調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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セルフ・ディスクロージャー(2)

 

 

 

 ……そうして、電車は動き出す。

 自らの意志で降りた私だけを残し、あの子をキヴォトスへと運んで行った。

 

 何もあるようで何もないような、不可思議な地平線に立ち。

 私は、万感の思いでため息一つ、その後ろ姿を見送る。

 

「……終わりましたね」

 

 胸に込み上げるのは、不思議な感慨だった。

 

 今から死が迫るというのに、思ったより恐怖は感じない。

 ただ……終わったのだと。

 そういう、静かな理解だけがあった。

 

 

 

 私と、私が生んでしまった歪み。

 

 それが今、終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 私を指す言葉はいくつかある。

 「あの子」。オリヒメ。あなた、と呼ばれることも多かったかな。

 この世界に生まれつくことのなかった私には、親から与えられる名前が存在しない。

 ……前世で呼ばれていた名前ならあったのだけれど、ソレはもはや私ではないし。

 やっぱり、私には明確な名前が存在しないと言っていいだろう。

 

 「前世」なんて言葉から察しも付こうというものだけど、私はいわゆる「転生者」と呼ばれるもの。

 いいや、「者」は人を示す語なので、人にもなり切れていない私には相応しくないだろうか。

 とにかく、死が隔てる前の記憶や人格を保有したまま、この世界にやってきた存在だ。

 

 つまるところ私は、「異世界転生」というヤツを体験しかけたわけだ。

 それも、遊んでいたソーシャルゲームのものらしい世界に。

 

 ブルーアーカイブ。

 かつて愛した青春の物語へと、私は漂流したようだった。

 

 当時の私は、そりゃもう喜んだ。

 大好きな世界に触れられることを。

 大好きな世界を見られることを。

 深いことも難しいことも考えず、ただこの世界の一部となれることを喜んでいた。

 

 そうして私は、これから生まれることになる世界を眺める内……。

 

 

 

 見つけた。

 見つけてしまった。

 

 私の知識にない、「調月リオの妹」。

 生まれること自体を拒まれた、存在を望まれない生徒を。

 

 

 

 哀れに思った。

 人間の誕生に罪などあろうはずもなく、それは誰にだって平等に与えられる権利であるはずだ。

 それなのに彼女は、祝福されるべき誕生を奪われている。

 「存在しないことにより存在を確定させる」という役割を押し付けられ、誰に知られることもなく犠牲となっている。

 

 私は、そんな彼女を、救いたいと思った。

 

 ある意味では、ちょうど良かったとも言えるだろう。

 私は生徒たちに成り代わる気はなかった。それは私が愛した生徒たちへの冒涜だから。

 私は新たな生徒となる気もなかった。私という不純物がこの世界を穢すわけにはいかないから。

 当然、先生に成り代わったり並び立つ気なんて毛頭なかった。私如きが先生の役を奪うなんて、誰より私自身が許せないから。

 

 だから……この命を以て生徒を救い、傍観者兼助言者として彼女の道行きを見守るというのは、私にとってちょうど良い妥協点だった。

 

 

 

 私は彼女の神秘から「誕生できない」という本質を奪い、その崇高の中に溶けて、無尽蔵に中身を垂れ流そうとする穴を塞ぎ。

 そうして彼女の夢の中で、これから先に起こるであろうことを、童話のように語り聞かせた。

 

 未来に起きることを知っていれば、それは莫大なアドバンテージになるはずだ。

 きっとこの世界の誰よりも不遇な彼女に、どうかその知識を活かし、幸せになってほしかった。

 

 ユメ先輩やSRT、アヤメちゃんのような生徒たちを破綻する前に救うというのなら、それもいい。

 新たな部活を立ち上げてやるというのなら、応援するつもりだった。

 誰より先生の心を掴むとなれば、当然障害は多いだろうけど、アプローチの方法でも考えようとも。

 悪意を持って誰かを貶めると言われれば流石に止めはしただろうが……それはともかく。

 

 先生ならざる私には、全ての生徒を平等に愛することなんてできない。

 

 だからせめて、この子だけは愛そうと。最高に幸せにしようと。

 私はそう思って……。

 

 

 

 ──畢竟。

 

 その傲慢こそが、私の罪だった。

 

 

 

 私は失敗した。

 何にかと言えば、全てに。

 

 オリは……私の愛すべき子供は、自己否定の闇の中に沈んでいった。

 「私は本当のキヴォトスにはいない、必要のない存在なのだ」と。

 

 決して、そのような語り方をしたわけではなかった。

 幼い少女が関心を持つように盛り上げこそしたけれど、彼女の存在については極力言及を避けていた。

 

 だから、彼女のそれは恐らく……家族や周辺の隣人から軽んじられる現状に対して、「無意味にこんな仕打ちを受けるわけがない」と、一種逃避のように理由を探した結果出て来た、当て推量にも等しい結論。

 

 けれど、そんなことは予期して然るべきだった。

 あの子のことを誰よりも見て、誰よりも知っているのは、私だったのだから。

 

 

 

 そうしてオリは、妄執に囚われた。

 自分にも何かできると証明しなければならない、と。

 

 介入の必要性を、強く感じた。

 だから……彼女の選択を捻じ曲げることになりかねなくとも、リオちゃんたち家族との関係性を今更ながらに改善して、彼女の居場所を作った。

 

 けれど、手遅れだった。

 一度割れたガラス玉が、二度と元には戻らないように……彼女の自己肯定感は下がり切り、自己証明を求め続けた。

 

 そうしなくては、生きていけないと。

 彼女の瞳の奥の闇が、そう叫んでいた。

 

 

 

 方針を転換した。

 

 オリが自己証明を遂げ、それによって自分を認める。

 もはやこの子が真っ当に幸せになる道は、それしか残されていない。

 

 だから私にできるせめてものことは、時に彼女の脳となり考え続け、時に彼女の傘となり安息を守ること。

 

 私はオリにいくつかの情報を集めてもらい、それを元に、改めてこの世界を知っていった。

 それと同時、彼女が気軽に愚痴を言える距離感と信頼を構築し、ストレスの軽減に努めた。

 

 

 

 ……最悪の失敗が、発生した。

 

 この世界には、修正力が存在した。

 明らかに不条理な現象を、天文学的な確率で引き起こしてでも、世界は「本来の運命」を辿ろうとする。

 

 それはあるいは、世界の正常化のための力なのかもしれない。

 存在しない生徒による介入を未然に防ぐ、免疫機構なのかもしれない。

 

 けれど、オリにとってそれは、致命毒に等しいものだった。

 

 生きる力をなくした廃人同然のオリを、必死に支えた。

 同時、可能性のなくなった自己証明を、他の形で遂げられないかと、探究を開始した。

 

 

 

 オリが……ゲマトリアと、接触した。

 私が手をこまねいていたせいで自棄になった彼女は、あの屑共に余計なものを支払うことになったのだ。

 

 事ここに至っては、最早四の五の言っていられなかった。

 

 オリをとても強く叱責すると同時、彼女を通してゲマトリアと接触開始。

 黒服にいくつかの記憶に基づく知識を与え……オリではなく私として、ゲマトリアに加入した。

 

 彼女の幸せのため、私には多くの知識と技術が必要だった。

 そして何より、黒服の視線をオリから逸らす必要があった。

 

 そのためなら、肥溜めの中で賢し気な演技でもしなければならないだろうと思った。

 

 

 

 可能性を、発想した。

 

 仮に、「メインストーリー」をなぞる形で運命が修正されるのなら、オリが生徒を救うのは困難だ。

 いいや、ストーリーに関わらない生徒ならば救うこともできるだろうが……それではオリの自己証明の条件を満たさない、と言うべきだろう。

 

 でも……それなら、先生はどうか。

 

 「救うべきヒロイン」じゃない、「私たちの視点」であり「主人公」であるその存在ならば。

 「ブルーアーカイブ」は、言ってしまえば生徒たちの青春の物語だ。先生はある意味エクストラ……つまりは運命の外側にいると定義できる。……少なくとも、最終編までは。

 

 先生なら、オリが救えるかもしれない。

 

 そして……先生なら、オリを救えるかもしれない。

 

 

 

 先生がキヴォトスに現れるまでの15年余り。

 私はあまりに多くの失敗を犯した。

 

 けれど、それらは……罪、ではないと思う。

 私はその瞬間瞬間に、自らにでき得ることを可能な限りやっていた。

 全てはオリの幸福のためで、そこに偽りはなかった。

 

 だからそれらは罪ではなく、失敗。

 私の罪は……そもそも「オリを幸せにする」なんて傲慢な夢を抱いたこと自体だ。

 

 私はただ、調月オリをキヴォトスに生み落とし、その未来の可能性を生み出したことだけで満足すべきだったんだ。

 余計な欲をかいて、誰かを幸せにしようとして……。

 ……その結果、彼女を不幸のどん底に突き落としてしまった。

 

 さっさと消えるべきだった。

 オリを生み出すだけ生み出して、すぐに自ら命を絶つのが正解だった。

 そうすれば……オリは何も知ることなく、ただ自らの生涯を全うすることができた。

 その中できっと、たくさんの平穏と幸せを味わうことができた、はずだったのに……。

 

 

 

「…………結局、なりそこないですねぇ」

 

 すっかり板についてしまった敬語口調で独り言ち、まぶたを閉じ。

 そうして……いつかの日の夢を、思い出す。

 

 こんな腐った大人が何を、と思われるかもしれないけど──。

 

 

 

 ────私は、良い大人になりたかったんだ。

 

 

 

 そう、それこそ、あのソーシャルゲームに出てくる「先生」のような。

 誰もが頼れる、誰もが信じられる、そうして誰もを助けられる、カッコ良い大人に。

 

 幼い頃からの憧れを目指し、前世では教職に就いた。

 子供たちに未来の可能性を示せるような、良い先生になりたかった。

 生徒たちから頼られ、そんな生徒たちのために尽くす、子供の味方になりたかった。

 

 ……現実は、そんなに理想的なものではなかったけど。

 

 私はそんな素敵な大人になれなかった。

 外的要因じゃなく、内的要因故に。

 

 どんなことをされても痛痒にも感じず、生徒たちの頑是ない選択全てを肯定し、無条件に全ての生徒の味方になる……なんて。

 そんなの、真っ当な精神ではやっていけない。先にこちらが擦り切れてしまう。

 ……擦り切れて、折れて、壊れてしまった。

 

 結局のところ、私は先生にはなれても、「先生」にはなれなかった。

 だから、「先生のなりそこない」なわけだ。

 ……そういう意味では、「先生のなれの果て」であるゲマトリアよりも、劣等の存在と言っていいだろう。

 

 先生のように、感情で揺らがない絶対的な天秤もなく。

 ゲマトリアのように、目的のためなら全てを穢し壊す覚悟もない。

 

 私は中途半端な、何もできない、なりそこないだ。

 

 

 

 でも。そんな私だからこそ、せめてオリだけは。

 全ての生徒の味方にはなれずとも、生まれることすら許されなかったオリの、ただ一人の味方に、と。

 そう願ってしまった。

 

 その驕りが、彼女を苦しめるという結果をもたらした。

 

 オリは自身の価値を見失い、死を想うようになった。

 希死念慮は蜘蛛の糸のように彼女を捉え、「何のために自分の命を使うのか」という命題に固執し始めた。

 結局、私に打ち明けてはくれなかったけれど……「先生を救う」という目的とその精神状態が噛み合えば、その結論が良くない方向に向くのは明白で。

 

 私は、その責任を取らねばならなかった。

 大人として。保護者として。

 ……彼女を、生み落とした者として。

 

 オリの神秘に溶ける私には、大したことはできない。

 なにせ物理的な体を持たず、オリの中に寄生するだけの存在だ。

 黒服からもらった仮死剤をオリに飲んでもらわない限り、私はキヴォトスへと干渉できない。

 毎日の夢でオリに語りかけることこそできるけど、彼女だって100%私の言うことを聞くわけではないし、それが贖罪になるとも思えない。

 

 その中で、私にできることは何か。

 私に叶う責任の取り方とは何か。

 

 ……結局のところ、こんな形しか、私は思いつかなかった。

 オリを裏切り、悲しませ、あるいは深い傷跡を残してしまうかもしれない、こんな方法しか。

 

 恐らくはこれが、私がキヴォトスで犯す、最後の失敗になるのだろう。

 

 

 

「器が違うのでしょうね。私は……どうやったって、あの主人公のようにはなれない。

 あの子を導くはずの私が、あるべきでない背中を見せてしまうとは……。

 結局……汚らしい利己的な大人。オリの嫌ったそれの、最たる例が私ということでしょう」

 

 ほうと、ため息が漏れた。

 安堵、落胆、寂寞、悲嘆……様々な感情の籠った吐息。

 

 けれど、それは所詮、イメージに過ぎないのだろう。

 なにせ私に、物質的な肉体はないのだから。

 

 けれど……物質の体を持たないということは、私の不死を意味するわけではない。

 

「……あ」

 

 見れば、直前に見ていたものよりもいささか大きくなった右手が、一部、ぱらりと欠けた。

 まるで乾いた粘土が割れるように、私という存在の一部が、崩れていく。

 

 その時が来るまで、そう間もないということだろう。

 

 オリの「子供の封筒」行使による神秘の消耗、その半分以上を、私は引き受けた。

 もうじき、この体は……私という存在は、奇跡を行使するための代償として、消費される。

 二度目の死を、私は味わうことになる。

 

 覚悟していた結末だ、今更不満なんてない。

 あの子の未来に新たな可能性を作る。それはずっと昔から変わらず、私の理想であり夢だった。

 そして同時、あの子に押し付けてしまった負を解消するのは、私の贖罪であり最終目標だった。

 だから、こうすることに躊躇もなかったし、今だって後悔なんて浮かびはしない。

 

 別れはいつか起こるもの。

 それを早めるだけで、オリの未来を作り、また彼女の歪みに楔を打てるのなら。

 

 

 

 いいや。

 そうだね。後悔どころか、むしろ……。

 

「また今度……か」

 

 先程、背後から投げかけられた言葉を思い出して、愉快さから鼻を鳴らした。

 

 そんなものは、奇跡でしかないけれど。

 起こり辛いどころか起こり得ない、与太話でしかないけれど。

 

 それでも……。

 

「いつかは、きっと。

 かっらぽで冷たい、何の意味もない私でも、いつかきっと。

 こんな私にも、いつか、その時が訪れると……なんて」

 

 最期の瞬間くらい、そんな「もしも」を信じるのも、悪くはない。

 

 あの子の未来に、無限の可能性があるのなら。

 ……その中には、「もう会えないと思っていた、昔少しだけ世話になった大人と再会する」、なんてものも、あるかもしれないんだから。

 

 どんな顔であの子に向き合えばいいのか、私にはもうわからないけれど。

 適切な表情なんて、とても作れる気はしないけど。

 それでも、あの子がそう望んでくれるのなら、私は応えなきゃいけない。

 

 その時は、色んなことを全部、精一杯に謝って……。

 私が救うなんて傲慢な答えじゃなく、もっと他の関係を築きたいと、そう願う。

 

 

 

 私に後悔はない。

 少なくとも、オリの自決を止められたことに関しては、絶対に。

 

 ……ただ、強いて言えば、心残りはあった。

 あの子のこれからを見守ることができない。

 そのことだけは、少しだけ残念で、少し怖くはある。

 

 それを任せられる人を、私は一人だけ知っている。

 私の愛した主人公。誰より立派な、良い大人。

 

 けれど……。

 

「お願いは、しているのですが……今一つ、不安ですね。

 あの時はまだ、ヘイトコントロールがなぁ……物語の流れとか、私が物語に取り込まれるとか、万一のことを考えると、あそこでオリの目標をぶちまけるわけにもいきませんでしたし。

 信じる、というのはこうも難しいことだったか。……あるいは、私があの屑共の中で、人を信じる心を失ってしまったのか」

 

 この上下左右の感覚もなくなるような何もない空間で、消滅するその時まで、他にやることもない。

 私は何をするでもなく、ただぼんやりと心残りを呟き……。

 

 

 

「ん?」

 

 遠くから、何かが、こちらに向かってきているのを見た。

 

 

 

「……ああ、なるほど。

 ゲマトリアでも、一人の大人でもなく、あの子を想う者として、言葉を残させてくれると。

 それはなんとも……お優しいことで」

 

 遅れてやってきた、もう一台の電車。

 それに私は、思わず苦笑を漏らしてしまった。

 

 

 

 私に与えられた、おおよそ十秒少しの、在り得べからざる邂逅。

 

 こんななりそこないには、勿体ない程の奇跡だった。

 







 それが彼女の小さな奇跡。



 長かった最終編の本編、これにて完結です。
 次回からはエピローグとなります。
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