「じゃあ、結局ゲーム開発部は廃部の難を逃れたわけだ」
“うん”
ある日、シャーレの部室で2人の男女が話し合っていた。
片や、この連邦捜査部シャーレの主である「先生」。
片や、一週間と少しぶりに先生と会うこととなった本日のシャーレ当番、調月オリ。
オリは先生が処理した保管書類を片端からファイリングして積み上げながら、彼の話に耳を傾ける。
“結局『G-Bible』は、オリが懸念してた通り、あまり役に立たないものだった”
“一度はゲーム開発部の皆も落ち込んじゃったんだけど……”
“アリスが皆に呼びかけて、それにユズが応えてくれて、『テイルズ・サガ・クロニクル』の続編を作ってミレニアムプライスに出展しよう、っていう話になって”
「で、見事にミレニアムプライズ初の特別賞を受賞したんだよね。テレビで見てたから知ってるよ!
新設の特別賞とはいえ、ミレニアムプライズを取った以上、部としての功績は十分と言っていい。である以上、ユウカも晴れてゲー開部存続に向けて動けるはずだ。
あの子、表向きはセミナーとして廃部手続きしてたけど、本当はゲー開部に付きたがってたもの。これで向こう1年は廃部の話は出ないでしょう。
モモイ風に言えばゲームクリアだ。ゲー開部の方にはもう伝えたけど、改めておめでとう、先生!」
“ありがとう。4人の頑張りが報われて、良かったよ”
そう言って、先生は穏やかに微笑んだ。
ここ数週間、彼女たち……というか先生が取り掛かっていた事案は、これにて無事に解決。
取り掛かった最初期はどうしたものかと悩ましくすら思える問題だったが、生徒たち自身の意志と奔走によって、その壁は見事に打ち壊されたのだ。
先生にとって、これほど喜ばしいこともなかった。
そして、そんな先生を見て、オリは明るく微笑んだ。
「ふふふ……相変わらず善い人だね、先生はさ。私、すごく好きだよ、先生のそういうトコ」
“ありがとう。でも、オリも4人のために頑張ってくれたよね。オリの協力も大きかったと思うよ”
思いもよらない先生の言葉に、彼女は目を皿にする。
「私? ……あー、まぁ廃墟行きとか、色々融通を図るくらいはしたけど、それだけじゃん?
特に最後の『鏡』奪還作戦には参加すらできなかったし、とても協力したとは言えないと思うな」
後ろめたそうな苦笑いに対し、先生はニコリと笑顔を浮かべて言った。
“オリ、あれにも参加してたでしょ? 知ってるよ”
「む? いやいや、私あの時はちょっと所用で忙しくてさ。妹のリオちゃんがデータ取りに協力してくれって言ってきて、そのために廃墟に……」
落ち着いて言い繕おうとするオリに対し、先生はその笑みを絶やすこともなく……。
デスクに置かれていたタブレットに、1つの映像を映した。
それは、『鏡』奪還のためにミレニアムタワーを襲撃した日、とあるミレニアム生によって撮影され、SNSにアップされた映像だった。
映っているのは、ミレニアムタワーで幾度も続いた大爆発、そしてそれによって空いた穴から飛び出して来る一人の生徒。
とても荒い映像で、本来ならば小さな点のようなその生徒を特定することは不可能だったが……。
先生の持つタブレット端末……のような形をした、とあるオーパーツ。
その中にいる「とある存在」によって、不可能は覆された。
そして、そこに映っていたのは……。
“覆面水着団の、あるはずのない、6番目のマスクを被った生徒”
「…………それ、覆面水着団の幻の6号だよ。私じゃなくて」
“ホシ……いや、私の知り合いに聞いたよ。6番目のマスクに心当たりはないかって”
“そしたら彼女は、こう言ったんだ。『それなら私の知り合いに渡した』って”
先生の知り合い……アビドス高等学校の対策委員会委員長であり、実はかの覆面水着団の1号でもある、小鳥遊ホシノ。
彼女から聞いた、マスクを渡した相手の所属と名前、そして映像の生徒の身長や体格、そしてヘイローの色と形状は……。
調月オリが、確かにあの日、ミレニアムタワーで戦闘を行っていたことを意味していた。
実際、あの後ゲーム開発部と先生は一度、C&Cとセミナーに追い詰められたのだが……。
その中でユウカが口走った、「アカネは今戦闘不能だから」という言葉を、先生は確かに聞いた。
察するにオリは、彼女の妹がセミナーの生徒会長であることや、C&Cと個人的な親交を持つことから、直接的には手を貸すことができなかった。
だからこそ、正面から協力はできないにしても、こうして間接的に介入した。
「私はただ、いつも通り私らしく、好き勝手に暴れただけ」。
そう言い訳ができる程度に、けれど確かに、ゲーム開発部と先生に手を貸してくれたのだ。
オリは気恥ずかしそうに口端を引きつらせ、目を逸らす。
「あー……ははは、大人の目は誤魔化せないかぁ。
いやはや、元より大して隠す気はなかったにしろ、こうしてバレると恥ずかしいものだね」
“そっち方向にはちょっとツテがあったからね”
“改めてありがとう、オリ。ちょっと過激なやり方ではあったけど、オリなりにあの子たちに手を貸してくれたんだよね”
オリは、皆たちのお姉ちゃんだから。
ゲーム開発部のことを想ってくれたから。
先生はそう思ったのだが……。
「んー、それはちょっと違うかな」
パチンパチンとホッチキスで書類を留めていた手を止め、オリは先生の方に振り返る。
その視線はいたずらをしかけるような……あるいは、どこか先生を見定めようとするようなものだった。
「私が手を貸したのはゲー開部じゃなくて……あなただよ、先生。
先生が彼女たちを助けようとしたからこそ、私はああしたんだ。
もしゲー開部だけだったら、手は出さなかったかな。あるいは出したとしても、もっと気ままに自分勝手に動いてた」
彼女の台詞に、先生はきょとんと眼を瞬かせる。
そして、叩いていたキーボードから手を離し、椅子を回して彼女の方に向かい合った。
“……オリ、1つ聞いてもいいかな”
「うん、なんでもどうぞ」
“最初に会った時から、なんとなくそうじゃないかと思っていたんだけど……”
そうして、顎に手を当てながら、先生は言った。
“もしかして、オリは私のことを、出会う前から知ってたんじゃない?”
先生の言葉に、言い繕うのは不可能だと半ば確信しながらも、オリは首を傾げて見せる。
「……ふむ。なんでそう思うのかな?」
先生は1本指を立て、答えた。
“オリは最初に会った時、こう言ったよね。『先生らしい、すごくイメージ通りな人だ!』って”
「おおー、声真似上手だね、先生」
“どうも。……その言葉は、『先生』に何かしらイメージを持っていなければ出ない言葉だ”
「キヴォトスにも教師はいるし、そういうところから発生したイメージなのかも?」
あくまでもとぼけるオリに、先生は「そうかもしれないね」と一度肯定。
そして、別方面からのアプローチを試みる。
“ところで、オリはシャーレが開設されてすぐ、真っ先に入部の募集に応じてくれたよね”
“まだ無名で、誰からも信頼を得られる程に活動していなかった最初期から、ずっとシャーレを……私のことを、献身的と言っていいくらいに手伝ってくれた”
“それは何故なのか、聞いてもいい?”
先生の言葉から、オリは確信の気配を感じ取る。
きっとここでは語らないにしろ、他にもたくさんの証拠を集め、確信を持てる状態でこれを聞いて来たに違いない。
全てを語ることもなく、内心の企みを外に漏らさず、笑顔の形をした仮面の奥でほくそ笑む。
それは、オリが最も嫌う大人のやり方ではあったが……。
それでも、先生がやるとなると格好良く見えてしまうのだから、全く以て好感度というものは恐ろしい。
オリはもはや誤魔化すことを諦め、首を横に振った。
「はいはい、私の負け。諦めます、諦めますよー。
そうだね、先生の想像通り、私は先生のことを最初から知ってた。だからこそ先生に個人的なイメージを持ってたし、だからこそ先生に全面的に協力してきたんだ。ぜーんぶ先生の予想通り。
それで、先生のことを知ってたのは……」
その時、机の上に置かれた先生のスマホから、アラームが鳴り響く。
それが電話ではなく時間を知らせる通知であることを知っていたオリは、壁にかけられていた時計に目をやり……。
長針と短針がすれ違ったのを見て、1つ頷いた。
「……良い時間だし、この先は、お昼食べながら話さない?」
* * *
知る人ぞ知る話だが、シャーレの部室があるオフィスビルの1階は、貸しテナントとなっている。
現在そこには、キヴォトス全体で展開されている大手コンビニエンスストア、「エンジェル24」が店舗を構えていた。
これに関しては、先生がキヴォトスに来るより少し前に契約が成されていた。
ここは居住区から離れており商業区からも遠いため人足が少なく、テナント料も非常に安かったという事情があった。
そのため、客足など殆ど望めないもののひとまずギリギリ財政は賄えており、極限にまで人件費を削減するため、1人のアルバイト店員が品出しレジ打ち掃除とワンオペで店を回しているのだが……。
オリは知っている。
この後、先生がキヴォトス全土の生徒の脳を焼くにつれて、このテナントの需要がアホ程高くなっていくことを。
一部の生徒が先生に会いに来る名目として、橋頭堡を築こうとするだろうことを。
……が、それはまだ遠い未来の話。
2人はエンジェル24で昼食を買い、ついでに先生はいつも買っているエナドリやよくわからない謎の玉も在庫全部大人買いしたり、オリは店員をしているソラを心配したり揶揄ったりした後、シャーレに戻って食事を取ることにした。
「先生は唐揚げ弁当? 唐揚げ、いいよね。わかる」
“エンジェル24はお弁当も美味しいのが魅力だよね。オリの方は……激辛担々麺?”
「私、辛いのも好きなんだー。慣れると涎が出る美味しさだよ」
そんなことを言い合いながら手を合わせ、いただきます、と唱える。
そうして一口麺を口に入れて呑み込み、「ひ~!」と少しおどけたような声を上げた後……。
彼女は改めて先生の方に視線を向け、話を始めた。
「さて、私が先生を知ってる、って話だったね。
ちょうどいいから、あの廃墟で話したことも含めて、最初から話していい?」
“……生まれて来るはずじゃなかった。死産になる予定だった、って話?”
オリは、先生が割り箸の動きを止めるところを見て、苦笑しながら軽く手を振った。
「ああもう、そんな顔しないで先生。
大丈夫、私そんなに気にしてないからさ。軽ーく流してくれると助かるよ。
それに多分、先生が思ってるような意味じゃないからさ、これは」
再び麵を口に運び、余りに強い刺激に涙目になりながら水を口に含んでから……。
彼女は、遠い過去に思いを馳せる。
「私が覚えてる一番昔の記憶はね、夢の中の景色なんだ。
不思議な景色の中を走る電車の中で、私によく似た姿をした女の子と話してる夢。
そこで、対面に座ってた女の子は何を言ったと思う?」
“電車、か。うーん、綺麗な景色だね、とか?”
「ぶー! 答えはね……『無事に生まれて来れて良かったですね』、だよ」
穏やかではない言葉に、先生の眉が寄せられる。
それに対して「心配性だなぁ」と思いながら、彼女はまた一口麺を頬張り、益々強くなっていく辛みに顔を赤くする。
「で、続いて、ぼんやりしてる私にこう言ってきたんだ。『私がいなかったら危なかったですよ』、って」
“それはどういう……いや、もしかして”
「多分、先生の想像で当たってる。
……ミレニアムの生徒会長、リオちゃんが私の妹だっていうのは知ってるよね?」
“確か、オリの方が後に生まれたけど、それでもお姉ちゃんなんだって言ってたよね”
「そう、まさしくそこが大事なところだ。
私たちの出産の時ね、リオちゃんが生まれた後……お母さんと私の容態が、急にすっごく悪くなっちゃったんだって」
当然ながら、オリはそんな時のことを覚えてはいない。
ただ母親と、そして夢の中で出会った自分によく似た少女から聞いたのみだ。
だが、妹のリオが調べた結果、どうやらそれは真実であったらしいことがわかった。
確かに、自分を生む時に母の容態が悪化した事実はあったのだと。
「一時は死産にまでなりかけたんだけど、お母さんの話だと、途中で急にすごく楽になって、容体も安定したんだってさ。
多分、その少女が助けてくれたんだと思う。どうやったのかはわからないけどね。
逆に言えば……彼女がいなければ、私は生まれるはずがなかった。死産になってたはずだったんだ」
オリの話を聞いて、先生は困惑を隠せない表情を浮かべていた。
“夢……なんだよね?”
「うん、夢だよ。寝てると見るアレ。
でもね、先生。こう言ってはなんだけど、キヴォトスにおいてはそういうこともあるんだ。
先生はトリニティにいた、百合園セイアって生徒のこと知ってる?」
“いや、まだ会ったことはないかな”
「その子も、寝ると予知夢を見てたって話だよ。神秘溢れるキヴォトスにおいて、そういう特異現象は決して珍しい話じゃないんだよ、これが」
……まぁ、本当は「決して珍しい話じゃない」なんてことはなく、こういうのは珍しい話なんだけど。
じゃなきゃ特異現象捜査部なんて生まれないしね。
そんな本音を喉の奥に押し込んで、オリは話を続ける。
「それからね、私はいつも同じ夢を見るんだ。その女の子と……『あの子』と会って話す夢を。
あの子は私に、よくおとぎ話みたいな感じでお話をしてくれた。
それで、その中に先生の話が出て来たの」
“……私の?”
「そう! ……ふふ、先生の本気で怪訝そうな表情はレアだねぇ」
オリはおかしそうに笑った後……一転、思い出を懐かしむ、穏やかな表情を浮かべる。
いつも浮かべている明るい笑顔ではない、静かで満たされた表情だった。
「まだ私が赤ん坊だった頃から、あの子は先生の話をしてくれた。
先生がどういう人で、どういう考え方をして、どんなことをする人なのか。というか、そんな話ばっかりだったね、今考えると。
だから私にとって、先生は既知の存在だったんだ。イメージも持ってて当然でしょ?」
オリがお茶を口に含みながら先生の顔を覗くと、想像通り怪訝そうな表情をしていた。
が、それも当然だろう。こんな話を聞いてすぐに納得できるとすれば、それはもはや狂人の類だ。
“『あの子』と、私の話、か……”
「ふふふ、困惑してるねぇ。
私からすればむしろ、毎晩誰かと話す夢を見ないとか、夢を覚えてられないって方がイメージ付かないんだけどね。自我が生まれた頃から、ずっとそんな感じだから」
オリがこの秘密を洩らした相手は少ない。
どうせ信じてはもらえないからという「あの子」のアドバイスで、大事な妹であるリオと幼馴染のヒマリ以外の人には明かして来なかった。
故に、この秘密を共有したのはまだ3人目で……。
その3人は全員、最初に聞いた時、今の先生と同じように怪訝そうな顔をしていた。
それ自体はもう慣れっこなので、オリは殊更に強く嘆くことはなかったが……。
少しだけ、残念には思う。
それが当然の反応であると理解しているけれど、それでも、親しく思っている人に疑われるのは気分の良いものではない……と。
……そう。
オリは未だ、先生の生徒を想う気持ちを舐めていた。
先生が、生徒を疑うはずがない、と。
あの子から聞いたことを思えば、それは自明の理であったというのに。
“オリ。君の言いたいことはわかった”
「あ、うん。それなら良かったけども」
『ただ、それを今すぐに信じるのは難しい』と続くのだろうと、オリは半ば諦めの心境で、苦笑いを浮かべたのだが……。
先生が向けて来たのは、真摯な瞳で。
言ってきたのは、全く別のことだった。
“ただ、そんな過去があったからって、『生まれるはずじゃなかった』なんて悲しいことを言うのはやめてほしい”
“オリ。君は確かに、幸せになるために生まれた、今を生きている生徒なんだから”
「……う、わ」
思わず、オリは呻いた。
疑っているわけではなく、むしろそれを信じて、ただ悲しいことだけは言って欲しくはないと。
君は確かに、この世界に生きている生徒の一人であると。
オリが、どこかで求めていた言葉を、心の欠けた部分を埋める言葉を、先生はかけてくれたのだ。
これが……。
これこそが、アビドスのホルスやトリニティのゴリラ、公園のウサギを口説き落とす先生トーク!
思わず相手から視線を逸らし、頬と口元を腕で隠しながら……。
彼女は動揺を抑えようと、必死に内心で茶化すことで処理しようとする。
「せ、先生さ。いやホント、はー、ホントそういうトコだからね!」
“え、何が?”
「この無自覚スパダリ系ヒーローがよ!」
テーブルの下で、げしげしと先生の脛の辺りを(痛くない程度の力で)蹴りながら、オリは気を取り直して担々麺を口に入れる。
感じる顔の熱さは、担々麺の辛みから来るものだけではなかっただろう。
* * *
それから30分程した後。
「ごちそうさまでした」という声が2つ、シャーレの部室に響く。
オリにとってはとても大事な独白を終え、それぞれの食事も済ませて、いざ改めて書類仕事とのバトルに戻ろうとする2人だったが……。
その前に、ふと、オリが思い出したように呟いた。
「……あ、そうだ先生。今度時間がある時に、ちょっと付き合ってもらっていい?」
“勿論。どうしたの?”
買い物か荷物持ちか、あるいはオリの噂から、どこかで戦闘を行うのでサポートしてほしいといった依頼だろうかと、先生は用件を問いかけ……。
対してオリは、まるで今日の午後の予定でも言うような気軽さで答えた。
「うん、ちょっとキヴォトス存続の危機を解決しようかと思ってさ」
これにてレトロチック・ロマン編終了。お楽しみいただけたでしょうか。
次回からはデカグラマトン特殊作戦・アビドス砂漠編開幕。
1章では介入できなかったアビドスに乗り込むぞ!!(なお現在出禁状態)