活性化しつつあった虚妄のサンクトゥム。
ミレニアムにある廃園した遊園地、ユートピア地下の反応を調べていた飛鳥馬トキは……。
先輩であり仲間である一団、C&Cから逸れることとなってしまった。
事の発端は、地上部での戦闘中。
先駆けとして現れていた、クマ着ぐるみのような敵と戦っていた最中、足場として使っていたレールの上に、急に列車が現れたことだった。
廃園していることもあり、当然ながらこのユートピアには電気が通っていないし、内部のアトラクションや移動手段も動いてはいない。
常識的に考えれば、今更ここに列車が通るわけがなく……。
しかし現実に、C&Cの面々はそれに轢かれかけ、咄嗟に飛び退いた。
列車そのものは回避できた。
当たっていれば重傷は避けられないだろう大きさと速度、咄嗟の回避が実を結んだのは僥倖と言えただろう。
……しかしその代わりに、他のメンバーとの連携が未だ浅いトキは、1人だけ逆の方向に飛び退いてしまい。
土地勘のない場所での高所からの飛び降りと、押し寄せる軍勢による進路妨害。
加えて、その辺りから走り始めた、リオとの通信回線不良。
これらが合わさって、トキはメンバーから逸れ、孤立してしまったのだ。
更に、不幸は続き。
まるで図ったかのように、トキは分離してすぐにユスティナ聖徒会の
トキがこの作戦において身に付けていたパワースーツ、「アビ・エシュフ」。
エリドゥからの演算処理・電力供給が行えない都合上、防弾調整機構である「兵装」などはデチューンされているが、それでもこれを纏ったトキはC&Cとして恥じない働きができる。
故に、その襲撃にもある程度対処することができたが……。
その戦闘中、聖徒会が放ったグレネードが、地面に直撃。
老朽化していたのか、通路が崩落してしまった。
その結果、トキは折しも目的地であった、ユートピア地下……。
つまりは、虚妄のサンクトゥムの反応が示す、地下へと落下してしまったのだ。
勿論、最終的にはC&Cのメンバーとそこを調査する予定ではあったが……。
ただの遊園地の地下とするには異常に入り組んでいるそこに、トキは現在地もわからないまま突き落とされてしまった。
C&Cの部員たちは荒事における精鋭であっても、人探しのエキスパートというわけではない。トキと合流するまでにどれだけ時間を使うかは予測も付かなかった。
そうして、極めつけの不幸は。
「っ、この、数……虚妄のサンクトゥム、近辺というだけでは……!」
ユートピア地下に降り立ったトキに押し寄せる敵の数が、地上のそれの比ではなかったことだ。
サンクトゥムのエネルギー反応は、この遊園地の地下から発されていた。
そこに近付けば、本丸を守ろうとする敵が増えるのは、当然予測されていたが……。
それにしても、あまりにも多すぎる。
アビ・エシュフを纏ったトキは、今や全方位を聖徒会やクマの着ぐるみ、デカグラマトンの軍勢のような敵に取り囲まれていた。
トキの持つ愛銃のアサルトライフルでは、とても処理が追い付かない。
アビ・エシュフのガトリングならばある程度対抗できるが、それも一転突破できる程ではない。
背後に備えられた切り札たるビームキャノンを放って蹴散らしても、その穴も新たに降って湧いた軍勢ですぐに埋まってしまう。
アビ・エシュフはエリドゥを離れるのに伴い、多くの機能を失っている。
「武装」もそうだが、使うことのできる電力や弾丸、冷却機能もまた、今はもう無限ではない。ガトリングとビームキャノンは無制限に使うことはできない。
継戦能力にはどうしても限界があった。
更には、持ち前のスピードを最大限に活かすコンセプトだったオリの装備と違い、機動性に長けているわけではないアビ・エシュフでは、相手から降って来る銃弾の雨を完全に避けることも難しい。
戦えば戦う程に、少しずつ、アビ・エシュフの装甲が、そしてトキの身体が傷付いていく。
「……このままでは」
追い詰められ、包囲され、もはや逃避も難しい。
こちらの攻撃は無為に終わり、敵からの攻撃は着実に消耗を刻む。
絶望的と、その形容が当てはまる、一歩手前の戦況だった。
そして、同時。
どれ程厳しい戦況であろうと、彼女は「この戦場を放棄して逃げ出す」という選択は採れない。
先日の虚妄のサンクトゥム攻略作戦に参加し、リオとヒマリの指揮下で各地のサンクトゥムの情報を集めていたトキは、それについての少なからぬ情報を持っている。
勿論、この塔のようなモノから溢れて来る敵の群れ、その大体の周期や数も把握していたのだが……。
そのトキからして、地下の軍勢の数は異常に思えた。
単純な生成のスピードだけで見て、1.5倍から2倍。
増える頻度も、おおよそ絶え間なくと言っていい。
もしかしたら、作戦前に聞いた「サンクトゥムが2つ見つかっていない」という話と関係があるのかもしれないが……それ以上は、今のトキにはわからないし、考えても仕方のない話だった。
とにかく、今大切なのは。
ただでさえ驚異的で、軍の規模で対応せねばならなかった敵の数が倍近くなっている、ということ。
そしてそれが、迷路のように入り組んだ地下空間に増え続けているのだ。
このまま放置すれば、その内敵が地下を埋め尽くし、地上へ溢れ出すだろう。
C&Cの戦闘力は決して低くはない。
むしろ、各学園の治安維持団体と互角以上にやり合える程の少数精鋭だ。
だが、彼女たちにも限界というものはある。
C&Cは少数精鋭の秘密組織であり、部員はトキも含めて合計で5人しかいない。
そして彼女たちは、複数人で連携を取ることによってその真価を発揮する。
どうしても、多方面での戦いになれば、全てには対応しきれなくなるのだ。
いつもなら、C&Cの手の回らない部分は、リオの使うドローン群を防衛に当てるのだが……。
この量と質の敵を前に、ドローンがどこまで戦えるかはわからない。
ミレニアムに数えきれない敵が溢れ返るという、惨劇。
それを確実に防ぐためには、それが始まる前にサンクトゥムを破壊するしかない。
しかし、入り組んだこの地下に、トキ以外のC&Cがいつ辿り着けるかはわからない。
いつもならその特定を行うだろうリオやヒマリも、今はアトラ・ハシースでの戦いに大きくリソースを割いてしまっており。
トキが情報を伝えようにも、インカムの向こうから返って来るのは砂嵐だけ。
この事態に対処できるのは……現地にいる、トキしかいない。
もはや、逃避の選択肢はなかった。
かつて調月姉妹の従者として活動していたトキは、あの事件の後、なかなかに微妙な立場に立たされた。
姉妹の自称姉が失踪、他称妹は、せめてもの贖罪にとトキを手放そうとした。
間に割って入ったヒマリやネルのおかげで、最終的にはリオの従者に戻ることはできたが……。
その間に、ヒマリと先生の手引きで、トキは「広い世界を知る」ために色々な体験をした。
C&Cの一員として、4人のメイドと作戦に臨んだ。
特異現象捜査部として、ヒマリの部屋の掃除やデータ整理の手伝いをした。
ミレニアム生として、勉強と友達作りに程々に励んだ。
シャーレの生徒として、先生の事務作業を手伝いつつゆったりとした時間を過ごした。
今までオリとリオのメイドでしかなかったトキにとってそれは、もう得られないと思っていた平穏の日々。
温かで落ち着いた、どこか心満たされる時間だった。
無論、調月姉妹のメイドとして仕えることに拒絶感があるわけではない。
大恩あるリオに向ける忠義は本物で、重すぎる重責を背負う主人を少しでも手伝いたいと心から思っていたし。
主人でありながらも気安い友人のように接してくれるオリは、トキにとって救いですらもあった。
今になってもトキは、2人と共に顔も知らない誰かへ奉仕する日々に、後悔など抱けはしない。
けれど……。
「誰かを……守る」
あの、エリドゥでの一件。
リオやオリたちがそれをやろうとしていたように……。
先生やモモイたちは、別の形でそれをやろうとしていた。
トキたちがミレニアム全体を、名も顔も知らない大多数のために戦っていたのに対し。
モモイたちはただ目の前の、自分にとって大切な友達のために奮闘していた。
全体を俯瞰視して見れば、より「正しい」のは調月姉妹だっただろう。
自分が悪に手を染めてでも、潜在的な悪を除去し、多くの人々を守る。
調月リオの理想は自己犠牲であり、必要悪であり、少なくともトキから見ればこの上なく「正しい」ことであると思えた。
だからこそトキはオリと共に、彼女の代わりに手を汚し続けてきたのだ。
けれど……。
いざ矛を交えた、C&Cの先輩たちと、ゲーム開発部と、シャーレの先生。
彼女たちを見て、トキは自分の中の認識を揺らされた。
滅私奉公するわけでもなく、仕方がないからと悪を為すのでもなく。
ただ、友達のために、懸命に走り続ける。
大局を見ていない。
理屈を伴っていない。
条理に則っていない。
そんな判断に、けれどトキは心惹かれてしまったのだ。
それを、どうしようもなく「正しい」ように思った。
自分たちがやっていることに、理論的でない「誤り」を感じてしまった。
そして……だからこそ。
「メイドとして、リオ様、オリ様と戦うのは、本望……。
……けれど、今、私は、それだけではなく」
割れ欠けたバイザーの向こうから、青い瞳を覗かせ、トキは鋭い視線を敵に投げかけた。
「私は今、シャーレと、C&Cと、ゲーム開発部と、共に戦っている」
その事実は、彼女に不可思議な充足感を与えてくれた。
これはキヴォトスを、ミレニアムを、主人を守る戦いであるのは勿論。
アリスを、ゲーム開発部を、ヒマリを、そしてリオとオリを守るための戦いでもあるのだ。
そこに、あの都市で感じた「誤り」はない。
故に、今のトキには迷いはなく。
「……このサンクトゥムは、私が、止めなければ。
ご主人様のメイドとして。シャーレの部員として。C&Cの部員として。特異現象捜査部の部員として。……ミレニアムの生徒の一人として。
これを……外に、出すわけには、いかない」
如何に消耗しようとも。
如何に状況が悪くとも。
彼女は「それでも」と立ち上がる。
孤独であった主従は、多くの人との交わりの中で、少しずつ新たな正しさを見つけていっている。
トキにとって今この時は、その正しさを証明するための時間でもある。
仲間と共に挑むキヴォトス存亡を賭けた戦いに、敗北も敗走も許されず……。
「ここで……私が、食い止めなければ……!」
彼女は、力が入らなくなりつつある両腕を、絶える気配のない軍勢へと向けた。
* * *
結果など分かり切っている戦いだった。
たとえ命を賭けようと、孤立無援に陥ったトキには、この並び立つサンクトゥムを攻略するだけの力はない。
そして、生徒たちの彼女に向けた想いも、この暗がりの地下空間にまでは届きはしない。
トリニティのとある生徒の要請で組織された救出班も、ここを踏破するには至らず。
……故に。
「っ……ぐ、あ……」
彼女の使っていたアビ・エシュフが破壊されることも。
手持ちの火器の弾丸が切れることも。
そして……ついに直撃したショットガンに意識が飛びかけ、膝を折ることも。
その全てが、予定調和。
彼女を取り囲む数多の敵たちは、その体を呑み込まんと迫る。
もはやまともな機能を失ったアビ・エシュフの残骸を纏ったトキは、真っ当な抵抗すら許されず。
「……自爆、コード、を……」
せめてもと、トキは呟く。
あくまで予想でしかないが。
アビ・エシュフには自爆のためのコードが仕込んであると、トキは思っていた。
リオは徹底した合理主義者だ。
いざという時には、敵による鹵獲を防ぎながら被害を与えられるよう……トキ1人の犠牲によってキヴォトスを救えるよう、然るべき手段を持たせているはず。
事実はどうあれ、少なくともトキはそう認識してる。
それさえ使えば……。
サンクトゥム本体を折ることはできずとも、溢れ出る軍勢を多少押し留めることはできる。
ほんの数分、あるいは数十秒でも、時間を稼ぐことができる。
トキはつい先程、通信回線が不調になるまで、リオと適宜連絡を取っていた。
故に、知っているのだ。
空の彼方での戦いは、いよいよ終盤。
エネルギーの大元であるアトラ・ハシースの箱舟を自爆させさえすれば、これ以上虚妄のサンクトゥムから敵が現れることもなくなるはずだった。
トキは、先生たちの勝利を疑っていない。
リオと、そして久方ぶりに表舞台に現れたオリ。
彼女の慕う主人たちに、先生やヒマリまで参加しているのだ。
多少苦戦はしても、必ずアトラ・ハシースの箱舟は破壊されるものと確信している。
……だから、あと少しだ。
あと少し時間を稼げば、事態は一気に好転する。
もしかしたら、トキが稼いだほんの数分が、ミレニアムの生徒を救うかもしれない。
あるいはほんの十数秒が、C&Cの到着を間に合わせるかもしれない。
トキの行動が、選択が……何かを変えるかもしれないのだ。
あの、エリドゥでの戦い。
主人に意思を委ねた結果、罪と自責を押し付けてしまったことを、トキは悔いている。
リオは全ての自責を抱え込んで消沈し、オリはあらゆる罪を受け入れて失踪した。
それは全て、トキがなんら意思を介在させず、ただ従順な道具たろうとした結果でもある。
逆に言えば、トキが少しでも自分の意思を挟んでいれば、彼女たちが負うことになったものを少しでも分かち合えたはずなのだ。
トキはその意味でも、大きな間違いを犯してしまった。
だからこそ。
今、C&Cの部員として、特異現象捜査部の部員として、シャーレの生徒として……。
そしてやはり調月姉妹の従者として。
誰かの意思でなく自分の意志で、誰かを守ろうと、折れそうになる心と膝を無理やりに奮い立てる。
「リオ、様……リオ様、聞こえ、ますか。自爆コードを……」
震える手でインカムを抑え、砂嵐を垂れ流す向こうへ、自爆コードを問いかける。
通信妨害のかかっているそれが都合良く向こうに繋がるとは、正直なところ、トキにも思えなかった。
けれど……少しでも皆の役に立とうと思えば、その微かな望みに賭けるしかなく。
「アビ・エシュフの、自爆コードを……送信、してください」
地下の暗闇の中、意味のない懇願が響く。
その震える声を、彼女の命掛けの決意を聞き届ける生徒は、どこにもおらず……。
……しかし。
生徒でない何者かは、それを聞き届けた。
唐突に、インカムのノイズが鳴り止んだ。
驚くトキの耳に響いたのは、聞き覚えのない3つの声。
『じ、自爆は困ります……その機体は研究に値するものですし、せっかく頑張って探したのが無駄になっちゃいますし』
『ていうか、あんたに死なれると契約が果たせなくなるしね。あの方からの最期の命令、ちゃんとこなさなきゃ』
『「相対者」に敬意を払い、「飛鳥馬トキの救出」を実行しましょう。……まぁ、あなたの命などどうでも良いのですが』
それに続いて、失われつつあった聴覚が、微かに遠方から響く機会の駆動音を捉える。
微かにしか聞こなかったそれは、急速に……あり得ない程の速度で接近し。
トキの目の前の壁をぶち破り、群れ為す敵を移動の勢いだけで蹴散らして、姿を現した。
「あれ、は……まさか」
瞠目するトキの目の前に現れたのは……。
折れ曲がった砲身を携えた、四脚の巨大戦車。
「サムス・イルナ・ケテル……!?」
あのエリドゥでの戦いでオリに与えられ、以後行方がわからなくなっていた、リオ謹製の特殊兵器だった。
今回で地上編は終わるはずだったけど全然尺足りませんでした。
次回には終わります。
それと、ちょっと忙しくなってきたので投稿頻度が下がるかもです。
楽しみにお待ちいただいている読者様がいらっしゃったら申し訳ない。