調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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仮面

 

 

 

 アトラ・ハシースの箱舟──緊急対策委員会が第一エリアと定めた区画の程近く。

 そこで今、3人の生徒が向かい合っている。

 

「……ホシノ、先輩」

 

 3人の内の1人、アヌビスの化身たる砂狼シロコは、その手に持つライフルの照準を微かに下へ落としながら、ぼそりと呟いた。

 

 壁を爆破し、戦っていたシロコとオリの間に割って入るように現れたのは、アビドス高等学校廃校対策委員会の長、小鳥遊ホシノ。

 シロコにとって既知の……そして、できるならば会いたくなかった相手だ。

 

 その場にいる最後の一人、片膝を突くオリを守るように盾を構えるホシノは、ちらりと後方を見やった後、シロコに目線を投げる。

 真剣ではありつつも、いつも通りの少しふざけたホシノの目で。

 

「いやぁ、久しぶり~、シロコちゃん。

 少し見ない間に不良になっちゃって、びっくりだよ。おじさんはシロコちゃんをそんな子に育てた覚えはないんだけどな~?」

「っ……!」

 

 ホシノのいつもと変わらない態度に、シロコはけれど、眉を寄せ……。

 ホシノがそこから何かを感じ取るより早く、振り返って脱兎のごとく走り出した。

 

「待って、シロコちゃん!」

 

 ホシノはその背を追おうとして……けれど、間に合わない。

 シロコの行く先には虚空の穴が開き、彼女だけをどこかへと連れ去って、消えてしまった。

 

 

 

「う~ん……逃げ足が速いなぁ。流石シロコちゃん……って感じでもなさそうだけど」

 

 追跡を諦めたホシノは、ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら盾を小型化して鞄の形へ戻しつつ、背後の少女に目をやった。

 即ち……膝を突き、辛そうに息を吐くオリに。

 

「……オリ、久しぶりだね。去年以来?」

「…………ひさし、ぶり。ホシノ。

 いや、ごめん、今はちょっと……余裕がなくて。うん、いつもみたいに軽口が叩けないのは、申し訳ない。

 でもとにかく、助かったよ。ホシノが来ることだけが、私の勝ち筋だった。そのために、アビドスの皆が占拠したエリアに近付いた、わけだし」

 

 淡々と言うホシノに対し、オリは肩を上下させながら応える。

 明らかに余裕のなさそうなその様子に、ホシノは目を細めた。

 

 

 

 オリの強さを、ホシノはよく知っている。

 

 もう3年前にもなるあの日々。抜けたところばかりの先輩と、ふざけていながら真面目な客人と、夢物語に過ぎない復興をそれでもと目指していた毎日。

 それは、ホシノにとっての、ある種の黄金期。二度と取り戻せない、楽しかった瞬間だ。

 

 その中で、ホシノは何度もオリと手合わせをし、あるいは共に戦っていた。

 この厄介者を追い出そうと勝負を挑んだことも、攫われた先輩を取り戻すために肩を並べたことも、枚挙に暇がないと言っていい程であり……。

 そんな日々が終わった後にも、何度も共に戦ってきた。

 

 だからこそ……如何に姿が変わろうと、シロコに追い詰められるオリというのは、どこか違和感があった。

 ……いいや、より正確に言えば。

 たった5分そこらの戦闘で疲労困憊になっているオリに違和感を覚えた、というのが正確なところだろうが。

 

「どうしたの? ずいぶん調子悪そうじゃん」

「そ、かな……アハハ、確かに、ちょっと今は疲れてるけども」

 

 オリは自らの顔貌に、綺麗な笑みを浮かべ。

 それを見て、さかしまに、ホシノは眉を寄せる。

 

 彼女と付き合いの長いホシノは、知っている。

 オリの「素の笑顔」は、こんなに綺麗なものではない。

 

 自らの心を偽ることに慣れた彼女が、本心でない笑顔を取り繕い、何かを誤魔化そうとする時……。

 オリは決まって、綺麗に整い過ぎている笑顔を浮かべる。

 

 そもそも……オリは実のところ、あまり多く笑顔を浮かべる生徒ではないのだ。

 特に、アビドスの生徒会長が亡くなったあの事件以後、オリが自然な笑顔を浮かべることは減った。

 その代わりに、取り繕った笑顔ばかりを貼り付けるようになった。……ホシノと同じように。

 

 それが再び増えたのは、シャーレの先生がキヴォトスに来てからのこととなる。

 ホシノはそれに安堵し、自らも先生が信頼に能う人物であると確かめた後は、先生にオリの様子を見るように頼んだのだが……。

 

 ……あるいは、ホシノの願いは届かなかったか。

 オリの様子は、以前の、先生が現れる前のそれに近付いているように思えた。

 

「……オリ」

「もう、そんな顔しないでよ、ホシノ。ただ、ちょっと、調子が悪いだけだって」

「じゃあそんな笑い方するのやめてよ」

「…………あー、うーん……弱ったな。知己ってのは怖い、ね」

 

 

 

 苦笑し、「よいしょ、っと」と立ち上がったオリ。

 彼女は……ひとまずホシノは置いておき、インカムに手を触れ、言う。

 

「もしもし、先生? そっちにシロコちゃん、行ってたりしないよね」

“……来てないよ。それより、オリ”

「もう、先生まで。あんまり私に気を遣わないでほしいなぁ。私に払う分の気は、他の子に使ってあげてよ。

 ほら、調月さんちのオリちゃんってさ、あんまりそういうキャラじゃないじゃん。はちゃめちゃでめちゃくちゃで、なんか起こっても大体無理やりなんとかして帰って来る、みたいな」

 

 肩をすくめるオリに、しかしホシノは冷ややかに言い放つ。

 

「……それ、私と先生が本気で信じてると思ってるの?」

「あー……そうだといいなぁ」

 

 てきとうに応えるオリに、ホシノはいつもの彼女らしくない、あるいは真に彼女らしい、鋭い視線を投げる。

 

「3年前の、あの日。……私は、オリの本当を見た。

 もう、オリのふざけた仮面には騙されない」

 

 ……オリはその言葉に、一瞬ピクリと反応した後、大げさにため息を吐く。

 

「……ふざけた仮面とは、言ってくれるなぁ。ペルソナを整えるなんて、誰でもやってることでしょうに。

 それならホシノのいつものは何? ……あの人の真似でもしてるつもりなの?」

「ッ、オリ!!」

 

 ホシノの頭に、かっと血が昇る。

 

 触られたくない、触れてはいけない、ホシノのタブー。未だ癒え切らぬかさぶた。

 普段決してそこに踏み込まないオリは、しかし心身の余裕のなさからか、それともホシノに言われた言葉に怒りを抱いたか、平然と思い出の禁足地に足を付ける。

 

 その結果、一瞬くらりと視界が揺れ、気付けばオリはホシノに胸倉を掴まれていた。

 年齢に反して大柄なオリと、反対に小柄なホシノでは、本来そんなことは成立し得ない。

 それが今現実になっていることこそ、オリの衰弱とホシノの激怒、その両面の証明だった。

 

「お前は……ッ! お前だって、あの人にッ!!」

「ほら、そっちがホシノの素顔ってヤツじゃん。騙されないのはこっちも同じ。

 ……お前が今私にムカついてる感情をさ、私はこの3年間ずっと持って来たんだけど?」

「ッ……!」

 

 まともに抵抗もせず冷ややかに吐き捨てるオリに、ホシノは思わず怯む。

 

 

 

 オリの言葉には、一面の説得力があった。

 

 確かに、ホシノは仮面を被っている。

 

 かつて大切だった人に言われた、「おじさんみたいで可愛い」という言葉。

 より良い先輩をイメージすれば自然と思い浮かぶ、ふざけたように緩い姿。

 暴力は良くないと語ったあの人の理想だろう、昼行燈な在り方。

 

 アビドスの生徒会長から受け継いだアビドスを守り、後輩たちに託すため。

 小鳥遊ホシノは、自らの暴力的な本性を隠す仮面を被っているのだ。

 

 それなのに、オリに仮面を被るなと言うのは、確かに道理の通らない話だった。

 

「ホシノさぁ……本音で語らないのが不愉快って言うんなら、まずは自分が改めなよ。

 自分ではしないことを人に求めるのはエゴだって思わない?」

「そんなこと、私には理由が……!」

「だからさ……そういう事情が他人にもあるってこと、わからないかな」

 

 オリの胸倉を掴んでいた細腕に、手がかかる。

 

 その手に、温度はなかった。

 

 まるで死体のような冷たさに……ホシノの脳裏にいつかの光景がフラッシュバックする。

 物言わぬダレカを、ダレカだった冷たい物を抱えて歩いた、夜の砂漠。

 その空虚の時間は、ホシノにとっての最大のトラウマの1つであり。

 思わず、掴んでいたオリを放してしまった。

 

 対し、解放されたオリはなんら動揺することなく、こうなって当然と言わんばかりにホシノの腕を放し、軽く胸元を整えた。

 

「……気を付けなよ、ホシノ。君のそういう視野の狭さは、クソみたいな大人の大好物だ。

 また黒服みたいなカスに利用されて独断専行なんてしたら、目も当てられない。いやホントにね」

「っ、待ってオリ! 黒服って、なんでその名前を……!」

「さて、なんでだろうね?

 ……まあアレだよ、友達で、親友だからってさ、私たちはお互いに秘密がないってわけじゃないじゃん。

 ホシノが、あの大人のことを、契約のことを、何も私に教えてくれなかったみたいにね」

「…………」

 

 その言葉に、ホシノの怒りは、完全に冷めてしまった。

 少なからぬ皮肉めいた怒りと……それから、明確な隔意を感じたからだ。

 

 1年弱前にホシノが取ってしまった決断、それをオリに黙って行った事実。

 それらがある以上、ホシノがオリを責める道理はないし……。

 

 オリは今、その心を閉ざしている。恣意的に、自らそうしている。

 だから……ホシノが何を言っても、今のオリに響くことは、ない。

 

 それを悟ったからこそ、ホシノは、それ以上にかけるべき言葉を失ってしまった。

 

 

 

 そして、ホシノがなんとか次の言葉を紡ぎ出そうとした、その時。

 

『……こちら第四分隊、制御室の破壊完了!』

 

 インカムの向こうから、展開が一歩先に進んだという報告が飛んでくる。

 

 ホシノはこの一時忘れてしまっていたが、今はキヴォトス滅亡がかかった大勝負の最中。

 地上に虚妄のサンクトゥムを再生する基点となっているこのアトラ・ハシースの箱舟を占領してハッキング、自爆させてこれを滅ぼすため、彼女たちは戦っていたのだ。

 

 そして、調月オリがしていたのは、その時間稼ぎ。

 緊急対策委員会の本丸であり、同時地上への帰還手段でもあるウトナピシュティムの本船を、敵方のシロコから守るために戦っていた。

 

 それを思い出したホシノの耳に……更に続いて、情報が伝わる。

 

『……第四エリアにて、砂狼シロコさんの安否も確認! 当セクションには先生が向かってくださっています!』

 

 

 

 つい先程、ヒマリたちがしかけたハッキングで、第四エリアであるアトラ・ハシースの箱舟の中心部に、シロコ……それも変貌した彼女ではなく、普段通りの姿の彼女が確認されていた。

 

 目出し帽の覆面を被り、金目のものでもないかとそこら中を家探しする彼女は、一行が呆れてしまうくらいにいつも通りの彼女のもので。

 それが偽物でないことは、仲間でもあり友人でもある、アビドス高等学校の面々が断言した。

 「『色彩』によってシロコが変貌した」というこれまでの仮定は、少なくともどこかしらに誤謬のあるものだったのだろう。

 

 疑問の残るところは多いが、ひとまず間違いないこととして……シロコは、無事。

 であれば、合流して保護する以外の選択肢など、あるはずもない。

 

 これを知った先生は急ぎ第四分隊に合流して、シロコの保護に動き、これに成功。

 アトラ・ハシースの箱舟の掌握も進み、今、全ての障害は排除された。

 

 後は全員がウトナピシュティムの本船に帰還して準備を整え、自爆シーケンスを起動した後、ここを脱して地上に戻ることができれば、彼女たちの作戦は成功となる……。

 

 ……そのはず、であったが。

 

 

 

『────待ってちょうだい!!』

 

 インカムに、オリの聞き慣れた、自らのそれとよく似た声が聞こえて来る。

 

『ケイ、今すぐにウトナピシュティムの中央システムにスキャンをかけて!

 先程から数値が……あり得ない速度で変動している!

 私たちは再び、あのハッキングを受けている! それもあの時とは比べ物にならないものを!!』

 

 風雲急を告げる、調月リオの声。

 

 それは、順調に動いていた事態が、転機を迎えたことを示唆していた。

 

 

 







 三章めちゃくちゃ長い……もう少しで、ようやくプレナパテス決戦。
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