抵抗(1)
ダダダダダッ、と音を立て、鉛の暴力が吹き荒れた。
ナラム・シンの玉座。
箱舟の中枢、そう呼ばれる区画にて、二人の少女が銃撃を交わす。
片や、先生を背後に戦う、砂狼シロコ。
片や、プレナパテスを背後に戦う、変貌したシロコ。
彼女たちの持つ、よく似た……いいや、真実同じものなのだろうアサルトライフルは、相手に向けて何発もの銃弾を放ち。
「運命。なるべくしてそうなること。この世界に存在する以上、そう定められたもの。
それは、確かに存在する。定めは変えられない」
……しかし、先生のよく知るシロコの銃弾は、大人びたシロコには当たらない。
体格が大きければ、それだけ被弾面積は上昇する。
真っ当に考えれば、殊命中率という面で見て、未だ子供らしい体型のこちらのシロコが大人らしい体型になったあちらのシロコに劣るはずがなかった。
それなのに……。
「くっ、なんで……!?」
先生の指揮の下戦うシロコは、まるで
狙いを付けた時には、相手は身を翻しており。
避けようと思った時には、既に攻撃が命中している。
身体能力の差、という理由も確かに存在していたが……両者の間にある最大の差は、経験。
単純な話、子供のシロコより大人のシロコの方がより多くの修羅場を越えており、死を嗅ぎ取る嗅覚は鋭敏になり、それを避ける術も洗練されているのだ。
「川の水が上流から下流へ流れていくように、過去喪われたものが決して取り戻せないように。
あなたは、より多くの
砂狼シロコである私たちは、『世界を死に導く』という本質から、逃れられない」
まるで宣告するように言いながら、大人のシロコは姿勢を落として銃弾を交わし、するりとあまりにも自然に子供のシロコへ駆け寄って……。
「それに、何より。
私たちが先生を殺す未来も。決して変えられない」
「がっ……!?」
その腹部を、強かに蹴り飛ばした。
二、三歩後ずさりしながら、シロコは膝を突く。
勝手に漏れ出て来る息と、視界に映った歪む景色。
それをなんとか抑えながら懸命に、もう1人の自分と……その背後にいるプレナパテスを睨みつける。
「わたし、が……私が、先生を殺すわけが……ない!
それも……殺した上、利用するなんて、ありえない!!」
投げかけられたその言葉に、タブレット状の遺物……破損した『シッテムの箱』を持ち、隣にそのメインOSを従えたプレナパテスは、何も答えなかった。
プレナパテス。
既に喪われた言葉で、「心惑わすもの」を指す言葉。
誰か、あるいは何かを偽りの真実へと導く嚮導者であり……。
……つまるところ、正しく生徒たちを導くべき教導者たる「先生」の、対極として付けられた名だ。
しかし同時、この世界においてシッテムの箱を起動することができるのはただ一人、その箱の持ち主のみ。
連邦生徒会長からパスワードとキヴォトスの命運を託された大人だけだ。
つまるところ、プレナパテスの正体は、「シャーレの先生」その人であり。
ただ一つ、今ここにいる先生と異なる点は、既にその命が尽き、その死体を利用されているということ。
「プレナパテス」という仮面を被せられたソレは、もはや自らの意志で動くことはない。
ただ自らを作った存在の意思と意図に従うだけの傀儡に成り果てている。
……それを、先生の殺人を為したのが自分である、などと。
この世界の、未だ絶望を知らないシロコは、到底認めることなどできなかった。
プレナパテスの横で命令を待つ少女……シッテムの箱のメインOS、A.R.O.N.Aが唐突に口を開く。
「このナラム・シンの玉座は、アトラ・ハシースの箱舟の演算能力によって『状態の共存』を維持しています。
次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う、混沌の領域。
故に、『異なる可能性』である私たちを、共存と置換によってこの世界に存在させることも可能です。ズルではありません」
戦うシロコたちを他所にした、唐突な言葉。
それは、先生の持つシッテムの箱の中にいる、メインOSの言葉に応えるものだった。
それに対し、先生はあくまで冷静に、確認の言葉を投げかける。
“……プレナパテスは別の時間軸の私で、既に死亡している。
君は、姿こそ違うけれど同じアロナで……シロコもまた、姿こそ違うけれど同じシロコ、ということ?”
「一部肯定。完全に『同じ』ではありません。
私たちはあなたたちとは異なる可能性の存在。こうなり得るというイフ。
先生も、私も、砂狼シロコさんも、今のあなたたちとは別の事を知り、別の物を見ている。故に、同一の存在であるとは言えません。……それだけとも、限りませんが」
“別の事を知り、別の物を見ている……”
例えば、先生が一人で無茶をする小鳥遊ホシノを救い出せなければ。
例えば、先生が自らの未来に迷う天童アリスを正しく導けなければ。
例えば、先生が過去の憎しみから起こる惨劇を防げなければ。
例えば、先生が正義を見失うラビット小隊に道を示せなければ。
例えば、先生が無理しがちな孤独な少女を救えていれば。
その先生は、果たして今ここにいる先生と同一人物と言って良いのか。
「状態の共存」が成立したこの状況下では、異なる可能性の存在もまた許容される。
今目の前にいる、プレナパテス……異なる時間軸、異なる未来に至ったプレナパテス。
それを、自らと同一の存在であると、先生は断言できなかった。
一方で、シロコもまた、そう。
色彩に影響され、生徒としての神秘を半ば手放し、大人の姿になった彼女。
それが先生の生徒である今のシロコと同一とは言い難い。
彼女は、言うならば起こり得る未来のシロコ。現在のシロコとは、違う存在と言っていいだろう。
だからこそ、彼女は自身と似て非なる自身を認めず、食ってかかり……。
「遅い」
しかし未来のシロコは、立ち向かってくるかつての自分を簡単にいなし切り、抑え込んだ。
「ぐっ……なんで、こんな……!」
「……あなたは知らない。
一人で戦うしかない苦境も、頼れる人のいない焦燥も、その上で相手する敵の強さも、それを殺すための方法も。私が知っているものを、何も知らない。
温かさに鈍った牙じゃ、私に届きはしない」
「がっ、う、ぅ……!?」
その得物を奪って放り投げ、シロコはその拘束をより強めながら滔々と語った。
「……砂狼シロコ。プレナパテスの計画にとって、あなたがどんな変数になるかは予測できなかった。
世界を終焉に導く『崇高』は、一つの世界に一つしか存在できない。
私がこの世界で安定して活動するためには、私と同一の崇高を持つあなたを、この世界に存在しない状態にしなくてはならなかった。
だから全てを始めるより先にあなたを誘拐し、実在と非実在の混じり合うここに閉じ込めた」
今のシロコが、その言葉を全て正しく理解できているわけがなかった。
けれど……あるいは、未来のシロコにとって、それは自らに向けられたものだったのか。
少しだけ視線を落として、彼女は続ける。
「けど……そう。私は、あなたに同情するよ、砂狼シロコ。
ここで、誰にも知られずに終わりを迎えられたら良かった。
そうすればあなたは、もう……愛する人たちの死を知らなくて良かったのに。そんな未来を、繰り返さずに済んだのに。
そうやって足掻くから、避けられない未来に抵抗なんてするから、あなたはまた苦しむことになる」
その言葉の響きに、先生は嘘偽りなき同情の念を感じ取った。
憐憫ではなく、嘲りでもなく、未来のシロコは確かに、今のシロコに対して感情移入している。
……まるで、過去の自分をなぞるようにして、これから味わう苦しみを残念に思っている。
それは、つまるところ……。
彼女もまた、過去に、愛する人々の死を体験したことを意味していた。
* * *
現在のシロコが未来のシロコに無力化され、膠着した戦況。
しかし、それは未来のシロコ……そして色彩の嚮導者プレナパテスの計画にとって、望ましい展開だ。
プレナパテスの計画によって、アロナならざるA.R.O.N.Aは、既にいくつかのシーケンスを実行している。
占領・破壊されたアトラ・ハシースの箱舟と、その「状態の共存」バリアの復旧。
そして突き刺さったウトナピシュティムの箱舟の掌握と、その自爆プログラム。
後者が完了した時点で、緊急対策委員会の面々の帰還の手段は大きく制限され……。
前者が完了すれば、このキヴォトスも計画通り、終焉を迎えることとなる。
そして、A.R.O.N.Aを上回る電子戦能力を持つ存在は、キヴォトスのどこにも存在しない。
いくらミレニアムを中心とした生徒たちがこれを押し留めようとしても、もはや滅びは時間の問題。
であれば、わざわざシロコたちを完全に制圧し切る必要もない。
時間の経過は、プレナパテスたちの味方だった。
──そう。
少なくとも、シロコはそう判断していたのだが。
“……まだ、終わってないよ”
彼女が殺し、掌握した中に、そのような崇高はなかったが故に……。
この空間と非常に相性の良い少女の存在に、未来のシロコは、その瞬間にまで思い至らなかった。
“そうでしょ? ……オリ”
「イグザクトリー!!」
その空間に、未来のシロコにとって聞き馴染みのない、けれどつい先程まで耳にしていた声が響く。
直後、咄嗟に取った防御姿勢の上から襲い掛かる……途轍もない、衝撃。
軽度とはいえ「シッテムの箱」によるバックアップを受けている未来のシロコですら、数歩たたらを踏むどころか、吹き飛ばされて床を転がることとなる。
勿論、その程度の奇襲は慣れたもの。即座に態勢を整え直し、立ち上がったが……。
そこに、現在のシロコの隣に現れた存在を見て。
より正確に言えば、彼女の隣にいる人物を見て、未来のシロコはその目を見開くことになった。
「実在と非実在が混じり合う……つまりは非実在が許容される、ナラム・シンの玉座。
なるほど確かに、『あの子』が言ってた通り、すっごく私と相性が良いみたい。気分は最悪のままだけど、体はこれまでにないくらいに軽いや。
うん、これなら私もまだ戦えそう。今なら8発重ねるのもいけるかも!」
そう言って、どやりと綺麗な笑みを浮かべる、調月リオにとてもよく似た、けれどどこか存在の希薄な生徒。
その隣に、並び立つ生徒は……。
「変に無茶はしないでね。ちゃんと基本は私の後ろに隠れること。良い?」
アビドス高等学校、廃校対策委員会、部長。
小鳥遊ホシノ。
「っ……!」
未来のシロコの精神にとって、彼女は……廃校対策委員会に所属する生徒たちの姿は、毒以外の何物でもなかった。
特に彼女……小鳥遊ホシノ。
廃校対策委員会の部長であり、未来のシロコにとっても恩人たる彼女は。
シロコにとって、最も顔を合わせたくない……合わせる顔のない相手。
故にこそ、先程シロコは逃げ出したのだ。
仮に戦えば、勝てるだろう。
実際……一度は、手にかけた。
誰よりその戦いを見ていたからこそ、シロコにはホシノの戦い方が手に取るように分かった。
けれど、そもそも、そうしたくはない。
もう二度と、ホシノと戦うようなことはしたくなかった。
手の中で、何も言わないままに小さな体の温度がなくなっていく……あの痛みと苦しみを、シロコは二度と味わいたいとは思えない。
だが……もはや、ここから逃げることはできないのも事実だった。
ナラム・シンの玉座。
ここはシロコの役割やプレナパテスの計画にとっての要。
先生たちにとってのウトナピシュティムの本船と同じように、決して失陥するわけにはいかない空間だ。
ここに先生たちをここに招き入れたのは、即ち決戦を付けるという意志表明でもあった。
……まさか、遥か遠方の隔離空間にいたはずのオリとホシノが、こうも時を置かず現れるとは、彼女は欠片も想定していなかったのだ。
苦悶の表情を浮かべる未来のシロコを前に、しかしオリは彼女から視線を逸らし、インカムの向こうへと言葉を投げかけた。
「もしもし、ケイちゃん? そっちの防備は任せてもいいかな?」
『ケイちゃんは止めなさい、調月オリ。
……正直に言えば、手が足りているとは言えません。相手は予測以上の未知の演算処理能力を有しています』
「あ、別に撃退とかはしなくていいよ。ていうか無理無理。
『あの子』の仮説が正しいなら、アロナちゃんって主の意思の表象的なヤツだし、そんなのに人の身で勝てるわけないしね。勝負になんないでしょ」
『……オリ、あなた、敵の情報を』
「時間を稼いで。そして、無理そうなら迷いなく本船を脱出して、こっちに合流。
活躍の機会を奪うようだけど、リオちゃんが脱出のための転移システムを作ってくれてる。次善策に移行するのは決して負けじゃない」
『…………わかりました』
『オリ』
「リオちゃんはシステム構築急いでね。いよいよ決戦だ、間に合いませんでしたじゃマズい。
……できるよね、リオちゃんなら。ミレニアムで一番賢い皆の
『…………』
自分に因果のある2人にそう言い終わると、オリはため息を1つ吐いて切り替え。
肩を上下させる、彼女のよく知るシロコに肩を貸し、助け起こした。
「ごめんね、シロコ。だいぶ遅れた」
「……ん、大丈夫。ありがとう、ホシノ先輩、オリ先輩。
それより……オリ先輩の方こそ、大丈夫?」
「ふふ、あんまり大丈夫じゃない。けどまぁ、頑張るよ」
「オリ先輩らしい」
シロコはクスリと笑い、立ち上がる。
オリは彼女にいつの間にか回収していたアサルトライフルを手渡し……。
改めて、眉を寄せてこちらを睨む、未来のシロコに目を向けた。
「それじゃ、再開しようか、あっちの世界のシロコちゃん。
決まった運命の結末……全力で、抵抗させてもらうよ」
tips:ナラム・シンの玉座との相性
オリは本来非存在(非実在)として、キヴォトスのテクスチャから「これが存在するのおかしくね?」と認識されて排斥されるため、常時大きなデバフを受けているような状態にありました。
オリヒメの存在でこれは軽減されていますが、それでも多少調子は落ちている状態。
しかし、ナラム・シンの玉座では、空間転移とか物体の置換とか色々イカサマができるように、実在・非実在が曖昧になっています。
そのため非実在の本質を持つオリも、非実在なんだか実在なんだか曖昧になり、デバフを受け付けなくなります。
今は神秘が削られてフルスペックでなくなっている彼女ですが、結果的に普段とそう変わらない状態にまで復帰しました。