本作ではリオのアリスへのこじらせが原作より少ないので、最初から姿を投影してます。
まぁヒマリに知られてる以上逃げられないし……。
自らの内にいる「ケイ」へと語りかけたアリス。
彼女は、ウトナピシュティムの本船に搭乗する一同が見守る中、その両のまぶたを閉じ……。
……それが再び開かれた時、瞳は赤く染まっていた。
「AL-1S、起動完了。プロトコル『ATRAHASIS』を実行します」
「だ、大丈夫……?」
「アリス、なんだよね?」
無感情に呟くアリスに、ゲーム開発部の面々が心配そうに声を投げる。
果たして、彼女は再びまぶたを閉じ……瞳に青色を戻した。
「はい、アリスは大丈夫です」
『……「名もなき神」の「KEY」を、服従させたの? いえ、しかしこれは……服従ではない……?』
リオの言葉に、アリスは微笑みをたたえ、頷く。
「はい。『ケイ』は、『アリス』のお願いを聞いてくれました。
戦いを終えれば、敵とだって手を繋ぐことができる。だから、ケイはもう、アリスたちの仲間です!」
朗らかにそう語るアリスに、ゲーム開発部の面々は安堵の息を吐いた。
彼女の中で、どのような会話が行われたかはわからない。
けれど、アリスは今、確かに彼女たちの知るアリスであり……。
ケイはそんなアリスのお願いを聞いてくれたのだという。
彼女たちにとって、仲間を信じるのは当然のことだ。
故に疑うことなく、それを受け入れた。
「でも、アリスとケイの2人では、これはできません。勇者には仲間の助けが必要です。
みんなの……そして、リオ先輩の力が」
『……私の?』
リオの持つ力は、確かに決して小さくない。
なにせミレニアムのビッグシスター。彼女の持つ技術力と知識は、それこそキヴォトスでも有数のものだ。
けれど、それでも、「名もなき神々」の文明には勝てない。
アリスが、AL-1Sであった少女が動く以上……自分は必要ない。
そう判断していたリオにとて、その言葉は少なからず意外なものであり……。
「リオ先輩も、アリスの仲間ですから!」
『っ……』
アリスの胸を張った言葉に、彼女は心のどこかで何かが欠ける音を聞いた気がした。
リオはエリドゥでの戦い以来、アリスにきちんと謝罪すらしていない。
オリの捜索とあの件の収集で忙しかった、というのもあるが……膨大な量の仕事を言い訳として彼女から逃げて来た、という側面があるのも事実だった。
リオの認識の上において、あの事件の全てはリオの招いたことであり、そしてそれは全て間違っていた。
キヴォトスのためにとエリドゥを建てたのは、間違いなく自分で。
オリは自らを慮って、望んでもない悪役を買って出た。
アリス殺害もまた、リオの意思を汲んだオリが泥を被ったことであり……。
そうして姉を犠牲にしてまで出した答えは間違っており、危うくリオのせいでキヴォトスが滅ぶところだった。
これまで明確な間違いを犯してこなかったリオにとって、これはアイデンティティを崩壊させ得る、致命的なミスだった。
それは彼女をこれまでにない程に狼狽させ、そして少なからぬ変化のきっかけになるには十分な出来事であり。
結果として彼女は、平時であれば当然のようにできたはずの感情の抑制に失敗し、「合わせる顔がない」と言ってアリスやゲーム開発部を避けてしまっていた。
どう謝罪したところで、償えない。
嫌われて当然で、責められて当然で、蔑まれて当然。
自らをそう認識し、働きによってそれを晴らさなくてはならないと思い。
けれど、どれだけ治安を保とうと、不法ややり取りを摘発しようと、自らの正しさと半身を同時に失ったショックを、そして誰かを手にかけた罪悪感を埋めるには到底足らず。
そんな状態だからこそ……。
「リオ先輩、最近はお会いしていませんが、ちゃんと食べていますか?
ユウカが怒っていました、先輩は衣食住がてきとうすぎると。食事は心身のパラメータを整えるのに最適です、アリスもよく忘れてしまいますから、一緒に気を付けましょう」
だからこそ、こうして一切の悪意なく接してくるアリスに、耐えられない。
彼女はリオの思惑を知らず、オリの思惑通りに誤解している。
だからこのように笑顔を向けてくれるのだと、そう思えば、とてもその目を見ることができない。
誰かにもっと嫌悪されることへの恐怖と……。
何より、今なおオリが犠牲になり続けること、その上に自分が平穏を手にしていることへの嫌悪感によって。
故に彼女は、真相を明かそうとした。
たとえそれがオリの真意から外れたことであろうと、それでも虚構を信じさせ続けるよりもずっと合理的だと、自身にそう言い訳して、口を開く。
『アリス……私はあの時、あなたを、自分の意思で……』
リオの、口ごもりながらの告白に対し。
「わかっています」
けれどアリスは、頭を横に振り、否定する。
『……え?』
「リオ先輩は、オリとは違う意味で真っすぐな人です。
アリスが……魔王だったアリスが危険だから、みんなを守るために害する。……そんなの、すごくオリらしくないと思っていました。
オリならきっと、『こんなの理不尽! 納得できない!』と言って、めちゃくちゃに暴れ出します。与えられた状況と条件に従って最適解を選ぶ、なんてオリありません」
『…………』
調月オリは、その精神は、凡人のそれだ。
その行動指針は、常に他者が中心にある。
……が、それは名前も知らない大多数ではなく、自らの近くにいる親しい少数の人々。それを守るためなら、彼女はどれだけの理不尽を他者に押し付けることも厭わない。
そういう意味では、彼女はあくまでも自己中心な人間であると言えるだろう。
調月リオは、その精神は、為政者のそれだ。
その行動指針は、いつでも自身の抱く合理的な正しさを軸としている。
……けれど、それはいつだって名前も知らない大多数の人間たちのため。彼ら彼女らのために、彼女は絶対的な条理の下の最適解、自らを犠牲にする道を選び抜く。
そのために自身の身を切ることを是とする彼女は、究極的に利他の人間であるとも言えた。
それらの理解に当てはめて考えれば、確かにあの動きは、極めてオリらしくないものだ。
高い頻度で一緒に遊んだりしていた、友人と呼んでいい関係にあったアリスを犠牲にする、なんて結論をオリが選ぶわけがない。
……しかし、それが理解できているなら何故、と。
無言のままに尋ねるリオにアリスは答えた。
リオからすれば、信じ難い答えを。
「アリスは……リオも、オリも、間違っていないと思います」
『……っ!』
致命的な間違いを犯し、守るべきミレニアムを滅ぼしかけ、最愛と言っていい姉を失い、失意の中で自責を繰り返していたリオにとって……。
「間違っていない」というその言葉は、あまりにも眩しいものだった。
それこそ……咄嗟に、目線を逸らしてしまう程に。
「誰かを助けたいと思うことが、勇者の資格なら……。
それなら、リオを助けたいと思ったオリも、ミレニアムを助けたいと思ったリオも、間違っていないはず。
だから、戦いが終わった今、アリスと同じ想いを抱いて同じ道を歩ける、仲間になれるはずです!」
『私が……あなたの『仲間』に……』
「はい。リオ先輩はとても賢いので、賢者ですね!
オリもリオ先輩も、誰かのために最後まで戦い抜ける、すごい人です。
だから、アリスの仲間として、一緒に戦ってほしいんです!」
邪気なく笑うアリスに……。
リオは、微かに、オリの姿を重ねる。
自身が攫われたり危害を加えられたりすれば、すぐに飛んできて問題解決に当たってくれた、姉。
どれだけ迷惑をかけても「リオちゃんのためだから問題なし! 許す!」と快活に笑っていた、姉。
時に死地に送り出すこともあり、けれどその力と帰還を信じられた、姉。
約束通り、最後の瞬間までリオのために戦ってくれた……。
リオの、たった一人のお姉ちゃん。
隣り合い、互いの弱点を埋め合い、許し合う関係。
リオは既に、仲間という概念を知り得ていた。
『でも、私は、間違って……』
「大丈夫です、仲間が迷走するのは名作RPGによくある展開です!
リオ先輩がまた間違えそうになったら、アリスたち仲間が止めます。逆にアリスたちが間違えそうになったらリオが止めてください。
バトルマスターは魔法を使えませんし、賢者は物理に弱いです。誰にでも弱点はあって、でも、そういうお互いの弱点を補い合うのが仲間です!
だから……」
「アリスと一緒に、世界を救ってください、リオ先輩!」
アリスの、口説き文句と言っていい勧誘。
それに、リオは迷い、戸惑い、躊躇し……。
……けれど。
こくりと、首肯を以て返した。
* * *
ガコン、と音を立て。
ウトナピシュティムの本船の、外部に繋がる搬出口が開く。
凄まじい風圧と吹き込む冷気をものともせず、仁王立ちする少女は……天童アリス。
世界を救わんとする勇者だった。
『アトラ・ハシースの箱舟の設計コンセプトは単純。あの文明における基礎概念、物質の再構築。あのバリアもまた、この力によって培っている』
『しかしただ一つ、起点となるべき箱舟自体は、箱舟からの干渉を受けることはない。
故に……アリス、あなたの力であれば、箱舟が展開するバリアの「状態の共存」を破り、貫通し得る』
『ウトナピシュティムの本船、その本質は空飛ぶ演算装置。巨大なデータの集合体、リソースの塊。
ならば……それを再構築すれば、あなたにとって最強の武器が、あなたの勇気を示す剣が生まれるはず』
『内部隔壁は全て解放。予測射程及び減衰量入力、軌道計算……微細誤差修正、終了。射角調整完了。障害要素確認……なし。
問題ないわ。これより1分31秒の間、攻撃は確実にあちらに届く』
『後は託したわ……私たちの、勇者!』
インカムから響くのは、彼女が共に歩いて行く、新たな仲間の言葉だった。
頼りがいのある合理的な声が、勇者の指先に熱をもたらす。
『AL-1Sに接続された利用可能リソース確保のため全体検索を実行、リソース領域拡大を開始』
『リソース名「ウトナピシュティム」、全体リソース……9999万エクサバイトのデータを確認』
『……接続!』
『リソース領域拡大、閾値達成。現時刻を以て、プロトコルATRAHASIS稼働』
『コード名「アトラ・ハシースの箱舟」、起動プロセスを開始します!』
『私の大切な…………アリス!』
胸の奥より聞こえてきたのは、彼女が共に寄り添い救うべき、新たな仲間の言葉だった。
迷いを振り切る決意を秘めた声が、勇者の心を震わせる。
『王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された』
それは、このキヴォトスにとって呪いとなるはずの言葉だった。
全てを真っ平に記録し、保存し、終了させる、終末の呼び声。
けれど──。
今、呪いは祈りとなり、鍵は新たな扉を開く。
ウトナピシュティムの本船に搭載された、莫大な量の演算装置。
それらは内部通路を辿って勇者の下に集い、彼女の愛銃たるレールガンを覆い隠すように巨大化させていく。
「名もなき神々の王女、AL-1Sが承認します」
勇者の言葉に集まり、固まり、新たな形と色となり。
彼女の得物はもはや、一人の少女が持つ銃という概念を大幅に越えていく。
全長、実に16メートル。
体積、おおよそ80立方メートル。
その巨大な機構の要件は、至極単純で……。
自らの持つ力の全てを一点へ撃ち出す、文字通りの必殺の一撃。
それは、銃ではなく、もはや砲。
宇宙戦艦の主砲と、そう呼ぶべき代物だった。
アリスがそれを握った瞬間……。
ゾクリと、不明な衝撃が、彼女の心を震わせる。
邪悪な波動。
そう呼ぶ他ない不吉なナニカが、彼女が集めたリソースを通って、アリスの下に届いた。
『……!? これは、結晶化した神秘の発散!?』
「大丈夫です!」
不安を抱いた仲間を安心させるように、アリスは笑った。
それが良くないものであることは、わかっている。
それでも、今、こうして箱舟から攻撃される危険を冒して、アリスが立っているように……。
それを使うという危険を冒してでも、戦う覚悟を決めた仲間がいる。
「アリス、知ってます!
──オリは、こんな決戦を逃す人じゃないって!」
自分一人の戦いではなく、自分の一人の勇気ではない。
仲間と共に挑むという実感が、彼女の唇を自然と笑みに形作る。
「さぁ……ここに、新たな
巨大な砲が、漆黒の球を捉える。
ウトナピシュティムの本船にある全てのエネルギーが充填され、一点に集中。
そうして……。
「光、よ────!!!」
放たれた白の光が、黒い防御壁を貫き、打ち壊した。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。
「」と『』の使い分け、間違えがち。気をつけないと……。