ゲヘナ学園所属、2年生、非公認サークル「便利屋68」自称社長……。
陸八魔アル。
彼女は自らの幸運に、内心で涙を流す程に感謝していた。
彼女を頂点とするグループ「便利屋68」は、ゲヘナ学園自治区の外に拠点を置き、キヴォトスを飛び回る何でも屋を生業としているのだが……。
その経済状況は、決して良いわけではない。
というか、ハッキリ言って閑古鳥が鳴くような状態だった。
ゲヘナ学園は非常に自由な校風*1なので、何かがあった場合は、それぞれの実力や暴力で解決することが大半。
そこでわざわざ、無名の胡散臭い便利屋を頼ることは少ないのだ。
故に、拠点こそゲヘナ内ではないものの、活動範囲はゲヘナ中心である彼女たちに持ちこまれる依頼の大半は、失踪したペットの捜索や小規模なイベント警備の欠員補充などといった細々としたもの。
一度一度の報酬は微々たるもので、なおかつ頻度も決して高くない。
そのくせ見栄を張り、事務所や内装には手を入れているものだから、経理は常に火の車だ。
……しかしある日、そんな彼女たちの下に、1つの依頼が来た。
その内容は、指定の日時、ミレニアム自治区のミレニアムタワー周辺で、とあるポイントを通過した生徒を狙撃し、足止めすること。
依頼してきた相手は明らかにただの仲介役であり、淡々とこの仕事の内容を伝えて来ただけ。
その正体を課長(にアルが任命した)カヨコに探らせた結果、便利屋と同じようにブラックマーケットで何でも屋を営んでいるオートマタであり、この仕事の所以も知らないらしいと発覚した。
明らかに怪しい、出所のわからない、そして間違いなく裏のある依頼。
それでもなお彼女たちが引き受けることを決めたのは、単純に報酬が飛びぬけて良かったからだ。
成功報酬、800万円。
普段の軽い仕事とは比べ物にならない、圧倒的な報酬。
それに目が眩んだ……というわけではないが、便利屋68にとって(というか主にアルにとって)大きなモチベーションになったことは間違いないだろう。
それが便利屋68に、そして陸八魔アルに訪れた1つ目の幸運だった。
そして、それに続く2つ目の幸運が……。
依頼実行の日。
じっと上に向けていたアルの愛銃の弾丸が、音速を越えるような速度で跳び出したターゲットに、命中したことだ。
「見た!? ねぇ見たみんな! 当たったわ、当たったわよ!!」
「アルちゃんったら、良い腕してる~!」
「あ、アル様、流石です……!」
思わず舞い上がるアルに、思い切り囃し立てるムツキと、純粋に賞賛するハルカ。
その背後では、空中で爆風に晒されたターゲットが、途轍もない轟音と土煙を上げながら墜落している。
吹き付ける砂塵を顔を覆って避けながら、カヨコはそちらを見やった。
「……大丈夫かな。50メートルの落下って、ヘイローが壊れることはないにしろ、かなりの重症になりかねない高さだと思うんだけど」
「あ……きゅ、救急車を呼んだりした方がいいかしら?」
「大丈夫じゃなーい? 依頼主曰く、相手はとんでもなく頑丈って話だったじゃん。最悪、足止め時間が終わったら病院連れて行けばいいでしょ」
50メートルの自由落下の後の墜落は、キヴォトスの生徒の体を以てしても相当のダメージになる。
足腰のバネで負担を軽減するとか、落下先が硬いか柔らかいかとか、そういう次元の話ではない。
どんな状態であれ、どんな場所であれ、少なくとも骨折級の傷を負い、歩行や戦闘なんて以ての外。
それが、キヴォトスの常識。
それが、彼女たちの普通。
故に、アルも、ムツキも、ハルカも、皆がその銃を下ろし、談笑していたのだが……。
まるで、これまでの幸運の帳尻を合わせるとでもいうように……。
彼女たちにとっての、最大の不幸が、むくりと体を起こす。
「ッ、社長!!」
ただ1人。
油断なく銃を構え、土煙の向こうに目をやっていたカヨコだけが、それに反応できた。
彼女はアルのコート(これまた見栄を張った高級品)を掴み、咄嗟に自分の方へと引っ張る。
アルは「え???」と間抜けな声を漏らしながら、カヨコの方へと倒れ込み……。
その、直後。
寸前までアルの胴体のあった場所に、
「ったー、くそぅ、避けられたかぁ!
そっちの子、すっごい直感してんねぇ! 土煙がある上にこの速度、殆ど視認できないはずなのにさ!」
そうして、未だ濃く舞った砂塵の向こうから、声がかかる。
1人のエージェントの覚悟の一撃を、1人のスナイパーの狙撃を、そして50メートルという距離の落下を経てもなお、平然と立ち上がって来る……。
余りにも不条理な、声が。
「……え、は?」
アルは、目の前の現実を理解できず、その口をパクパクと動かすばかり。
自分は、カヨコに引っ張られた。それに救われた。
もしもそのままなら……今、アスファルトを裂いて深々と突き刺さっている「戦術兵器通行止め」の標識は、自分の体に突き刺さっていた?
そしてその下手人は……。
確かに、自分が狙撃し、墜落させたはずの……倒したはずの相手。
アルを除く便利屋68の面々が武器を構え直す中、少しだけ土煙が薄れる。
その向こうには……。
「しかし、改めてさー……ホント、良いトコロで邪魔してくれるよねぇ。
おかげで私、ちょこっとだけイラッとしちゃったぞ☆」
額から、太い一筋の血を流し。
左肩から先を、力無く垂らして。
戦意と殺意に満ちた瞳を
それぞれの思考が交差する中、戦闘の再開を告げたのは、1人の少女の突撃だった。
「なッ、なんてことをするんですかッッ!! 死んで、死んでください!! 死んで死んで死んで!!!」
便利屋68の鉄砲玉……もとい社員、伊草ハルカ。
彼女はその手に握るショットガンを、アウトレンジの段階から何度も何度も放ちながら、砂煙の向こうのオリの影に向かって突っ込んで行く。
無論、ハルカの体に傷はなく、気力も十分の万全な状態だ。
対して、迎え撃たんとするオリの負傷は、かなり激しい。
不退転の覚悟にしてやられて血を流し、策による落下で片腕が不随になっているのだ。
これまでにない程に追い詰められている、とすら言ってもいいかもしれない。
……しかし、あるいは、だからこそだろうか。
彼女はハイになったように、高らかに哄笑する。
「あは、あはは、あッははははは! 悪くない、悪くないよ、その殺意と捨て身!!」
集弾性の高いショットガンから放たれる凶弾が、容赦なくオリの全身を撃ち付けられる。
アウトレンジの今はまだ威力がほぼないが、如何なオリといえど、それらを近距離で受ければ無傷とはいかない。
その負傷状態を更に酷くするはず、だったが……。
土煙を越え、いよいよハルカの有効射程距離に踏み込む寸前。
オリが唐突に右手を右方に突き出し、その手に持つ拳銃を撃った。
ハルカはその行為の意味を見出せず、思わずその拳銃に注意を割いてしまい……。
その瞬間、彼女の視界から、オリの姿は掻き消える。
「な、」
刹那の後、ハルカは左から伸びてきた腕に、ショットガンを強引に毟り取られた。
咄嗟に振り返って抵抗しようとするも、自らの愛銃のグリップで強かに後頭部を打たれ……。
何もできぬまま、伊草ハルカはその場に倒れ込む。
「でもねぇ、ちょっと足りないんだよねぇ! そのやり方で私を止められるのはネルパイだけなんだわ!!
私に勝ちたかったら必死に策を巡らせないと! それもリオちゃんくらいのすんごいのをね!!」
砂煙の向こう側、けらけらと、狂ったように笑うターゲット。
それに対し、カヨコは必死に思考を動かした。
砂塵の中に消えたハルカはどうなった?
いつもの元気な声が聞こえない。
砂塵の向こう、凄まじい速度で動く人影、そして倒れる人影がほんの微かに見えた気がする。
相手の声と併せて考えれば、一瞬で意識を奪われた?
あの、体の頑丈さだけは誰にも負けない、ハルカが?
相手の戦力は?
少なくとも、社長のライフル弾の直撃、直後の爆発、そして50メートルの自由落下の衝突を経ても、大きく機動力を削がれない程の耐久力を持っている。
なおかつ、恐らくはハルカの意識を一瞬で奪う程の攻撃力、そして残像を目で追うことすら難しい人間離れした速度を持っていると思われる。
なんらかのトリックなのか、素の身体能力なのかは不明。
もし後者であるなら、それこそ空崎ヒナ級の脅威になり得るかもしれない。
自分たちの状態は?
自分たちはこれ以上高火力な銃撃を受けることができず、突破力と牽制力が大幅減。
ムツキは状況を吞み込んで鞄に手を伸ばしているけれど、社長は未だ困惑して銃も向けていない状態。
相手についての情報は圧倒的に不足し、真っ当に勝負を開始できるだけのアドバンテージもなし。
……以上を以て、聡明なカヨコの頭脳は、残酷な結論を算出する。
この化け物には、現在の状況からでは、どのように動いても対処できない、と。
「……駄目だ、一旦逃げよう社長」
「待ッ、……わかったわ!」
一瞬、「まだハルカが」と言いかけたアルは、しかしカヨコの言葉の冷たさからある程度事情を汲み取り、決断を下す。
カヨコはその優れる頭脳故、時に非情な判断を下すこともあるが、それでも仲間を……便利屋68の仲間を切り捨てるようなことはしない。
故に、彼女が「逃げよう」と言ったことは、「ハルカを切り捨てる」ことを意味しない。
カヨコの言葉の意図は……。
少なくとも、この場の状況からは「ハルカの救出」が不可能。
故に、一旦戦略的撤退を図り、状況を改めて臨むべきだ、ということ。
仲間を想うが故にこそ、全員を助けようとするからこそ、その判断を下すのだ。
そしてアルは、それを汲み取れないような暗君ではない。
むしろ、ハルカのように頑丈な体も、ムツキのような潜在的な闘争本能も、カヨコのような優れた頭脳も持っていないアルがこの組織のリーダーとして機能しているのは、それぞれの方向性を理解し纏める、中心としての役割を持っているからだ。
故に、便利屋68に所属する3人は、皆アルの号令に従う。
彼女の判断を信じ、彼女の意思を尊重する。
それが彼女たちの関係性であり……。
……つまるところ、陸八魔アルは、この集団の
それを狙わない程に、オリは甘くも鈍くもなかった。
「便利屋68、撤退────」
「しないでね。この子が大事だったら」
アルが言葉を止めたのは、オリがハルカを盾に会話に割り込んだから……では、ない。
単に、塞がれたからだ。
オリの持つ拳銃を、口に突っ込まれて。
「ん、がっ!」
「社長!!」
「いつの間に……っ!?」
3人が気付いた時には、オリは既にそこにいた。
陸八魔アルの背中に張り付き、片足と顎で彼女の体を捕まえ、右手に持った銃をアルの口に突っ込んで……くつくつと、面白そうに笑っている。
「君たち、口に銃弾ぶち込まれたことはあるかな? 私たちの肌って銃弾弾いちゃうからさ、感覚が敏感な口内でボコボコに反射して暴れ回って、激烈に痛いんだよねぇ。ソースは昔SRTのスナイパーにぶち込まれた私。いやーあの時は死んだ方が楽とまで思ったね」
おどけたような声を出すオリに対し、ムツキは犬歯を剥き出しにして銃を向けようとするが……。
「駄目、ムツキ!!」
カヨコの声に、ビクリと、その手を止める。
……そう。
アルを、彼女たちの絶対のリーダーを手中に収められた時点で、便利屋68は負けている。
これ以上抵抗すれば、アルに危害が加えられる……。
そう思えば、2人はもう、一切の抵抗ができない。
その上、本来なら即座に「私のことはいいから撤退しなさい!」と命令を下すだろうアルも、銃口を咥えままでは喋ることもままならない。
いつのまにかその手から愛銃は叩き落とされてしまっているし、力で拘束を脱しようにも彼女の力ではびくともしなかった。
「くっ、なんで……どうやって残像も残さず、私たちにも気付かれずに一瞬で……?」
どれだけ速く移動しようと、人の瞳には必ず残像が焼き付く。
故に、それがあまりにも速く完全に視界の外に出られない限り、動きを目で追うことは可能だ。
アルはともかく、ムツキもカヨコも砂塵の向こうの人影に集中していた。他のことに注意を割いたりもしていない。
距離がかなり離れて広い視界を確保していたこともあって、「気付かない内に回り込まれていた」ということはおおよそ在り得ないはずだった。
そう思ったが故にカヨコの口からは、独り言が漏れ出たが……。
それに対し、同じようにオリは独り言で返した。
「実戦で使ったのは初めてだけど、いやぁ先生の指示がなくともできるもんだねぇEXスキル。ワカモにコツ教えてもらって良かったわ」
その言葉を、便利屋の面々が理解することはない。
そして、すぐに内容も忘れてしまうだろう。
理解不能な敵の言動よりも、リーダーたるアルの救出の方がずっと優先度が高く、思考もすぐさまそちらに割かれてしまうからだ。
「……さてと、これで戦闘終了だろうし、採点でもしよっか。
そうだねぇ、最初に突っ込んできた子の覚悟の決まりっぷりは85点。とても良い殺意でした。まぁ実力はまだまだだったけどね。フィジカルで私に勝とうってのはなかなか厳しいですよ?
で、その後の撤退判断の早さ、これが本当に素晴らしい! ぶっちゃけちょっとたまげたよ。95点あげちゃう!
ただその後、まんまとリーダーっぽい……社長だっけ? この子を握られちゃったのは駄目だったねー。まぁ初見殺しみたいなもんだし仕方ないけども。
総じて、うん、87点! 次はしっかり私対策して挑んでくるべし、以上!」
オリがおちゃらけたような口調で語っている間も、2人は打開策を探すが……。
ハルカは目を覚ます気配がなく。
ムツキの爆弾はアルを巻き込んでしまい。
カヨコの頭脳は空転するばかりで結論を出さなず。
アルを拘束する力は弱まることを知らない。
「まぁ、最初の狙撃を躱せも弾けもしなかった私が採点するのもどうよって話だけどね。
いやはや恥ずかしい、流石に空中だとまともに身動きできなくてさぁ」
一方オリの方も、かなり強力な相手に出会った興奮からか、いつも以上に雄弁に口を動かすため、状況は硬直したまま動きを見せない。
……そんなことをしている内に、オリの墜落によって立っていた土煙が、晴れていく。
便利屋の自由な2人は、改めて敵の正体を探ろうと相手に視線を送り……。
アルはこの状況を打開する方法がないか、そして何よりハルカが無事なのかを確認するため、あちこちに視線を走らせる。
一方で、オリの方にも変化があった。
周囲に、そして今なお狙撃してくるかもしれないカリンに警戒するため、無力化した相手には一切目をやっていなかった彼女だが……。
こうして視界が明瞭になった今、それはもはや必要ない。
オリは、改めて敵を観察すべく2人に目をやって……。
……そうして。
「…………あ、え?」
どこか、呆けたような声を漏らした。
「あ、っと……白髪、黒リボン、マシンガン……白黒髪、鋭い赤目、ハンドガン……赤髪、角、スナイパーライフル……暗め紫髪、物騒な言動、ショットガン……???
えー、んーっと、あー、あれー……?」
……だらだらと。
やにわに、オリの額から脂汗が流れ始める。
まるで、気付いてはいけないことに気付いてしまったかのように。
いや、より正確には……やってはいけないことをやってしまったと、そう気付いたかのように。
そうしてオリは、ぴくぴくと引きつる口元を抑えることのできないまま、尋ねる。
「……あの。もしかして、その。
皆さん、ゲヘナ学園の便利屋68っていうグループだったり……しますかね?」
その言葉に答えたのは誰あろう、彼女に拘束されていた赤髪の少女。
オリの力が抜けたことを確認した後、敢えて銃口を深く咥えこみ、オリが慌てて完全に力を抜いた瞬間後頭部で頭突きして、勢いを付けて前に出ようと試みる。
想像もしなかった強引かつ豪気な反抗に、思わずオリは彼女の体を手放し……。
拘束を脱したアルは、すぐに傍に寄り添って来た2人と共に、オリに向かって堂々と名乗りを上げた。
「ええ、そうよ! 私たちこそが便利屋68、依頼は確実にこなす陰の実力者!」
後方では「え、それ自分で言う?」とか「アルちゃんったら、これ言ってみたかったんだろうなぁ」といった声が上がっているが、千載一遇の機会に興奮するアルには聞こえない。
そう。これは千載一遇チャンスなのだ。
類まれなる強敵相手に、自分たちの無法っぷりを高らかに告げる、アウトローCOの大チャンス。
勿論、カヨコが思考を巡らせるための時間稼ぎという意味もあるが、アルにとって大事なのはアウトローの矜持。
故に彼女は、最高の気分で、何度も練習してきた台詞をすらすらと口に出そうとする。
「あなたが強いのは認めるわ。けれど、闇を行き、闇に生かされる私たちの方が……!」
……が。
その言葉が終わる前に、オリが動いた。
咄嗟に身構えるムツキとカヨコだったが……。
彼女たちが行動を取るよりも早く、オリの行動は、その場で完結する。
それは、即ち……。
「す、すみませんでしたぁ!! あの、許してくださいぃぃぃぃいいいいい!!!」
あまりにも美麗な、土下座、であった。
♪Unwelcome school
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!