調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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ただ一度の状況、ただ一つの選択

 

 

 

 崩壊していくアトラ・ハシースの箱舟。

 その中核、ナラム・シンの玉座に、コツコツと、空虚に足音が響いた。

 

 ただ一人、この場に取り残された生徒であるオリは、プレナパテスの元に歩み寄る。

 

 光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ。

 アリスとケイが2人で作り上げたウトナピシュティムの主砲は、過たずプレナパテスの身体を貫いた。

 余剰エネルギーを投与しただけの砲撃とはいえ、本来は状態の共存すら突き破る一撃だ。

 瓦礫に倒れ込むように崩れ落ちたその体は、もはや動かない。

 色彩の嚮導者プレナパテスは、完全にその息の根を止めていた。

 

「恐怖と、神秘……あの子の説だと、自然の発露、信仰の器に被せられた、少女性のテクスチャ。

 ある意味じゃ同じかな。『先生』という存在に、『色彩の嚮導者』としてのテクスチャを被せた。

 ……でも、今、教導者としての要素は死んだ。テクスチャは剥がれ去った。

 だから、今ここに残ってるのは……間違いなく、先生の身体だ」

 

 ふらふらと不安げに揺れるのは足取りであり、同時、言葉もそうだ。

 

 

 

 「あの子」から聞いたたくさんの言葉。この世界についての考察と理解。

 それらを反芻し、聞く者が誰もいないのをいいことに、オリは口に出して確認する。

 

「足りる。リソースは十分に。私の神秘さえ溶かし尽くせば、残留意志を頼りに引っ張り込む程度なら。

 ……でも、死ぬかなぁ。いや、死ぬか。そりゃあ死ぬわ。

 ていうか、むしろ死ななきゃ困る。そのためにこの状況利用してるんだし」

 

 「子供の封筒」によって「神秘」を完全に使い切った時、自分がどうなるか。

 オリは、正確なところを知らない。

 なにせそのような事態は、少なくとも「あの子」やゲマトリアの観測上、キヴォトスで一度たりとも発生しなかった。

 

 神秘と恐怖は表裏一体だ。

 黒服はそれを「コインの裏と表のようなもの」と例えた。

 キヴォトスの生徒たちにとっての平常時、神秘の面が表出する時には、恐怖の面は薄い。

 逆に恐怖へと反転してしまった場合、恐怖の面が表出し、反面神秘の面は薄くなってしまう。

 

 ……だが、それさえも、あくまで現状況から考察できるだけの仮定に過ぎない。

 

 ゲマトリアも、そして「あの子」さえ、神秘と恐怖というものを完全に理解しているわけではない。

 「子供の封筒」が、神秘を燃料として事象を引き寄せることは確かだ。そのように設計されている。

 だが……その結果、生徒にどのような影響が出るかは未知数だった。

 

 元々、ゲマトリアはその様子と経過を観察しようとしていた。

 崇高への理解を高めるために、オリを実験台にするつもりだったのだ。

 実験観測を行うより前にシロコ*テラーによって組織が壊滅させられたため、この観測自体は未遂に終わったが……。

 最終的に、オリの手の中には「子供の封筒」が握られており、彼女はそれを使うつもりでいる。

 

 

 

 これによって神秘を使い切った時、何が起こるのか。

 

「……反転、するのかなぁ」

 

 最も考えやすい結末は、反転だ。

 神秘が表出した状態から、恐怖が表出した状態へ。

 コインを裏返すかのように、その意味合いが変わる。

 

 その場合……果たしてオリは、どうなってしまうのか。

 

 オリは「あの子」の語る「お話」に登場しない生徒だ。

 だからこそ、オリが恐怖へ反転してしまった時に何が起きるのか、彼女にもわからない。

 

 シロコのように、完全に反転してしまうのか。

 その場合、オリの本質たる「非存在」と「反証」は、今よりずっと強く表出することとなるだろう。

 そんな状態のオリは、果たして何をしようとするだろうか。どんな役割を負うのだろうか。

 それは誰にもわからない。

 

 あるいは、もっと最悪なのは、ホシノのように半端に反転しかけることか。

 神秘と恐怖の境目に立つ、不安定な反転。その波に呑まれてしまえば……オリはキヴォトスに対して破壊衝動を向けてしまうかもしれない。

 

 ……そんな事態を防ぐためにも。

 こうして彼女自身、生きる道を削いだのだが。

 

 

 

 敢えてゆっくりと近づいた彼女の足が、ついにプレナパテスの元にまで、その体を届ける。

 

 こうして倒れ伏すモノを見ても、それが先生であると、オリには思えない。

 当たり前と言えば当たり前だ。破壊されているとはいえ、色彩によって被せられた偽りのテクスチャは上に載せられたままだ。その体の本来の持ち主が戻るまでは。

 

 故に、オリがそれを為す。

 

「……先生。その全然似合わないローブ、今から脱がすからね」

 

 呟き、オリはその懐へと手を伸ばし……。

 ……その手が止まる。

 

 躊躇。

 今更止まれもしないのに、それでもなお、胸の疼きが指の動きを鈍らせる。

 

 けれど、彼女は一度まぶたを閉じ、深呼吸を一つ。

 錆び付いた指先を動かし、それを掴んで、取り出した。

 

 ゲマトリアの作品、「子供の封筒」。

 禍々しい雰囲気を放つ、封のされた封筒を。

 

 プレナパテスの傍で膝を突き、彼女は……ゆっくりと、その封を解いた。

 

 実に二度目の行使。

 もはやその手に、不慣れゆえの戸惑いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 けれど。

 

 今回の行使により発生する奇跡は、致命傷を負った肉体の復元と、何より疑似的な反転。

 

 そこに要するコストは、ただ一度ウトナピシュティムからの攻撃を防ぐことより、ずっとずっと重い。

 

 

 

 

 

 

「────、ぁ」

 

 意識が漂白される。

 見当識が吹き飛び、記憶機能の大半が焼け焦げ、身体機能が喪われる。

 

 オリはそれを以て、理解した。

 真の喪失。完全な断絶。不可逆の渡河。

 

 その未来が、約束されたことを。

 

 

 

 調月オリの死は、今この瞬間に確定した。

 

 彼女に残されたのは、封筒が神秘を奇跡へ変換するまでの、ほんの僅かなモラトリアムだけだ。

 

 

 

「……は、ぁ」

 

 いつものように、余裕のある笑顔を浮かべようとした。

 意識的に、オートマチックに、定めていた通りの形を作ろうとする。

 

 けれど、できなかった。

 

 記憶も、感覚も、なかった。

 既にそのプリセットは脳から消し去られ、思い出せなくなっている。

 自分が今、どんな顔をしているかもわからない。

 その機能は、生きるために必要なものではないから、優先して切り捨てられていた。

 

 そして、それだけに留まることなく。

 死は、時間と共に、「調月オリ」の機能を次々と削ぎ落していく。

 

「呼吸、を」

 

 呼吸を。

 とにかく、呼吸を整えよう、と。

 霞がかる思考の中で、必死にそれを思い浮かべる。

 

 呼吸。生命、人間の生存に必須のもの。

 だからこそ、まずは呼吸を。

 息を、酸素を、取り入れなくては。

 

 ……しかし。

 

「あっ……か、ひゅ……」

 

 肺の機能が秒刻みで、弱っていく。

 息の仕方を、体が、頭が、思い出せなくなっていく。

 

 秒刻みで、死が、オリの体を絡め取っていく。

 その苦痛は、絶望は、オリの覚悟と予測を超越していた。

 

 

 

 ……しかし、それでも。

 

「は……や、く」

 

 為すべきことを、為さねばならない。

 

 その所以も理由も靄がかり、思い出せなくなっても。

 10年以上抱き続けて来た妄執が、ただ一つの絶対目標が、生きる理由を得るための義務感が。

 彼女の震える指先を、突き動かした。

 

 ゆっくりと腕を伸ばし、内より黒い輝きを放つ封筒とは逆の手で掴んだのは、自身の腰の後ろ側。

 

 いつの間にか彼女の服に取り付けられていた、小さな装置だ。

 

 

 

 つい先程。

 ウトナピシュティムに現れたシロコ*テラーを、オリが一度退けた後。

 彼女は再びシロコが現れるまで、ウトナピシュティムの本船で身を休めていた。

 

 ウトナピシュティムの防衛システムからアリスとケイを守るための、一度目の子供の封筒の行使。

 神秘が一部削れてしまったことによる負担は想像よりも遥かに大きく、オリはまぶたを閉じて、半ば意識を落とすような形でオペレータールームの片隅にいたのだが……。

 

 恐らくはその時に、リオの操るAMASに付けられたのだろう。

 

 ……リオが以前から作っていた、超小型の転移装置を。

 

 

 

 調月オリが、調月リオのことを良く知っているのと同じように。

 調月リオも、調月オリのことを良く知っていた。

 

 オリがアトラ・ハシースの箱舟に現れ、普段よりも微かにぎこちない笑顔を浮かべているのを見て。

 リオは、オリが自分を犠牲にしようとしていることを察したのだろう。

 

 故にこそ、失踪していたオリを連れ戻す一助として作っていた転移装置を、オリに取り付けた。

 

 万が一、いざという時に備えるのがビッグシスターだ。

 オリが「この本船に残る」などと言い出した時に、必ず救い出せるように。

 不測の事態が発生しても、彼女を確実にミレニアムに連れ戻せるように。

 先生にもオリ自身にも伝えず、彼女は策を弄していた。

 

 現に先程、オリが先生に対して「自分は箱舟に残る」と言い出した際にも、通信越しにそれを聞いていたはずのリオは口を挟まなかった。

 それでも問題ないと……いいや、むしろその方がオリを確実に捕まえられて好都合、とまで思っていたのかもしれない。

 

 

 

 だが……オリもまた、リオのそうした行動を予期していた。

 

 リオならば、失踪した自分を連れ戻すため、自身の持つ総力を挙げて転移装置を作り出すと。

 そしてそれを、こっそりと自分に持たせるのだと。

 

 生まれた瞬間からずっと連れ添ってきた双子として、それを確信していた。

 

 ……そしてその予測は、ものの見事に命中した。

 

 オリの腰には、キューブ状の小さな転移装置が取り付けられていたのだから。

 

 

 

「……は、は」

 

 オリは小さく、自身に向けられた想いに、息を漏らすように笑い……。

 

 そのキューブを、プレナパテスの上に置く。

 

「さい、ってい……だねぇ……」

 

 オリだって、それが何を意味するか、理解している。

 というより……目を背けようとしていたところを、理解させられた。

 

 先生に。

 自身は確かに、誰かに想いを向けられ、世界と繋がっているのだと、そう教えられたのだ。

 

 そしてオリは今から、それを裏切る。

 一番欲しかったものを……自ら裏切るのだ。

 

 「先生ったら、なんて残酷なのよ」と、オリは内心で苦笑してしまう。

 そして、「私ったら、なんて意固地なんだ」とも。

 

 

 

 ……それでも。

 

 きっとオリは、こうしなければ、後から死ぬ程後悔する。

 救えたかもしれない先生を見捨て、見殺しにし……梔子ユメに続いてその手にかけたことを。

 

 それは致死毒だ。

 オリの精神を確実に蝕み、遠からず破壊する。

 

 だからこそ、未来のオリは言ったのだろう。

 「自分で決めたんなら、最後まで道化らしい笑顔のままに、駆け抜けろ」と、呆れ混じりに。

 

 

 

 ……しかし、オリは未だに、頭の片隅で違和感を抱えていた。

 本当に、この道を駆け抜けた先に、未来があるのか? と。

 

 リオが作り上げた脱出シーケンスは使い切った。

 こっそりと取り付けられた転移装置も、プレナパテスに使う。

 

 先生の説得に使った、オリの転移能力は……実のところ、頼れない。

 アレは、自分や自分が触れているものの位置を変えることこそできるが、かかっている速度を殺すことまではできない。

 つまるところ、高速で落下していく中で転移したところで、転移先から高速落下が続くのだ。どちらにしろ地面に直撃することは避けられない。

 転移自体の距離も、精々30、40メートルといったところで、連続して転移できる回数も最大で10回が限度。アトラ・ハシースから地上に直接転移するなんてこともできない。

 この力は、この状況からオリを救い得ない。

 

 詰んでいる、ように思える。

 

 というか……詰んでいる状況を作った、が正しいのだが。

 

 

 

 神秘を消耗させきれば、オリは反転してしまう可能性がある。

 恐怖に転じたオリがキヴォトスに放たれれば……それはきっと、大きすぎる脅威になり得るだろう。

 

 立つ鳥跡を濁さずではないが、オリとてそれは本位ではない。

 故に……仮に自分が恐怖へ堕ちても、確実に死ぬ状況を作った。

 

 地上75キロメートル。

 この高高度から落下すれば、たとえ恐怖に堕ちようと、確実に死ぬだろう。

 皆の迷惑、障害にはならない……はずだ。

 

 ……まあその仮定も、何故か自分に「未来の可能性」があることによって、崩壊しつつあるのだが。

 

 

 

 分からないことは、多い。

 けれどそれでも、事態は進む。

 

「ふぅー……ふぅー……」

 

 思いを巡らせながら、大きく荒く息を吐くオリの目の前で……。

 プレナパテスの体の上に置いたキューブが、淡く光を放ち始めた。

 

 恐らくは、駆動の前兆。

 オリが通信を切断したことに焦ったリオが、転移装置を遠隔起動したのだろう。

 

 存在が確定しないナラム・シンの玉座。

 ここからならば、転移も容易に可能なはずだ。

 リオの作ったものだし、効果は信頼できる。確実に、プレナパテスを地上へ送り届けてくれるだろう。

 

 ──事を、為した。

 それを確信する。

 

 プレナパテスの体は快癒し、その体には意志が戻った。

 そうしてその体は、地上へと転移する。

 

 これでプレナパテスは……いいや、「もう一人の先生」は、救われた。

 オリがいつ倒れても、その道は確定している。

 

 安堵。達成感。僅かな寂寞感。

 ……そして、直視できない様々な感情が、薄れゆく意識を占める。

 

 オリがそれらによって意識を落としかけた……その時。

 

 

 

 

 

 

“……君、は”

 

 

 

 

 

 微かに。

 プレナパテスが付けていた、割れた仮面の向こうから、声が届く。

 

 心臓が跳ねた。

 驚きが、止まりかけた血を、少しだけ流し出す。

 

 はっとして、オリが視線を落とせば。

 先程の主砲の一撃によって……ではなく、「プレナパテス」という付加されたテクスチャが剥がれたことによって、崩壊しゆく仮面の奥。

 

 そこに、見慣れた、けれど見たことのない、光があった。

 

 先生の……意志の光が。

 

「せっ、ん……!」

 

 その名を言いかけ、喉の激痛に咳き込む。

 彼女の喉の機能は、著しく低下している。もはやまともな言葉もかけることすら難しい。

 

 けれど……あるいは。

 言葉を交わせないのは、今の彼女にとっては幸福なことだったかもしれない。

 

 目の前で目を覚ました先生は、この世界の先生ではない。

 オリを知らなかったシロコ*テラーと同じ時間軸の存在だ。

 「あの子」の干渉のない他の時間軸に、オリは存在しない。シロコ*テラーのいた世界も同じく。

 

 つまるところ……この先生は、オリのことを知らないはずだ。

 極めて外見が酷似したリオに見間違えるのが関の山で……。

 最悪の場合、今のオリが聞くには、あまりにも酷な言葉が出てきたかもしれない。

 

 今の先生がどこまでの記憶と認識を持っているかは不明だが、ここがどこなのか、何が起こったのかを全て理解していることはないだろう。

 プレナパテスであった頃の後遺症もあるかもしれないし、訳も分からないままに目覚めた人に見知らぬ他人に気遣えというのは無理な話で。

 

 弱っているとはいえ、オリもそれを悟れない程に鈍くはない。

 故に、口をつぐみ……まぶたを閉じて諦める。

 

 時と場合が違えば、相互理解も図れただろう。

 自己紹介をして、綺麗な笑顔を向けて、先生のために動いて……。

 まさしく1年前の焼き直しのように、異なる世界の先生とコミュニケーションを通して、関係性を構築することもできたかもしれない。

 

 調月オリが、まともに話もできない程に死に近づいておらず。

 なおかつ、先生があと数秒で地表へ転移しなければ、だが。

 

 時間が足りなかった。

 それも文字通り、致命的に。

 

 故に、オリは諦める。

 目の前の先生と言葉を交わすことはできない。

 それでもいい。ただ彼が救われてくれれば、それだけでいいのだと。

 

 ただ、目の前の先生の傷にならないようにと、必死に笑顔の形を作って……。

 

 

 

 

 

 

“────ありがとう”

“またいつか、話をしよう”

“その時は、名前を教えてね”

 

 

 

 

 

 

 ……青白い煌めきを残して、救いたかった人が救われる寸前に。

 

 そんな、夢のような言葉が、聞こえた。

 

 

 

 ありがとう。

 ……それは、オリが心の底から欲しかった言葉で。

 

 またいつか。

 ……それは、オリが心の底で望んでいた未来だった。

 

 

 

 脱出シーケンスもなく、転移能力にも頼れず、リオの転移装置も手放した今。

 オリに、彼女の日常へと戻る手段はない。

 

 よしんばこの墜ち行く箱舟から逃れられたとしても、神秘を完全に使い果たす勢いで「封筒」に捧げてしまった彼女は、どのような形であれ死に至る。

 

 故にこそ、「また」はあり得ないし、未来に可能性などない。

 

 

 

 けれど……それでも。

 

「いわ、れっ……ちゃった」

 

 転移現象の後に残った、青と白の光の軌跡を前に。

 もつれる舌を回し、残された僅かな息を吐き出す。

 

 言われてしまった。

 

 先生に、「君はもう世界と繋がっている」と。

 先生に、「ありがとう。またいつか」と。

 

 ……であれば、もはや、諦めることはできない。

 

 たとえ、具体的な方策も手段も、なんら持っていなくとも。

 それでも、オリが完全に「終わる」、その時までは。

 

 

 

 感覚もなく、反応の鈍い足に渾身の力を込めて、立ち上がる。

 

 いつもは悠々と自分の体を支えてくれるそれが、今は枯れ木の枝のようにさえ思えた。

 痛みはない。ただ、いつ折れてもおかしくない不安定感と、そのくせどこかふわふわと飛んで行ってしまいそうな浮遊感だけが返って来る。

 

 もはや複雑な思考などはできようはずもなく。

 脳内のプロセスは纏まりをなくし、ただ一つの目的のみが残った。

 

 「生きる」。

 ただそれだけの、純粋無垢な目的意識。

 

 オリはそれに突き動かされ、もはや墜落するばかりとなったそこで、瓦礫の山の中を歩く。

 

 歩き。

 歩き。

 歩き……。

 

 白ばんでいく意識が、彼女の思考を完全に奪い去るその時まで。

 

 ただただ、無為に、歩き続けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……それから、時間にして、おおよそ5分程。

 

 アトラ・ハシースの箱舟は、何度もの自爆を遂げ、細かい断片に散り。

 圧縮された空気の運動エネルギーは熱へと転換され。

 キヴォトスに到達するよりも早く、何一つさえ残すことなく、燃え尽きた。

 

 

 

 シャーレとミレニアムを旗頭とし、緊急対策委員会の面々は、戦場となり荒廃したD.U.の復興を進めながらも、この墜落予測地点の捜査を開始。

 

 複数の学園の総力を挙げた、大規模かつ綿密な調査が行われたが……。

 結局、そこから生徒の痕跡は、何一つ発見されなかった。

 

 

 

 そうして、事件解決から、おおよそ3か月後。

 

 この捜査は、切り上げられることとなる。

 

 

 







 プレナパテス決戦、閉幕。

 プレナパテス……あちらの世界の先生が救えないという「結末の転換」。
 それが調月オリの唯一の希望であり、彼女の存在理由でした。



 次回、「小さな命の転換点」

 もう一人の目的、もう一つの転換のお話。
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