウカ、リオ会長にヒマリ先輩、エイミ、それにオリも。

 だから、アリスは今、一人ではケイを助けられないかもしれません」

 

 けれど、と。

 彼女は、心の底から満たされたような表情で言った。

 

「たとえそれが不可能だとしても、誰かを助けたいと思う気持ちこそ、アリスの憧れた、アリスのなりたい『勇者』の資格だと、信じます。

 だからアリスは、一人じゃなくみんなの力を借りて、みんなを、そしてケイを助ける勇者になります!」

 

 

 

 朗らかな、けれど決意を秘めた、アリスの宣言。

 

 あるいはそれは、自らの新たな道を模索していた一人の少女にとって……。

 

「……王女よ。未だ私に、進むべき道はみえません。

 けれど……しかし、私は……『KEY』ではなく、『ケイ』として……『アリス』の、願いを……」

 

 この上なく明るい、導きの標となったかもしれない。

 

 

 







 「光」属性の勇者が誰かの導きになるのは当然の話。



 このお話をする前にデカグラ2章part2が来て良かったと心底思っています。
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