調月オリは現在、エリドゥでの騒動の贖罪として、いくつかの義務を負わされている。
そもそも、ミレニアムに広く知られている調月オリの罪状は、だいぶ酷いもので……。
自治区の最高権力者である生徒会長の脅迫と犯罪教唆。
セミナーの資金の数百憶単位での横領、並びにそれを使っての不法都市建設。
果てには特定個人の拉致監禁、殺害未遂。
当然ながら、これらは極めて重い罪にあたる。
更に言うのなら、これまでにオリが為してきた多くの余罪もある。
そこも加味すれば、現在の彼女はミレニアムにおいて最も罪深い罪人と言えるかもしれない。
全ての負を背負うと言ったオリの言葉は決して過大なものではなく、最低でもミレニアム退学や矯正局入り、最悪の場合は自治区追放や終身刑すらあり得る程だった。
が、被害者ということになっているリオの釈明と圧力と買収、アリスによる必死の擁護もあり、彼女にそこまでの罪は適用されず。
その代わりとして、リオや迷惑をかけた生徒たちに利が発生するよう、いくつかの義務を負わされた。
セミナーとC&Cへの所属や、各部へのほぼ無条件の協力などもそうだが……。
それらの中でも、最も時間を拘束してくるのは、奉仕義務だった。
計2,000時間の各種奉仕活動の義務。
言葉にすれば簡単だが、2,000時間となると凄まじいものがある。
毎日4時間欠かさずやったとしても2年弱かかわるわけで、現実的に考えれば5年以上の時間をかけて腰を据えて取り組むべきものだ。
とはいえこれは、あのリオがオリに課した罰だ。
当然というべきか、そこには少なからぬ抜け道もある。
シャーレやC&Cでの活動による治安維持や、セミナーでの書類仕事や雑務も「キヴォトス及びミレニアムへの奉仕」としてカウントされるようになっており……。
彼女がこれからもきちんと部活に取り組んでいれば、最短3年、長くとも4年程度で終えられる目算だった。
……が、しかし。
この明らかに私情の入った激甘裁定に納得しない者が一人、ここにいた。
「はぁー……よっこいしょ。あーどっこいしょ。
いやはや、そろそろ夏ってこともあって勢いがすごいねぇ」
その恵体をシャツとオーバーオールに包み、首にはタオルを巻いて、靴や手袋を泥だらけにした生徒。
D.U.外郭、北東部の路地の周辺にしゃがみ込んでいる彼女こそは、調月オリだ。
彼女はその手を伸ばし、コンクリートを突き破って元気に顔を出している雑草をむんずと掴んで、その有り余る力でぶちぶちと引っこ抜き。
片手に持っていた大きなビニール袋の中へ、それをぽいぽいと放り込んでいく。
「はー、あっつい……あっという間に夏かぁ」
オリは一度立ち上がり、袖で汗をぬぐいながら、日本晴れの空を見上げる。
季節は夏を前にして、D.U.が苛烈な猛暑に襲われていたその日。
ボランティア団体が協力者を募って行う、D.U.での大規模な草抜き作業が企画されており……。
オリはそれに参加し、二足歩行の犬猫やロボットに混じって、ボランティアに勤しんでいた。
そう、リオの下した裁定に納得がいっていないのは、誰あろうオリ自身だ。
「あの子」が色々な確執や妄念を持って行った結果、今のオリは自分のしたことをある程度客観視できるようになっており。
この1年、いいや、3年やらかしてきたことを、かなり深く恥じ入っていた。
オリを救おうとしてくれた人は、たくさんいたのだ。
家族として愛を注いでくれたリオも、侍従として隣にいてくれたトキも。
温かい声をかけ、共にあってくれたホシノも。
決して繋がりを断たず絡み続けてくれたネルも。
そして……最後までオリを心配して、そして怒ってくれた、先生も。
皆、オリを一人にせず、ずっと隣にいてくれて。
結局のところ、伸ばされた手を振り払ったのはオリ自身だ。
それこそが、オリの思う自分の一番の罪だった。
そういう自分の悪い部分を冷静に見つめられるようになった彼女にとって、ただ普通に部活をしていれば終わる償いというのは、少々受け入れがたいものがあった。
別にサバイバーズギルトというわけではないが、一般的には罪には罰がセットで、悪いことをしたら償いもしなきゃいけないのが普通だ。
そして、たとえ社会規範を無視したとしても、これは罪人自身が自分を許すために必要な過程でもある。
オリの意識の中で、彼女はまだマイナスだ。間違えて、罪を犯した、悪い子のまま。
だからこそ、少しでもこうした活動を通して、償いをしたいと思う。
あるいはそれは、ただの自己満足でしかないのかもしれないが……。
自分で満足し、自分を認めること。
きっと今の彼女にとって、それが一番必要なことだった。
そんなわけで、オリは休日暇ができると、度々こうしてボランティアに精を出している。
今日も今日とて、膝の高さにまで成長した精魂逞しい雑草に対し、だいぶ弱体化したとはいえ一般的な普通車くらいなら余裕で持ち上げられる力を使って立ち向かっていたのであった。
「あよいしょっ」
昔「あの子」が語ってくれた「大きな株」を思い出させる、片手では掴むことすらできないような雑草の束。
それを一息に引き抜いたオリに、少し遠くで同じく草抜きに励んでいた犬の成人男性が話しかけて来る。
「いやー黒髪の学生さん、すごい力だね!」
「ん? えへへ、それほどでも」
「いやぁ、若い人にこういう活動に参加してもらえて嬉しいよ。やっぱりパワフルだしね。
ほら、今日は暑いからしっかり水分摂りなよ!」
そう言い、投げ渡されたペットボトル。
オリはそれを受け取り、きちんと密封されているか手癖で確認した後、笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、いただきますね!」
「いやなに、今日は君ともう一人の学生さんが大活躍でね、おじさんたちの仕事もなくなっちゃいそうだ。
であれば少しでも君たちの手助けを、とね」
「はえ~……私以外も学生、いるんですねぇ」
どうやらもう一人、このくっそ厚い猛暑の中でボランティアに参加した学生がいるようだった。
「変わった人もいるもんだなぁ」と、オリは自分のことを棚上げにして思い……。
約10分後。
「あっ」
「え? ……お姉ちゃん!?」
トリニティ指定のジャージにわがままお姫様ボディを包む、ふわりと広がるピンク髪の少女。
オリと同じように片手に雑草の詰まった袋を持った、聖園ミカと顔を合わせることとなった。
* * *
オリがミカと直接顔を合わせるのは、実に半年ぶりのことになる。
エデン条約の後始末、アリウススクワッドのアツコを救う作戦の中で、ミカは単騎でユスティナ聖徒会の
そこでオリが助太刀に入ったことにより、縁が始まって。
次に会ったのは、第二次デカグラマトン特殊作戦。
ミレニアムの「廃墟」に根を張る預言者に対抗するため、オリは先生を通してミカたちに手を借りた。
それ以降は……モモトークでやり取りをすることはあれど、直接会うことはなかった。
オリは当時、パティを救うという最終目標達成に向けて、少なからぬ焦燥に駆られていたし……。
ミカの方もミカの方で、エデン条約の一件で難しい立場に追いやられ、あまり軽はずみな行動は取れない状況だった。
そうしてエリドゥでの一件では勿論、虚妄のサンクトゥム攻略作戦等でも会う機会はなく。
オリが3か月ぶりに発見されることとなったこの前の「廃墟」の調査にはミカも同行していたが、その時はオリが発見と同時に意識不明になっていて。
両者ともに意識がある状態で話すのは、だいぶ久々のこととなったのである。
……が、だからと言って、気まずくなったりはしなかった。
「そっかー、ミカちゃんも奉仕活動。やっぱりキヴォトスの生徒への罰としちゃあこれが最適だよね」
「も、ってことはお姉ちゃんも? 何かやっちゃったの?」
「生徒会長の脅迫と数百億円の横領、不法な都市建設と殺人未遂」
「思ったよりやっちゃってる!?」
リアルでは会っていなかったものの、彼女たちは時折通信越しに話をしていた。
ミカの方から時折通話がかかってきて、その時は数時間程お喋りするのが通例だったのだ。
実際、オリがミレニアムに復帰してからも、既に二度通話で話している。
今更戸惑うことなどあるはずもなかった。
「まあでも、お姉ちゃんのことだもん。色々事情があるんでしょ?」
「お察しの通り、かな。表向きの事情とかあるから詳しい話はできないけど」
「ふふ、いいよ☆ かく言う私も、外患誘致とクーデターと殺人幇助未遂だし!」
「……冷静に考えると、私たちなかなかの重罪人だね?」
「だね!」
とても明るい話題ではなかったが、2人はしゃがみ込んで雑草を引き抜きながら、明るく言葉を交わす。
ミカにとって、その罪は既に終わったことで。
反省しなければならないし、今もこうして償いはしているが、心の中での割り切りは済んでいた。
オリにとって、それはそもそも罪ではない。
彼女が反省しているのは、一人で暴走して皆に迷惑をかけたという事実であって、誇張し偽装した罪の題目に感じるものはない。
なので、割と気軽に流すこともできるのだ。
ミカに至っては、オリと共通点ができたからか嬉しそうなくらいだった。
「しかし……」
ちら、とオリは横の少女を見やる。
オリと違って手袋もしていないミカは、その手を泥塗れにしながらも、「えいっ!」という可愛い掛け声と共に雑草をぶち抜いている。
弾みで跳んだ泥がジャージや頬に付くが、気にした様子も見られなかった。
「お姫様、市井の暮らしにはだいぶ慣れた感じかな?」
「おっ、お姫様!? いや、うん、えーっと……まあだいぶ慣れたかな。
昔に比べると自由は効かないけど……案外私、こっちの方が性に合ってるかも。色々気にしなくてもいいし」
「やっぱり森の中の方がゴリラは馴染むか~」
「お・ね・え・ちゃ~ん……?」
「あだだだだっ! ごめん、ごめんって!」
怖い笑顔で脇腹にぐりぐりと肘を入れられ、オリは悲鳴を上げた。
オリはキヴォトスでもトップクラスのパワーを持つ生徒ではあるが、その面だとミカも大概である。
多少神秘による防御力を獲得したオリだが、普通に痛かった。
「ていうか、パワーって面じゃお姉ちゃんもゴリラじゃんね」
「私この前弱体化したんでー。どっちかと言うとスピードタイプなのでー」
「へえ? ……あ、じゃあ腕相撲しようよ! 今なら私、お姉ちゃんにも勝てるかも!」
「おうおう、休憩ついでに受けてたちましょうとも! お姉ちゃん舐めないでよね~!」
近くのベンチで行われた力比べは、ボランティアの他の参加者が観戦しに来るくらいの激戦となったが……。
最終的には、スタミナ切れでオリが負けることとなった。
「よっし、勝利っ☆」
「ンアーッ!! ミカが粘り強すぎます!!」
「ていうか、お姉ちゃんがすっごい弱くなってない? 体調とか大丈夫?」
「だいじょーぶ……まあ色々あってね。これまでが異常だっただけで、これが私の本来のパワーっぽい。
ま、その代わり銃撃の威力とか精度辺りが上がったみたいだし問題ナシ!」
「ふーん……? そんなこともある、のかな?」
不思議な言葉にミカは首を傾げるが……。
彼女も彼女で、カタコンベやら
オリがあまり語りたがっていない様子を見て、ひとまず自分の中で納得することとした。
「ていうか、ミカの方こそ最近どうなの?
お姉ちゃん、トリカス特有のクソ陰湿イジメ受けてないか心配なんだけど」
「え? あー……気付いてるんだ?」
「そりゃあお姉ちゃんですので!
……先生には言いにくいだろうけどさ、私にはそういうの、吐き出していいからね。
むしろ受け止めるの遅くなっちゃってごめん、だけども」
真剣な表情になって言うオリに、ミカは「あ~」と頬を掻き……。
少し考えてから、首を横に振った。
「最近はああいうのも減ってきてるから、うん、時々お姉ちゃんに話を聞いてもらえれば十分かな。
で、遅れたことに関しては、大丈夫。むしろちょうど良かったかも」
「ちょうど良かった?」
「うん」
ミカは雑草をぶちぶちと抜きながら、自嘲気味に苦笑する。
「私、駄目な子だからさ。多分、救いの手が差し伸べられたら、すぐに取っちゃうと思う。
でも……私が恨まれて仕方ないことをしたのは事実で、それは受け止めなきゃいけなかった。外面的にも……私の、内面的にも。
多分さ、誰にも責められなかったら、私は今でもアレを引きずってたと思うんだよね。
ちょっかいをかけられてこんなことを思うのもおかしな話だと思うけど、あんなことも含めて、私にとって大切な経験だったと思うんだ」
「……そっか」
その言葉に、オリは柔らかく微笑んだ。
ミカの語った感情を、オリもまた知っている。今まさに持っている。
だからこそ、深く共感できた。
「あなたは、私だね」
「え? ……そうなの?」
「そう。似た者同士だ」
いつかのミカの言葉を真似て、オリは柔らかい笑顔を浮かべた。