アリスの作り上げた超巨大レールガン──ヒマリが命名したところの、「光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ」──が、凄まじい出力のビームを放ち……。
ほんの一瞬の閃光の後に、アトラ・ハシースの箱舟を守っていたバリアには、大穴がこじ開けられた。
「着弾確認、多次元バリア粉砕!!」
「バリアの『状態の共存』の喪失、及び機能停止を確認しました。今なら突入可能です!」
各オペレーターの報告に対し、リンは即座に判断を下す。
「っ、この機会を逃してはなりません! ウトナピシュティム、最大速力で突進します!!」
バリアを再展開される前に、ウトナピシュティムの本船を突っ込ませ、アトラ・ハシースの箱舟に乗り込む。
そのいっそ破滅的なまでの思い切りの良さは、果たして……。
「……せ、成功、したの?」
「はぁ……寿命が縮みました……」
……確かに、功を奏した。
アトラ・ハシースの箱舟の外壁に半ば埋没する形で、ウトナピシュティムの本船は突き刺さった。
一行はついに、敵の本拠地、アトラ・ハシースの箱舟に乗り込むことに成功したのだった。
* * *
地上で一行を苦悩させた、「状態の共存」のバリア。
当初の目標であったこれの突破は叶った。
……しかし、これはあくまでも作戦の第一段階でしかない。
本作戦の名前は、「アトラ・ハシースの箱舟占領戦」。
恐らくはあると思われる激しい抵抗を潜り抜けてここを占領するまで、先生たちの戦いは終わらない。
「……先の衝突で、本船は損傷を受けています。
多次元解釈システム自体には問題ないのですが、中枢システムにダメージ。エンジンシャットダウン、再起動シーケンス作動せず」
「メインコントロールシステムも動作不能ですね……」
「各エリアの通信も駄目。それに、肝心の演算システムもボロボロだね」
「困りましたね……帰還の術が喪われてしまいました」
『……帰還手段に関しては、こちらで対処するわ。元より本船が機能停止してもいいように、全員分のポッドの用意をしていたの。この作業を急ぐしかない』
オペレーターたちが情報を交換し、ひとまず現状を把握しようとしていた時……。
不意に、誰も操作していないはずのパネルが開き。
仮想ウィンドウに……デフォルメされた、人の顔のようなものが映った。
『本船に関しては問題ありません。あなたたちが心配せずとも、この船は動きます』
「っ!? 誰が……!?」
一行が唐突な声に驚く中、ただ一人、リオだけが冷静に尋ねる。
『……この、周囲を変質させる性質。あなたは、名もなき神々の王女の「
『ええ……そうです。私は「KEY」、そう呼ばれていたモノ』
「ちょ、ちょっと待って! 確か「KEY」って、アリスの中に入ってるって話じゃ……」
ユウカが叫んだその時、管制室に新たな生徒が入ってくる。
「ケイが外に出たがっていたので、アリスが外出許可を出しました!」
『王……アリス、その表現では、私が子供のように思われてしまうのですが』
「アリスは子供ですし、それならケイも子供です!」
ディスプレイに表示された顔と親し気に言葉を交わすのは、多次元バリアを破壊し道を切り拓いた勇者、天童アリス。
彼女は親しい友人の凄さを自慢するように、胸を張って言う。
「ケイはこの宇宙戦艦を守ってくれます。謂わば伝説の盾ですね!
なので、みんなは伝説の剣になってください! 敵地占領は戦略の基本です!」
『……ウトナピシュティムの本船は、既に私とアリスが掌握し、再構築しています。
リソースの上限があるとはいえ、私たちはこの本船を自由に作り変え、あるいは作動させることが可能。
逆に言えば、私とアリスがいなければ、この壊れかけた本船をスムーズに作動させることは困難でしょう。ですので、私たちは本船に残ります。
せんっ……先生たちは、アトラ・ハシースの箱舟を早急に占領し、この本船に戻ることを推奨します。
それまでの間は、私がこの船への攻撃を遮断、防衛しましょう』
まるでアリスの言葉を翻訳するように告げる、それ……「KEY」、あるいは「ケイ」。
その言葉に対し、ミレニアムに残ったリオが、不安げな声を上げた。
『…………何故? あなたは一度、キヴォトスに攻撃をしようとしたはず。
何故今度は、本船を守り、キヴォトスを守ろうとするの?』
「ケイは……」
『アリス』
答えようとしたアリスを声で制し……。
それは、自らの言葉で語る。
『……二度。私は二度、助けられました。
私の大切なアリスが、一度、先生やゲーム開発部に救われ……。
そして先程も、アリスと私は、「彼女」に救われた。
故に私は、そうして受けた恩を返さなければ……いいえ、違う』
一度言葉を止め、少しだけ言葉を、大きく意味を変えて言う。
『私はこの恩を返したいと思った。そう望んだ。
故に「ケイ」は、アリスと共に……戦います』
かつては敵だった「KEY」……もとい、「ケイ」。
彼女を信じ受け入れるべきか、特に一連の流れと彼女の正体の意味を知るリオは、幾らか悩んでいたが……。
最終的には、受け入れざるを得なかった。
アリスの「リオと同じようにケイももう仲間です! 仲間外れは嫌です!」という、彼女らしい主張。
先生の“ケイちゃんが仲間になってくれるのなら百人力だね!”という、楽観的な言葉。
そしてケイの『だ、誰がケイちゃんですか! あなたという人はいつもそう、距離感とかないんですか!?』という、どこか間の抜けた怒り。
それを聞いてもなおケイを敵と見なすのは……。
アリスに「仲間」と認めて貰えた自分自身を否定することになり。
……ひいては、きっとその未来を望み自らの身を擲ったオリの献身を、無意味にするだろう。
故に、彼女は、新たな一歩を踏み出す。
『転送システムは引き続き構築するわ。けれど……前提として、ケイの力による脱出を優先しましょう。
私のシステムは、どうしても古代技術に弱い。ハッキングを受ける可能性なども考えれば、彼女を信じる方が合理的だと、そう判断できるはずよ』
『……感謝します、調月リオ』
「リオ先輩、ありがとうございます!
そして……みんな、見ていてください! アリスたちの本気を見せます!」
* * *
アトラ・ハシースの箱舟に乗り込んだ、ウトナピシュティムの本船。
この船に対し、プレナパテスは軍勢を差し向けて来た。
占領戦開始前に行われる、防衛戦。
まずはこれをいなして、船の安全を確保しなければならない。
地上で虚妄のサンクトゥムより現れた、キヴォトスの数多の神秘と恐怖。
それらを……。
『リソース、13%を守護者へと再構成。敵残骸からリソースの取得開始。防衛線を引き上げ、包囲します』
「光の剣、リチャージ終了! 貫け、バランス崩壊!!」
しかし2人は易々と、片端から跳ね除けていく。
ケイとアリスによる本船の防衛は、圧倒的と言っていいものだった。
ウトナピシュティムの本船のリソースを無尽蔵の軍勢へと変化させて防衛線を引き、倒した敵を鹵獲して更にリソースを増やしていくケイ。
そうして足止めし集めた敵を、その手に持つレールガンを以て、圧倒的な火力で薙ぎ払うアリス。
その相性と連携は、双子として息の合った連携を見せる才羽姉妹もかくやというものであり……。
全方面から押し寄せる敵たちをすら、押し留めるどころか跳ね除ける力を持っていた。
「うひゃぁ……すごいねぇこれ」
「ウトナピシュティムの本船……本体質量が増加しています!」
「う、嘘だ……厄介だった敵が仲間になったのに、全然弱くなってない……!?」
“うおおおおおお、ケイちゃん最強! ケイちゃん最強!”
『っ、あああああもううるさい! 先生張り倒しますよ!?』
『先生、アリスのことも褒めてください!』
“アリスも最強! アリスも最強!”
『やりました! アリス、賞賛を受けて名声ポイント獲得です!』
『先生は黙っていてください! あなたの声を聞くと集中できません!!』
何故かケイが先生に対して当たりが強かったりはしたものの、2人の防衛戦は順調そのもの。
押し寄せる敵の大群を相手に、しかしむしろ状況を好転させていき……。
* * *
……けれど、あるいは、それが良くなかったのか。
「状況の悪化を確認。不明な外的要因による変数の挿入と推定。
……はい。介入を開始します」
彼方の玉座にて、小さな少女が、呟きを漏らした。
* * *
唐突に、ウトナピシュティムの本船にエラー音を思わせるアラートが鳴り響く。
『────!? な、これは……!』
「ハッキング!? どこから……この異様な処理速度は!?」
『ヒマリ、ケイ、私と対応を! 防衛戦の範囲を狭めて……』
『いいえ、駄目です! このクラッキングを防止するには、私の全演算リソースを使わなければ間に合わない! アリス、退いてください! 防衛線を放棄します!』
“……大丈夫、そちらは私たちが受け持つよ”
慌てる生徒たちを落ち着けるように、先生は泰然自若にそう言って、自らの生徒たちを見やる。
ケイとアリスの奮闘を見守っていた彼女たちは頷き、先生の指揮に従って船から飛び出した。
アトラ・ハシースの箱舟の占領戦、その手始めとして、まずは本船の安全を確保せねばならない。
そのためにアリスと共に奮闘してくれたケイは、彼女たちにとってはもう、信頼に値する仲間だ。
だからこそ、本船のハッキング対策は彼女に任せ、今度は自分たちが防衛戦を担当する。
そうして、実力派の生徒の大半が、防衛部隊として前線に出ていく。
残されたのはオペレートを行う頭脳派の生徒が少数であり、彼女たちも未知のハッキングへと対処するのに手一杯だ。
ミレニアムに残り全ての計器を利用可能なリオ、そしてイレギュラーたるケイですら、その侵攻を止めることに追われる。
……そうなるように調整された攻撃だったから、当然と言えば当然なのだが。
そう。全ては計画通りだった。
防衛戦のために、主力となる生徒たちが……特に、キヴォトス最高の神秘を中心とするアビドスの生徒たちの多くが、本船から降りていること。
オペレーターたちは、情報管制とハッキング対策に夢中になっていること。
それこそが……
全員の死角。
ヴン、と、虚空の穴が開く。
それはキヴォトスに在り得べからざる、「色彩」による干渉。
多次元解釈にも近しき遍在性の顕在化による、空間の超越……。
一言で言うなら、ワームホールだ。
それを通して彼女は、「色彩」により変貌した砂狼シロコは、ウトナピシュティムの本船へと移動する。
誰に見咎められることもなく、故に止められることもなく。
僅かに宙に浮いて現れたその穴から、彼女は致命的な毒を含んだその脚を、船へと付けようとし……。
されど。
「────そこまで」
真のイレギュラーが、それを止めた。
「…………!?」
自らの腕を掴んだ少女を、砂狼シロコは予期していなかった。
「彼女」の想定にも、「彼ら」の計画にもない……不可解な何者か。
「ははっ……捕まえた。また、捕まえたよ、シロコ」
調月リオによく似た、けれど全く真逆の少女……。
調月オリは、ニヤリと、どこか無理のある笑顔を浮かべた。
「舐めんなよ……こちとら、空間転移の第一人者、じゃい!!」
ほんの刹那の、意識の空転。
気付けばシロコの体は、船外の壁に叩き付けられていた。
「ぐっ! ……あなた、は」
成長したシロコすら超える身長のオリは、彼女を壁に押し付け、その腕を握り潰さんばかりに固定する。
オリは知っている。
彼女を自由にし、あの船の中へと通してしまえば……それが、救いのない結末の始まりになると。
彼女の望み。オリヒメの望むそれとはまた異なる、結末の転換。
そのためには、こうしてシロコを抑えるのが一番早い。
ギリ、と、更に腕の力を強める。
殺す気は、ない。
けれど、腕や足の一本でも折らなければ、シロコは止まらない。
それを理解しているからこそ、オリは彼女を押し留めようとし……。
「……あなたは、誰?」
シロコの、その言葉。
それに、パキッと、音を立てて……。
オリのヘイローに入った