「サムス・イルナ・ケテル……!?」
衝撃に、声を上げるトキ。
彼女の前に轟音を立てて現れたのは、四脚の巨大な自走砲。
調月リオが組み上げた砲台に、あの一件の直前に鹵獲されたデカグラマトンの預言者の機体を組み込んだ、対名もなき神々の王女のために設計された決戦兵器。
調月リオが姉であるオリに与えた、特殊な「武装」の一つだった。
その自走砲はギャリギャリと床のコンクリートを破壊しながら、トキへと迫って来ていた敵に突進。
その巨体に見合う質量と時速200キロメートルを越える速度は破壊的なエネルギーをもたらし、敵たちはボーリングのピンのように跳ね飛ばして蹴散らされる。
更には、自走砲の走行能力を支える不可思議な技術によって構成された四脚は、巨体に似合わぬ凄まじい旋回性を見せ、トキの回りをドリフトを決めるように大きく一周。
トキに銃口を向けていた敵は尽く、塵となって消えていった。
トキに最後の一撃を与えんとしていた、虚妄のサンクトゥムから溢れ出る敵は、蹴散らされた。
しかし……それで、トキの身が安全になったとは限らない。
『ち、違います! そんな名前の子じゃありませんっ! この子はケテルちゃんって言って、私たちにとって始まりの子で……!』
『まあ今は、サムス・イルナ・ケテルだっけ、そっちの名前で合ってるんだけどねー。
なにせケテルはあの変なのに掌握されちゃって、そっちでは出力できないみたいだし。丁度いい名前があったから使ってる感じ?』
『業腹ですが、今は受け入れましょう。これは預言者に非ず、と。
そして、本来ならば、人間一人如き放っておいても良いのですが……あの方の認めた「相対者」との契約です。仕方なく助けてあげます』
どうやら、トキの周りを疾走する機体から聞こえてきている、声。
それらは、トキがこれまでに聞いたことのないもので……。
しかし、彼女たちの言葉から、トキはその正体にある程度の察しを付けることができた。
「まさか……デカグラマトンの、予言者……!?」
特異現象、デカグラマトン。
特異現象捜査部のヒマリとエイミが追っていた、そしてこの数か月はトキも共に調査していた、不可思議に高いハッキング能力を持つ存在。
ここ最近は表舞台での活動を確認できず、どうやら潜伏しているらしいという結論に至っていたが……。
それが、キヴォトスの存続がかかった今になって動き出したのか。
満身創痍の体ながらもなんとか警戒しようと、震える指で弾切れのアサルトライフルを構えるトキに対し。
3つの声は、嘲笑うように応えた。
『違いますが……いえ、この場であなたに名乗る必要はありませんね。まあ、どちらでも良いのですが』
嘲笑い見下すような、けれど子供のような無邪気さのある声。
『こ、個人的には、そこの機体を見てみたいんですけど……今日は時間がなさそうなので、我慢です』
内気で大人しそうな、しかしどこか拘りの強そうな声。
『私としてもデータを取りたいんだけどねー。ま、その内機会もあるでしょ』
どこか楽しそうに弾んでいる、軽い調子の声。
「…………」
3人の、恐らくはデカグラマトンの関係者であろうと思われる少女たち。
底知れない相手を前に、トキはなんとかサムス・イルナ・ケテルに対して距離を取ろうとするが……。
『ああ、先程の言葉も理解できないとは。愚かさとは罪ですね』
『別にそっちに危害を加えやしないよー。むしろ私たち、あなたを守るように契約してるから、害そうにも害せないし』
『あ、あの、ケテルちゃんの邪魔になるので、動かないでください……』
声は、そんなトキの警戒には意味がないと告げて来る。
トキは刹那、逡巡し……。
結局、構えを解き、その場に止まった。
トキは知っている。
サムス・イルナ・ケテルの主砲は、どうやらあの戦いでへし折られたままなようだが……。
その武装が失われたとしても、この自走砲は十分脅威となり得る、と。
なにせ、全長20メートルの特殊金属塊が、時速200キロメートルオーバーの速度で動き回るのだ。
ホシノやオリのような例外級の生徒であればともかく、いくらヘイローを持ったキヴォトスの生徒であっても、これに轢かれればかなりの痛撃となってしまう。
しかし、逆に言えば、だ。
この声の主たちは、やろうとすれば簡単にトキを害せたとも言える。
それも一瞬で、抵抗も許さずに、だ。
奇襲もせず、むしろ追い詰められたトキを救うように、周りの敵を蹴散らしたことからして……。
その言葉の真偽はともかくとして、トキへの害意がない、ということは信じていいだろう。
……いいや、より正確には、信じる他ないのだ。
アビ・エシュフを失った今のトキに、サムス・イルナ・ケテルに抗う術はない。
高い機動力で走り回るそれを止めることもできず、突進されれば回避もままならないだろう。
敵対すれば無駄死にするだけ。
であれば、最初から選択肢などない。
今のトキにできるのは、その言葉が真実であると信じることくらいだった。
『しかし、まさか預言者たちが掌握されてしまうとは。バックドアなど作られては困りますし、一度システムの見直しと再構築が必要でしょうね』
『うーん、かなり厳重にプロテクトをかけてましたし、これ以上となるとリソースが……まだ採掘も6%しか終わってませんし……』
『とはいえ、預言者を盗られるなんて、計画全部を覆されかねない大惨事だよ。あの方の威光を穢すことになっちゃう』
声を発する三人の少女は、トキには理解できない何事かについて会話を交わしながら、片手間と言わんばかりに敵を蹴散らしていく。
あのエリドゥでの戦いにおいて、オリの装着したバイザーを通して脳波によりコントロールされていたサムス・イルナ・ケテル。
しかし今やこれは、如何なる手段を以てか、少女たちに掌握されているらしい。
トキは膝を突いて息を整えながら、少しでも情報を得ようと疑問を投げかけた。
「……何故、サムス・イルナ・ケテルを、あなたたちが……?」
『ん? ああ、契約の対価だよ』
思っていたより軽快く疑問に答えたのは、楽し気な調子の声だった。
『1か月前、相対者があの方に最後に会った時に、契約を持ちかけられてね。
「偽りの主たる塔が立った時、飛鳥馬トキの身柄を保護し、安全を保障する」ことと、「その際にキヴォトスに害となる行動を取らない」ことの対価として、「鹵獲したケテルの機体の返却」を掲げられたんだ』
『あの機体はケテルの最初の身体。性能は低く、次世代も開発できている以上、必要はなかったのですが』
『あっ、あれは記念すべき最初の機体なんです! 火力と機動性、汎用性を兼ね備えて、ここまで小型化するのにはすごいシステムの最適化が必要で……!』
『ああ、はいはい、わかったから』
「相対者」。
トキは、その名に聞き覚えはなかった。
しかし、少女たちが語る「あの方」が、デカグラマトンのことを指すのならば……。
それに「会った」、つまりは接触していた存在がいることを意味する。
特異現象、デカグラマトン。
不可思議な程に高いハッキング能力を持ち、ミレニアムの技術すら凌駕する何者か。
それと接触し、契約を持ちかけ、そしてそれを遵守させることができる存在がいる。
それは、決して小さくない情報だ。
そしてもう1つ、トキにとって重要なことがある。
その存在が掲げた対価が、あの日オリが持ち去ってから行方知れずとなっていたサムス・イルナ・ケテルの譲渡である、という点。
そこには、長い付き合いを持つトキだからこそわかる、明確な異常がある。
「……サムス・イルナ・ケテルは、オリ様がリオ様から贈られたもの。
易々と手放す、とは……思えませんが」
彼女の主人の片割れであるオリは、もう一人の主人であるリオを、この上なく愛している。
もはや溺愛していると、そう言ってもいい程に。
だからこそ、オリはリオから贈られるものを、この上なく大切にするのだ。
その典型例が、彼女の武装。
オリは様々な銃種の使用と対応ができるように膨大な鍛錬を積みながらも、主武装としているハンドガンを手放したことは一度としてない。
何の変哲もない、カスタムすらされていない、市販品。
勿論その威力も高くはなく、とてもオリの主武装としては使えないようなものなのに。
それでも、決してそのハンドガンを……。
調月リオから贈られた、一番最初のバースデープレゼントを、手放したことはなかった。
牽制程度にしか使えなくとも。
リオ本人からカスタムの申し出を受けようとも。
それでも、丁寧に丁寧に整備し続け、原形を残したまま10年以上愛用し続けているのだ。
オリにとって、リオからの贈り物は特別な意味がある。
バースデープレゼントも、姉妹としての想いも、気遣いも……。
あるいは、必要に応じて支給された兵器であろうと、例外にはならない。
オリが、リオからの贈り物であるサムス・イルナ・ケテルを自分から手放すとは思えないのだ。
であれば……「相対者」がオリから奪った?
……いいや、それは違うだろう、と。
トキは自らの仮説を否定した。
オリの不条理なまでの強さは、誰よりトキが知っている。
彼女が自分の大切な物を奪われるとは、到底思えない。
それに……先程まで聞こえていた通信でのオリの様子は、多少後ろめたそうにはしていたが、そこまで極端な、顔も合わせられないといったようなものではなかった。
もしもサムス・イルナ・ケテルを誰かに奪われていたのなら、リオの前に立った時、真っ当に会話などできるはずがない。
恥じ入る余り土下座の一つでもしているだろう。
つまるところ、オリは自ら望んでサムス・イルナ・ケテルを手放したわけでも、あるいは誰かによって奪われたわけでもない。
であれば、「相対者」とは一体……。
思考を進めていたトキの脳裏に、小さく閃くものがあった。
「…………『あの子?』」
自分はとある存在のおかげで生まれ、夢の中で特別なお話をしてもらえるのだと。
オリが何度か、冗談交じりにそう語っていたことを思い出す。
現実主義のリオは信じなかったようだが、トキは話半分ながらもそれを記憶に留めていた。
その存在こそ、「あの子」。
オリが妹や先生と同じくらいに信頼していた、存在しないはずの誰か。
オリは今年に入って、不可思議に未来を言い当てていた。
それによってリオとトキは、「あの子」が実在すると仮定して話を進めていたのだが……。
もしも、それがオリを唆して、契約を結ばせたのなら。
どうしても必要なのだと、あるいは返すのが道理だと、そう納得させていたのなら。
どことなく後ろめたさを漂わせていたオリの様子と、辻褄が合う。
それがどういうことを意味するのか、トキは考えようとし……。
『さーて、一旦はお掃除終了!』
その場に響く少女の声が、彼女の意識を現実に引き戻した。
見れば、トキの周りにいた敵は、大きくその数を減らしていた。
勿論、今もなお増え続けてはいるが……サムス・イルナ・ケテルが駆け回り敵を轢き潰す数はそれを大幅に上回っている。
そして、ある程度の安全を確保した後。
四つの脚部で急速にブレーキをかけてスピードを落とし……トキの前へとやって来た。
『乗ってください、飛鳥馬トキ。地下区域を脱出します』
『ここにいると、常に命の危機に該当するので……地上部分にまで送りますね』
「しかし……虚妄のサンクトゥムが」
眉をひそめ、トキは苦々しく呟く。
そう。そもそも彼女がここに来た目的は、虚妄のサンクトゥムの抑制だ。
ユートピアの地下に溢れ返らんとする敵たちを押し留めなくては、最悪の場合、ミレニアムの住民たちは無数の敵による襲撃を受けることになるかもしれない。
故にトキは、ここを離れることに難色を示したが……。
『問題ありませんよ。ここは私たちが潰しますので。
……デカグラマトンの預言者に手を出したこと、後悔させてあげましょう』
そう告げる声からは、先程までの無邪気な調子など消え去り。
ただただ冷酷な、敵意のみが込められていた。
地上編、終了。
この後トキはC&Cの近くにまで輸送され、セイアの要請で手配されたドクターヘリで救助されます。