調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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 地上編前編。





地上(1)

 

 

 

 アトラ・ハシースの箱舟での戦い、その一方で。

 キヴォトスの地表においても、もう1つの戦いが再開された。

 

 一度は解決したと思われていた、虚妄のサンクトゥム攻略戦である。

 

 アトラ・ハシースの箱舟において、一度、未来のシロコが打ち倒された時……。

 プレナパテスは、大人のカードによってシロコを強化すると共に、もう1つの策を弄じた。

 A.R.O.N.Aの桁外れの計算能力を用いた、虚妄のサンクトゥム再生プロトコルの高速化だ。

 

 シッテムの箱のメインOS、A.R.O.N.A。

 彼女の純粋な計算能力は、現存するあらゆる機器・文明を上回るものだ。

 過度な計算は使用者にフィードバックをもたらす都合上、キヴォトスの外の脆弱な人間である先生の手の中にあるそれは、凄まじいと言えるまでの結果は残してこなかったが……。

 使用者が既に命を絶やしているのなら、もはやそのフィードバックも意味を為さない。

 故に、プレナパテスはA.R.O.N.Aを通してキヴォトスの少なからぬ「恐怖」を簒奪し、虚妄のサンクトゥムを構築することができたのだ。

 

 そして、構築ができる以上、その再生プロトコルの加速もまた可能。

 これまでに虚妄のサンクトゥムが再生まで長い時間を要していたのは、プレナパテスがそこにリソースを注ぎ込んでいなかったが故であり……。

 

 A.R.O.N.Aの力が振るわれる、今。

 虚妄のサンクトゥムの再建までの時間は、ほんの20分程度にまで縮まった。

 

 

 

 元々虚妄のサンクトゥム攻略作戦を取り仕切っていた緊急対策委員会は、ウトナピシュティムの本船で飛び立ったため、現在全ての自治区や学園が連携できるわけではない。

 むしろ、予測ではずっと先だったはずの虚妄のサンクトゥム復活に、多くの自治区が混乱している状況だった。

 

 しかし、それでも。

 キヴォトスの生徒たちは、脅威を前にしてただ震えるばかりの弱者ではない。

 

 特に、ミレニアムのビッグシスターたるリオは、行動が速かった。

 

 即座にトリニティとゲヘナへ連絡を取り、それぞれティーパーティ・風紀委員との連名で緊急事態宣言を布告。

 キヴォトス三大校が機敏に動きを見せたことで、各自治区も事態の深刻さと緊急性を理解し、統制を開始。

 混乱は比較的小規模に収まったと言っていいだろう。

 

 続けて、AMASを戦力として各サンクトゥム攻略へ貸与することを通知。

 更に、ミレニアムの最大戦力たるトキを含めたC&Cを、ミレニアム内で発見された虚妄のサンクトゥム攻略へ向かわせた。

 

 その行動の機敏さは、彼女が常に無数の「もしも」に備えていたことを窺わせるもの。

 いつもは彼女のやり方に不平を漏らすことが多いネルでさえ、今回ばかりは二つ返事で頷き、即座に部員たちを連れ、廃墟となった遊園地へと足を延ばした。

 

 それに触発されるように、キヴォトス各地でも、同じように生徒たちが立ち上がる。

 

 トリニティのティーパーティが。

 ゲヘナの風紀委員長が。

 百鬼夜行の調停委員会が。

 山海経の黒い門主が。

 元SRTの兎たちが。

 ハイランダーのCCCが。

 

 それぞれがそれぞれの理由で、しかしただキヴォトスの住人たちを守るという意識を共有して、虚妄のサンクトゥムへの攻勢と防備を構築していった。

 

 

 

 ……が、そうして再び一体になりつつあるキヴォトスにおいてしかし。

 ミレニアムのリオは、自らの構築したセーフルームの中で、懸念に眉を寄せていた。

 

 虚妄のサンクトゥム。

 再び建ちつつある塔は、前回と異なる位置にその反応を示した。

 

 レッドウィンターの氷海。

 廃園した遊園地、ユートピアの地下。

 ゲヘナにあるヒノム火山。

 トリニティとアリウスを繋ぐカタコンベ。

 

 いずれも、やはり曰く付きの土地に現れていたが……問題はそこではない。

 

 リオの頭を悩ませているのは、エネルギー反応が4つしか検出されなかったことだ。

 

 

 

「虚妄のサンクトゥムは、前回6つ現れた。内1つは、ターミナル……各所へエネルギーを循環させ、バックアップから復元するための中枢。

 同じ規格で復元したのなら、今回もターミナル含め6つの塔が立つと考えるのが妥当なところ」

 

 数多くのモニターに映る数字を頭に流し込みながら、リオは呟く。

 

 今もその手はキーボードを叩き続け、アトラ・ハシースを攻略している緊急対策委員会の面々の帰還システムを構築しながら……。

 しかし頭の中では、同時に虚妄のサンクトゥムへの対処も思考している。

 

 ミレニアムにおいて最も優れた頭脳の1つであるリオにとって、並列思考などそう難しいものでもない。

 今こそまさに、その思考力が本領を発揮していた。

 

 ……が、そんな彼女でも、状況の全てを理解できているわけではない。

 

「だからこそ、5つの反応が検出されたのなら、自然だった。

 いいえ、不自然ではあるけれど、6つ目のサンクトゥムのエネルギーを防御でなく隠蔽に用いているのなら発見できないことに説明が付く。

 けれど……4つ。残り1本、その存在が発見できていない」

 

 それは、露骨な程の違和感。

 

 残り1本のサンクトゥムは、高い確率で他のサンクトゥムと変わらない規格のはずだ。

 それは今、キヴォトスのどこかに発生している可能性が高く……。

 それなのに、エネルギー反応が検出されない。

 

 情報は力であり、僅かな差が戦局を揺るがす。

 それを理解しているからこそ、リオはその眉のしわをより濃くした。

 

 そもそもリオがウトナピシュティムに乗らず地上に残った理由は、ミレニアムにある機材を使ったサポートを行うためと、こうした緊急事態に対応するためだった。

 

 それなのに……今、リオは後者で後手に回りつつある。

 

 

 

 ────間違っているんじゃないの?

 

 リオの思考に、微かに、誰かの声が響く。

 

 ────また間違えて、誰かを害するの?

 

 それは、とても聞き覚えのある声だった。

 

 ────アリスを、殺そうとした時のように。

 

 他の誰でもない……リオ自身の声だ。

 

 

 

 常に正しくある。

 それが、調月リオが自分に課す誓いだ。

 

 より合理的に、より多くを救う。

 最も理性的で賢い生徒会長として、情に流されず「正しい」選択を行う。

 それがミレニアムの頂に立つビッグシスターとして、彼女が負うべき役目だった。

 

 故にこそ、徹底して感情を殺し、理性を保ち……。

 そのために被った無表情の仮面は、リオの素顔と癒着し、いつしかそのものとなった。

 

 けれど、リオはそれを後悔していない。

 それこそが最高効率でミレニアムを、そしてキヴォトスを守る方法だと、彼女は信じていたからだ。

 

 

 

 ……そう、信じていた。

 

 あの時。

 エリドゥの一件で、彼女の「正しさ」が、キヴォトスに破局をもたらしかけるまでは。

 

 

 

 あの一件で、リオの正しさはひび割れた。

 

 今のリオは、以前の彼女のように、自身の判断を疑わずに行動することができない。

 もしかしたら、今自分が下している判断は間違っているのではないか。それがキヴォトスに良くない結果をもたらすのではないか。

 そんな、ある意味では年相応なのだろう恐れが、今更ながらに彼女の肩を重くする。

 

 端的に言い表せば、リオは臆病になったのだ。

 ……あるいは、慎重になったと言い換えてもいいだろうが。

 

 それが自身から見て最高効率であると判断しても、すぐには動けない。

 他者にもたらす影響や、心境に与える悪影響はないか……合理的なやり方が、本当にキヴォトスを救うのか。

 リオはどうしてもそれを考え、疑うようになってしまった。

 

 故にこそ、この状況にも畏怖が走る。

 間違える恐怖を知らなかったリオであれば即座に判断を下せただろう瞬間にも、何か見落としがないか、何か間違っていないかと、強迫的なまでの「もしも」が頭を埋め尽くすのだ。

 

 調月リオは、リーダーとしての最大の素養の一つであった、行動力を大きく削がれてしまったのだろう。

 

 

 

 ……が。

 そうして失った力があれば、代わりに得たものもある。

 

 具体的には……彼女の後方から響く声だ。

 

「リオ会長、各地のデータを取って来ました! やっぱりウチのユートピア跡地地下からは特別に強いエネルギーが検出されてます!」

「トリニティのティーパーティから連絡が。データを送付しますね」

「会長! ヴェリタスから報告、帰還システムの委託部分の作成終了です!」

 

 今ここにいるのは、リオだけではない。

 

 本来、リオとオリのみが入ることのできる絶対の聖域、セーフハウス。

 しかし今、そこには、何人ものセミナーの部員たちが詰めていた。

 

 皆がセミナー本部から持ち込んだ計器や各自治区へ繋がる連絡装置を操り、忙しなく走り回って、必死の形相でこの状況に立ち向かっている。

 

 リオは今、調月姉妹の妹、ミレニアムのビッグシスターとしてではなく……。

 ミレニアムの生徒会、「セミナー」の一員として、事に臨んでいた。

 

 

 

 あの虚妄のサンクトゥムの一件から始まった、自治区単位ではない、キヴォトス全体の危機。

 リオはビッグシスターとして、これに立ち向かわなければならない。

 

 ……が、しかし。

 あの時と同じ間違いを犯すことを、リオは許容できなかった。

 

 何かを間違えたのなら、それは正さなければならない。改善し、克服し、変革しなくてはならない。

 その上で大切なのは、何が理由となって間違いが発生したのか。どうすれば繰り返さずに済むのか。

 リオはあの判断と選択の何が間違っていたのか、自分なりに考え……。

 あれから先生に言われたことや、先生たちと自分の違いから、結論を出した。

 

 一人で動いたから、自分の間違いを正す者がいなかった。

 いいや……自分が自分の正しさを、オリやトキに押し付けてしまったのだ、と。

 

 オリは姉を自称し、どんなリオの選択も判断も否定せず、寄り添ってくれた。

 トキは従者として、常にリオの隣に付き添い、腕となり脚となってくれた。

 

 だが、共に歩んでいたかと言われれば、否。

 オリは自らの頭脳がリオに遥かに及ばないと諦観しており、トキはリオによって従者たれと教育された。

 だからこそ、二人は自らの意見を強く主張することなく、リオを止めることができなかった。

 

 そんな関係を作ってしまったことが。

 自らの頭脳と判断を絶対視し、他者を受け入れなかったことが。

 それがきっと、自らの最も深い間違いだったのだろう、と。

 そう、彼女は仮説を立てたのだ。

 

 

 

 もはや、迷う時間はない。

 キヴォトスの危機に対し、彼女は方針の転換を強いられていた。

 

 故に……。

 迷いながら、躊躇いながら、それでも調月リオは一歩を踏み出した。

 セミナーの生徒たちを一堂に集め、そして……深々と、頭を下げたのだ。

 

「ごめんなさい。これまでの多くのこと、謝罪させてもらうわ。

 ……でも、それでも、皆、どうか今は手伝ってほしい。

 キヴォトスのため、ミレニアムの生徒たちのため……そして、宇宙へと飛び立たんとする勇者のために」

 

 普段のリオからは想像も付かない言葉に、セミナーの生徒たちは、驚いてその顔を見合わせ……。

 

 けれど最後は、全員が頷いてくれた。

 

 

 

「会長。……アリスちゃんたちが帰ってきたら、ゲーム開発部の子たちにもちゃんと言わなきゃ駄目ですよ?」

 

 報告とデータ提出のついでに、いたずらっぽくそう言ってくる書記の声に、リオは思わず苦い顔をし……。

 

「……今は、とにかく目の前のことに集中しましょう」

 

 そう言い、誤魔化した。

 

 当事者である先生やアリスたちに正式に謝罪するだけの勇気は、未だあるとは言い難い。

 けれど、いつかその日を迎えるためにも……やはり、すべきことは一つだ。

 

 リオは意識を目の前の問題への対処へ向け直し、片耳に装着したインカムから、虚妄のサンクトゥムの1つへと威力偵察に出ているC&Cへと声を投げかけた。

 

「聞こえるかしら。こちらセミナー。

 虚妄のサンクトゥムの攻略情報を教えて頂戴」

『こ……らC……いぞ、ト…が、…ら…れ…!』

 

 通信越しに返って来たのは、粗いノイズと、微かな言葉ばかり。

 リオはそれに、眉をひそめる。

 

「……電波干渉? ……虚妄のサンクトゥムにそんな機能は、」

 

 その瞬間。

 彼女の脳内に嫌な閃きが走った。

 

 

 

 見つからない5本目のサンクトゥム。

 他のサンクトゥムに比べて大きく計測された、ユートピアのサンクトゥムのエネルギー。

 リオやセミナーの力を越えて発生している電波干渉。

 

 それらが導く仮説は……。

 

「……ほぼ同一の場所に、2つのサンクトゥムが固まっている!?

 ネル、注意して頂戴! その近くにサンクトゥムがもう1つ存在する可能性があるわ!」

 

 

 

 必死に言葉を投げかけるリオに対し、やはりインカムの向こうからはノイズが返って来て……。

 けれどその中に、リオは有意な言葉を聞き取ってしまった。

 

『……い、マズ……トキが、はぐれ……!』

「……っ!」

 

 リオはすぐに、トキへとチャンネルを繋ぎ直し、連絡を取ろうとするが……。

 インカムの向こうから返って来るのは、ネル以上に酷い、ノイズの砂嵐だけだった。

 

 

 

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