実のところ、大人の……未来のシロコにとって、アビドスの対策委員会の2人は、極めて強力な相手というわけではなかった。
盾を構えて前進し、単発の威力に優れるショットガンを以て近接戦を試みるホシノ。
アサルトライフルとドローンによる小型ミサイル掃射で、中距離から着実に火力を出すシロコ。
2人の戦い方の手癖、得物や呼吸は、未来のシロコにとって尽く既知のもの。
1つはかつての自らのものであり、もう1つは「恐怖」に落ちた恩人を止めるために学んだもの。
彼女がここまでに歩んで来た道のりが、痛みと経験が、それらへの完全な対応を可能とする。
故に、本来はそのまま一方的な戦いとなり、未来のシロコの勝利で終わるはずだったのだが……。
「……くっ!?」
戦局は硬直状態……いいや、むしろシロコがやや押されていた。
何故そうなったかと言えば、大きく分けて理由は3つ。
1つは、オリの存在。
キヴォトスのありとあらゆる生徒を知るはずのシロコが唯一知り得ない、存在するはずのない生徒である調月オリの戦い方と特徴を、シロコは知らない。
そして……自らを知らない者への初見殺しという側面において、オリ以上に力を持つ生徒はいなかった。
「ここっ!」
「っ、邪魔!」
瞬間的に消えては現れ、これまでに見たことのない、変幻自在な戦いを見せるオリ。
ナラム・シンの玉座においてこれまでにない絶好調と言っていい彼女。
その全力の拳が7つ程同時に襲い掛かれば、僅かとはいえシッテムの箱による強化を受けているシロコにすらも有効打になり得る。
何もないはずの場所から唐突に飛んでくる一撃を回避するために、シロコは常に一定以上の意識を割かれることとなった。
1つは、シロコ自身の躊躇。
知らない生徒であるオリは、いい。特に思い入れもない、これまで相手して来た生徒たちと同じだ。
過去の自分自身であるシロコも、いい。弱さ故に喪い続けて来たシロコは、未だ弱い自分を憐れに思いこそすれ、慈悲をかけることはない。
けれど……小鳥遊ホシノは、違う。
あの時、寒さに震えていた自分にマフラーをくれた恩人であり……。
結局、最後の最後まで、シロコが追い付けなかった相手。
その想いを決して失っていないからこそ、未来のシロコがホシノに向ける銃口は、迷いに揺れる。
それが唯一の答えであり自らの役割であると理解してもなお、彼女の中に残された
そして、最後の1つは……オリとホシノの連携だった。
「まずは……ホシノ先輩から!」
独り言ちる未来のシロコが、ドローンを起動し、蹴り上げる。
小鳥遊ホシノは、キヴォトスにおいて最高の神秘を持つ。
その肉体は、オリの全力の攻撃ですらアザができるかできないかで終わる程に頑強だ。
どのような実力者であろうと、彼女に真正面からぶつかれば、相応以上の反撃を受けることになってしまう。
当然、それを知るシロコが対策していないわけもない。
ホシノは頑健な体を持つが、しかしあらゆる攻撃を完全に無効化できるというわけではない。
彼女と何度も戦ったオリが出した結論の通りに、
ドローンによる高火力ミサイルの一斉掃射を受ければ、如何なホシノとはいえ盾で防がざるを得ず……。
逆に言えば、攻撃が継続されている時間、ホシノの足を止めることができる。
こうしてドローンによる制圧攻撃を行ってホシノを釘付けにし、その隙にシロコ本体が横に滑り込んで、ホシノ本体に防御不可能な攻撃を与える。
それは、かつて彼女がホシノと戦った際の黄金パターン。
現在のシロコが未来のシロコを止め得るだけの実力を持たない以上、この作戦は必ず通るはずで……。
……けれど今。
不確定要素が、それを阻害していた。
シロコの動きを見たオリは牽制射撃の手を止め、その場から消え去り……ホシノの元に現れて、彼女の肩を掴んで、再び消える。
ドローンの爆撃は、誰もいなくなった空間を無為に襲い。
直後、シロコは死角からの攻撃を受けることとなった。
「調子良いじゃん!」
「まあねぇ」
軽口を叩き合いながら銃口を向けて来る2人に対し、シロコは咄嗟にアサルトライフルの照準をオリに合わせ、迷いなく引き。
「ほら!」
「あいあい」
けれどそれすら、前に出たホシノが盾を構え障害物とすることで、まともに打撃を与えないまま無力化された。
オリの持つ、接触を介することで他者を伴うこともできる転移能力。
ホシノの持つ、鉄壁の盾と膂力に支えられた防御力。
これらによる連携は、驚く程形になっていた。
ホシノとオリの共闘。
それを見せ付けられる未来のシロコは、忸怩たる思いを抱く。
「…………あり得ない」
彼女が知るホシノは、誰かに頼るようなことはなかった。
圧倒的な強さを持つ彼女と並び立つことは誰もできず、シロコたちはホシノの背中を追うばかりで……。
結局、最期の瞬間まで一人で孤独に戦い続け、その果てに……今のシロコよりも更に深く、「
それなのに、今、目の前にいるホシノは……。
シロコの知らない生徒と、肩を並べ、協力し合って戦っている。
その戦い方に、明らかに慣れている。
……ここに来てシロコは、認めざるを得なくなった。
調月オリ。
そう呼ばれていた彼女は、自分のキヴォトスにはいなかったイレギュラーであり……。
きっと、アビドス廃校対策委員会にとっての仲間であり。
そして恐らくは、恩人なのだろうと。
ずっと自分たちが目指していた、欲していた、ホシノと隣り合ってくれる生徒なのだろうと。
「……それでも」
シロコは、愛銃を握る手に力を入れ直す。
それでもなお、負けられない理由が、シロコにはあった。
今のシロコは、
何故かそちら側に完全に呑まれることこそなかったが、不完全とはいえ死を測り運ぶ者としての側面が顕れている以上、彼女はそう在る定め。
例えるなら、生徒が朝に起き、夜に眠るように、至極当然の帰結として彼女はそう動く。自らの本質にそう導かれる。
……そして、更に言うのなら。
彼女が今、その在り方を放棄してしまえば……。
それなら、あの世界でのことは、なんだったのかと。
シロコが多くの命を奪い、世界を滅ぼした意味は、なかったのではないかと。
きっとそう、疑ってしまう。
だから、負けられない。負けるわけにはいかなかった。
「まだ……!」
「いや、今の君はこれで終わりだよ」
……結局のところ。
調月オリの、基本にして最善の戦術は、初見殺しだ。
相手が知らない、想定していない、わからない戦い方……「あの子」の言うところの「わからん殺し」で、抵抗も許さず圧倒する。
そのためになら、オリは相手を騙す情報戦さえも躊躇わない。
調月オリの戦闘手段は、拳銃による牽制と拳による殴打のみであると。
十分にそう擦り込んでから、彼女は相手の集中力が途切れる瞬間を待った。
続く戦闘の中、未来のシロコが微かに自身から視線を逸らした瞬間、彼女はシロコの死角に入り、制服の内に隠し持っていた得物を抜き……。
それを、振り下ろす瞬間、シロコの傍に転移。
前触れもなく、シロコに向かって圧倒的な暴力が迫り……。
これまで通りに気配を感じ取ったシロコは、咄嗟に腕で防御した。
……そう。
過充電されたスタンバトンを、腕で受けてしまった。
「っ、な、あッ!?」
瞬間、目を焼くスパークがその場を照らす。
スタンバトンから放たれ、彼女の腕から地面に向けて流れ去る、莫大な電流。
シロコの脳は、それによって焼かれ、全ての見当識を投げ出した。
脳が全身へと巡らせる命令は途絶え、体は言うことを聞かない。
「大人のカード」による力もあって、意識を失うまでには至らないが……。
オリの初見殺しは、彼女に膝を突かせるには十分すぎるものだった。
体に滞留する麻痺が自然に抜けるには、これから10分以上後。
実質的に戦闘不能と、そう言っていいだろう。
未来のシロコと、現在のホシノ、オリ、シロコの戦い。
それはひとまず、このキヴォトスに生きる少女たちの勝利に終わった。
* * *
軽度とはいえ、「大人のカード」による力を得ていたシロコをすらダウンさせる、必殺の一撃。
その代償は決して少なくはなく、オリの持っていたスタンバトンはオーバーヒートや充電切れを越えて、完全にその機能を失い、その半ばからへし折れていた。
それも当然だろう。無理やりに本来の上限の何倍もの出力を強いられ、オリの膂力の何倍もの衝撃が加わったのだから、現在のミレニアムの技術ではこれに耐えられるはずもない。
残骸となったそれを大切そうに撫で、懐にしまい直すオリに対して、ホシノは感心したように声をかける。
「狙ってたんだ?」
「とーぜん。真っ当にやっちゃ勝ち目なんてないかもだし、『あの子』曰く大人のカードを使っても
何事も、奥の手っていうのは最後まで取っておくものなのさ」
ぱちんとウインクするオリに、ホシノは呆れたような、安心したような目を向ける。
……つい先程まで、ホシノの目からして、オリはとても余裕なさそうに見えていた。
繕った笑顔の下には隠し切れない消耗があり、眉をひそめそうになる程に顔色が悪く、いつもなら平然と受け流すような言葉にも苛立ちと反感を見せた。
調月オリは、親しい人に対してはとても甘い少女だ。
ホシノに怒りの感情を見せるなど、親しくなってからは一度もなかった。
さかしまに、彼女の見せた初めての苛立ちは、心身の消耗と彼女の余裕のなさを示唆していた。
けれど……先程語っていた「この場所とは相性が良い」ということも関わっているのか、今のオリは、先程までよりもかなり余裕を取り戻したように思える。
飄々として掴みどころがなく、けれどその仮面の下に等身大の感情を隠した、普通の少女。
少なくともホシノの目から見て、今のオリは普段のそれに近付いていた。
そして、そんなオリに安堵したのは、ホシノだけではないのだろう。
中距離から火力支援を行い、未来のシロコの動きに制限をかけようとしていた現在のシロコも声を上げる。
「ん、出し惜しみ。オリ先輩の悪い癖だよ」
「やーん、シロコちゃんったら辛辣ゥ! 未来のシロコちゃんが強すぎるのが悪いんだってば!」
ふざけて身をよじるオリの言葉に対し、ホシノは首を捻った。
「未来のシロコちゃん……ね。戦い方にそれらしい癖は残ってたし、確かにシロコちゃんみたいだったけど」
当初は子供のシロコが「色彩」に影響されて変貌し、おかしくなってしまったのではないかと思っていた。
けれど今、ホシノの目の前に子供のシロコと大人のシロコがいるように……彼女たちが別人であることは、もはや間違いないだろう。
……いいや、別人という表現は正しくない。
ホシノの知る現在のシロコと、ホシノの知らない未来のシロコ。
彼女たちは確かに、どちらも砂狼シロコだ。
ただ、ホシノが呑み込めないのは、やはり未来という部分。
既にこの事件で、何度もおかしな事象には出くわしているが……それにしても、もう2年近い付き合いの後輩が未来から現れて2人に増えたというのは、そう簡単に呑み込めるものではなかった。
「だとしても……どうして」
一方でシロコは、別の部分に不可解さを感じ、眉をひそめた。
キヴォトスを滅ぼそうとする。
どんな道を歩き、どんな可能性を辿れば、自分がそんな選択をするのか。
現在のシロコからすれば、とてもではないが想像できなかったのだ。
……そうして話している3人から、少し離れて。
床に膝を突いていたシロコは、一度まぶたを閉じる。
そうして……。
「……駄目だよ。まだ、終わってない」
自らの中に流れ込む力に目を見開き、内なる
「っ!」
ビクリとこちらを見やり警戒する3人と先生を見ながら、彼女は立ちあがる。
身体の麻痺は、既に抜けていた。
より正確に言えば……後方のプレナパテスが懐から取り出した「大人のカード」の力が、シロコの身体が消耗から回復するまでの時間を、ゼロにまで縮めたのだ。
これまでの傷も、身体異常も、その全てが失われ……。
それどころか、これまでにない凄まじい威圧感を以て、未来のシロコは再び立ち塞がる。
「……あー、やっぱり無理だ、無理無理。どれだけ考えてもこれだけはどうしようもない」
オリは苦々しく呟く。
「大人のカード」。
その者の時間、運命、存在をリソースとし、起こるべからざる奇跡を起こす変換装置。
これを惜しみなく用いれば、生徒の能力を飛躍的に向上させることができる。
未来のシロコにかかっているのは、先程までの軽度の使用とは違う、全開状態の加護。
この加護は、生徒自身の能力などとは比べようもない、次元の違うもの。戦法や戦術、数的有利すら無意味化する、理不尽なまでの力。
この状態のシロコには、オリやホシノでも敵いはしないだろう。勿論、現在のシロコでも。
故に……対抗する手段は、1つしかない。
“オリ、止めないよね”
「……ごめんね、先生。これだけは、頼らざるを得ないかも」
“大丈夫。任せて”
先生が、懐から「大人のカード」を取り出す。
それは瞬く間に光を放ち、あり得べからざる奇跡を起こした。
即ち、先生が縁を結んだ、あるいは縁を結ぶ生徒の「呼び出し」。
ある意味では、ナラム・シンの玉座によって呼び寄せられたプレナパテスたちと同じように。
時空の境を飛び越えて、2人の生徒が、この場に呼び出される。
「…………え?」
オリが皿のように目を見開いて見つめる、閃光の中から現れた2人は……。
「ハロー、先生! まったくまったく、人遣いが荒いったら。嬉しいけどね!」
「オリのやらかしな部分も大きいんだから、ちゃ~んと責任取りなよ。私も手伝ってあげるからさ」
「この案件自体は私のせいじゃないもん! ……まぁ、汚名返上の機会っていうんなら万々歳ですが!」
「私も……まぁ、右に同じく、かな。呼んでくれた以上、全力で応えるよ」
かつてエリドゥで用いたバトルドレスを身に纏い、けれど両手には見覚えのないアサルトライフルとショットガンを構えた、調月オリ。
もはや身に纏うことのなくなったタクティカルベストを装備し、長い髪を後ろで纏めた小鳥遊ホシノ。
見覚えのない……いいや、表現を合わせて言うのなら。
「未来の」、オリとホシノだった。
次回は一旦オリ達から離れて、地上に残った生徒の視点。