調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のやべー方 vs. C&Cのやべー奴(1)

 

 

 

 室笠アカネが調月オリに初めて会ったのは、1年前のことだった。

 

 C&Cに入部し、一人前のエージェントとして、ミレニアムに尽くすメイドとして、これから頑張って行こうと奮起していた時……。

 部室に駆け込んできた、3年生の先輩が叫んだのだ。

 

 『調月姉妹のやべー方が出たぞッ!!』……と。

 

 アカネは事情通に見えて、世情に疎いところがある。

 故に、「調月姉妹のやべー方」という名で呼ばれている存在を知らなかった。

 この正解は、「調月オリと調月リオの両者が呼ばれているあだ名なので、ニュアンスでどっちのことなのか判断しなきゃいけない」なのだが……。

 C&Cで話題が挙がった場合、9割5分はミレニアム随一の問題児、オリのことだ。

 

 アカネはそんなことも知らないまま、ただ大慌てで完全武装し出動する先輩たちと共に、「やべー方」が現れたというミレニアム東区へと向かったのだが……。

 

 

 

 そこには、ただ、地獄があり、悪魔がいるばかりだった。

 

 

 

「あ……? ああ、今頃来たんだ、C&C」

 

 今でも、アカネは覚えている。

 半ばから折れた(・・・)ビルの前で、燃え盛る車や観葉植物を背にした、1人の少女。

 

 底知れない闇のような黒塗りの短髪。

 その手に無造作に握られた拳銃。

 そして、ゆっくりと振り返り、こちらに向けられた、青い瞳。

 

 こちらを舐めるように窺う……殺意に満ちた、悪魔の瞳を。

 彼女は、未だ、忘れることができない。

 

 反射的に、彼女はホルスターから銃を抜いた。

 それは「C&Cとしてそうすべき」と判断したからではなく、ただただ単純な恐怖が故の行動だった。

 そうしなければ、一秒後には喰われてしまうのではないかと思わされたのだ。

 

 ……今思えば、誰が最初に銃弾を放ったのかはわからない。

 邪魔者を消そうとした、オリだったかもしれないし。

 危険人物を排除しようとした、C&Cの部員だったかもしれないし。

 あるいは、恐怖に呑まれて指を震わせた、アカネ自身だったのかもしれない。

 

 とにかく、当時5人だったC&Cのメンバーは、調月オリとの交戦を開始し……。

 

 

 

 結局。

 彼女を……調月オリを捕縛することはできず、現場からの逃走を許してしまった。

 

「クソッ、また逃がした! 相ッ変わらずふざけた速さしやがってッ!!」

 

 現在はC&Cの部長を担っている先輩がそう悔しがっている後ろで、アカネは膝に手を突き肩で息をしながら、安堵した。

 

 あの悪魔を相手に、大きな傷を負わなかったこと。

 仲間たちも全員無事であったこと。

 相手が途中で戦いを切り上げてくれたこと。

 それらに、心の底から安堵した。

 

 ……安堵、してしまったのだ。

 

 ミレニアムの治安を守り、私心を捨てて尽くすべきメイドが。

 誰より強くなくてはならない、C&Cのエージェントが。

 ターゲットに逃げられて、安堵してしまった。

 

 そんなことは、決してあってはならないことだというのに。

 

 

 

 だから、その時のことを、アカネは今でも覚えている。

 

 まだまだ未熟だった自分の、最大のミス。

 一意専心を破ってしまった、最初で最後の失敗として。

 

 アカネの心には、深い自戒と共に、ビルの壁を蹴って跳び去る調月オリの後ろ姿が刻まれているのだ。

 

 

 

 ……まぁ、その後。

 

「いやー先日はごめんね! あそこの社長が私の妹にクソみたいなコトな言ったみたいで、ついカッとなっちゃってさ! ほら、その辺で買って来た板チョコあげるから許してちょ!」

 

 C&Cの部室に、前に会った時とは別人かと思うような明るさのテロリストが乗り込んで来た時は、流石に爆弾の詰まった鞄を投げつけそうにはなったが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 1年という時間が経過しても、調月オリとC&Cの関係は変わらなかった。

 

 気ままで奔放なテロリストと、治安維持を基本業務とする武装集団。

 水と油のような間柄でありながら、しかしオリが何かしら事件を起こさない限りは、彼女たちの間には何故か割と平穏な空気が漂っている。

 それどころか、オリの気分や彼女の妹の意向次第ではあったが、何度かC&Cの任務を助けてくれるようなことさえもあった。

 現部長も何だかんだと彼女の存在を認めているし、むしろ気に入ってすらいるらしい。何度断られようと気にも留めず、1年に渡って勧誘を続けている程だ。

 

 更に言えば、オリが事件を起こす回数も、時間が経る毎に減少傾向にあった。

 むしろこの数か月は、部長であるネルがオリを勧誘するために喧嘩を売る回数の方が多い。もはやどちらが治安を守る側なのかわからないと、同期のカリンは呆れていた。

 

 

 

 ……けれど。

 そんな中でも、アカネはほんの一瞬たりとも、オリの後ろ姿を忘れることはなかった。

 

 あの日向けられた、こちらに何の興味も抱いていない目も。

 あの日戦った、とても勝てるとは思えない化け物じみた力も。

 あの日犯してしまった、C&Cにあるまじき失敗も。

 

 その全てを、決して忘れることはなかったのだ。

 

 

 

 故に、彼女はユウカに「会長からの情報によると、今回の作戦では高い確率でオリが妨害してくるらしいわ」と聞かされてから、万全の対策を取った。

 

 セミナーには無断でしかけた、計200kg以上の爆薬。

 メイド服の中に隠した、各種グレネードや爆発物が12点。

 そして勿論、これ以上なく鍛え上げ整備した、彼女自身の体と技と愛銃。

 

 今のアカネにとって、これ以上の準備はない。

 

 今回こそ、オリを仕留めて……もとい、捕まえてみせると、静かに覚悟を決めていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 ……結果から言えば、その目論見は甘かったと、認めざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 アカネの眼前で、壁にしかけてあった爆弾が作動する。

 横に指向性を絞ったそれは、強い炸裂と爆風を以てフロアと壁をぶち抜き、密閉されていたミレニアムタワーの風通りをずっと良くしてくれた。

 

 しかし、勿論アカネの狙いはそこではない。

 

 爆風はそのすぐ隣にいたオリを吹き飛ばし、この地上60メートルの高さから落下させて大きなダメージを与える……はず、だったのだが。

 

「あーっはっはははッ!!」

 

 直後、高らかに響く哄笑と共に、アカネの後方から襲い掛かる拳。

 彼女はその反撃を半ば確信していたが故に、咄嗟に前へと転がることで回避する。

 

 転がった勢いそのまま、爆発が抉り抜いた床の大穴から階下へと逃れる。

 数メートルの自由落下の後、背から落ちた衝撃に、彼女は思わず「うっ」とうめき声を漏らした。

 

 しかし、いつオリが追いかけて来てもおかしくはない現在、そのまま寝ているわけにもいかない。

 鈍く走る痛みをこらえながら、アカネは体勢を整えるべく駆け出した。

 

 

 

 廊下を駆けながら、彼女は小さく呟く。

 

「やはり、厄介……ですね」

 

 ふざけた覆面なんかを被ってはいるものの、自称「覆面水着団、幻の6号」は、間違いなくオリだ。

 背格好や立ち振る舞いが一致しているというのもそうだが、何より後頭部に光るビッグシスターとは色違いのヘイローは、彼女が間違いなく調月オリであることを示している。

 というか、本人もそう強く隠そうとはしていないのだろう。あくまで「無関係の人物」を取り繕う、大義名分のための扮装だ。

 

 そんなイカれた格好をしたオリは、先程シャッターをぶち壊しながら現れると、少なからず警戒して銃を構え直すマキと謎の高速詠唱をしているコトリをその場から逃がし、アカネとの交戦を開始した。

 

 彼女が誰の味方になり、誰の敵になるかはその時次第。故にこその不条理の化身。

 そして今回は、ビッグシスターの読み通り、C&Cの敵方に付いたらしい。

 

 

 

 その後は数分間、1対1の戦闘が行われたのだが……。

 それを以て、アカネは改めて、オリの不条理なまでの力を痛感することとなった。

 

「とにかく、速い、強い、堅い。そして、機転が利く」

 

 一瞬でも意識を逸らせば視界の外にまで駆けだしている、圧倒的な速度。

 銃を用いた至近戦闘(C Q C)をその身に修めたアカネをして、3手打ち合えば押し負ける力。

 銃弾や手榴弾が直撃しても傷を負うどころか怯みすらしない、化け物じみた耐久力。

 そして何より、至近距離かつ不意打ちで爆弾が作動しても、そこから一瞬で逃れ、むしろ爆風と舞い散る破片による視界不良を利用してこちらに急接近する咄嗟の判断力。

 

 その全てが、怪物級。

 アカネたちの雇い主であるビッグシスターが、「私が思考において持つ能力を、オリは肉体に置換して持っている」と語るだけある。

 

 きっと、まっとうなやり方では、調月オリを倒すことなど出来はしないのだろう。

 現に、ミレニアムが誇る精鋭の中の精鋭であるC&Cがこれまで何度作戦を敷こうと、ついぞオリを捕縛することはできなかったのだから。

 

 

 

「……であれば、やるしかありませんね」

 

 アカネは、後方からゆっくりと追ってくる気配を感じながら、ため息を吐いた。

 

「あまり褒められたやり方ではないのかもしれませんが……。

 それでも私は、C&Cのエージェントですから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「さて……どう来るかな」

 

 オリは敢えてゆっくりとアカネの後を追いながら、ニマリと笑う。

 

 1年前に出会った当初、オリはアカネに対し、特段の脅威を覚えなかった。

 確かに、その存在に圧──恐らくは黒服の言う「神秘」とやらに近い何か──は覚えたけれど、技術は未熟で身体能力も劣り、そして何より精神的に折れかけていた。

 正直に言えば、「あの子」に言われた程の強キャラ感は感じなかったのだが……。

 

 あれから、たったの1年で、アカネは見違える程に強くなった。

 

 フルスピードとは言えないまでも、見失わせようとして出した速さを目で追って来た。

 薄い壁なら余裕でぶち抜く勢いで放ったラッシュを、咄嗟に2度は凌いでみせた。

 簡単には当てられないはずの自分に、銃弾や手榴弾を直撃させた。

 そして何より、勝ったと確信させるためにわざと爆発に呑まれたように見せたのに、次の瞬間の不意打ちに当然のように対処してきた。

 

 今の室笠アカネは、まさしくC&Cのエージェント。

 ネルやアスナと共に、この自治区を守るに相応しい強さを持つ存在だろう。

 

 

 

 ……だからこそ、オリはこの状況を楽しんでいる。

 

 シャーレ奪還戦の時のワカモ戦のような、あくまでも相手の力を測るための消極的な戦いではなく。

 カイテンジャー戦の時のような、圧倒的にアウェーな状況と人数差がある上、ガン逃げ後退戦術や不意打ちといったストレスの溜まる戦い方をされるわけでもなく。

 

 純粋な強者との、一種知恵比べにすら似た実力のぶつけ合い。

 それは、彼女が最も好むものの1つだった。

 

 勿論、本来の目的を忘れたわけではない。

 オリの主目的は、あくまで先生やゲーム開発部の邪魔をするであろうC&Cのメンバーの排除。

 

 だが、その過程を楽しめるのならば楽しみたい、という気持ちがあることも、決して嘘ではなかった。

 

 

 

 その上で、考える。

 

 C&C、室笠アカネの武器とは何か?

 

 アカネは先程の戦闘でも、自分に付いて来るだけの力を示したが……。

 それはC&Cであれば誰もが持つもの。

 

 彼女の本当の恐ろしさは、何よりもその頭脳だ。

 

 彼女の作戦立案能力はC&Cの中でも群を抜いている。

 その上、普通ならば躊躇ってしまうような強引な策すら平然と行う大胆さも併せ持っている。

 

 対しオリは、ハッキリ言ってしまえば、作戦立案能力は皆無と言っていい。

 まるでそういう頭は全て妹に持っていかれてしまったかのように、オリは事前に計画を立てるとか、どういう風に相手を誘導するとか、そういった細々としたことを考えるのを苦手としていた。

 

 それでもオリが戦えるのは、単純に、相手の策にかかった瞬間にそれを踏み潰すだけの力を持っているが故だ。

 爆発も、銃撃も、トラップも。

 その全てを、実際に事が始まってから回避なり撃ち落とすなりすればいいのだ。

 

 

 

 ……しかし、時に作戦が武力を越えることもあるのも事実。

 どれだけ圧倒的な力を持とうと、どれだけ尋常ならざる神秘を持とうと、相手の策にかかるだけで本領を発揮できないままに負けてしまう可能性があるのだ。

 

 実際、これまでの幾度かの姉妹喧嘩において、彼女は一度としてリオに勝てたことがなかった。

 毎度のように丸め込まれ、行動を操られ、ついでに姉としての自尊心もくすぐられ、こちらから謝ることになる。

 

 純粋な力だけでは、本当に頭の良い相手には勝てない。

 オリはそれをよく知っていた。

 

 故に、オリはアカネに対し、決して慢心を見せない。

 彼女は自らの敵であると、敵になるだけの強者であると認め、今も油断なく歩を進めている。

 

 いつかどこかで、彼女が仕掛けてくることを予期し……同時、それを期待して。

 

 

 

 ……そうして、その時が来た。

 

 曲がり角の手前、オリが敢えて大きく足音を立てて歩いている中で、左の壁から小さな金属音。

 反射的に前に跳んだオリは、背後から爆風に押されて、曲がり角の先に躍り出……。

 

 その先で、アカネが自分に銃口を向けているのを見た。

 

「っ!」

 

 アカネの持つ銃は、極めて消音性が高い代わり、単発の威力はそこまで高いものではない。

 故に、銃弾だけならば問題にならない。

 キヴォトスの住人の肌は、特別だ。受ける数が増えればともかく、1発2発の銃弾では大きなダメージを受けることはないのだから。

 

 ……が、同時。

 オリの視界の端には、宙を舞うパイナップル状の兵器……グレネードも映っていた。

 アカネはオリの足音を聞き、壁にしかけた爆弾を起動すると同時、曲がり角に向かってそれを投擲していたのだろう。

 

 銃弾と、グレネード。

 同時に直撃すれば、オリとはいえどダメージは受けるかもしれないが、それでも精々が小さな切り傷。致命的なものにはならないはずだ。

 であれば、銃弾を叩き落とすなり、グレネードを打ち返すなり、あるいは敢えて無視して突っ込むなりして、アカネに迫るべき……。

 

 

 

 ……と、そこまでオリが考えた時。

 脳裏に、発想の光が瞬く。

 

 先程の戦闘において、アカネはオリの、グレネード程度では破れない防御力を把握したはずだ。

 それなのに、策に秀でる彼女が、銃撃とグレネードの同時攻撃程度の「効かないはずの」作戦を取るだろうか。

 

 ……いいや、違う。

 

 これは多分、罠だ。

 真っ当に付き合っちゃいけない。

 

 

 

 咄嗟に身を翻そうとしたオリだが、その時、自分が今来た道で再び爆発が起き、廊下が完全に崩落する。

 振り向いた先で、アカネはその手に銃を握ったまま……よく見れば、その右脚で小さな装置のスイッチを踏んでいた。

 

 勿論、どうしても飛び降りることができない程の高さではないが……。

 爆発によって行動を躊躇った一瞬が、あまりにも致命的な遅れになってしまった。

 もはやアカネの攻撃は、真正面から受ける他ない。

 

 

 

 この時点で、オリは自分が完全に策に陥ったことを悟った。

 当てるつもりのない軽い爆発によってこの角に追いやられ、同時攻撃によって一瞬だけ思考を空転させられ、ようやく罠に気付いた時にはアカネがスイッチを踏みぬいて完全に退路を断ちながら隙に繋げる。

 

 こちらの動きやその癖、性格を把握していなくては立てられない、非常に繊細な策。

 それを、アカネは綺麗に通してみせたのだ。

 

「へぇっ!」

 

 オリは思わず感心の声を漏らしながら、それならと言わんばかりによりダメージの大きいグレネードを叩き返そうとして……。

 

 彼女が宙を舞うグレネードを掴み、その手が触れた瞬間。

 

 

 

 バラリ、と。

 その外殻がバラバラに割れ、隠されていた中身が垣間見えた。

 

 元は膨らんだパイナップルのような見た目だったそれは、その余剰を削ぎ落し、シンプルな円柱状に。

 

 それは、ただのグレネードではない。

 非殺傷用兵器、フラッシュグレネードと呼ばれるものだった。

 

 

 

「……まず、」

 

 カッ、と。

 目を焼く光が、ミレニアムタワーの一角を埋め尽くす。

 

 

 







 ミレニアムタワー君爆破されまくってボッコボコ。
 修繕費は勿論全額セミナー持ちになります。ユウカはキレていい。
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