調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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最終目標

 

 

 

 オリは、その景色を見たわけではない。

 オリは、その苦痛を体験したわけではない。

 

 けれど、「あの子」から、考察混じりの「お話」を聞いていた。

 

 未来のシロコ……もとい、プレナパテスの時間軸のシロコの話を。

 

 

 

 

 ……その時点において。

 アビドス高等学校に残された生徒はただ1人、砂狼シロコだけだった。

 

 小鳥遊ホシノ。

 アビドス砂漠にて「恐怖」の側面へ反転し暴走したため、アビドス廃校対策委員会メンバーで、これを殺害。

 

 十六夜ノノミ。

 ネフティスグループとの関係性改善のためアビドス高等学校から転校、後に砂漠にて遺体発見。

 

 黒見セリカ。

 恐らくは外部組織の拉致によって行方をくらませ、生死不明(M I A)

 

 奥空アヤネ。

 戦闘中に致命傷を負った後、アビドスの負担を忌避し、生命維持装置を外し自害。

 

 彼女にとっての仲間であり家族である生徒たちがいなくなり。

 残ったのは、砂に埋もれ老朽化した無駄に広い校舎と、全く返済の目途の立たない億単位の借金。

 

 果たしてどこで掛け違えたのか。

 シロコの青かったはずの春はしかし、灰にくすんだ現実へと堕してしまっていた。

 

 

 

 シロコに残された唯一の希望は、先生だった。

 

 アビドスの恩人であり、今のシロコに残された唯一の大切な人。

 シャーレの先生は未だ、いなくなってはいなかった。

 その存在が、先生との繋がりが、かろうじてシロコを冷たく暗い現実に繋ぎとめていた。

 

 ……とはいえ、先生もまた、健在というわけではなく。

 シャーレへの襲撃で重体に陥り、意識不明の状態にあった。

 

 様々な蘇生のための試みがなされたものの、尽く結果を上げられず……。

 シロコは本当に長い間、先生と会話も交わせていない。

 

 

 

 そうして、先生の意識が喪われてから、100日が経ったその日。

 回復は不可能とされ、延命処置の切り上げが検討されている、と。

 

 その報道を、シロコは聞き届けた。

 

 

 

 恐らくは、それが契機だったのだろう。

 それまで1秒でも惜しいと、金を稼ぎ、借金を返済し、アビドスを再興しようと走り回っていたシロコの……最後の糸が、切れた。

 

 もう、頑張って生きなくてもいいや、と。

 生きる意志を、生きる苦痛が塗り潰したのだ。

 

 彼女は、ふらりと、アビドス砂漠へ足を伸ばした。

 途中で風に巻き上げられたマフラーを追う気力もなく、ただ冷たい砂を踏みしめ、歩き……。

 どさりと、不意に倒れ込む。

 

 そこで止まってしまった要因を挙げれば、枚挙に暇がない。

 

 戦闘の際に掠めた弾丸によって、右目は失明していた。

 抉られた胸部は、手間を惜しんで手当していない。

 左脚の感覚が薄くなっていることも、気にしている余裕はなかった。

 先日から続く吐き気と頭痛と腹痛は、気力だけで抑え込んでいた。

 食事を取る余裕も、金もなかった。

 

 端的に纏めるのなら。

 シロコは、疲れ切っていたのだ。

 

 生きることに。

 ……あるいは、生まれたことにさえ。

 

 

 

 何故生きるのか。何故生まれたのか。

 その答えを、「苦痛」であると答える者に──それは、耀く。

 

 

 

 楽しく明るい青春という神秘を、冷淡で残酷な現実という恐怖へ。

 今を生きる生徒という存在を、厳然とした事象の顕れたる神へ。

 全ての意味と意義を反転させる「色彩」は、「砂狼シロコ」という存在を「アヌビス」へと反転させた。

 

 勿論、完全に「そう」なったわけではないだろう。

 かつてのシロコがアヌビスとしての側面を少しだけ有していたように、アヌビスもまた部分的に砂狼シロコという存在の残滓を残している。

 

 だが──確かに、反転は為ったのだ。

 

 故に、彼女はキヴォトスを滅ぼした。

 全てを終わりへと運ぶ者。誰かを死へと運ぶ者。

 その役割を、殆ど十全に果たした。

 

 ……そう、「殆ど」十全に。

 ただ一つの、ただ一人の例外を除いて、シロコは殺し尽くした。

 

 

 

 そうして、残ったただ一人。

 奇跡的に意識を取り戻したシャーレの先生は……。

 それでもなお、シロコを救うために、自ら犠牲となった。

 

 

 

 ……端的に纏めれば。

 それが未来のシロコ……シロコ*テラーと呼ばれる存在と、プレナパテスのこれまでだ。

 

 知るか、と。

 そう吐き捨てるのは、「お話」を聞いていたオリにとって、とても簡単だった。

 

 それらはあくまでも彼女たちの都合であり、彼女たちが片付けるべき領分。

 その問題をこちらの時間軸にまで持ち出し、被害を広げようとするのなら、それは害悪でしかない。

 それが生徒への祈りによるものであろうと……リオとオリの作り上げた楽園を害そうとするのなら、それは敵でしかない。

 

 ……と。

 昔のオリは、自分にそう言い聞かせようとした。

 

 しかし、結果としてそれは成功しなかった。

 

 そもそも調月オリは、理論よりも直情の方に性質が強く寄っている。

 「あの子」がシロコ*テラーとプレナパテスをあくまで被害者のポジションに置いて語っていたこともあって、オリはどうしても、彼女たちに悪意を持てなかったのだ。

 

 確かにシロコ*テラーは、致命的な一線を越えている。

 殺人という取り返しの付かないこともしてしまっているし、自分のいた世界を滅ぼしたからといって他の世界を滅ぼそうとしているのだ。

 善か悪かを判別するのなら、悪としか言いようがない。

 

 だが……それは罪とまで言えるだろうか。

 

 彼女のそれらの行動は、「恐怖」という生まれ持った特性に踊らされたようなもの。

 ご飯を食べた。深く息を吸った。意識を落として眠った。それと同じように、人に死を運んだ。

 それは極自然なこと。その存在が持つ基礎行動。

 彼女自身がやらかしたわけでも、悪意を持ったわけでも、選択を間違えたわけでもない。

 

 そこに咎を置くのなら、それは即ち、生誕自体を呪うことになる。

 砂狼シロコという存在は、この世界に死を運ぶ少女は、生まれなければ良かった、と。

 

 ……どうしても、どれだけ考えても、オリにはそうとは思えなかった。

 

 だって。

 望まれない生誕という意味では、きっと自分の方が当てはまるだろうし。

 

 

 

 だから、オリはシロコ*テラーに殺意を抱けなかった。

 故に彼女の目的は、その排除ではない。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

『先生、地上でお待ちしております……!』

 

 七神リンの言葉が、ナラム・シンの玉座に響き……。

 直後、彼女の身体がその場から消え去る。

 

 調月リオが構築した、脱出シーケンス。

 それはここ、アトラ・ハシースの箱舟……特にナラム・シンの玉座に付与される、「存在が不確かになる」という特性を逆手に取ったもの。

 対象者の位置情報を欺瞞し、書き変え、所定の場所にまで転移させるという荒業だ。

 その凄まじい効果の対価として、使用可能回数は限られているが……少なくとも、緊急対策委員会や先生、そしてオリの分は確保されていた。

 

 そして現在、これの操作・選択権は、先生に託されている。

 より正確に言えば、シッテムの箱の演算能力によってそのコントロールを叶えている、と言うべきだろうか。

 

 既に生徒たちの大半は、これによって地上へ逃がされている。

 

 各所で自爆し、空中分解しながら落下しているアトラ・ハシースの箱舟。

 ここに残っているのは……あと4人。

 

 プレナパテス、シロコ*テラー、先生……そして、オリだ。

 

 

 

「……ありがとね、先生。私の意を汲んでくれて」

 

 オリはそう言い、意識して笑みを浮かべる。

 

 彼女からして、先生がどこまで自分の意図と意志を理解しているのかは、微妙に測りかねるところがあった。

 いくつか仄めかしてしまうことを言ってしまったが……どうやらこのタイミング、この形を見るに、先生は予想以上にオリの「最終目標」に勘付いているらしい。

 

「確認だけど。脱出シーケンスの残り使用回数は、2回、だよね」

“……そうだね”

 

 先生の方はオリの言葉を受けて、珍しく苦い、あるいはやるせなさそうな表情を浮かべる。

 

“オリ。私の分のシーケンスは……”

「わかってる」

 

 ちらりと向いた視線がシロコ*テラーの方に投げかけられているのを察し、オリは頷く。

 その未来を、彼女はよく聞かされ、知っていた。

 

 それに……仮に、「あの子」から聞かされずとも。

 この1年の付き合いで、先生が「そういう人」だと、彼女は理解していた。

 

 残ったシーケンスは、2回分。

 ここに残っている人数は、4人。

 つまり、地上に帰還できるのは4分の2。……箱舟に、2人取り残されることになる。

 

 地上75kmの高高度から落下すれば、いくらヘイローを持つキヴォトスの生徒でも耐えられない。

 ここに残されるのは、実質的にはそのまま死を意味するだろう。

 

 そして、他の時間軸であろうが、取り返しの付かないことをしていようが、生徒を先生が見捨てるわけがない。

 

 だから先生は、自分のシーケンスを使って、シロコ*テラーを救おうとするだろう。

 ……だからオリも、自分のシーケンスを使って、誰かを救おうとしているわけで。

 

「私の分のシーケンスで脱出して、先生」

 

 彼女は笑顔のまま、告げた。

 

 

 

 予測通りの言葉に、先生の眉が寄る。

 視線の先にいるオリは、申し訳なさそうに笑った。

 

「はは、うん、まあそういうことです。

 あ、でも勘違いはしないでね? なにも死にたいってわけじゃないんだ。

 知ってるでしょ、私の空間転移能力。それ使ってさ、地上に落下するギリギリで脱出しようと思ってる。そうすれば、1人多く救えるでしょ?」

 

 プレナパテスは……既に死体であるそれを救う優先度は、少なくとも先生の中では、低い。

 生徒たちの感情を裏切らないという意味でも、自分にシーケンスを使うことに異議があるわけでもない。

 

 そして残る、シロコ*テラー、調月オリ、先生自身。

 この三者の内、脱出シーケンスで安全に帰還できるのは、2人だけだ。

 

 他に何も手段がなければ、先生は自らのシーケンスを使い、シロコ*テラーを地上へ送還しようとしていた。

 一人でも多くの生徒を救い、自身も生存を諦めることはなく……けれど、奇跡でも起こらない限りは、自分の身を犠牲にすることになっただろう。

 

 だが、オリが空間転移でここから逃げられ、無事に地上へ帰ることができるのならば、もう1人多く救えることになる。

 箱舟に取り残されるのはただ1人だけになるだろう。

 

 

 

 ……全ては、「本当に安全に脱出できるのなら」、という前提ありきの話だが。

 

 

 

“オリ。君は、本当に”

 

 そこまで言った先生の口に、一本、指が添えられる。

 

 恵体を持つオリは、先生とそこまで身長が変わらない。

 物理的にその口を閉じさせるのも、そう難しくはなかった。

 

「ね、先生。全部わかってるでしょ? それならさ、私に嘘を吐かせないで」

“…………オリ”

 

 オリは一歩退き、一度まぶたを閉じて。

 ……再び開いたオリの目は、これまでに見たことがないくらい、真剣なものだった。

 

「お願いします、先生。一度だけ、馬鹿な生徒のことを、信じてください」

 

 その言葉は、先生には、全く別の意味に聞こえた。

 

 一度だけ……私に騙されてください、と。

 

 

 

 命中してしまった、悪い予測。

 それに、先生は一瞬だけ懊悩し。

 

 けれど、顔を上げ、言った。

 

“オリ。一つだけ約束してほしい”

「何?」

 

 

 

“私が、リオが、トキが、ユウカやノアも、ゲーム開発部の皆も……”

“ホシノやアビドス対策委員会、シャーレの部員の皆も、そして勿論私も”

 

“皆が、君が帰って来るのを待ってる”

“そのことを、忘れないで”

 

 

 

「っ……あ、はは。先生ったら、意地が悪いなぁ……」

 

 オリは俯き目を細め、後ろ頭を掻いた。

 

 何とも綺麗に、自分の言われたくなかったことを……そして同時、言われたかったことを、撃ち抜かれた。

 

 今だけはやめてほしかったな、という気持ちと。

 その言葉を本当にありがたく思う気持ちと。

 それでこそ先生、と誇るような気持ち。

 

 オリの内心に、複雑な感情が行き来する。

 ほんの一瞬だけ、その内のどれかが表に出かけて……呑みこんだ。

 

 最後まで道化らしく、笑顔で駆け抜けろ、と。

 未来の自分から、そう言われたばかりだ。

 

 弱音を吐くのは、全ての後で十分。

 故に、オリは努めて笑顔を浮かべ直す。

 

「わかったよ、先生。ちゃんと、最後まで諦めず頑張る。約束」

“うん”

 

 オリが伸ばした小指に、先生の小指が絡み、しばし互いの熱を交換し合い。

 少しして……名残惜しそうに、オリの方から離れた。

 

「行って。……そこのシロコちゃんのことも、救ってあげてね」

“地上で待ってるからね、オリ”

 

 先生が、タブレット端末を操作する。

 すぐさま、シロコ*テラーの姿が、そして次いで先生の姿が、光の粒子に包まれ、かき消えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 爆発し、炎上、墜落する、アトラ・ハシースの箱舟。

 残されたのは、生者が一人と、死者が一人。

 

 その内の生者……調月オリは、ゆっくりと死者たるプレナパテスに歩み寄り……。

 

「さて……私の最後の目的、叶えるか」

 

 穏やかな、けれど寂しげな、同時霧の晴れた、複雑な表情で、笑う。

 

 

 

「調月オリのすべきことは、いつだって一つ。

 ……先生を、助けることだからね」

 

 

 

 彼女の懐で。

 ぶわりと、不吉な気配が溢れ出した。

 

 

 







 「救えないはずの先生」を救う。何を犠牲にしても。
 それだけが彼女の存在証明でした。
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