調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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無限の可能性Ⅱ(2)

 

 

 

 調月オリにとって、目の前の現実は在り得べからざるものだった。

 

 先生が大人のカードによって自分を呼んだことも勿論そう。

 ここから先に可能性などあるはずがないのに、そこには自分の知らない、未知の可能性があった。

 

 だが、オリが驚いたのはそれだけではない。

 彼女があり得ないと思うことは、他にもあったのだ。

 

 

 

 ホシノと距離感が違い過ぎる、ということもその一つだ。

 

 ホシノとオリは、言葉にすることこそ少ないが、互いに互いを親友と認め合っている。

 言葉だけならば健全に聞こえるそれは、しかし……歯に衣着せずに言えば、傷の舐め合いにも等しい関係性だった。

 

 一人の生徒が宿すには有り余る力を持ちながらも、そしてオリに至っては未来に起きるソレを知りながらも、一人の先輩を救うことのできなかった、3年前の失意。

 彼女たちにとって、互いは、その痛みと苦しみを共有する唯一の相手。

 

 死という、決定的で致命的な喪失。

 その悲痛に過ぎる過去から目を背けるために、彼女たちは残された繋がりを求めたのだ。

 

 勿論、3年間の付き合いの全てがそれであるわけではない。

 始まりが悲痛と絶望であったとしても、彼女たちは多くの時間を、想いを共にした。

 ホシノが何か助けて欲しいと言えば、それがリオや先生、あるいは「あの子」に被害をもたらさない範囲なら、オリは即座に動き出したし。

 逆にオリがどこかに出かけないかと誘いをかければ、昼寝の予定をキャンセルして同道するくらいには、ホシノだって友情を感じている。

 

 けれど、それでも。

 始まり方、関係性の基礎部分が腐ってしまっている以上、そこから先がない。

 

 例えば、半年と少し前。

 アビドス砂漠でデカグラマトンの預言者の調査を行った後に、ホシノは先生に「オリをよく見ていて」とお願いをした。

 けれど、彼女たちが真に親友であるというのなら、それはホシノ自身ですればいいことだ。

 親友のことをよく見て、もし道を誤りそうになったら引き留める。そんなことは、生徒としてなんらおかしなことではないのだから。

 

 ホシノがそれをしなかった理由は、簡単で。

 彼女はそれ以上、オリの内面に踏み込むことができなかったのだ。

 

 彼女たちは、どちらも傷を負っている。

 その痛みと苦しみを、誰より理解できている。

 だから……互いのそれに、触れられない。

 それに触れ、再び繋がりを喪ってしまうのではないかという恐怖に、耐えられない。

 

 故に、ホシノはオリが思い詰めていると察しても、それについて言及できなかったし。

 オリはホシノが近い将来、その苦しみを再燃させると知っても、大きな行動を起こせない。

 

 それが、「親友」という言葉に隠された、彼女たちの関係性だった。

 

 

 

 ……そのはずなのに、シロコと戦う、恐らくは未来のオリとホシノだろう2人は。

 

「ホシノさぁ、この前先生と一緒に水族館行った時、腕に抱き着いてメス顔してたよねぇ! ふんっ!!!」

「いった! ちょっと、力強すぎ! 嫉妬とかどうかと思うけど!?」

「嫉妬じゃありませーん、正当な所有権主張でーす! 何回も言ってるけど、先生は私たち調月姉妹が買約済みなんで~~~す!

 シーフするつもりってんなら、まずそのガキボディをユメ先輩並みに成長させてみな~!? もうアビドスで貧乳なんてホシノとセリカだけなんだしさァ、先輩としてはずかし~~~!! 豊満でごめんね~~~!!」

「あーあおじさんキレちゃったよシロコちゃんより先にこの馬鹿張り倒しちゃおっかなー!!」

 

 ……なんというか。

 距離感が、余りにも近い。

 

 他の発言内容に関しては、まあ、一旦ノータッチとするにしても。

 オリはホシノに対して、ユメ先輩……梔子ユメの名前を出すことなんて、できない。そのはずだ。

 それが彼女の古傷を抉る行為であると知っているし、勢いが過ぎれば出血の余り彼女もいなくなってしまいかねないと、理解できているから。

 

 それなのに、目の前のオリは、それを平然と口にし。

 ホシノは……平然と受け止めるどころか、ふざけた怒気すら覗かせていた。

 

 それは今の2人のそれからは想像もできない、まるで何かをきっかけに土台部分から関係を作り直したような、全く異なる関係性だった。

 

 

 

 彼女たちの関係性の他にもう1つ、異常なことを挙げるのなら。

 

「へっへーん、ホシノのパンチなんて遅すぎて当たらないよー、っと!」

 

 そんな軽口を叩きながらも、未来のシロコから向けられた照準を俊敏な動きで振り切りながら……。

 未来のオリは、唐突に右手に持ったショットガンを撃つ。

 

 瞬間……その神秘が、煌めき。

 

「ッ!?」

 

 シロコの身体が、衝撃を受けて硬直した。

 弾丸の間を流れ去る電流の痛みもそうだが、数十発の細かいペレットによる衝撃自体が、彼女に鋭く重い痛みを与えていた。

 

 そして、それこそが、現在のオリにとって最大の疑問の1つだった。

 

「なんで……サムス・イルナでもない小型の銃が、そんな威力を……?」

 

 

 

 オリは、おおよそあらゆる銃器を使うことができる。

 スナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガン、マシンガン、そして勿論ハンドガン。

 使用される頻度の高いそれらの他にも、グレネードランチャーやレールガン、時には火炎放射器さえ。

 自身とリオの保身のために戦闘技能の向上に余念のなかった彼女は、それらを十分以上に使いこなせるように、そしてそれらに対処できるように、十分以上の修練を積んでいた。

 

 けれど、だからこそ、オリは1つの事実に直面したのだ。

 自分の放つ銃弾は大して火力がない、と。

 

 ホシノの撃つショットガンを筆頭に、強力な神秘を持つ生徒は、放つ弾丸にすら攻勢の神秘が宿る。

 故に、それは通常以上の火力を発揮し、特に神秘による防御力を持つ相手に有効打になるのだ。

 

 ……しかし。

 オリの神秘の中には、一切の崇高を宿さない、不純物が紛れ込んでいる。

 故に、彼女の放つ弾丸には、ろくに神秘が宿らない。

 どれだけ撃ったところで、殊更に強い神秘を持つ相手に対しては、有効打にならないのだ。

 

 そのためオリは、木っ端相手には適当な銃器を使ったりもするが、強者を相手にした時は必ずと言っていい程、牽制用にしか銃を使わない。

 他に対抗手段がないのなら、有効打にならずとも、致し方なく銃撃を選ばされただろうが……。

 銃弾を放てない代わりというわけではないが、幸い彼女には、筋力と速度という武器があった。

 変に銃撃戦をするより、さっさと近付いてぶん殴るか得物を取り上げる方が手早く事が済むし、強者にも対応しやすいのだ。

 

 

 

 ……それに対して、未来のオリの戦い方はどうか。

 

 ポジションとしては、フロントに立っている。今のオリと変わらない。

 けれど……相手に拳が届く程、張り付くような最接近は、しない。

 

 まるでダンスでも踊るように、ホシノの後ろに隠れ、あるいはホシノを蹴り飛ばし、時にホシノの盾に突き飛ばされ、あるいはホシノに触れて共に転移する。

 そうして敵の攻撃に対処しながらも、主眼とするのは、あくまで銃撃戦。

 ホシノというユニットを疑似的な障害物とし、左手に持つアサルトライフルによって制圧射撃し、時に右手に持つショットガンの銃弾を転移させて直撃させる。

 

 銃による攻撃を主眼とする、まるでキヴォトスの普通の生徒たちと同じような……。

 これ以上なく、オリらしくない、戦い方。

 

 それを……ああ、自分自身だからこそわかる。

 

「……ふふっ」

 

 未来のオリは、現在のオリに、見せつけているのだ。

 

 自分の、あり得ないはずの姿を、どこか誇らしげに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…………何、なの?」

 

 呆然と呟く、現在のオリ。

 普段から貼り付けている仮面のような笑みは消え、ただ蒼白な顔を呆然と脱力させている。

 

 目の前に広がる光景はまるで、自分がこれからしようとしていることを否定されているようで。

 自らが命を賭してでもと願ったことを、どうしても叶わないのだと断言されているようで。

 

 だからこそ、オリは大事な武装すら取り落とし、ただその光景を見ていることしかできなかった。

 

 大人のカードと、大人のカードのぶつかり合い。

 お互いのリソースを削っての総力戦を。

 

 

 

 そして、そんな彼女に……戦闘終了までの指揮を終えた先生は、声をかけた。

 

“オリ”

「せんっ、せい。……何、あれ」

 

 先生が、本当に久しぶりに見る……まだ片手で数えられる程しか見たことのない、オリの素顔。

 けれどそれも、こんなにも恐怖と絶望の色が濃いと、見ることができて嬉しいとは思えなかった。

 

 故に先生は、静かに、落ち着かせるように語りかけた。

 端的に、短い言葉を。

 

“大丈夫だよ”

「だいっ、大丈夫じゃないよ! だって、私、私が、この先があるって、それは……!!」

 

 激し、言ってはならないそれを、弾みで口走りかけるオリ。

 

 けれど……他ならぬ先生が、それを制止するように繰り返した。

 

“大丈夫”

「何を……だって、先生は、何も知らないからそんなこと……!」

“大丈夫だ”

「っ……」

 

 どれだけ言っても、揺るがない言葉。

 根拠なんてどこにもないはずで、けれど絶対の自信があるように、先生は断言する。

 

 それにオリは、これまでにない程、感情を揺さぶられた。

 不安、不審、そして……安堵。次いで、そんなものを感じたことに対する苛立ち、反感。

 

「何がっ、何が大丈夫なの!? 私のことなんて何も知らないくせにっ!!

 私がこの瞬間に、この決定に、どれだけの覚悟で、何を捨てて来たのか、何も知らない先生がっ!!!

 言わないでよ、そんな言葉を、無責任にっ!!」

 

 それは、八つ当たり以外の何物でもない。

 

 自らを明かさなかったのは、オリだ。

 語るべきことと語らないことを仕切り、自分という存在を先生に開示しなかった。

 たとえ聞かれたとしても絶対に教えなかっただろうし、先生はそれを察していたからこそ、オリが望まないと分かっていたからこそ、踏み込まなかったのだ。

 

 その全てはオリ自身の選択であり、先生に責があるわけではない。

 だから、口を突いて出るその言葉たちは、全てが八つ当たりで、衝動的なもので。

 

 

 

 

 

 

「私を! 調月オリを救えない、先生がっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ……そんな言葉が漏れてしまったのも、衝動故だった。

 

 

 

 追い詰められた時に人の本性が出るというのなら、その悪性に満ちた言葉は、間違いなくオリの本性だった。

 独善的。自己中心的。あるいは露悪的か。

 かつて妹と呼んだ少女と相反するそれらこそが、オリを指す属性には相応しいのだろう。

 

 が、しかし、同時。

 

 彼女の独善、自己中心性。

 その対象には、自らの親しい人々も入っている。

 

 要するに、親しい人々が幸せであるなら、他の全てなど知ったことかと吐き捨てる精神性。

 それはまさしく、名前も知らない他者のためになら親密な者でも使い潰すリオと、対極にあるものだ。

 

 そして、そんなオリにとって、当然ながら最優先は自分自身だが……。

 次点で優先されるのが、「あの子」とリオと、そして……先生。

 

「あっ……ち、違、今の、は……」

 

 だからこそ彼女は、いつも優し気な笑顔を浮かべる先生がその表情を曇らせたのを見て、冷や水をかけられたように平静を取り戻すことができた。

 だからと言って、すぐに謝罪したり、撤回することまではできなかったが……。

 

 

 

 そんなオリに、先生は。

 

“ごめんね”

「……え?」

 

 目を伏せ、謝罪の言葉を口にする。

 

 今まさに、自分の精神を抑えつけて謝罪しようとしていたオリは、機先を制されて目を見開く。

 そして同時……彼女の動揺には、もう1つの理由もあった。 

 

“君の言う通り、私は、オリを救えない”

“君の抱えてるものを全部解決できるだけの力が、私にあれば良かったんだけど……”

“だから、ごめんなさい、オリ”

 

 その真摯な謝罪の中から、オリは先生が少なからず自分を理解していることを察したのだ。

 

「……知ってるの? 私を」

“ううん。私は君のことを、殆ど何も知らないよ”

 

 そう言って首を振り。

 だからこそ、と。先生は続ける。

 

“いつか、教えてほしいな。これまでに君が体験したこと。君がそれに対して思ったこと”

“調月オリっていう、1人の女の子のことを”

 

 求めるのではなく、自分がそうして欲しいと思っていることを、開示する。

 それは、先生という存在に可能な限りの歩み寄りだ。

 

 

 

 けれど……それに対して、オリは力なく首を振った。 

 

「……無理だよ」

 

 オリに、この先はない……はずだ。

 だから、先生に自分のことを話すような機会も、きっと来ない。

 

 そう、オリは諦めていた。とっくの昔、10年以上前から。

 

 けれど、その一方で、先生は諦めてなどいなかった。

 

“大丈夫”

 

 再度、その言葉がかけられ、オリはビクリと体を震わせる。

 

 根拠の如何に限らず、子供を無条件に安心させる……責任を負う、大人の言葉。

 

 オリにとってそれは、この上なく恐ろしいものだった。

 それに寄りかかりたいと、そう思ってしまうことが、何より恐ろしかった。

 

 

 

 先生に静かに、真摯に、言葉を続ける。

 

“君の未来には、無限の可能性がある。そんな未来が来る可能性も、あるよ”

“そうでしょ? ──オリ”

「イエス!」

 

 この場に似つかわしくない程に明るい、声。

 それは調月オリの声ではあったが……現在のオリが出したものではなく。

 

 既にシロコを制圧し、こちらに歩み寄っていた、未来のオリの声だった。

 

 そう。

 彼女の存在が、調月オリがこの場で終わらないことを証明している。

 この先にも、彼女の生きている……つまりは、最終目的が叶えられない可能性が……。

 

 それを思い、再びオリの視界がぐにゃりと歪んだ、その時。

 

 

 

 パシン。

 

 

 

 小さな、けれど鋭い音が、響いた。

 

 それは、未来のオリが、現在のオリの頬を張った音だった。

 

 思わず下に落していた視線を上げ、自分を見て来た現在のオリに対し……。

 未来のオリは、小馬鹿にしたような、恥ずかしそうな……そう、まさしく、自分の黒歴史を見るような目を向けて。

 

 けれど、真剣な声音で、言う。

 

「悩むな。考えるな。私はリオちゃんみたいに頭良くないんだから、そんなことに意味なんてない。

 自分で決めたんなら、最後まで道化らしい笑顔のままに、駆け抜けろ。

 んで……その先で、めいっぱい後悔して、怒られて、反省して、そうしてまた走り出せ。

 ……ごめんね、先生。こんな馬鹿な生徒だけど、よろしくね?」

 

 最後のフレーズは、オリではなく、先生に向けられたものだろう。

 そこには……変わらぬ先生への憧れと共に、今よりなお大きな、親愛と信頼が窺えた。

 

「む、そろそろ時間切れか。頼ってくれてありがとね、先生。またシャーレで!」

 

 咄嗟に顔を上げた先に、もう、未来のオリはいなかった。

 

 

 

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